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純情オジさん

 和泉は自分の眼を疑った。が、間違いはない。

「あれ、美咲さんですよね?」

「……そうだな」

 池田麻美と高島亜由美、刑事達が眼を光らせて動向を伺っている女性達と一緒にいるのはまぎれもなく藤江美咲であった。


 初め、和泉と聡介は高島亜由美を訪ねて、彼女の会社であるMTホールディングスの自社ビルへ向かった。

 受付嬢から社長は外出中だと言われ、どこに行ったかを訊ねると、京橋川沿いのこのレストランにいるとのことだった。


 ちなみに、少し離れた場所で友永と日下部が池田麻美を見張っていた。

 お洒落な店に微妙にそぐわない二人連れだったが、不思議と目立たない。


 近くにいた従業員を捕まえて、社長に少し話を聞きたいと警察手帳を示す。少々お待ちください、と待たされている間のことだ。

「どうして池田麻美と?」

「後で本人に聞いてみるしかない」

 それはそうだ。和泉はこの際だから、聡介に話しておくことにした。


「実は聡さん、前から気になっていたことがあるんですよ」

「なんだ?」

「考え過ぎかもしれませんが、前回の西崎元巡査部長が起こした事件の時も、今回も、われわれがマークしている人間達がことごとく美咲さんに接触しているんです。これはただの偶然でしょうか?」

 聡介が驚いた顔で見つめてきた。

「……必然だとしたら、どういう意味があると思うんだ?」

「誰かが彼女をはめようとしている。悪意のようなものを感じるんですよ」

「そんな、いったい誰が……何のために?」

「わかりません。人は時に思いも寄らない理由で逆恨みされることもあります。あるいは……」

 言いかけたところに、高島亜由美がやってきた。


「警察の方が私にどんな御用でしょう?」

 一目見て和泉の脳は彼女を敵だと判断した。直感に過ぎないが、手強い相手かもしれない。

 女性一人で会社を立ち上げ、今やチェーン展開するほどの手腕を持つ経営者だ。

 一筋縄ではいなかいだろう。


「少しお話を伺いたいのですが」聡介が言うと、

「では、こちらへどうぞ」

 と、亜由美は二人を従業員用の休憩室に案内した。


「水島弘樹さんが殺害された事件はご存知ですね?」

 聡介が一緒の時は、質問は父に任せて和泉はメモを取ることに終始する。

「水島……?」

「シルバームーンというホストクラブの、隼人というホストです」

 すると亜由美はああ、と納得行ったような顔で頷いた。

「ずいぶん、ひいきになさっていたそうですね?」

「ええ、まぁ」

「……薬研堀通りに今度、新しくお店をオープンするのだとか?」

 すると亜由美はまぁ、と楽しそうに笑う。

「警察の方はそんなことまでお調べになっているんですか。ええ、そうです。今までにない形のホストクラブを作ってみたくて」

「隼人さんを今のお店から引き抜く予定だったとか?」

 すると高島亜由美は眉根を寄せて、

「誰がそんなこと言ったんですか? おしゃべりねぇ」不快そうに言った。

「失礼ですが、あなたと隼人さんはどのような関係でしたか?」

「……関係? そんなの、客とホスト以外に何があるっておっしゃるんですか」

 聡介が言葉に詰まる。まったく、何年刑事をやっているんだか。この純情オジさんはとにかく色艶めいたことを口にするのが苦手なのだ。


「つまり、肉体関係がおありでしたか?」仕方がないので和泉が訊ねる。

 すると高島亜由美はくすっと笑って答えた。

「もしかして刑事さんは、私がその辺の若い女の子みたいに、さんざん隼人に弄ばれて貢がされた挙句に捨てられたって騒いだとでも言いたいんですか? 結局身体が目当てだったのね、とか」

 自分で言ったことがよほど可笑しかったらしい。彼女は腹を抱えるようにして笑いだした。


 聡介は頬を赤くして苦い顔をしている。

「男がいつまで経っても子供みたいなところがあるように、女性だっていつまでも少女の気持ちを抱いているものではありませんか?」

「刑事さんて現実主義者だと思っていましたけど、案外ロマンチストなんですね」

 笑い過ぎて涙まで出たらしい。目尻の涙を拭っている。


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