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お誕生日パーティー

 賢司とはパーティー会場となる八丁堀のホテルのロビーで待ち合わせた。

「なんだ、周も来たのか……?」

 美咲と周を見つけたとたん、兄が最初に発した言葉はそれだ。

「悪かったな」

「そんなことは言ってないよ。ただ、君はこういうの好きじゃないのかと思っていたから驚いたんだ。ま、でも場数を踏むのはいいことだよ。いずれは君も藤江家を代表することもあるだろうからね」

 社交界デビューか? ふん、と周は内心で鼻を鳴らした。


 それからエレベーターで最上階に上がる。


 ふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下を歩いていると、賢司君! と向こうからかなり頭の涼しい中年男性が声をかけてきた。痩せた猫背の男性はちらりと周を見、それから無遠慮に美咲を見回した。

「お久しぶりです、上田さん」

「いやぁ、結婚したとは聞いたけど、こんな綺麗な奥さんだったなんて……なんで式挙げなかったの? 披露宴も」

 上田さんと呼ばれた男性はやはり遠慮なく義姉をまじまじと見ている。

 

 なんだこいつ? 

 

 周は何か言ってやろうかと思ったが、賢司が遮った。

「仕事が忙しいんですよ」

「そんなことを君みたいな幹部が言ってたら、下っ端だって挙式のために休暇も取れないじゃないか。そうして藤江製薬はブラック企業だなんて叩かれるんだよ?」

 賢司はくすっと笑って、

「では改めて紹介しますよ。妻の美咲です」

 義姉は頭を下げた。「それから……父の息子です」

 

 なぜストレートに弟だと言わないのか。それは周が半分しか血がつながっていないからか。

 素性の知れない女が父に産んだ子だと、そう言いたいのだろうか。

 

 全身の血が沸いてスッと冷めて行くのを周は感じた。

 

 しかし上田はそんなことを気にもしていないようで、

「ああ、弟君だね。悠司から話は聞いていたよ。可愛くて堪らない自慢の息子だって。そう言えば初めてまして、だね。僕は上田正康。君のお父さんとは幼なじみでね。今は池田記念病院の顧問弁護士だけど」

 父の名と、その台詞に周が胸の内に抱いたマイナス感情は雨散霧消した。


 何か法律のことで困ったことがあったら相談してね。と、手渡された名刺には弁護士の肩書きがあった。

 周はその名刺をポケットにしまい込んだ。


 会場に入ると既に10数名の招待客が到着していた。立食パーティーで、集まった客達はカクテルグラスを片手に歓談している。


 誰もかもが綺麗に着飾っているが、やはり自分の義姉が一番綺麗だ、と思うのは周の身びいきだろうか。

 美咲、と賢司は妻の手を取って近くにいた中年の夫婦らしき男女に声をかける。


 まぁ、貴女が賢司さんの……初めまして。どうやら知り合いのようだ。

 当然だが周にはまったく知らない顔ばかり。

 つまらない。


 義姉はきっと性格的にこういう場所が好きじゃないはずだ。一応夫である賢司も一緒とはいえ、心細いだろうと思って一緒に来た。

 しかし、外面が何よりも大切らしい兄は、自慢の美しい妻を引き連れて挨拶回りに専念している。

 

 来なくても良かったかな。周は少し後悔し始めていた。

 息が詰まりそうだ。外に出よう。

 

 周はこっそりと会場を抜け出した。


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