第99話 悪意の満喫
二年前の出来事を語り終えた安藤は、一呼吸置いて話を締めくくる。
「……以上が僕の知る岬ノ村の事件です。豊穣の儀という建前が暴走し、前代未聞の殺戮に繋がったわけです」
電話相手は沈黙していた。
その雰囲気に何かを感じ取ったのか、安藤は流暢に付け加える。
「悪意に次ぐ悪意。カニバリズムの村を崩壊させたのは正義のヒーローではなく、それ以上の狂人でした。結果としてカオスな事態になったのはまったくの偶然ですけどね。ニュースでは陰謀説が囁かれていましたが」
部屋のテレビはニュース番組を映していた。
ゲストの佐伯が岬ノ村での体験を話している。
他の出演者達が深刻そうな顔で聞き入っていた。
安藤はテレビを一瞥して呟く。
「すごいですよね、彼女…………ああ、佐伯のなかさんのことです。ちょうど生放送で出演しているんですよ」
テレビの画面が切り替わり、スタジオの様子から数冊の書籍の紹介へと移った。
いずれの表紙にも佐伯の顔が採用されている。
「話題性を利用して大儲けしたそうですね。書籍もベストセラー連発だとか。普段は国外で悠々自適に過ごしているらしいです」
事件後、安藤は同じ生存者について調べていた。
特に星原と佐伯は積極的にメディア露出していたので情報を集めるのは簡単だった。
その過程で安藤は佐伯の書籍にも目を通している。
彼にとってあまり興味を惹く内容ではなかったが、佐伯という人間そのものには一定の関心を抱いていた。
安藤は画面の向こうの佐伯を凝視する。
「……これは僕の推測ですが、彼女は国外で狩りをしていますよ。鹿とか熊ではありません。岬ノ村のような存在に潰して回っている気がします」
電話相手が大声を出していた。
安藤は少しうるさそうにしながら答える。
「いえ、確たる根拠はありませんよ。僕の勘です。彼女、スリルに取り憑かれた目をしているんですよね。海外移住はより自由な狩りをするためでしょう」
安藤の足元から呻き声がした。
血だらけの男が這って部屋から出ようとしていた。
室内にいくつもの死体が転がっており、安藤はその中心で通話をしていた。
拳銃を構えた安藤は、這って逃げる男を射殺する。
安藤は表情を変えずに話を続けた。
「失礼、なんでもないですよ。お構いなく」
その時、外から銃声が聞こえた。
窓ガラスが粉々に砕け散って室内に散乱する。
眉を僅かに動かした安藤は、素早い動きで窓の外を窺う。
夜闇の中から歩いてくるのは佐久間だった。
少しぎこちない動きで、足音にはカチャカチャと金属音が混ざる。
彼は切断した部位を義足にしていた。
手には無骨な猟銃を携えている。
再び部屋に撃ち込まれた散弾を見て、安藤は冷静に述べる。
「殺しのスタンスが似通っているせいで標的が被った……いや、最初から僕を狙ったのか。ああ、いや、こっちの話です」
三度目の銃撃が壁に穴を開けた。
安藤は小さく息を吐いて通話相手に告げる。
「すみません、ちょっと立て込んできたので切りますね。あなたも踏み込みすぎれば後悔しますよ。まあ手遅れかもしれませんが」
さっさと電話を切った安藤は拳銃の残弾数を確かめる。
そして屋外の佐久間に狙いを定めた。
「さて、簡単に死なないでくださいね」
微笑む安藤が引き金を引いた。




