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シャンパンコール

 シャンパンコールを生で聞いたのは初めてだ。

 たとえ相手が皺だらけのお婆さんでも、高級なシャンパンを注文してくれたお客なら「姫」と呼ぶのだろう。


 その夜の『シルバームーン』は異様な空気に包まれていた。

 

 聡介には騒音にしか聞こえないだろう。眉根を寄せて顔をしかめている父親を横目で見ながら、和泉は敦の様子を伺っていた。

 

 彼は大勢のホストの中心にいた。

  その隣にはあの高島亜由美が座っている。

 

 脚を組んで座っている女王様のまわりに、従者が侍っている。そんな光景だ。

 

 どこかに池田麻美がいたりしないだろうか? 和泉は正直、面白半分に辺りを見回す。

 そうしたら、本当にいた!!


 ホスト達が全員高島亜由美の元に集まっているため、彼女はおもしろくなさそうな顔をして、一人で飲んでいる。


 和泉は聡介に目で合図を送ってから、彼女の元に行って隣に腰を下ろした。

 誰が来てくれたのだろう? と思ったらしい麻美は一瞬ぱっと顔を輝かせ、そうしてすぐに唇をへの字に結んだ。

「こんばんは」

 麻美はそっぽを向くが、和泉はわざと反対側に座り直して微笑みかける。

「そんな表情をしていたら、綺麗な顔が台無しですよ?」

 しかし相手はそこまで単純ではなかった。

「隼人を殺した犯人はまだ捕まらないんですか?!」

「もちろん、全力で捜査していますよ。それにしても……今日は異様な雰囲気じゃありませんか? 何がおめでたいことでもあったのでしょうか」

 和泉が瓶ビールを手に取って麻美のグラスに注ぐと、

「敦が、自分の店を出すんですって」

「……本当ですか?」

「本当よ。さっき彼がそう言ってたもの」

 彼は確かこの店のオーナーである玉城美和子に借りがあると言っていた。傷害事件を揉み消してもらうという、そう簡単には反故にすることのできない大きな借りが。


 立場が逆転した?

 美和子の方が、知られたくないような弱みを敦に握られたのだろうか。


「高島亜由美さんも、新しいホストクラブを作る予定じゃありませんでしたか?」

 麻美はふん、と笑って答えた。

「敦のためにね」

「ということは、雇われ店長ですか?」

「私は詳しいことは知らない」

 それきり池田麻美は口を閉ざしてしまった。


 和泉は聡介の元に戻った。こう賑やかな場所では話もできない。いったん外に出ることにした。

「なんだって? 独立するのか」

「ええ、高島亜由美が資金援助をするそうですよ」

 聡介が顎に手を当てて黙り込む。考え事をする時の癖であり、彼がそうしている時は頭の中で様々な推理を働かせている時だ。


 彼が口を開くまでは決して話しかけない。それは長い付き合いの中で二人が暗黙の内に決めたルールだ。

「もう一度、敦に話をきく必要があるな」

 店の中に戻ると先ほどとは打って変わって静かになっていた。店中を探したが敦の姿はなく、高島亜由美も姿を消していた。

 和泉は近くにいたホストを捕まえて訊ねた。

「敦と、高島亜由美は?」

「ついさっき、お帰りになりましたよ」

 どこに行ったのか。どちらかの自宅か、それとも……。

 刑事達は急いで店を出ようとした。

「まだ何かあるんですか? 商売の邪魔なんですけど」

 そう言って二人の前に立ちはだかったのは、オーナーの玉城美和子だ。

「もうお話できることは全部、お話しましたけど!」

 彼女は意外に上背があり横幅もある。狭い店の入り口で立ちはだかられると、傍らを通り過ぎるというのは不可能に思える。


 和泉は目で「どうします?」と聡介に問いかける。

「ちょうど良かった。あなたにももう一度、話を伺いたかったのですよ」

 父はそう言った。美和子は目を見開き、

「忙しいんですけど」

「承知しています。けれど、我々としても一日でも早く隼人さんを殺した人間を逮捕したいのです」

「協力してあげなさいよ」後ろで池田麻美の声が聞こえた。


 振り返ると、彼女は腕を組んで美和子を睨みつけていた。

「私だって隼人を殺した犯人が捕まればいいって思ってるわ。あなたは違うの?」

「……お知り合いですか?」

「まぁね。刑事さん、いいこと教えてあげるわ。この人、うちの旦那の愛人なの」

 さすがの和泉も知っています、とは言えなかった。

「隼人が殺されて、敦がいなくなって、この店ももう終わりね。結局、最終的にはいつもそう。亜由美が勝つのよ」

 麻美はショルダーバッグを振り回して、どきなさいよ、と美和子を押しのけて外に出て行く。


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