15-21 ギゴショク共和国 被装纏衣 陸装緋燕
ロウカクでククリと動けなくなるまで戦った後、いつものようにタチバナが持って来てくれたお昼ご飯をがつがつ食べていた時の事。
「シロさんも大分強くなりましたねえ。あ、食べたままでいいですよ。慌てないでください」
「んぐもぐ……ん。ククリにもそろそろ勝てる」
「あうあう……それはまだまだ遠い遥か彼方大陸の果ての果て程遠いですけど、強くなりましたねえ」
……言い過ぎと言いたいけど、実際まだ一本も取れていないしククリは本気を出した事も無いだろうから仕方なく受け入れる。
シロはククリが主にトロトロにされたのを知っているから、ククリだって弱点が無いわけじゃあないのでいつか追いつく。
「……で、それが何?」
「いえいえ。ただこのまま基礎的な強さを上げるのも良いのですけど、色々特殊な状況にも対処できるようにしておいた方がもっと良いかなと思いまして」
「特殊な状況?」
んー基礎は大事。
シロにはまだまだ足りない物が多いとククリとの鍛錬でいっぱい分かったし、大事だからこのまま基礎を上げていった方が良いと思うけどなんだろう?
「シロさんは大分強くなっています。それこそこの世界でも指折りの実力者になっていると思います。となると、シロさんが敵わない可能性のある相手を絞って想定し、対策を打っておくのも良いかなと思いまして」
「ん?」
「ついこの間覚えた『被装纏衣・伍被緑麒麟』。あれは防御力に特化した敵であっても攻撃が通るようにと考えましたよね」
「ん」
緑麒麟はククリに言われて今まで攻撃が通らなかったレアガイアを貫く事を想定して考えた技。
あの時はクドゥロの破砕肉球拳の絶招のおかげで何とかなったけど、クドゥロがいなかったら勝てなかったと思ったから考えた技。
「それじゃあ、次は空を飛んでいる相手を想定しましょうか」
「空?」
「そうです。例えば今のシロさんよりも強いと言えば龍種の長などですが、龍種の多くが空を飛びますので」
「龍……と、戦うような事はしたくない。主が危ない」
「あうあう……まあ、わざわざ出向いて尾を踏むような真似をしなければ普通戦う事にはならないんですけどね。ただ……シロさんの主さんはトラブルによく見舞われているようですし……ね。まあ備えあれば憂いなしとも言いますし、考えておくのは悪くないと思いますよ」
……それを言われるとぐうの音も出ない。
主が悪いわけではないけれど、主は本当にトラブルに巻き込まれやすいから……。
そんな相手と戦う羽目にならない方が良いけど、確かにジャンプしても届かない相手と戦う事になったら厄介。
「それで、遥か高い空の上から攻撃を仕掛けてくる敵にはどうしますか? こちらも遠距離から攻撃出来るようにするか、地に叩き落す技にするか、それとも……」
「ん。シロも空を飛べるようにする」
空を飛ぶ相手の対策というのなら、どうせならこれがいい。
応用もきくし、使い勝手もよさそう。
「それを選びますか。前例が無いわけではないので無理とは言いませんけど。ですが、空を飛ぶ……それは地を歩くものにとってはあまりにかけ離れた行為ですから感覚も分からないでしょうし、覚えるのに苦労しますよ?」
「大丈夫。空はいつも見上げて来た。鳥の動きはよく見てた。それに……」
「それに?」
「シロは空も自由に飛びたい」
「……シロさんらしくて、素敵だと思います。じゃあ、頑張りましょうか」
「ん!」
※※※
「……『被装纏衣 陸装緋燕』」
シロの身体を緋色のオーラが纏い、燕のような形となったと思ったら真っすぐに炎を貯めるサラクリムへと一直線に飛んで行く。
オーラだからか緋色だからか分からないが、炎を纏った燕の形が燃えている鳥をも連想させる。
重力が逆さまに作用しているんじゃないかと思う程の速さでサラクリムへと接近している姿を見て、ハヤブサの方が早いと思われがちではあるが確かハヤブサは急降下時が最速で、平時は燕の方が早かったはずとかいらんことを思い出してしまう。
「飛んだ!? 劣等ちゅの分際で! 龍のテリトリーでありゅ空を飛ぶだなんてゆりゅせない! このまま燃えくじゅになりなさい!『火龍の息吹』」
白に近くなった黄色の超高温の炎をシロ含め地上へと放つサラクリム。
シロはそれを当然のように回避して……って!
打ち下ろして来てるって事は地上にいる俺らも危ないんじゃないか!?
早く逃げないと! ……と、思ったらシロは回避せず真っすぐに炎へと向かって行っている。
どうしたシロ!? まさか新技に慣れていないとかか!?
それともぶった切るつもりか?
いやでも、ぶった切れたとて落下は止められないから俺らが危険な事に変わりはないよな!
ただ俺達が危険だったらシロは何かしらアクションをくれると思うのだが、ただ真っすぐに炎へと突き進んでいき、シロと炎がぶつかる瞬間――炎が、掻き消えた。
先ほどまで煌々と燃えていた巨大な炎はまるで霧散したかのように、散り散りになってキラキラと輝きながら落下していく間に全て消え去ってしまう。
「なっ……! わたちの炎が!」
驚いたのは俺達だけではなく、サラクリムも同様らしい。
そりゃあ目の前で自分が放った炎が理由も分からず跡形もなく消えてしまい、先ほどまで自分を追い詰めていたシロが空を飛んで接近していれば驚きもするだろう。
そして大技を放ったせいなのか、驚いたせいなのかは分からないが空中でシロにとってはあり得ない程の隙を見せた。
その結果、サラクリムの周辺を数度シロが通り去ったかと思ったら、サラクリムの両翼に大きな丸い穴が開きその周囲がずたずたに切り裂かれたのだ。
「あ……嘘! 落ちりゅ!?」
翼を傷つけられたサラクリムは重力に従って落下し始める。
先ほどの一方的な戦闘から落ちたらどうなるかが、分かっているのか空を泳ぐようにもがいているが、まったく意味を為さずに落下していく。
そしてシロが空からサラクリムの腹部に向けて突撃すると、自然落下だったのが超高速で地面へと叩きつけられ、大きな音と土煙を上げた。
――暫しの静寂。
いや、あまりに一方的に龍に勝つもんだから唖然となるしかなかったというべきか。
驚愕のあまり声も出せなかったというのが俺達の総意だろう。
あとリュービさん。
アイナと俺の後ろに隠れるまでは良いんですけど、がっつり抱き着いてくるのはちょっと……。
ウェンディですらシロの方に注目しているなかでわざとらしくぽよぽよ出来るとか意外と余裕ですか?
胆力が凄いというか天然なのか分からないけど……あれ? 反対側は……カンウさん?
えっと……気づいていないようですが、袖を摘まんでいらっしゃいますが……あ、気づいたのか手を離したのだけど俺の方を睨むのはおかしいと思います!
……土煙が晴れるとシロがサラクリムにまたがっており、その首へとナイフを構え、いつでも切り落とせるような状態になっていた。
「くぉぉぉ……ひっ……あ、あんた……どうすりゅつもりよ!」
「ん。まだやる? 降参してごめんなさいする?」
「こ、降参なんてすりゅわけ……ひぃぃ!」
この状況でまだ強がりを見せるサラクリムだが、シロがナイフをより首に近づけると悲鳴にも似た声を上げる。
どう考えてもお手上げ状態のはずなんだが、俺らを劣等種だと言うだけあって往生際が悪いようだ。
「大体何に謝ればいいのよ! わたちはわりゅい事なんてなにもちてないじゃない!」
「ん。主のスープを台無しにした」
「はあ? スープ……? あれはだって……美味ちくなかったんだもん……」
あー……まあ龍だもんなあ。
レアガイアやカサンドラと関りが合ったおかげで龍が何を美味いと感じるかは分かっているので、あのスープが俺達にとってどれだけ美味しいものであっても魔力を含んでいないのならば、味がしないから美味しくないというのも分からなくもない。
「ヒトの作る料理ってのが、美味ちいって皆言うから楽ちみにちてたのに全部全然美味ちくないんだもん……。お腹もずっと空いてたち……イライラちてたんだもん……」
「ん。お腹が空いてイライラするのは分かる。でも、だからと言って美味しくなかったからって床にぶちまけるのは違う。アレは主が夜通し寝ないで作ったもの。美味しくなるようにって、貴女の為に頑張って作ったの」
シロ……。
そうか……飲みたかったスープが台無しにされたからじゃなく、俺の頑張りを足蹴にされたことに怒ってくれてたんだな。
口元が、口元が思わずにやけてしまうじゃないか。
「うう……ううう……ううううー! ……ご、ごめ――」
「ッ! 主!! 早急に帰還!! リュービ達も一緒に――ぐっ!!」
へ? いきなりどうし――。
「貴様らぁああああ! 俺様の可愛い可愛い娘のサラちゃんに! 世界一可愛いサラちゅわんに! 何やってんだごるああああああ!!」
思わず耳を塞いでしまう程の怒号。
天井を突き破って現れたのは真っ赤な真っ赤な大きな龍。
こいつは……こいつはまさか……。
「ヴォルメ……テウス……」
名前も知らないこの龍が、レアガイアが言っていたヴォルちゃんこと火龍の長であるヴォルメテウスだと一目見て分かってしまう。
それほどまでに……この龍から感じる恐怖が、以前レアガイアから感じたほどの恐怖に近しい物を感じたからだった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




