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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
最終章  『排他的観念への包括性の同調及び協調による、パラダイム・シフトの肯定と否定』
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07  『細工は流々』

 その日、王都は異様な空気に包まれていた。

 四季を持つこの国の国民は、秋口には寒さに順応するだけの心構えを済ませている。だがそれでも、底冷えのする曇り空の下では、誰しも理由のわからない陰鬱とした気分に囚われてしまうものだ。


 そんな中、昼を少し回ったばかりだというのに一面の雲に日の光をさえぎられた薄暗い街中で、突如アルスラ教の大説法が開催されるという告知が人々の耳に広まった。そして、この町の住民の半数近くを占めるアルスラ教徒はもとより、それ以外の神を信じる者たちまでもが、このあまりに突然開催される大掛かりなイベントに関心を持たされてしまっていた。


 会場として示されたのは、王城から王都の中央門へと続く目抜き通りの途中、街で一番の大広場である。時期が時期ならば、毎日のごとく多種多様な品物が並ぶ市が立つこの広場は、国主催の行事に使われることを目的として作られた場所であり、国民全員に広く知らしめる式典などにも利用される、いわば国のメインステージとも言うべき広場であった。

 それゆえ、たとえ国教であるアルスラ教会の主宰する行事だとしても、一宗派が利用するには余りにも格式過剰な舞台を会場と示された街の人々は、このイベントがアルスラ教にとって並々ならぬ意味を持つものになるのだということを、始まる前から理解させられてしまっていたのである。



 アルスラ協会によって整えられた会場は、式典の開始する数時間前から人ごみで溢れていた。その場に居る誰もが、これから始まる何事かを、自分のその目で確かめなければと(はや)っていた。

 会場の一方には、大人の背よりも高く据えられた式台が作られており、そこに立つであろう何者かが、広場に集まった人々を見下ろす立場に居るのだということを強く主張している。ざわざわとざわめく人々は、王族が壇上に現れたとしても不思議では無いほどの舞台を目の前に、近くの者と緊張を共有する為だけのやり取りを交わしていた。


 何せ、これほど大掛かりな式典にもかかわらず、事前にその内容が一切伝わっていないのである。

 ある者は、神から新たな勇者が遣わされたのだと予想し、またある者は、高司祭に重大な啓示が下されたのだと噂する。これから行われる催しが慶事であるのか、それとも凶事であるかすらもわからずに、ただ不安と、同じくらいの期待を込めて、ナニかが起こるその時を待ちわびていた。



 そして鐘が鳴り、この国の歴史に残るかもしれない式典の幕が、今、切って落とされた。




「我が親愛なる信徒諸君。そして、我等が女神アルスラエルに見守られし王都の民よ。この私、アルスラ教枢機卿にしてマゼラン王国教会司教を務めるホロンの名において、今ここに歴史的式典を開催することを宣言する」


 壇上に現れた、華美な法衣に身を包んだ男が厳かに言い放つ。ホロン枢機卿を名乗る男は、王都の民にとっても知らぬ存在ではなかった。特に一般のアルスラ教徒にとっては、年に一度の大祭の時などにありがたい訓辞を垂れてくる相手である。この場に現れる者として、これ以上ないほど妥当な人物に思えた。


 だが、隣に居るヤツはいったい誰だ? そんな呟きが誰知らず囁かれる。すっぽりとフードを被った小柄な人影は、枢機卿のやや後ろに控えるように立っている。あのような、まるで子どものような背格好の高僧など、アルスラ教に居ただろうか?


 壇上のホロン枢機卿は続ける。



「今日のこの日を皆と共に迎えられたことを、私は、この上なく嬉しく思う。なぜなら、これから始まる式典は、我がアルスラ教にとって記念すべき内容であり、更に全てのマゼラン王国国民にとって重要な意味を持つ告知となるからである。

 それに先立ち、先ずはこちらにおわす方をお披露目しよう。この地に降り立たれてから、既にいくばくかの月日が経っている為、皆の中にはその尊顔を拝する名誉に預かった者も居るかもしれない。すなわち、我等が女神アルスラエル様によって遣わされた……。勇者、宇佐見様である!」


 一度は静まり始めていた群衆が、再び衝撃を生むほどのざわめきに包まれた。

 フードを脱ぎ去った人物は、煌びやかな白銀に輝く鎧に身を包み、純白のマントを翻す。遠めにもそれとわかる稀有なまでに愛らしい少女が、戦女神もかくやとばかりな勇ましい鎧姿を晒しているのである。それは誰もが、一目見ただけで、この少女が自分達とは違う特別な存在なのだという意識を植え付けられるほどであった。……いや、これちょっと演出過剰すぎねぇか?



 なおもどよめく群集に対し、勇者はすっと片手を上げる。すると、舞台に立つ彼女を中心とした波紋のように、人々は順繰りと口を閉ざしていった。たったそれだけの宇佐美の仕草に、誰もが意識を奪われてしまったのである。


「マゼラン王国の皆さん。改めてご挨拶させて頂きます。私は宇佐美梓。皆さんもご存知の通り、女神アルスラエル様によってこの地に遣わされた、皆さんを導く勇者です。

 本日は非常に重要なご報告をさせてもらう為、私と志を同じくするアルスラ教団の方達のご協力の下、このような場を設けて頂きました」


 以前地方の草原で、とある大臣を罵倒したそれと同じものとは思いもつかない、まさに鈴を転がすような声で彼女は語りだす。

 ゆっくりと、けれど最後尾の者にまでしっかりと届くその声は、恐らくだが魔法を使って流しているのだろう。まったく小癪なマネをしてくれる。いっちょ魔力干渉でも起こして妨害してやろうか? 得意だぞ、そういうの。



「女神アルスラエル様は、この地に住まう皆さんのことを憂い、私達という勇者を遣わせになりました。それはつまり、この地が悪しき流れに汚されていることをお嘆きになったからであります。

 そう、私は今ここで、はっきりと申し上げます。この地は、女神アルスラエル様が危ぶまれるほどの危険に晒されているのです」


 再度、群集が騒ぎ始める。それはそうだろう。多少の不安はあったとしても、それでも自分達が平穏に暮らしていたはずのこの国に、神が危ぶむほどの危険が眠っているなどと言われてたところで、すぐに受け入れられる訳はない。というか、下手すりゃ暴動起こるぞ?


 思わず脳内で治安部隊の配置を確認している最中も、宇佐美は続ける。



「女神様はお嘆きです。この地に生きる民が、悪しき教えにしたがっていると。真に民を幸せへと導くアルスラ協会がありながら、その教えを受け入れぬ者たちが居ると。

 ……いえ、もちろん女神様もわかっております。その者たちも、悪しき教えに欺かれているに過ぎないのだと。皆さんが女神様の慈愛に目覚め、真なる良心に従って行動すれば、きっと全ての民はアルスラ教の教えを受け入れるのだということを、慈悲深き女神様は知っておいでです。

 その為に、皆さんの迷いを断ち切る為の剣として、私達勇者を遣わせあそばされたのですから」


 そんな宇佐美の話を聞いた人々は、それでも混乱を隠せない。それは特に、広場の中央から後方に集まっている、アルスラ教以外の門徒達に顕著だった。そりゃあそうだろう。公衆の面前で、お前等は邪教の徒だとレッテルを張られたのである。すんなり受け入れられる方がどうかしている。


 そしてその場に居た一人の中年が、慌てて舞台へと近づいていった。あれは確か、地母神を崇める宗派の高僧だったはずだ。


「ゆ、勇者様っ、貴女はいきなりナニを仰られるのです! 確かに我々はアルスラ教とは信仰を別にする者。だがそれとて、人々の安寧を導くという志は同じなはず。これまでもそれを掲げて共存してきたというに、何をもって我等を邪悪とみなすのですッ!?」


「そのようなこと、考えるまでも無く明白ではないかっ。我等がアルスラエル様は神としての威光をお示しあそばされ、その証として勇者様を遣わされた。

 だがそなた等の掲げる神は何をした? 何もせぬでは無いか。それは即ち、おぬし達の神がまがい物であるというこの上ない証明となる。

 もしも異論があるのならば、今ここにそなた等の神が存在するという証を示すが良い!」


 血相を変えて問い詰める高僧に答えたのはホロン枢機卿だった。宇佐美の方といえば、見事なまでに完璧な、哀れみに満ちた表情で見下ろしている。いやはや、あの演技は心底恐ろしい。内情を知る俺ですら、宇佐美が哀しみにとらわれているように見えてくる。


 しっかし、ホロン枢機卿はなんとも無茶な要求をするものだ。どこの神だって、そう都合よく神意を示してくれる訳がない。そもそも、起きないからこその奇跡なんだぞ?

 まぁ、ヤツの方もそれがわかっているからこそ、これだけ大上段からぶった切るようなマネが出来るのだろう。勇者などという神の代弁者が居ることがどれだけ自分達に都合の良い事態なのかを、まったくもって良く理解している。なおも厳格を装って他宗派の者たちを断罪しているが、ありゃ腹の中じゃ高笑いを浮かべているに違いない。


 …………その余裕、後どれくらい続けられるかな?




「あの~。ちょっと良いか?」


 混乱渦巻く会場の中、一人の男が声を上げた。何度か無視されつつも声を上げる男に、ようやく枢機卿が反応する。騒ぎ立てる他宗派の者たちを差し置いて会話を促したところからすると、どう見ても宗教者とは思えないいでたちの男を、一般群集の代表ととらえたのであろうか?


「俺は、この王都で飲食店協会の会長を務めている者だ。生憎とあんた等アルスラ教じゃなく、スービエ神様を拝んでる」


「スービエといえば、商売繁盛を謳う土着神でしたかな。ご安心なされよ、今日まで邪な神に惑わされていたとしても、アルスラエル様はきっと貴方にもご加護を――」


「あぁ、いやいや。そういうこっちゃねぇんだ。あのよ、ちいっと聞きたいんだが……。あんた等が俺や他のヤツラを邪教だって言い張るのは、そこに居る勇者様がそうだって言うからなのか?」


「そのとおりです。真なる神に遣わされた勇者様が、崇めるべき神はアルスラエル様のみであると仰られるのです。これ以上の根拠がありますでしょうか?」


「……う~む。そりゃちょっと不思議なんだよな」


 自信満々に言い張るホロンだが、協会長を名乗る男は納得していない。一瞬馬鹿にしたような表情を浮かびかけた枢機卿だが、男の周囲に居る人間の顔が視界に入る。ホロン枢機卿の視界に映った彼らの表情は、協会長の浮かべるそれとほぼ同じ。それどころか、実際この場に居るほとんどの人間は、同じく不思議そうに首をかしげているのであった。




「――ハインツさんハインツさん」


「なんだよ。いま良いトコなんだから邪魔すんなって」


「うおっ、すっげーワルそうな顔しちゃってるよこの人。どう見ても悪役じゃないっスか。……じゃなくって、なぁんか私らのお知り合いが出てきちゃってますけど、アレもハインツさんの仕込みです?」


「テメェも人のこと言えねぇツラしてんだろ? それと、ありゃ俺にとっても予想外だ。まぁいずれ誰かが同じような事を言い出すだろうとは思ってたけどな」


「ほーん。……っと、そろそろ動きがありそうですねぇ。こっちも準備、始めちゃいますか」


「だな。……ぬかるなよ?」


「そっちこそ」


 刻々と深度を深めつつある民衆の困惑を眼下に、俺と絹川は軽く拳をぶつけ合った。

 さぁ、こっからが本番だ。

某七英雄とは直接の関係はありません。


次回予告、誰かがカワイソウな目にあいます。




ご意見、ご感想ありがとうございます。

評価、ブックマークが作者にとって

なによりのご褒美である事など、

わかっていただろうにのう、ワグナス……



○本作のスピンオフ的短編


『日の当たらない場所 あたたかな日々』

 http://book1.adouzi.eu.org/n4912dj/

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