ノアール、修行する
ノアールは、オカダが強引に申し込んだ結果、“みんなの修行場”で修行を始めることになった。
「それじゃあ、まずはあなたの“魔力量”を調べさせて」
修行場の責任者アリアが、水晶玉を指しながら言った。
「ま、魔力量……? どうやって量るの?」
ノアールが首をかしげる。
「リンディ、手本を見せてあげて」
「はい、アリアさん!」
リンディは胸を張って水晶玉に両手をかざした。すると、彼女の体からふわっとオーラが立ち上り、水晶玉が明るく輝く。
『魔力量12』
「すごいじゃない、リンディ! 一週間前より伸びてるわ!」
「えへへ……!」
アリアに褒められたリンディは、ドヤ顔で鼻を鳴らす。
「あの……アリアさん。魔力量って……具体的には?」
オカダが丁寧に尋ねる。
「魔法をどれだけ使えるかの“総量”のことよ。修行を重ねればちゃんと伸びるの。リンディは、5歳としては考えられないほどの魔力量を持っているのよ」
「なるほど……」
(そういえばノアールさん、魔力切れしてるの見たことないわ……。だとしたら、魔力量はとんでもない数字に……?)
期待に胸を膨らませるオカダ。ノアールは緊張しながら水晶玉に手をかざした。
……しかし。
『魔力量7』
「お〜ほっほほ! やっぱりおチビちゃんはその程度の魔力なのねぇ!」
リンディが勝ち誇って笑い倒す。
「なっ……なにを~~!!」
ノアールが地団駄を踏む。
(え、なんで? 絶対もっとあると思ってたのに……)
オカダは心の中で大困惑。
──ていうか、こういう展開って普通、“魔力量2万”とか出てくるやつじゃないの~!?
(↑誰?)
◇
“みんなの修行場”の外で、魔法の練習を開始するノアールとリンディ。
「じゃあ、初級魔法の練習をするわよ。リンディ、まずはお手本を」
「はい、アリアさん!」
リンディは的に向けて、両手を構えた。
「《ファイアボール》!!」
ポンッ
可愛らしい火の玉が飛び出し、的に着弾して小さく火花を散らす。
「ふふん、どう? おチビちゃん、これが“正しい魔法”よ」
「むっ……! わ、私だってできるんだから!」
ノアールが真似して両手を構え──
「《ファイアボール》!!」
ゴォォォォオ……
炎の“狼”が出現し、一直線に的へ。
ドゴォォォォン!!
的は跡形もなく弾け飛んだ。
「……!!」
「……あ、あわわ……」
アリアとリンディが固まる。
「えへへ……失敗しちゃった」
ノアールがテヘペロ。
「し、失敗!? 今のは……《フレイム・ファング》。炎系の高等魔法よ!! あなたたち、一体……何者なの?」
アリアが震えながら尋ねる。
オカダは、これまでの経緯を説明した。
「ま、魔王軍最強の魔女ジャギーの弟子!? なるほど、それなら高等魔法が使えても──って、納得できるわけないや~ん!!」
(ノリツッコミ……)
「ジャギーの弟子でも、5歳児に……私でも使えない高等魔法が使えるわけないや~ん!! な~いや~ん!!」
(アリアさんのキャラが崩壊している……)
「で、でも……目の前の現象は事実……。落ち着け……も、もちつくのよ……アリア……」
深呼吸を繰り返したアリアが、やがて真顔に戻る。
「ノアールは、使える魔法と魔力量が釣り合っていない……。だから魔法が安定しないのよ。魔力量を上げるには、まず基礎鍛練。彼女はそれをしてこなかったのでしょう。おそらく“才能だけで生きてきたタイプ”ね……。まるで、“泥団子の中の小石”のように」
(……どういう喩え? ボケている……? それとも喩えが壊滅的に下手な人……?)
オカダは迷った結果、ツッコまなかった。
と、その時──
「ハァ……ハァ……」
ノアールが肩で息をしていた。
「魔力切れね。オカダ、中央広場の噴水にある“魔力の水”を汲んできて。魔力が回復する水よ」
「わ……分かりました……!」
◇
それから毎日、ノアールはリンディとともに、基礎鍛錬に明け暮れることになった。
精神力と集中力を鍛える“瞑想”。
魔力の流れを整える“魔力ラジオ体操”。
体力と耐久力を養う“泥だらけマラソン”。
演技力が身につく“バナナの皮で滑る練習”。
そして、誰もが一度は挑戦してみたい“梅干しの種飛ばし大会”。
どれも楽しくて、ノアールにとっては新しい世界そのものだった。
気づけばノアールとリンディは、お互いを認め合う、よきライバルであり友となっていた。
ある日、リンディがふと尋ねる。
「ねえ、ノアール。あなたのお母さんって……?」
「うーん……よく分からないの。でもね、ジャギー様が私のお母さんみたいな存在よ。リンディのお母さんは?」
「私は……気がついたら、もうアリアさんのところにいたの。だから、アリアさんが私のお母さんみたいなものね」
境遇の似ていることに気づいた二人は、自然と笑い合った。
その様子を見ていたオカダは、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
そんな彼女に、アリアが静かに声をかける。
「魔法が安定するかどうかは、魔力量と魔法そのもののバランス。……そして精神面の影響が大きいの。オカダ、あなたがノアールのそばにいれば、あの子の魔法は暴走しないわ」
「ぐ、ぐすん……はい……! わたし……がんばります……!」
オカダは鼻をすすりながら、胸を張って頷いた。
◇
一週間の修行を終え──。
「……アリアさん、お世話になりました」
「オカダ、ノアールをお願いね。ノアールも、くれぐれも無茶はしないように」
「はいっ! アリアさん!」
「ノアール~! 行っちゃうの~!?」
リンディが地面を転げそうな勢いで号泣する。
「また遊びに来るわ、リンディ」
「……うん。絶対よ……絶対に来てね」
「もちろんよ」
「――ほんとに? 本当に必ず?」
「うん」
「本当の本当の本当に必ずよ?」
「うん……」
「本当の本当の本当に絶対に必ずよ?」
「…………」
(……しつこい)
こうしてノアールは、魔力量を大きく高め、次なる目的地――魔王城へと向かうのだった。
アリアとリンディに別れを告げたノアールたちは、待ち合わせの場所へ向かった。
そこには――ひときわ個性的な二人が立っていた。
上半身裸で、やたら眩しい笑顔とともにサイドチェストのポーズをキメる、筋肉ムキムキのセインツ。
そして、真っ白なシャツに黒いタイツ姿で、軽快なステップを踏み続ける、ちっちゃいオジさん。
ノアールとオカダは、そっと視線を逸らし……何も見なかったことにした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。




