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利き手のこと

「まーくんから呼び出されたんです。大事な話があるから、と」

 そんな話を、あの敦というホストは一言も言わなかった。

 確かにこちらが質問しなかったからだと言えばそうかもしれないが。聡介は胸がむかつくのを覚えた。


「新しい店を持つことになって、なんとか今の店を辞めたいのだけどオーナーが納得してくれない。昔揉み消してもらった事件のこともあるし、兄も一緒に連れて行きたい。しかし兄にはオーナーに借金がある。兄の分を私が肩代わりできないかと」

 随分、身勝手なことを言うものだ。

「あなたは何と答えたのですか?」

「無理です、とお答えしました。そもそも2年前の傷害事件の示談金で、私は貯金を使い果たしてしまいましたし、親には相談なんてできません」

 それに、と弥生は机の上で拳を固く握った。


「兄がどう考えているのか、一切そんな話しはありませんでした。まーくんが勝手にそう言っているだけで、私は兄からそんな話を聞いたことはありませんでしたし」

 その時、兄がやってきたのです、と弥生は言った。


 聡介は黙って続きを促す。

「兄はひどく怒っていたそうです。美和子さんを裏切るのか? それにあの高島亜由美と……許せない。そう言って兄がナイフを取り出したんだそうです。兄は……まーくんを本気で好きだったみたいです」

 そう言った時の彼女の瞳は切なげで、苦しそうで、聡介は見ていられなかった。

「高島亜由美という客と関係を持ったことを責めたと、そういうことですね?」

「はい……」

「それから、どうなりましたか?」

「止めなければ、と思いました。私は必死に兄にしがみついて、そうして揉み合っている内に私はどう言う訳か、しばらく意識を失った時間があったようです。目が覚めたら、私がナイフを握っていて血まみれの兄が倒れていました。それからまーくんが誰かに電話して、どうしたらいいのか相談していたようです」

 意識のなかった時間があった?


 聡介の頭の中が目まぐるしく回転し出した。


 そしてもう一つ、気になって仕方のないことがあった。

「まーくんは、右利きですか? それとも左利き?」

 弥生は困惑気味に答える。

「わかりません……あまり、普段から注意して見ていないので」

 それから彼女はじっと聡介を見つめた。しかし彼は深く自分の思考の世界に入り込んでいる為に気付かない。


「……彰彦、小杉拓真を任意で引っ張って来い!!」

 聡介は考えに考えた末、思わずその場にいない息子の名前を呼んでそう叫んでいた。


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