ノアール、城を訪れる
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
ニギヤカーナの町を出たノアールたちは、一路デッカイダー城へ向かっていた。
「……あれ、オカダは?」
セインツが辺りを見回しながら尋ねる。
「いるわよ」
ノアールがあっさり答える。
「え、どこ? どこ?」
セインツがきょろきょろと探したそのとき、首筋に生ぬるい息がかかった。
「……あなたの、後ろにな!!」
耳元でささやくオカダ。
「ヒ、ヒイィィィッ!!」
飛び上がるセインツ。
「オマエ、コロス」
ちっちゃいオジさんは、今日も平常運転だった。
◇
城下町に到着した一行は、広場の掲示板を見上げる。そこには御触れが貼られていた。
『挑戦者求む! 第二王子の病気を治したら、素敵なプレゼントをあげるよ笑』
「キター!! これは俺のための依頼じゃないか!? 前回は全然活躍できなかったし、今度こそ──」
セインツは胸を張って拳を握る。
「ここで決めて、『セインツ様、素敵……』って言わせてやるぜ!」
ノアールはといえば、掲示板を見ながら両手を胸の前で組み、うっとりしていた。
「お、王子様……」
幼い頃(今でも十分幼いが)に絵本で読んだ、白馬にまたがる完璧な王子の姿を想像して、口元がゆるむ。
「うふふ……」
ノアールはすっかり夢見心地。
その横で、ちっちゃいオジさんはアリの巣に棒を突っ込んでいた。
オカダは道具屋で半額シールの貼られた薬草を真剣に吟味していた。
◇
「これはこれは、よくぞ参られました。旅の回復術士様ご一行」
広間にて、デッカイダー王は満面の笑みで迎え入れた。
「こちらこそ、ご厚意に感謝いたします」
セインツが礼儀正しく答える。
「それより!」
ノアールは目を輝かせて前に出る。
「王子様は!? 王子様は、どこなのですか!?」
その瞳はハートマークで輝いていた。
「ふふ……すぐに案内しよう」
王の合図で、大臣が立ち上がる。
一行は大臣に導かれ、第二王子の部屋の前にたどり着いた。
「では、こちらに」
だが、扉を開けるより早く、ノアールが勢いよく飛び込んだ。
「王子さま! 姫は、姫はずっとお逢いしたく存じておりましたわ!」
しかし──
「あれ? 誰もいない……?」
ノアールが首を傾げたそのとき、部屋の隅から声が聞こえた。
「オギャア、オギャア」
「え?」
「あちらが、第二王子ジョージ様です」
大臣が指差した先には、ゆりかごが揺れていた。中には生まれたばかりの赤ん坊。
「えぇぇ!? 王子って……赤ちゃんなの!?」
ノアールのテンションが急降下する。
「赤ちゃん……かわいい……」 ポッ
オカダは頬を赤らめ、テンション急上昇であった。
「ちなみに……王子のご病気とは?」
セインツが尋ねると、大臣が深刻そうな顔で答えた。
「はい……『眠っているときに、オジさんの顔になる病』でございます」
その言葉を聞いた途端、眠っているジョージ王子の顔が、どことなくオジさんじみて見えてくる。
「……気のせいよね?」
ノアールがつぶやく。
「では、早速回復しちゃいますね!」
セインツが得意げに杖を掲げる。
「ヒール!」
今回は見事な緑色の光があふれ、ジョージ王子の身体をやさしく包み込む。
だが──
しーん。
何も起こらない。
「も、もう一度! ヒール!」
「ヒール! ヒール! ヒールぅぅぅ!!」
額に玉のような汗を浮かべ、必死に唱え続けるセインツ。けれども結果は同じ。
「ハァ……ハァ……今日はこれくらいで勘弁しといてやらぁ!」
無理やり強がって杖を下ろすセインツ。
「もうっ! セインツの根性なし!」
ノアールはぷんぷん顔で腕を組んだ。
そのとき──廊下から騒がしい声が響いてくる。
「王子! ジェファード王子! お待ちください!」
(……お兄さん! そうよ、第二王子がいるなら第一王子も! 今度こそ、運命の出会いが──!)
ノアールの胸はときめきでいっぱいになった。
ガチャ。
扉が開き、現れたのは八歳ほどの少年。頭に王冠、豪華な服……。
だが──
腹は見事に突き出し、両手にはローストチキン。骨をガリガリかじりながら、口の周りを脂でテカテカに光らせていた。
ノアールの脳裏に、絵本で読んだ“完璧で紳士的な王子”の姿がよみがえる。
薔薇の花を差し出し、ひざまずいて微笑む──そんな理想像。
パリーンッ!
そのイメージは音を立てて崩れ去った。
「いやぁぁぁああ!!!」
ノアールは叫び、反射的に杖を構える。
「や、やめろノアール!!」
セインツが慌てて止める間もなく──
「闇の業火よ、すべてを焼き尽くせ! ダーク・ファイア・アロー!!」
ノアールの呪文が、珍しく大成功。闇の炎がジェファードを包み込む。
「ぎいぇぇぇええ!!」
炎に焼かれたその体はグニャリと歪み、たちまちガマガエルのようなモンスターへと変貌した。
「なっ……第一王子はモンスターが化けていたのか!?」
セインツが驚愕の声を上げる。
それを見て、大臣が慌てて逃げ出した。
「ハァ、ハァ……なぜだ!? なぜ正体がバレた!? 俺様の計画は完璧だったのに!」
「……それは……たまたまなんです……」
オカダが素早く横を通り抜け、さりげなく大臣の前に立ちふさがる。
すかさず、後ろからちっちゃいオジさんが現れ、大臣を挟み撃ちにした。
「く、くそっ! こうなったら実力行使だ!」
大臣は叫ぶと、その姿をタヌキ腹のモンスター“ドラムスコ”へと変え、抱えた太鼓を打ち鳴らした。
しかし──
「オマエ・コロス!」
回転しながら上昇するちっちゃいオジさん。
「……私も……」
全力で跳躍するオカダ。
「インビジブル・ふんどし・カーニバル!!」
オカダとちっちゃいオジさんの謎の合体技が炸裂。
「ぐ……ぐ、ぎぃやぁぁぁぁあ!!」
ドラムスコは抵抗する間もなく瞬殺された。
◇
その後、本物の第一王子と大臣は地下牢から無事に発見された。
第一王子にとっては──少しばかり辛い監禁生活が、ちょうど良いダイエットの機会となったらしい。
そして第二王子も、もうオジさんの顔に見えることはなくなったという。
こうして、デッカイダー城の事件は解決したのだった。
「それでは、そなた達に褒美をとらせよう。開けるが良い」
王様の言葉に従い、ノアールは宝箱の蓋をそっと開けた。
「こ、これは……!」
「それは銀のペットボトルじゃ! 常に中身がひんやりと冷たい、魔法のアイテムである!」
……オカダは内心で首をかしげた。
(銀のペットボトル……つまり、ただの銀の水筒なのでは? それに、この世界に“ペットボトル”なんて、あるのかしら……?)
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