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明日は出張

「ふわっくしょん!!」

「……風邪か?」

「誰かが僕の悪口を言ってるに違いありません」

 和泉は洗面所に行って手を洗う。広島北署からほど近い、大通り沿いのファミリーレストラン。


 聡介のお気に入りである和食レストランのチェーン店があったので、そこで二人は駿河の到着を待った。

 ちょうど席に戻ると、駿河が到着していた。


「お疲れ、葵ちゃん」

 おや? と和泉は思った。


 少し顔色が悪い。何かあったのか訊いてもどうせ『何でもありません』としか答えは返ってこないだろう。


 どこで誰が聞いているかわからないので、この場ではめったに捜査に関する話はできない。


 そこで和泉は聡介に彼の娘の話を振ることにした。

「さくらちゃんは元気でしたか?」

「……少し痩せた……」

 それは悪意を持って見るからではないだろうか?

「あのね、聡さん。まがりなりにも食べることに困るような事態は……」

 和泉は彼の娘の嫁ぎ先を知っている。およそ貧しさとは縁遠い家だ。

「向こうの仕事が忙しくて、この頃あまり会話していないそうだ。毎晩帰りが遅いし、休みの日だからって家事を手伝ってくれる訳じゃなし……」

「それって、聡さんの若い頃の話じゃないですよね?」睨まれた。

 聡介は長女の婿といまいち折り合いが悪い。次女の婿とは仲がいいのだが。


 ふと、駿河が考えごとをしているのに気づく。

 もしかしたら、あのまま何の問題もなく美咲と結婚していたら……とでも。

 

 悪いことをしたかと、和泉は話題を変えることにした。


「こないだ日下部さんが昇進試験の勉強してたんですよ、びっくりですよね」

 すると聡介はふっと笑って、

「あいつは真面目な人間だぞ」

「……どの辺りがですか?」

 少なくとも和泉の知る限り、日下部は出来の悪い刑事の見本のような人物だ。

「自分も理解できません」駿河が同意する。

「お前達、刑事なら表面にはあらわれないものを見抜く力をつけろ」

 聡介は注文ボタンを押してそう言った。


 洞察力ということか。

 確かにそうだが、聡介は本当に部下達をよく観察している。


 父と自分のことしか興味のない和泉には理解しがたい。しかし、駿河は納得したように無表情で頷いた。

 まぁ、日下部のことなど正直どうでもいい。


「あ、そうだ。明日は出張だからこの後、着替え取りに行ってきますね」

 和泉は運ばれてきた料理に手をつける前に言った。


 明日は被害者、水島弘樹の葬儀が行われる。葬儀会場に刑事が出入りするのはごく普通の捜査方法だ。犯人が何食わぬ顔をして参列する場合もある。


 水島弘樹、源氏名を『隼人』と名乗ったホストの葬儀は明日、彼の地元である山口県岩国市で行われる。

 出張といっても距離的にはたいしたことはない。山口県は隣だし、まして岩国は広島との県境にある。

「葵、お前も一緒に行ってくれ」

「え? 聡さんが一緒に行くんじゃないんですか?」

「俺は本部に詰めている。ただし、隣の県警に挨拶だけは忘れるなよ」

 最近はそうでもない、とマスメディアに顔を出す元警察関係者は言うが、やはり依然として警察の縄張り意識は根強く残っている。


 よその県に足を踏み入れる際は必ず地元の所轄に挨拶をしなければならない。そうでないと円滑に進む捜査も進まない。


 はーい、と返事をして和泉は食事に手をつけた。


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