第96話 因果応報
夜明けを迎えた山は未だ燃え続けていた。
中腹に位置する川辺には村長が横たわっている。
動かなかった村長がいきなり目を開き、激しく咳き込んで川の水を吐き出した。
しばらくして落ち着くと、彼は呻きながら立ち上がる。
「うぅ……ぬぐっ…………」
村長の状態を一言で例えるならゾンビだった。
死体同然の姿にも関わらず、なぜか生きて動いている。
村長は脳の大部分が吹き飛び、片目から後頭部にかけて穴が開いていた。
他にも全身に無数の致命傷を負っている。
佐伯との死闘の果てにすべてを失った村長だが、幸か不幸か意識が蘇ったのであった。
村長はよろめきつつも歩き出す。
憎悪に憑かれた彼はしゃがれた声を発した。
「ゆ……るさ、ん……よそもの、は……みなごろ、し……じゃ…………そして」
「にひっ」
愉快そうな笑い声がした。
村長が振り返るとそこには手斧を振りかぶる平野がいた。
手斧が村長の額から生える木片に炸裂し、残り僅かとなった脳内へと押し込まれる。
それでも村長は絶命せず、血の唾を飛ばして平野に襲いかかった。
「おがぁァッ!」
平野に触れる寸前、村長は首を掴まれた。
そのまま高々と持ち上げられて身動きが取れなくなる。
村長を捕らえたのは極彩色の鱗に包まれた鈴木だった。
傷だらけの逞しい腕は掴んだ首を軋ませる。
今にも握り潰しそうな勢いだった。
苦しむ村長の目が驚愕と混乱を示す。
それは、平野と鈴木が共闘しているという状況に対する疑問だった。
村で殺し合っていたはずの二人がいつの間にか意気投合したこと、そして自分にとどめを刺そうとしている事実を彼は受け入れられなかった。
村長は小さな声で呟く。
「み、さ……かえ……さま……」
次の瞬間、村長は鱗の内側へと吸い込まれた。
巨躯が脈動し、肉を引き裂く音や骨を叩き折る音が連続する。
その間、この世のものとは思えない凄まじい絶叫が繰り返されていた。
それらの音が止むと、一転して静かになった。
数分の咀嚼音を経て鈴木の足元に人骨の破片が転がる。
鈴木は盛大にげっぷを鳴らす。
平野は一連の捕食をケラケラと笑って見守っていた。
川辺に誰かが近付いてくる音がした。
それは避難する数人の警官だった。
平野と鈴木は彼らに見つかる前にその場から立ち去る。
その後、二人の怪物は姿を消した。
山の消火活動や捜索でも彼らが見つかることはなかった。




