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いやいや、チートとか勘弁してくださいね  (旧題【つじつまあわせはいつかのために】)  作者: 明智 治
第四章  魔王と共に行くリーゼン紀行”そうだ、辺境に行こう”
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09  『よくぞここまで語ってくれた』

 俺はどっかりと腰を下ろし、目の前の魔族を見る。

 絶体絶命の状況だというのに、どこか割り切ったようなふてくされたような顔をしてやがる。さぁて、思う存分話してもらうとしよう。

 ちゃんとみんな聞いておけよ?




「さて、まずは自己紹介をさせてもらおう。私はリーゼン領主ハインツ。まぁ、お前でもなんでも好きに呼ぶと良い。人族の肩書きなんぞお前たちには何の意味も持たんだろうしな。で、貴様の名はなんという」


「ケッ。やるならさっさとヤりやがれ。俺様は命乞いなんかしねぇぞ」


「まぁそう焦るな。死に急ぎたいというならば協力することもやぶさかではないが、その前に1つ2つ話をしても良かろう。それとも、名を名乗ることすら恐ろしいか?

 無理も無いな。人族の前で手も足も出なかったのだ。自身の名を出すことでお前の親すら(さげず)まれるやもしれんからなぁ」


「ざっけんな! 親は関係ねぇだろうがっ。……チッ。ブラレだよ。ブラレ・クラーマだ」


「なるほどな。ではブラレとやら。お前はどこから来た。目的はなんだ」


 などと聞いてはいるが、正直に言うと既にアタリはついている。こいつの姓、クラーマは、此処より更に南東に10日程の集落で使われている家名だからだ。魔族は基本的に3~5くらいの家で村を作り、もしも離村したとすればそれまでの姓を捨て別の家に入る。

 姓を名乗った時点で、どこの村に属するのかがわかるのだ。



「誰が言うか。俺様は死んでも仲間のことは洩らさねぇ。ここに来たのだってたまたま通りかかったからだ」


「そう尖るでない、若者よ。なに、詳細な場所まで聞こうとは思っとらんよ。大体の方角だけで良い。お前をこうして縛り上げている男への手向けとして、それくらいは教えても良かろうよ。魔族はより力の強いものに敬意を抱く種族であろう?」


「…………南東だ。だが、距離は言わねぇ。それに仲間の事もだ」


「十分だ。しかし南東か。

 ……そういえば、ここからだいぶ行ったあたりに大きな川があったな。その辺りかな?」


「なっ! てめぇ。何で知ってやがる」


「さっき言うたろうに。私はこのリーゼンの領主だぞ。魔族の地といえど、近隣の地形くらいは知っておる。しかし、あの川のあたりか……。確かあの川で取れる魚に旨いのがあったな。なんと言うか知らんが、夏時期ぐらいに川を登ってくる腹のところに緑の筋が入った魚だ」


「そりゃカラップじゃねぇか。オッサン、何で知ってんだよ!」


「だから何度も言わすな。その辺りも調査済み、とな。……そうそう、カラップだカラップ。アレを焼いて辛くしたヤツで一杯やると、たまらんのよなぁ」


「おぉおぉ! ほんとに良く知ってんなオッサン。あれは旨いよなぁ。年中喰えないのが残念でたまらんぜ」


「特にワタの部分が良い。せっかくのカラップをワタ抜きで出すようなヤツは、殴られても仕方ないという話だ」


「当たり前だ。カラップは辛くなきゃダメだ。それにワタも丸ごと出す。コイツは法律だぜ」


 懐かしい言い回しだ。あの辺りに生まれた男たちは、酔うと同じようなことを叫ぶ。辛い丸ごとのカラップに酒。これが俺たちの法律だ。ムルクス川の元に生まれた男たちはその恵みを常に忘れない、……ってな。

 みな、気の良い男たちだった。



「そう、法律だ。時にブラレよ。お前はこの後、自分がどうなると思っている」


「はぁ!? いきなりなんだよ。……知るわけねぇだろ。どうせ殺されるんだろうが。人族は俺たちの事を怖がってるからなぁ」


「法律の話で言えば、この国で盗賊は利き腕を切り落とされて背中に焼印を押すと決まっておる。もしもその時に人を殺しておれば漏れなく死刑。お前は誰かを殺したか?」


「殺してねぇ! さっきの相手以外にゃ怪我もさせてねぇよ。いや、さっきの奴にも傷の1つも与えらんなかったんだが……。

 ってか、こっそり頂いて逃げるつもりだったんだ」


「やはり家畜を狙っておったか。となるとただの盗人。罰は損害分の弁償と焼印だけだな。だがなぁブラレ。残念なことに、この国の法でお主が裁かれることは無いのよ」


「……なんだそりゃ?」


「この国に魔族を裁く法は無い。他国の人族ならば該当する法で裁かれも守られもするが、魔族には適応されることは無い」


「意味がわかんねぇよ。オィ。どういう事だ」


 少しだけ声を大きくする。

 俺の背後に立つ3人にきちんと聞こえるように。


「もし、お主等魔族がこの国で罪を犯したとして。……いや罪を犯さぬとも、この国で捕らえられたとすれば例外なく殺される。そこに法は必要ない。なぜなら魔族は法で守られてすらおらぬからだ。どんな最下層の人族だとて、魔族を害して罰せられることは無い。

 お主は誰からも聞かなかったのか? 人族に捕まった魔族で、生きて帰ったものは居ないと」


「……聞いてた。だから、近寄るなって」


「それに魔族の王と称される者は、人族への干渉を禁じておるとも聞く。お主の村は魔王の命に従わぬ者の集まりか?」


「魔王だぁ? あんなモンただの伝説だろうがよ。そりゃ年寄りたちは律儀に掟に従ってっけど、俺様は会ったこともねぇ王様の言うことなんザ知ったこっちゃねぇよ」


「なるほどな。なんにせよ、年長者の言うことも聞かずにこうしてのこのこと掴まりに来たのだからな。間抜けにも程があるわ。

 そもそもお主、何故村を出た。仲間も連れず1人で」


「どうでも良いだろそんなこと。……わかったよ。殺すんだろ、さっさとしろよ」


「焦るなというに。まぁ良いわ。わざわざ殺されに来るような阿呆。大方村を追い出されでもしたのであろう。人族である我々に捕らえられるほど弱っちいしな」


「舐めてんじゃねぇゾ、オッサン! 俺様を捕まえられたのはそっちのヤツのおかげだろうが。テメェが凄ぇわけじゃねぇ!

 それに、俺様は村じゃ1番強かったんだ。喧嘩で負けたのもそいつが初めてだ」


 だろうなぁ。正直に言ってブラレの能力は、普通の魔族から頭2つ分位は超えている。同年代どころか、経験をつんだ者でも魔法抜きでは敵わないだろう。

 しっかし、コイツ打てば響くくらいにポンポン反応するなぁ。おかげでやりやすくってたまらん。


 ……んじゃ、そろそろ本題に入るか。




「ならばどうして村を出た。そういえばあの辺りの子どもは、いかにカラップを掴まえられるかで扱われ方が変わるらしいな。お主魚とりが下手で苛められでもしとったか」


「だからそんなんじゃねぇって言ってんだろうが! 俺様を苛められるヤツなんざ、うちの村どころか近隣一帯どこ探してもいねぇよ。……オッサン、あんまナメてんじゃねぇぞ、コラ」


「おうおう吼えよるわ。……だがわかったぞ。女か。女に振られて出てきた。図星だろう」


「っ!!」


「最初から妙だと思っとった。単に村が嫌になったのなら離村して別の村に行けば良い。力の強いお主ならばどこの村でも喜んで迎えるはず。なのにそれもせず、わざわざこちらの領地にまで入ってくる。しかもその理由が食い物を盗みにな。

 大方、女に振られて居たたまれなくなって村を出て、行くところも無く森を彷徨い食い物も尽きたのであろ。森の恵みが少なくなってくる頃だしな。それでたまたま見つけたこの村に忍び込み、こっそり家畜を拝借しようとして見つかった。……お主、ホントに間抜けだなぁ」


「間抜け間抜け連呼してんじゃねぇよ! それに、俺様は振られてなんかねぇ。むしろこっちが身を引いてやったんだ。幼馴染のあいつ等がうまく行くようにってなぁ」


「つまり、告白することもできんかった、と。情けないのぅ、フラレよ」


「フラレじゃねぇ。俺様はブラレだ」


「おっとスマン。では、ヘタレよ」


「ブラレだってんだろうが! わざとらしい間違い方してんじゃねぇ!」


「すまんすまん。年のせいかどうにも、な。それはそうと、お前がフラ……でない、その、アレした女というのは、そこまで良い女だったか」


「ったり前だろうが。アイツはなぁ。美人だし、胸もでけぇし、身体もしっかりしてるから嫁にするにゃ1番だって言われてたんだ。それに、俺様みたいな乱暴者にも優しかった……」


「それほど思っておった女を譲ったのだ。余程の男か、お主の幼馴染とやらは」


「あぁ。アイツは……、アイツはすげぇヤツなんだ。そりゃ喧嘩は弱いしちょっとひょろっちいけど頭が良い。いずれ村の皆がアイツに頼るようになる。リザンナが惚れるのも、無理ねぇんだ」


「仲は良かったのか? その男とも」


「見た目でナメられてたからな。俺様がずっと守ってやってたんだよ。だが、アイツは守られるだけのヤツじゃねぇ。きっちと村のために先を見据えた仕事のできる男だ。俺様たちは対等なんだよ」


「そうか。……そのような友と飲み交わす酒は、旨かろうなぁ」


「最後に飲んだのは何時だったっけな。リザンナと上手く行きそうだって知っちまってからは、マトモに話してねぇからなぁ。

 …………クソッ、会いてぇなぁ」


「であろうな。だが、もう叶うまい。

 お主は人族の村に忍び込み、愚かにも家畜を盗もうとした。その上発見されて戦いにも敗れ、奮戦はすれども結局敗れた。魔族を裁く法の無いこの国では、逆説的にお主は殺されるしかない。

 友を思い、女を思い、村を出た結果がこれだ。好きだった酒も慣れ親しんだ食い物も2度と味わうことはできん。たった一頭の家畜を盗もうとしたばっかりに。そして、お主がその浅黒い肌と角を持って生まれてしまった以上は、な」


 ブラレは肩を落とし地面を見つめている。

 きっとこいつの中では、在りし日の思い出が頭を巡っているのだろう。

 仲間を思う気持ち。旨い食い物や酒の楽しさ。好いた女への切ない思い。そして、信頼しあえる友との日々。



 ブラレ、感謝する。よくぞここまで語ってくれた。


 俺は目の前の男から視線を切り、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、後ろに控えこれまでの話を聞き続けていた勇者たちに向き直った。



「さて。待たせてすまなかった。私の聞きたかった話は以上だ。

 殺してもかまわんぞ」


 …………できるなら、な。

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