15-20 ギゴショク共和国 サラクリムの正体
天井に穴が開きシロが振り上げたナイフをすっと降ろすと空を見上げる。
えっと、シロが残っているという事はつまり、今天井をぶち破ったのは……サラクリムって事か?
人ってあんな一瞬で、あんな速さで飛ぶんだ……じゃなくて!
え、死んだ?
死んでなくともあの高さから落ちたら死ぬのでは!?
これがギャグマンガの世界ならば人型に穴が開いてまあ生きているのだろうなと思うのだけども、今開いている穴は勢い通りのかなり大きなただの穴!
シロの事だから流石に怒りに任せて力いっぱい天井にぶち当てたって事は無いだろうけども……あ、もしかしてシロは受け止めるためにその場から動かず空を見上げてるのか!?
「姉様! 大丈夫ですか!?」
「あっぶねえええ! まじであぶねえ! 死ぬかと思ったああ! 私生きてるううう!」
大騒ぎしているのは先ほど大慌てで飛び降りたソンケンさん。
心臓がバクバクしているのかぱいを押さえ、シロの方を振り返ると驚いた顔をしていた。
「あのちっこいのまじかよ! サラクリムが吹っ飛んだのか!?」
「唖然……ですね。驚愕であると知りなさい」
「強いとは思っていたのですが、まさかこんなにもあっさりと……っ、リュービ様。天井が崩れるかもしれませんから近づいてはいけませんよ」
ソーソーさんも口を開けてぽかんとしてしまっており、カンウさんはリュービさんを後ろに庇いながらも目を見開いて穴の開いた天井を見上げている。
そうだよね。手も足も出なかったらしい相手が一瞬だもん空驚くよなあ。
「半端ない……。シロさん半端ない……食べ物の恨みは怖いって事ですかね? もうシロさんと食べ物関連で争うのはやめよう……命が9つあっても足りないですよ……」
「わあ。これで使者殿が王様になるんですねえ。使者殿……いえ、我らが王は一体どんなご命令をなさるのでしょう?」ぷるんる。
「いや、だから王様になんてなりませんって……」
というか、本当にサラクリムは大丈夫なのか?
シロの事だから手加減は問題ないと思うが……あれ?
手加減が上手いシロが、その場に倒すのではなく天井をぶち破らねばならない程の相手って事じゃないか?
それだけ強いって事は、もしかして……まだぴんぴんしていらっしゃるとか?
ま、まあそんなまさか、いくら強いって言っても――。
「――――よくもわたちの顔に! やってくれたわね!」
「……ん」
そんな事を考えていたら案の定というか、飛んで行った速度と同じかそれに勝る程の速度で飛来してきたサラクリム。
怒ってるように見えるが、ピンピンしているどころかダメージはほぼ無いように見える。
「っ!」
突然もわっと気温が上がったかと思えばなんかサラクリムが燃えてるんだけど!?
赤く長い髪がまるで燃える炎のように揺らめき、シロの頭上へと叩き込んだ拳から肘にかけてジェット噴射でもしてるのかって程炎が迸っているんだけども!?
幸いにもシロは戻ってくると分かっていたのかサラクリムの攻撃をナイフで防いではいるようだが……およそナイフと素手のせめぎ合いでは出ないような金属が強めにこすれるような音が聞こえてくる。
「劣等ちゅの癖にこのわたちに一撃くれるだなんてね! 料理はダメダメだったけど、戦闘は楽しめそうじゃな、ぐぶっ!」
「……楽しむ? そんな余裕作らせないけど」
シロがせめぎ合っていたナイフを引き、がら空きの胴体へと蹴りを叩きこむとサラクリムが驚愕し、悲痛な低い声を上げる。
「蹴……り? わたちを蹴ったの!? 汚い足でこのわたちを!?」
「ん。蹴った」
淡々と答えるシロはナイフをぽんぽんと軽く浮かせ、余裕を見せつけている。
「劣等ちゅの癖にぃ許せない! 絶対に許さない!」
それに苛立ったらしくサラクリムの周囲が陽炎の様に揺らいで見える程、温度が上がっていっているようだ。
こっちまでじりじりと熱を感じるのだが、シロはまったく気にした様子も見せないでいる。
「主君。私の後ろに来てくれ。ある程度熱を緩和させねば倒れるぞ」
「あ、ああ……ありがとうアイナ」
アイナが俺の前に立つとほんの僅かに熱が和らいだような気がする。
それを見てリュービさん達全員がアイナの後ろへと回ってきた。
「半端ねえ……サラクリムのやつ、私達相手じゃあ本気を出さねえわけだな」
「屈辱……ではなく、驚愕なのはあの子であると知りなさい。一体どれほどの強さなのか……」
いや、そこで俺を見られても困るんですけども……。
エルフの村の一見でシロがククリ様と鍛錬をする以前よりも更に強くなったのは知っていたのだけど、今は一体どれほど強くなったんだろうか?
そんな中サラクリムは立ち上がると目にもとまらぬ速さでシロへと接近し、連打を繰り出しているのだが……シロは涼しい顔でそれらを避け続け、タイミングを読んでいるのか適格に反撃を叩きこんでいる。
「ぐっ、ふじゃけりゅんじゃないわよ! がっぶ、なんで! 当たらないの!」
連打が止まる様子はなく、その一つ一つが俺には見える速度ではないものの時折サラクリムの首が跳ね上がる様子だけが分かる。
どうやらシロの方が有利のようなんだが、見るからに一発一発が重そうなので油断はならない状況だろう。
「なんというか、懐かしいわねアレ。私もあいつに当てられなくよく頭に血が上ったのよね。ああなると当たりっこないのよね」
と、ソルテが隼人の家の庭で鍛錬をした時の事を思い出したのか自嘲気味に笑って見せる。
とはいえシロ達に向ける視線は真剣なもので、レンゲ、アイナを含めて一挙手一投足を見逃さないように目を見張っているように見えた。
「んあっ! ぐにゅぬぬ、ぶえっ!! 当たりさえすればああああ、ぶらばっ!!」
あまりにも当たらず熱くなっていくサラクリムと、段々と反撃の回数が増えていくシロ。
なんというか……サラクリムも強いのだろうけど見ていて安心出来る程にシロが強いというか、強すぎる。
「ん。奥の手があるなら出した方が良い。じゃないと……もう終わらせる」
「むかちゅくむかちゅく! むかちゅくわね劣等ちゅ! いいわよ見せてあげりゅわ! わたちに本気を出させたことを後悔ちなさい!」
ゴウウウ! っと、サラクリムの身体を大地から出た炎が包み込む。
先ほどからサラクリムの周囲には炎が出ていた事から、なにかしら火に関わる種族なんだとは思ったのだが……まさかの……。
「……龍じゃん」
炎が大きくなり、そこから現れたのは赤い体と翼を持ったドラゴン。
明らかに竜ではなく龍であり、明らかに火龍であると見ただけでわかる。
大きさで言えば地龍のロッカスやロックズよりも小さいが、俺達よりは遥かにでかい。
そして龍の恐ろしさを俺達は嫌と言う程知っているのだ。
だから当然俺は慌てた。
「シ、シロ!」
「ん。主、大丈夫。龍なら好都合」
俺が心配のあまり逃げる判断を任せたシロの名を呼ぶが、シロは俺に優しく微笑みを返してくれた。
「よそ見ちてるんじゃないわよ!」
そんなあまりにわかりやすくあまりに堂々とした隙を見逃すはずもなくサラクリムが巨躯を盛って襲いかかるも、さも自然に、さも当然というように避けた際にナイフで切りつけるシロ。
相手は龍なのに……ナイフの軌道の残光が残っているかのような気がするほど、あまりに整っていて美しく無駄のない動きだった。
「あいつ強くなりすぎでしょ……。また差が開いた気がするわ……」
「被装纏衣もまだ使っていないでアレだからな……。ククリ殿との鍛錬がそれほどすさまじかったという事か」
「強さ的にはカサンドラよりは弱いと思うっすけど、それでも龍種なんすけどねえ……」
そうだなあ……龍種のはずなんだが、スキルを使っていないシロがあしらえる程度なんだよなあ。
確か火龍の長の名前はヴォルちゃんことヴォルメテウスだったはずだから長ではないのは分かっているのだが、それでも龍は強いはず……なんだけどこうやって見るとそうでも無く感じてしまう錯覚が怖い程シロが優位なんだよなあ。
「劣等ちゅの癖にいい! はっ! そうよ! 劣等ちゅなんだからこうすればいいじゃない!」
「あ!」
シロに何度も接近していたサラクリムが離れ、元々崩れていた天井を更にぶち抜くと空遠く、小さくなった所で停止する。
「空に逃げやがった……これ、まずくないか?」
サラクリムが口を開くと赤々と燃えるような玉が現れ、時間と共に大きくなっていく。
「あはははは! だからあんた達は劣等ちゅなのよ! 空も飛べずに地を這う劣等ちゅ! このまま燃やち尽くちてあげりゅわ!」
これは……まずいだろう!
ブレスというか、特大の火の玉を恐らくこちらに打ち込むつもりなのだろうけど、俺達全員が巻き込まれるなんて予想するまでもない。
急いで撤退するしか……と思ったのだが、それを判断するはずのシロが何も言ってこない?
大丈夫なのか!? 気づいてないだけなのか!? と、シロの方を見ると、むん! っと、親指を立ててアピールしてくれたんだが……まじか。
えっと、お相手は空ですよ?
もしかして相手の体力が尽きるまであの炎弾をはじき返すとかするんだろうか?
それとも、空にいる相手に通じる遠距離攻撃があるのか?
肆衣鈍蛇はあそこまでは届かないと思うんだが、鍛錬の成果で届くようになったとか?
とはいえこの距離だと避けられてしまう可能性の方が高いと思うのだが……。
大きく息を吸い、大きく息を吐くシロ。
全身の力を抜いたかと思えば顔を上げ、軽くその場でジャンプを数度すると足をぐっと大地に押し付ける。
まさかジャンプであそこまで行くつもりか……? と思ったが、どうやらそうではないらしい。
「……『被装纏衣 陸装緋燕』」
シロが呟くと鳥肌が立つ程に美しい緋色のオーラがシロを包み込んでいく。
フードのように頭を覆い、シッポまで包み込むと緋色のオーラがちょこっと二股に割れる。
背中も覆われたかと思えば、肩から肩甲骨にかけて新たに伸びるオーラのそれは翼であり、その姿はまさしく緋色の燕の姿であった。




