昼までパーティー
しかし確かに暑い。
駿河がハンカチを取り出して汗をぬぐおうとした時、通りの向こうに見覚えのある女性を見かけた。美咲と、なぜか池田麻美が一緒にいる。
二人は雑居ビルから出てきたところで、何やら池田麻美の方が熱心に美咲へ話しかけていた。遠目にも美咲が困惑している表情が見て取れた。
「どうした?」
友永の問いかけには答えず、しばらく様子を見ることにする。
やがて池田麻美は半ば無理矢理、と言った感じで美咲の手を掴み、彼女の自宅とは反対方向へ歩き出す。
「おいこら!」
足が勝手に動き出していた。それでも信号が青になるまできちんと待って、道路の反対側へ渡る。
「あの、本当に困ります。私、家に帰らないと……」美咲の声。
池田麻美はそれを無視してズカズカと歩き進める。
「何をしているんですか? 池田さん」
駿河が後ろから声をかけると、池田麻美は足を止め、驚愕の表情で振り返る。
声だけで誰がそこにいるのか気付いたのだろう、美咲は振り返らない。
「何って、お友達を誘ってお茶にでも行こうと思っていたところです。いけませんか?」
「嫌がっている相手を無理矢理、ですか?」
「あら、嫌がってなんて……ねぇ?」
同意を求めるが、美咲は返事をしない。
池田麻美は憤然とし、それから「私、帰ります!」と、ハイヒールをカツカツ鳴らしながら歩き出した。
「何を言われたんだ? どこへ連れて行かれそうになったんだ」
駿河は詰め寄ったが、俯いたまま美咲は黙っている。
「おいおい、そんなふうに尋問するなよ。怯えてるじゃないか、彼女」
友永が手帳を広げて見せて美咲の横に立つ。
そして紳士的な態度を装い、丁重に話しかける。
「県警捜査1課の友永と申します。よろしければ、お話を伺えますか?」
「実は……」
池田麻美とは同じ英会話教室に通っていて、よく同じクラスになること、今もレッスンが終わった後、お茶を飲みに行こうと誘われたところだったと美咲は答えた。
「お茶って、普通のお茶ですか?」友永は謎めいたことを言った。
美咲が不思議そうな顔をしているのを見て、
「アルコールが入っていたり、綺麗な顔をした男が接客してくれる店で、昼間から楽しい時間を過ごそうとでも言われたんじゃないですか?」
驚きで眼を大きく見開き、美咲は首を縦に振った。
要するに池田麻美は彼女を昼間から営業しているホストクラブへ連れて行こうとしたのだ。
「悪いことは言いません、あの女とはもう関わり合いにならない方がいい。ご自宅までお送りしますよ、さぁ」
彼女の自宅は県警本部と同じ方向だ。
美咲は少し戸惑ったような顔をしたが、その通りにした方がいいと考えたようだ。
暑いし、タクシーにしようと友永はさっさと流しのタクシーを捕まえて乗り込む。
彼が助手席に座ってしまったので、必然的に駿河と美咲が後部座席に並んで座ることになる。
久しぶりにごく間近で彼女を見た。
まともに眼を合わせようとしてくれない。駿河もまた、どこを見たらいいのかわからなかった。それでも視界の端が捕える彼女の横顔は昔と変わっていない。
訊きたいことも言いたいことも、数えきれないぐらいある。
けれど今は、それは許されないことだ。
この事件が無事に解決したら、一度は会う機会を作ってもらおう。その時には訊かなければならない。
どうして何も言わず突然姿を消したのか。
どうして他の男と結婚したのか。
今、幸せなのか?




