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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
最終章  『排他的観念への包括性の同調及び協調による、パラダイム・シフトの肯定と否定』
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08  『彼女の望みを叶えつつ』

 ホロン枢機卿の前で、人々はなおも不服の色を濃くする。彼がどれだけ言葉を重ねても、群集は一向に納得しようとはしなかった。

 そして、ようやく周囲の状況に目が行った宇佐美までもが慌てて問いかける。



「なにが納得できないのでしょう? よもや、私が神に遣わされた勇者であることを疑ってらっしゃるのですか?」


「いやいや、そうじゃねぇ。お前さんが勇者として色々やってたのは、以前から知ってたしな。けどよ……」


 そして協会長は周囲の者たちと顔を見合わせ、互いに何事かを頷きあって、宇佐見たち壇上のピエロに突きつけた。


「だって、他の勇者の皆さんは、そんなこと一ッ言も言ってねぇんだぞ?

 それどころか、俺達アルスラ教以外を信仰してるモンにも、すっげぇ仲良くしてくれてんぞ」




「……はい?」


 思わずアホずら見せてしまった壇上の二人を他所に、協会長は続ける。


「そこのお嬢ちゃんと同じ、アルスラエル様に遣わされたって勇者さんたちだがよ。ここんとこずっと、俺達の神サマの神殿に慰問に来てたじゃねぇか。それなのにいきなり俺達が邪教だなんだって言われてもなぁ、驚くより先に意味がわからねぇよ。どうなってんだ、あんた等?」


 その発言を皮切りに、至るところで声があがり出す。


「そうだ、意味がわからねぇ」「こっちにだって勇者サマは来てくれたぜ?」「俺んトコにも来てくれた」「俺んトコじゃあ、こないだ神殿の掃除手伝ってくれたぞ?」「あぁ、モンビシャ様のトコでも、やってくれてたな」「ウチのコクーダイ様のトコに一昨日いらしてくれた時は、神殿の屋根を治してくれたよ」「なんの。先週のテーホー神殿では、隣の孤児院にまで寄ってくれたんだぜ?」「いや、ウチが一番だな。なにせ我がテンベン神殿に来てくれたときは、一緒にお祈りまで捧げてくれたんだからよ!」


 ふむ。具体的な行動までは指示していなかったが、和泉たちは随分積極的にやってくれてたみたいだ。元より誰かに褒められるの大好きっ子な和泉だから、こういう事をやらせたら間違いはないと思っていたが。もっとも、祈り捧げるまでやるのはやりすぎな気もするが。……あぁ、そういやテンベン神は女性の芸術神で、その神像もえっらい美人だったな。



「ど、どういうことだ? 他の勇者? わ、私はそんなこと、何も聞いていないぞっ?」


 口々に、いかに勇者が自分の宗派と仲良くしていたかを語る人々に対し、面白いほどにうろたえたホロン枢機卿は、慌てて宇佐美を問い詰める。だが、宇佐美だって事情を知っているはずも無く、ただただ首を振るばかりである。



 さて、種明かしと言うほど大した企みではないのだが、もちろんコイツは、俺達の仕掛けた罠だ。


 先だっての王女との話が纏まった後、俺は和泉と百合沢に一つの指示を出した。それこそが、今この広場に集まった連中が口にしている、各宗教の神殿に出向いてのボランティア活動である。


 この王都の中に存在する大小さまざまな宗教施設。その中でアルスラ教以外の場所に行き、積極的な友好活動をしてきてもらったのである。もちろんその時には、勇者としての使命だとか、女神のご意志だなんて胡散臭いお題目は使わせていない。ただ単に、和泉と百合沢という個人が社会貢献の一環として行っただけだ。

 だがそれでも、アイツ等が勇者であることに変わりはない。王都の住民達にとっては、女神アルスラエルによって遣わされた勇者に他ならないのだ。


 そうすると、当然街の人々はこう思う。「あぁ、女神アルスラエル様は、自分以外の神にも寛容な存在なんだろう」、「アルスラエル様が自分以外の神を尊重しているからこそ、あの勇者達も他の神殿に好意的なんだろう」とな。こんな風に考えるのが、自然な流れだ。


 そんな雰囲気が蔓延している中で他宗派の弾圧なんて宣言したところで、起こるのは単なる混乱だけだ。いくら大掛かりな会場作って煌びやかな演出したところで、友好ムード満載のこの町の人たちにまともに取り合ってもらえるはずが無いんだよ。わかるか、クソ女神?




「くくくっ……踊ってくれてますなぁ。大ハマリも良いとこですヨ」


 目的地までの移動を行いつつ、隣を歩く絹川が口走る。目立たぬよう暗がりを選んで進んでいるうえ、顔を見られぬようにすっぽりとローブを被った姿でこんな事を言っているのだ。その形相も相まって、どっからどう見ても立派な悪の幹部だ。


「なぁに。ヤツラが大掛かりな式典を行うことは始めから予想がついていたし、そうなりゃいずこかの会場を押さえようとするのは明白だ。となれば、予めやつ等の動きを察知するのは、大臣である俺には容易い。この王都である程度の人間を集められる場所と言えば、国の管理している土地しかありえんのだ。

 それに、この状況を作ったのは、どっちかと言えば和泉達の努力だ。いくら俺が、やつ等に気付かれぬよう開催日時を遅らせていたとはいえ、この短期間で、王都に存在する全ての教会を視察してくれたのだからな」


「確かに……ちょっちハードスケジュールでしたねぇ。今朝になって、ようやく最後の一箇所に行けたぐらいですし。でもまぁ、その為のスケジュール調整で寝る間も惜しんでたのは確かなんですから、ここは素直に褒められといてくださいな」


「そいつはまぁ、かまわんのだがな。しっかし、お前の考えた作戦名だけはどうにかならんかね?」


「わかり易くてよいじゃないですか。『作戦名:アルスラエル様の方から来ました』」


「判りやすく胡散臭いんだよ!」


 相手を肘で小突きあいながら俺達は、そして、何も知らない第三者が見れば即刻通報モノの顔でニヤリと笑いあう。さて、急ぐとしよう。事前に打ち合わせていた目標地点まではあと少しだ。


 一方舞台の上では、そんな俺達を他所に、スケジュールどおりに喜劇が進行中である。




「そ、そうだ。キサマ等の神殿に来たという勇者。そいつ等が本物の勇者であるという証拠はどこにある!? 真に神に認められた勇者は、ここにおわす宇佐見様だ。きっとその者たちは、勇者の名を騙る不届き者に違いないっ!」


 目の前で起きている現実から目を背けるかのように、ホロン枢機卿が大声を上げた。苦し紛れの言い訳に過ぎない発言だが、逃げ方としては間違っていない。

 映像技術の未発達なこの世界では、その場に来た人物がいったい誰であるのかなを証明する手段など、周囲の目撃証言くらいしか存在しない。である以上、社会的地位が上に居る人間がそれを否定すれば、事実など容易に捻じ曲げられてしまう。



 現在この場に居る人々は、どちらが正しいのか判断に迷っている。目の前のホロン枢機卿と宇佐美か? それとも、この数日間に渡り目撃し続けた和泉達か?

 それだけに、ここで和泉たちは勇者の偽者だと決め付けてしまえば、誰しもが枢機卿達の発言に納得することだろう。


 だがもちろん、この場でそんな暴挙がまかり通るはずは無い。



「ほほぅ……ホロン枢機卿。そなた、実に面白い事を言うのぅ。あの者たちが、偽者の勇者であると主張するのか」


 人を食ったような口調と共に、第三の人物が壇上に現れた。王女メリッサの登場である。

 護衛の騎士を侍らせた彼女の姿を見た群集は、今日一番の歓声を上げて王女を迎えた。眼下に広がるそんな光景を目にし、メリッサは少しだけ顔を綻ばせ、すぐにキリっと枢機卿に向き直る。



「そこに居る宇佐美殿はもちろん、和泉宏彰殿、百合沢美香子殿の両名も、紛れも無くこの妾が召喚した勇者じゃ。それをして、そこな宇佐見殿のみが真実の勇者じゃと、そうそなたは主張するのか?」


「メリッサ王女……」


 詰め寄る王女に対し、枢機卿は更に狼狽をしめす。誰かがナチュラルにスルーされてしまっている気もするが、そこまで大した問題じゃないような気もするので放っておこう。

 どこからか聞こえた気もする「私は? ねぇ、私はッ!?」抗議の声などどこ吹く風で、メリッサはなおも問いかける。



「妾が召喚の儀を行った際、そなたもそこに立ち会っていたはずじゃ。じゃというのに、真実の勇者は宇佐見殿ただ一人とぬかす。……これはどういうことなんじゃろうなぁ?」


「ち、違いますぞ、メリッサ様。私が申し上げたのは、あの者たちが主張する、邪教の神殿に来たという者どもが偽者であるということ。決して、和泉様や百合沢様がまがい物の勇者であるなどとは……」


「なにを馬鹿なことを……。そなたの言う邪教の神殿とやらに赴いたのは、紛れも無く宏彰殿と美香子殿じゃ。なにせ、その場には妾も一緒に同行しておったのじゃからな、見間違えるはずがないであろう? なぁ、皆のもの」


 身振りと共に投げかけたメリッサの問いに、広場のあちこちから賛同する声があがった。王女め、なかなか堂に入った煽り方じゃないか。衆目に晒されることに慣れている立場だといえ、ここまで立ち振る舞えるのならば充分及第点だ。



 あの日、俺がこの王女に求めたのは、王候補として本来の道に戻るということ。つまり、彼女自身が数年前まで頻繁に行っていた、王国内の民間組織への慰問を再開するという事だった。そしてその訪問先は、もちろん王都中の宗教施設に他ならない。


 先ほど枢機卿が偽者扱いした勇者たちは、つまりは王女と共に視察を行っていたのである。身の証を立てるのに、これ以上の人材なんて中々居ない。この国自体が、身元保証人になったようなものなのだ。

 全く苦労したぞ? 体力バカの勇者達だけならいざ知らず、一般人の王女にまで合わせてスケジュール管理したんだからな。


 そして、俺の地道極まりない裏方作業の結果、晴れてあの舞台の上に立っているメリッサ王女は、いよいよ最後の段階に踏み入る。




「のぅ、ホロンよ。この場に居る皆が思っておるとおり、かの勇者たちは、他の宗派への弾圧など夢にも考えておらんようじゃぞ? それはつまり、女神アルスラエル様もが、他の神々に対して寛容以外の心をお持ちで無いということに他ならぬ」


「……うっ。…………ぐっ」


「さて、そうなるとじゃ。偽者と言えるのは、はたしてどちらの方じゃろうのぅ。女神様によって遣わされた勇者を偽者だと言い張り、更には女神様のお心からも違えた舵を取らんと欲した者よ。

 ……この場に居る、真実、アルスラエル様に背きし人物とはいったい誰か。さぁ、答えるが良いっ、ホロン枢機卿よっ!!」


 小さな身体に衆目を一身に集め、実に堂々と舞台上に立ったメリッサが、ホロン枢機卿に最後通牒を突きつける。

 その様は、奸臣を処断する王の姿にも良く似ていた。

少しだけ、込み入った話になっております。


次話にてちょっとした解説も入りますが、現時点ではっきりさせたい方は、

04『たまには誰かのひとり語りも』にて主人公が述べていたように、

「女神アルスラエル」と「例のクソ女神」とを、

一旦分けて考えてみればご理解いただけるかと。


「だから、どういうことだってばよ!」と言う方は、

明日の投稿をお待ちくださいませ。




ご意見、ご感想頂き恐縮です。

返せていないお返事に関しては、完結後に全て行う予定ですので、

もうちょっとだけお待ちくださいませ。


評価、ブックマークも嬉しく思いますが、

こういう時に忘れ去られがちなのは、

やっぱり寿老人と福禄寿なんですよねぇ。




○本作のスピンオフ的短編


『日の当たらない場所 あたたかな日々』

 http://book1.adouzi.eu.org/n4912dj/

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