真相解明に向けての一歩
「あの日の夜、私は佳春さんと一緒にいたの。そうしたら敦から急に電話がかかってきて……大変なことになったって……」
取調室で向かい合うと、一回り小さくなったのではないかと思うほど、玉城美和子は憔悴していた。
「敦が隼人と一緒にいたところへ、突然隼人の妹がやってきて、隼人を刺したって。何が何やら分からなかったから、最初は放っておこうと思ったんだけど……」
美和子は頭痛がするのか、こめかみを押さえた。
「けど?」
「あの日、隼人は休みでね。どうやら隼人の方から敦に話があるって呼び出したらしいのよ。実は、最初に刃物を持ち出したのは隼人の方らしいわ」
「どうして隼人さんは刃物なんかを持ち出したんですか?」
和泉が質問を投げかける。
「あの二人、以前からなんだかおかしいと思っていたんだけど、敦と隼人は本当にデキていたらしいわ」
「……隼人の妹さんはどう絡んでくるのですか?」
「よくわからない。でも、さすがの私も急いでその場に向かった。そうしたら隼人が刺されて地面に倒れてた……」
「敦さんからは何とお聞きになったのですか?」
「隼人に呼び出されて、いきなり向こうが刃物を振り回してきたって……どういう理由か知らないけど、いきなりその場にやってきた隼人の妹が彼を止めようとして、誤って刺してしまった……」
「原因は?」
「浮気を疑われた、らしいわよ。」
「敦さんが、隼人さんを裏切ったということですね? その浮気相手は誰ですか?」
「……たぶん……亜由美ね」
「MTホールディングスの高島社長ですね?」
美和子はそう、と頷いてから、
「隼人は敦に操を立てて、どんなに客から言い寄られても手を出したりしなかった。それなのに敦は……」
何度か関係を持ったことがあると、本人が言っていたことを思い出す。
「よほど、自分の店を持ちたかったんでしょうね。その為には亜由美の要求を呑むしかなかった。でも、隼人とも別れたくなかった……」
「隼人さんの妹さんをご存知ですか?」
「ええ、一度だけ顔を見たことがあるわ。急な出費が必要になってね、隼人に貸したお金を返してもらおうと思って実家に訪ねて行ったことがある。だいたいあの子はお金にルーズで、いつものらりくらりとかわしてきたのよ。親が金持ちだって言うから、親に払わせようと思って行ったのよ」
「結局、回収はできなかった訳ですね」
そう、と美和子は苦々しげに言った。
「事件の話に戻りましょう。それで、隼人の妹が彼を刺したと聞いて、あなたはどうしましたか?」
「……」
「黙秘ですか?」
「……さっき、もう一人の刑事さんが言っていたでしょ。麻美か亜由美に疑いがかかるよう携帯電話を細工しておけって命じたの」
「池田さんはわかりますが、高島さんは?」
「……昔から大嫌いだから、あの女のことが。向こうもそうよ。だから、新しいホストクラブを作って敦や隼人を引き抜こうとしていたんでしょう」
美和子は眼の前にいる和泉が高島亜由美でもあるかのように、恨みのこもった眼で見つめてきた。
女同士の抗争は恐ろしい。和泉は内心で呟いた。
それから、
「どうして、すぐ警察に連絡するよう言わなかったのですか?」
美和子は驚いた顔をする。
「言ってみれば事故でしょう? 最初に刃物を持ち出したのは隼人さんの方だ。下手な細工なんかしないで早めに警察に言っていれば……」
「国民の何パーセントが、本気で警察なんかを信用していると思ってるの? まして私達みたいな仕事をしている人間が、まともに話を聞いてもらえる訳もないわ」
これが現実だ、と和泉は思い知らされた。
自分警察官達が一般市民に好かれていないことはよく知っている。
だけど少なくとも聡介なら、もし彼がその場に臨場していたら、きっと間違いなく真剣に耳を傾けたはずだ。
自分だったらどうだろう? 考えてみたが結論は出なかった。




