ノアール、修行場を探す
「うわぁー! すごーい! ここが魔法都市スゲーンダーナなのね!」
ノアールは、初めて目にする大都市の光景に、目をキラキラと輝かせていた。
スゲーンダーナでは、あらゆるものが魔法で動いている。
鉄道、動く歩道、空飛ぶ車、大型ビジョン──どれも田舎育ちのノアールには、見たこともないものばかりだ。
「すごいだろ? 全部、魔法で動いてるんだ」
セインツは自分の功績でもないくせに、なぜかドヤ顔を決めている。
「それで……お二人がパワーアップするには……どうするのでしょうか……?」
オカダが控えめに尋ねる。
「ああ、この街にはいろんな修行場があるんだ。鍛えたい能力や個性に合わせて好きに選べる」
セインツがそう説明したとき──近くから声が聞こえてきた。
「いかがっすか~? 修行いかがっすか~? モテモテになること間違いなしの特別修行で~す!」
(な、なに!? モテモテ……だと!?)
セインツの目がギラリと光る。
「じゃあ、俺は自分に合う修行場を探す! ノアールも自分で探してくれ。一週間後に合流しよう」
「分かったわ!」
ノアールは、まるで遠足前の子どものように瞳を輝かせて答えた。
「オマエ、コロス」
なぜか同じテンションでキラキラするちっちゃいオジさん。
(わ、私は……修行の必要はないから……ノアールさんのお手伝いをしなくては……)
オカダは静かに決意を固めた。
◇
セインツと別れたあと、ノアールはオカダとともに、自分に合う修行場を探して歩き回っていた。
スゲーンダーナには修行場がやたらと多い。ざっと見ただけでも100近くある。
「私はやっぱり、世界を一発で破壊できる魔法を覚えたいわ!」
ノアールは突然、物騒なことを言い出した。
「でも……ここに来た目的は“魔法を安定して発動できるようになること”…だったはず……」
オカダが冷静にツッコむ。
「じゃ、じゃあオカダはどこがいいのよ?」
「……あそこなんて、どうでしょうか……?」
オカダが指差したのは、路地裏にぽつんと建つオンボロな建物だった。
「え? あれは……さすがに、営業してないでしょ……」
ノアールは身をすくめる。
なぜなら建物全体がホラー映画の舞台のように薄暗く、幽霊が出そうな雰囲気満点だったから。
「いえ……ああいうところにこそ、すごい先生がいるんです! さあ、行きましょうノアールさん!」
オカダはめずらしく強気だ。
オンボロ建物には『みんなの修行場』と書かれた看板がぶら下がっている。
「ほら、ノアールさん。楽しそうじゃないですか? “みんなの修行場”ですって……」
オカダはにっこりしているが──
(楽しそう……? いや、看板の赤文字……絶対、血が垂れてる風にしか見えないんだけど!?)
ノアールはガクガク震えていた。
そのとき、背後から声が。
「あなたたち……お客さん?」
ビクッと跳ねるノアール。ゆっくり振り返るオカダ。
そこにいたのはノアールと同じくらいの年頃の少女だった。
「あ、あ、あ……あなた! 何者よ!」
ノアールが半泣きで叫ぶ。
「あら……相手に名前を聞くなら、まずは自分から名乗るものでしょう……おチビちゃん?」
少女はくすっと笑いながらノアールを見下す。
「な、なんですって〜!! あなたのほうがチビじゃない!! このチビチビちゃん!!」
「ふん! あなたのほうがチビよ!! このチビチビチビちゃん!!」
「あなたこそチビよ! チビチビチビチビチビ……(※以下略)」
(なんて……激しい……女の戦い……)
オカダが戦慄していると、人影が近づいてきた。
ゴッチーーーン!!
少女の頭にげんこつが落ちる。
「リンディ! またお客さんにちょっかい出して! 今日はおやつ抜きよ!」
「いででで……アリアさん……だって、このチビチビチビチビ……(※以下略)」
ゴッチーーーン!!
再びげんこつ。リンディは地面で転がった。
その女性──アリアがオカダに向き直り、ぎこちない営業スマイルを浮かべる。
「あ、いらっしゃいませ……うちはオンボロですが……ぜひ修行していってください……」
(な、なんだろう……営業が……とてつもなく下手そう……)
「い、いまなら……修行料を半額に……半額にしておきますんで……!」
(!!)
「は、半額……!?」
(久しく聞かなかった……その甘美な単語……。“半額”……ああ、“半額”……。は・ん・が・く……)
「ノアールさん! ここに決めましょう!!」
「え!? ちょ、ちょっと待っ──」
「さあノアールさん! 修行開始です!!」
「ありがと〜ございますぅ~」
オカダは“半額”という言葉に完全に理性を失い、ノアールを半ば強制的にオンボロ修行場へ押し込むのだった。
◇
一方その頃、ちっちゃいオジさんは──。
「アン・ドゥ・トロワ……アン・ドゥ・トロワ……!」
手拍子とともにリズムを刻む男性講師の声がスタジオに響く。
「あなたたち! そんなステップじゃ全然ダメ! そんな雑さで、素敵なプリンシパルになれると思っているの!? はい、もう一度!」
講師は再び手をたたき始めた。
「アン・ドゥ・トロワ……アン・ドゥ・トロワ……!」
そのリズムに合わせ、ちっちゃいオジさんがちょこちょことステップを踏む。
──そう。ちっちゃいオジさんは、バレエダンススクールで修行をしていたのである。
「オ・マエ・コロス……オ・マエ・コロス……」
いつものセリフも“アン・ドゥ・トロワ風”だった。
そして、セインツは──。
「さあ、次は100キロのベンチプレスだ!」
トレーナーの男が当然のように言い放つ。
「ま、待って! なんで“魔法の修行”でベンチプレスなの!? 方向性おかしくない!?」
セインツが悲鳴混じりに尋ねると、男はキラッと白い歯を見せて笑った。
「はっは〜! 何を言ってるんだ? 筋肉こそ、すべて! 筋肉こそ最強だろ? はっは〜!」
そのまま強制的にベンチ台へ押し倒されるセインツ。
「ヒ、ヒィィィィ!!」
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