08 『コレは!? まさか、あの力だというのかっ!』
「そんなことないですっ! みんなが力を合わせれば、どれだけ強大な力にだって立ち向かえますっ!」
突如姿を現した絹川の声に、座り小便モノの恐怖に震えていた騎士が反応する。ローザリアは既に気絶してる。
「貴女はっ! …………どなたでしたっけ?」
オイ、認知度低すぎんぞ。
「勇者の1人ですよぅ! ホラ、その3人と一緒に呼びだされた!」
「そういえば、確かに聞いたことがある。もう1人、碌に訓練にも出てこない女勇者が居るって」
「ほんとか? というかアレがそうなのか」
「多分だが。……その、他のお三方に比べればパッとしない感じの見た目も、聞いたものと一致する」
「なるほど。確かにパッとしない」
君たち、案外余裕あるんだね。ひそひそというにはちょっと音量のでかすぎるやり取りを交わしている。ってかコレって、アイツ聞いたら拗ねちゃうんじゃね?
あっ、ちょっとプルプルしてる。……聞こえてたな。ご愁傷様です。
しかし、このままでは話が進まん。悪いが強引に行かせていただこう。
「君が誰かというのは置いておこう。それで? 力を合わせればと君は言うが、頼みの勇者はこのザマだぞ。それとも君が私とやりあうつもりなのかね」
「勇者なんかに頼らなくっても、人族はアナタにやられちゃったりはしませんっ!」
絹川は右手を掲げる。「コレを見なさいっ!」この場にいる誰の目にも入るようにと高くさし伸ばされたソコから、眩いばかりの光が放つ。
「なっ!? それはっ」
「コレはあなた方魔族の力を弱める魔道具です。勇気ある人族がこれを使えば、如何に強い力を持った魔族とて敵わないでしょう」
絹川の手に握られる石が放つ光は、俺や騎士たちを煌々と照らしている。
……ふむ。今まで勇者一行のカンテラくらいしか灯りの無かった洞窟内なんだし、ちょっと眩し過ぎる気がするな。もそっと光量抑えとくんだった。
そう、アレはなにを隠そう俺がついさっきこさえた物だ。そこらに落ちてた手ごろなサイズの石を魔法で発光させただけ。紛れもないタダの石である。
だがあそこまで大仰に取り出して、その上肝心の魔族がたじろんで居るのだ。事情を知らぬ騎士たちには伝説の宝珠くらいにゃ見えているハズ。
思いもよらぬ救いの手に、さぞや感激しているだろうと騎士たちを見る。あれ? なんか反応が薄い。
「で、ですが勇者様。なぜアナタがそんな物を? それ以前にどうして此処に?」
「あっ。そ、それはですね……?」
マズイ。そのあたりの設定考えてなかった。絹川が助けを求めるようにこちらを見る。待て、今そんな表情を俺に向けるな。一応、敵なんだぞ。
だがここで口ごもっているのもそれはそれでマズイ。せっかく鳴り物入りで登場したってのに、何でも良いから理由つけておかないと怪しまれるだろうが。
何とかしろ。俺はありったけの願いを絹川の妄想力に訴える。
「そうだっ! ハインツさんです。大臣のハインツさんが私にコレを預けてくれたんです。
ここで皆さんが窮地に陥っているかもしれないから、この秘宝を持っていけって。
ハインツさんです。全部あの人のせいなんですっ!」
実にすっきりした顔で言い切っておられる。コノヤロ、俺に全投げしてきやがった。だいたい俺のせいって言い方はないだろが。本気で勇者の風上にも置けねぇなコイツ。後で覚えてろよ?
だが誤魔化せたのには間違いがないようだ。騎士たちも「辺境伯閣下ならば」と納得したように頷いている。
「さぁ、コレを使えば皆さんもこの人をどうにかできるはずです。お願いします!」
絹川は手に持った光る石を騎士たちに向かって投げる。強い光を放ったまま、宝珠は洞窟内を飛来する。
あいつの腕力で騎士のところまで届かせられるかが心配だったが、きちんと俺の頭上を越えていく。ヨシヨシ、良くやった。
放物線を描く眩い物体が、座り込む騎士に向かう。
てっきりノーコンだと思っていたのに、ちゃんと相手の胸めがけて投げられるじゃないか。そういえばさっきも、肘と手首だけしか使っていない、いわゆる女投げなどではなく肩を回して投げていた。運動方面壊滅だって言ってたが、キャッチボールくらいはしたことがあるのかもしれんな。
そして息を1つ呑むほどの間をおき、強烈な光を維持したままのその宝珠が、
「眩しっ」
騎士によって払い落された。
あっ、という間もなく地面に叩きつけられる宝珠。
ただでさえ高所からの落下エネルギーで速度の付いていたソレは、振り払った騎士の腕により追撃の加速が加わり、容赦のない衝突を地面と交わす。
鈍い音がしたその先には……。まぁ、うん。割れるよね。だってソレただの石だもん。
——だが、ここでアドリブの効かないヤツは勝てない。何にか? 何でもだ!
「なにぃ! 宝珠が割れたことによりこの私の力が抑えられていくだとぅ!
コレは!? まさか、あの力だというのかっ!」
「そうっ! それこそが宝珠の正しい使い方ですっ! さぁ、騎士の皆さん。やぁっちゃってくださいっ」
あの力ってどんな力だよ、という突っ込みすら入れずに絹川が乗っかる。俺たちの勢いに騎士たちも引っ張られたのか、腰から剣を抜いて気勢を上げた。
あ、ちなみに先ほどから倒れこんでいた勇者3人はまだ回復していない。気絶させたわけではないので意識はあるだろうが、ここでコイツ等に介入されるのも面倒だからな。魔法で体中の力を押さえ込んでいる。
魔力に関しては干渉していないので、やろうと思えば魔法の1つくらいは行使できそうなモンなのだがそれも無かった。もしかするとコイツ等も呪文詠唱方式以外の魔法の使い方を身につけていないのかもしれん。
……それか、この展開に開いた口がふさがらないかのどっちかだろう。出来れば前者であることを望む。
「ぅおぉぉおおおおっ!」
自分自身を奮い立たせるように大声を上げた後で、騎士たちが突っ込んでくる。
そうだよな。気合の叫びってのは動き出す前。自分自身の為にあげるもんだ。全身に力を漲らせている様子が、食いしばった表情からも伝わってくる。こういう顔のできる漢は嫌いじゃない。
さっきまでの様子じゃあんまりにも情けなくって、思わず近衛騎士の存在意義まで疑いかけてしまった。だがやればできるじゃないか。そう、それでこそ国に剣を捧げし者だ。
あえて体の力を抜き、騎士たちの剣を受ける。肩から袈裟に一太刀。続いて右腕に一太刀。
勇者のそれよりもはるかに惰弱なはずの剣先が俺の皮膚を裂く。衝撃に乗って飛び退った後には、確かなダメージの証が血痕となって残っている。
なおも追撃を加えようとしてくる騎士たちに対し、魔法で浮かび上がり距離を取った。
「なかなか……やる。秘宝の力があったとはいえ、この私が身体に傷をつけられるとはな。
確かに人族がその力を併せれば、この私と言えどもただでは澄まないという事か。勇者などという存在に全てを背負わせる卑劣な種族と思っていたが、人族の団結する力、なかなかどうして侮れんようだ。
よかろう、ここは私が引こう。次にまみえるまで、せいぜい力をつけておくのだな、人族どもよっ!」
声高に言い放ち、俺はその身を翻し————たところで、絹川に目配せをする。
えっ? なに? じゃねぇ。ソコどけ。
お前が出口にいたら逃げられんだろが。




