一応、人間です。
それから二人が広島北署に戻ると、見るも哀れなほど狼狽している班長に迎えられた。
「彰彦は?! 大丈夫なのか?」
「班長、あんたまだ、息子に合鍵渡していないんですか」
質問に答える前に友永が呆れたように言った。
すると上司は、
「鍵……? あっ!」すっと青ざめた。
「大丈夫ですよ、隣の親切な美人が世話してくれましたから」
「まさか、美咲さんか……?」
余計に落ち込んだ。
そんなに気を遣わないでほしいのだが言っても無駄だろう。
「班長、ご報告があります」
駿河が声をかけると、少し泣きそうな顔で振り向かれた。
そこで彼は葬儀会場で見聞きしたことをまとめて報告した。
被害者の妹である弥生から聞いた金銭トラブルらしき話。そして友永とさっき話したこと。
そのことで思い出したことがあった。
出棺の時、ひっそりと見守っていたホスト仲間の集団がいた。その中でも一人だけ、自力では立っていられないほどに泣き崩れている男性がいた。確か店でナンバーワンの座を争っていた敦というホストだ。
意外な気がした。ライバルがいなくなって喜んでいるのかと思っていたからだ。
話を聞いている内に聡介の顔つきは父親から刑事のそれになった。
「それと、直接的には関係がないかもしれませんが」
「なんだ?」
「葬儀会場で藤江賢司氏に会いました。被害者の家族と古い付き合いがあるそうです。そして、池田麻美という女性。明らかに挙動不審だったため職質をかけたのですが……彼女は池田記念病院の院長婦人で、やはり水島家とは関わりがあると、答えたのは藤江氏です。ご主人の名代だと言うことでしたが、何か隠しているように思えました」
「その根拠は?」
「……直感です」
聡介はにっ、と笑った。
「いいことだ。俺は刑事の直感を信じている」
一笑に付されるかと思っていた。
刑事としての経験もそれほど積んでいないくせに、何が直感だ、とバカにされるのではないかと。
ずっとこの上司について行けば間違いない。
いつかは自分もこの人に息子と呼ばれたい。
駿河は胸が熱くなるのを覚えた。
※※※※※※※※※
やっぱり仕事がハードなんだろうな。
周は猫の餌を皿に空けながらふと思った。いつも元気そうでピンピンしているように見えたが、和泉も人間なのだ。
そういえば年齢はいくつなんだろう?
「……あれ、メイは?」
いつもなら餌をやる時間をしっかりわきまえていて、少し早めに台所へやってきて待ち構える筈の猫の姿が見えない。三毛の方はいるのに。
「さぁ? しばらく見ないわね」
もしかして……と思って和泉が寝ている和室に向かう。
案の定、茶トラは和泉の足元に丸まって眼を閉じていた。
やはり部屋から出しておこうと、周は猫を抱え上げる。メイはそれを逃れて畳の上に降りようとする。
「お前って、ほんと和泉さんのこと好きだよな……」
「じゃあ、周君は?」
「俺? 俺は……もしかして、起こしました?」
「ううん、ついさっき眼が覚めたところ」
和泉は布団の上に半身を起して伸びをした。熱は下がったのだろうか。顔色も先ほどよりは良くなった。
「ありがとう。迷惑かけてごめんね……」
擦り寄ってきた猫の頭を優しく撫でて彼は言った。
「謝ることなんかないですよ、迷惑だなんて全然思ってないし。だいたい、俺の方がいつも和泉さんに助けてもらってばっかりなんだから、これぐらいは当然でしょ」
出会ったばかりの頃から何度も。心から感謝している。
和泉が回復したのを察知したのか、メイは和室を出て台所に向かう。
「すぐお仕事に戻るんですか?」
周が問いかけると、どこか虚ろな目で和泉が見つめてくる。
「もし時間があるんだったら夕飯食べて行きませんか……和泉さん?」
和泉が腕を伸ばしてきて、その大きな手が周の頭を撫でる。
「周君は可愛いね」
「はぁ……」
「どうして?」
思いがけない質問に面食らった。
そんなの、誰がこうこうこういう理由で、などと説明できるだろうか。
やっぱりこの人、ちょっと変……でも顔は真剣だ。
じっと見つめられてきまり悪い思いがする。周は眼を逸らした。
「和泉さん、お目覚めですか? 良かったらお食事なさって行ってください」
美咲が顔をのぞかせた。
「ありがとうございます、でも、もう戻らないと……」
和泉は起き上がって身支度を整え始めた。
「無理しない方がいいですよ、まだあんまり顔色が良くないし」
「大丈夫、自分の身体は自分が一番良く知ってるから」
結局、和泉はタクシーを呼んで出かけていった。




