15-19 ギゴショク共和国 ギゴショクの王サラクリム
ソンケンさんとソーソーさんが俺の所へやってきたという事は、今朝のサラクリムとの戦いとやらが終わったという事。
つまり、とうとうサラクリムと顔を合わせることになるのだが……。
「ええっと……皆さんも一緒に来る感じですか?」
サラクリムは本来会議に使っていた大広間に玉座を作らせておりそこから基本的には離れないらしく、昼食もいつもそこで取るらしい。
という事で俺達はその大広間へと向かっているのだが……俺の横にはお三方がいて、その後ろにカンウさんとソンサクさん、ウェンディ達がついてきている。
今回は使者という立場だし、ウェンディ達は進んで控えてくれているのだと思うのだが……まあシロには関係ないのか俺の隣にいてくれるのは心強い。
「当たり前だろう。流れ人の料理ってのも気になるしなあ」
「チョーヒさんから物凄い料理を作ったと聞いてますよ。私とっても気になります」ぷるん。
「同じく。当然だと知りなさい」
って感じで、どうやら一緒に来ることは確定らしい。
まあ別に何か不都合がある訳ではないので構わないんだけど……ちょっと緊張感が増しますね。
「なあちっこいの。お前強いだろ?」
「ん? それなりに」
「それなりに……か。やる前から敵う気がしねえんだけど……。んで、サラクリムと一戦交える気はないのか?」
「ん? んんーその予定はない」
「そうですか。どうなるのか気になっていたのですが残念と知りなさい……」
いやいやいや、そうならないように今回美味しいスープと貢物の宝飾品を用意した訳ですからね?
ギゴショクには悪いけれどこちらの目的を最優先にさせてもらいますよ。
「でもでも、シロさんがサラクリムに勝ったら面白そうですよね。シロさんは使者殿の奴隷のようですし、サラクリムに勝ったら使者殿が王になるんですかね?」ぷるんる。
「ん。それは良いかも」
「嫌だよ……。王なんて面倒以外の何者でもないだろ……」
絶対になりたくない。
というかシロは戦わないからな?
戦わずに終わる以上、そんなifは訪れないのだよ。
「ええー王様嫌ですか? 私達を従えられますよ?」ぷるるん。
「嫌ですよ……。というか、皆さんも共和国なんですから王様なんていらないでしょう?」
「そうでもありません。一人の王を擁立し我々が王の子を宿すことで三国の繋がりが強くなる……と、考えたことはあると知りなさい」
「ああ、前話したな。それぞれの国から擁立した王じゃあ不公平ってのと、私は一人の相手が良いからお断りだったけど、ソンサクは賛成していたよな。自分もそんな王の子を生したいって」
えっと……それってつまりは種馬って感じだと思うんだが……ソンサクさんは賛成だったの?
見た目からは委員長タイプというか、凄くしっかりしてそうなんだけど……。
ま、まあ国ごとの常識が違えば委員長のようにしっかりしていても当たり前が違うゆえの印象の違いは起きると思うけども……。
「勿論です。我らの上に立つ王であるのならば、三人や四人や五人くらい楽に相手をしてもらわねば困ります。サラクリムは強いですが、女なので王などありえません」
「相変わらずだなあ……理想のタイプは誰だっけ?」
「それは勿論絶倫皇様です! あのお方はまさしく英雄! まさしく皇! 幾人もの妻を持ち、その妻達全てを毎夜満足させる豪傑! ああ……生きている間にお会いしたかったです……」
絶倫皇がタイプなのか……。
英雄色を好むとは言うが、英雄のような男が好きって事で良いのだろうか?
それともあれか?
真面目な子程ヤンキーのような悪い男に惹かれる的な……?
「ふふん! ではご主人様は王にふさわしいです! だってご主人様は毎夜――」
「おっとウェンディ!? 肩に埃が付いてるわああ!」
「ウェンディ危ないっす! ふう! 何がとは言わないっすけど危ない所だったっすね!」
いや本当危ないわ……。
なんでエッヘンって感じで自慢げに話しに乗りかけているんだよ。
王になる気はない前に戦いになるのは避けたいんだからね?
「……ウェンディ。またご主人の女を増やす事言ってどういうつもりっすか……」
「はっ! ついご主人様が王様になる未来を見てしまって……すみません」
ソルテ、レンゲよく止めた。
あとで尻尾を綺麗綺麗してあげるからな!
※
大広間……と、呼ばれるだけあってかなり広い部屋。
入り口から絨毯が広げられ、それらが玉座へと続いておりその先にサラクリムはいたのだが……子供?
第一印象はどう見ても子供。
真っ赤な赤い長い髪は床にまでつくほどで、お姫様のようなドレスを着ており、短い脚を組んでいてとても偉そうにふんぞり返っている。
シロと同じかそれより少し小さいかといったくらいの子供にしか思えないが、明らかに子供のそれではない何かしらの圧を感じる。
そんな事を考えていてリュービさん達が傅くのに遅れて礼を失してはいけないと膝を着いて頭を垂れる。
「うむ! くりゅちゅうない! 顔を上げよー!」
いや喋り方も子供だよ。
声変わりをしていないような甲高い声であり、顔を上げてもやはり子供としか思えない程の幼さを感じる。
ペロペロキャンディーを上げたら大喜びしそうな子供だ。
まあこの何とも言えない圧はもしかしたらオリゴールのように種族的に幼く見えるだけで実は大人の可能性もあるか。
なんにせよ見た目に油断せぬよう、しっかり礼を尽くさねば。
「それで? 今日はどうちたのかちら?」
「はっ! まずはこちら。私が錬金で作った物ですが、よろしければお納めください」
そう言って取り出したのは赤い龍を描いた宝飾品。
大きめのバスタオルくらいのサイズで、赤い龍と空をドット絵のようにして全て宝石で作ったものである。
それをコート掛けのような物につるす形で披露する。
「おおお! 綺麗じゃない! 全部宝石かちら? その赤いのは何?」
「こちらは異世界で龍と呼ばれているものでございます。この世界の龍とは異なるものではありますが、赤き龍を描かせていただきました」
「へえええ! 赤い龍だなんてセンスが良いわね! ありがたくいただいておきまちゅ! ソンケン近くに持って来て」
ええー? と、面倒くさそうにソンケンさんが渋々こたえてはいるものの、どうやら大分好感触のようだ。
ご機嫌がよろしくなったところで、あのスープを出すのであればほぼほぼ間違いない……と思いたいが。
「それで、お昼ご飯を持ってきたんでちょ? じゃあ早速食べさせてもりゃうわ!」
「は、はい!」
「毎回毎回全然美味ちくないのばっかりなのよね。期待外れじゃないと良いんだけ……ど……なにしょれぇ!?」
寸胴を取り出し、蓋を開けると中からまずは光が漏れる。
それに驚愕の声を出すサラクリム。
「光ってりゅの!? しょんな料理がありゅのね! しゅごい凄いしゅごーい!」
よしよし。良い感触だ。
気味悪がられず、目をキラキラさせて楽しみにしていらっしゃるじゃあないの。
「では、お皿に取り合分けて――」
「ソーソー。そのまま持ってきなちゃい。ちょっとじゃ足りないもの」
「へ? あ、分かりました……」
そのままって、どうやって飲むつもりなんだろうか?
ソーソーさんは寸胴だけを軽々と持ってサラクリムの元へ行ってしまったんだけど……お皿、必要ないのかな?
もしかして自分専用のお皿があるのかもしれないな。
「んんんー! 良い匂いじゃない! 今までの中でも一番良い匂いがしゅりゅわ! これは期待できしょうね……!」
そう言うと寸胴を持ち上げるサラクリム……って、持ち上げるの!?
その小さな体ですっと寸胴を持ち上げるとそのまま口をつけてスープを飲み始めてしまう。
すぐ後ろからシロとシオンの「羨ましい……」という呟きの声が聞こえたが、目の前で小さなサラクリムが寸胴を軽々と持ち上げた衝撃の方が気になってしまう。
そしてすぐにガチャン……と、寸胴を降ろし暫しの沈黙が訪れる。
どんな感想が来るのかと、緊張しているようでドクドクと心臓の音が聞こえるほどに静かだったのだが――。
「不味い」
サラクリムの低く不機嫌な声に背筋が凍るような冷たさを感じてしまう。
さっきまで感じていた圧がより嫌な形に変わり、眼力だけで威圧されているかのように冷や汗が止まらなくなる。
この感覚、どこかで感じた様な……と、思い出す事に集中出来ない程の威圧力にサラクリムから目が離せなくなる。
「凄い美味ちそうな匂いだったのに、全く美味ちくない。なにこれ……最悪よ。下手に無臭の方がまだまち。騙されたような気分ね」
先ほどまでの機嫌の良い声から、隠しもしない程の不機嫌な声へと変わっている。
後ろで皆の何かに備えるような気配を感じるが、目の前のサラクリムから目を離すことが出来ないでいた。
そしてサラクリムは玉座の前に置いた寸胴を蹴り落とし――。
「こんなもの……さっさと下げなちゃい」
ガシャン……と、音を立てて玉座の足元にある階段を転がり落ちる寸胴。
当然だが、中身のスープは入ったままだったのでそれらがすべて零れて絨毯へとしみ込んでいく。
――その瞬間、先ほどまでは目の前のサラクリムから感じていた圧力が、俺のすぐ後ろからも感じるようになったのだが……レベルが違う。
俺に向けられたものではないのは分かっているのに、体が濁流に飲まれ凍り付くかのような寒気と、矛盾しているようだが火傷しそうな程の刺すような熱さを感じる錯覚を覚えてしまう。
そんな感覚に反射的に振り向く事すら出来ず、それが誰からのものなのかもわからないまま緊張して前を向き続けてしまう。
すると、一歩一歩歩みだしてきたのはシロ……で、シロのお腹を抱きしめる形でシオンが引きずられている。
どうやら止めようとしてくれているようなのだが、涙目で俺の方を見られても俺にも止められないんだが!?
だって滅茶苦茶怒ってるもん!
とはいえこれは不味くないか!? 戦闘するという事もそうだが、外交的に考えても不味くはないか!?
「シロ待ちなさい」
「ん……」
こ、この声はウェンディさん!
流石はウェンディさんだ! 伊達に胃袋を掌握しているだけあって頼りになるぜ!
「やれるんですか?」
「ん」
「確実に?」
「ん」
「そうですか……じゃあ。やっちゃいなさい」
ウェンディさん!?
あ、これあかんやつ。
ウェンディさんも同じくらいぶちぎれてますわ!
待った待った待て待て待って!
「シ、シロ?」
「主。あいつ、ボッコボコにしてくる」
「あ、はい……えっと、無茶はしないようにね」
「ん。大丈夫」
無理だ! 無理!
やめさせられない止めれない!
シロ笑ってた。口だけ。
目がね、もうね、怒りに燃えてるのよ……。
「ちょ、ちょっとお館様不味いですって! あの王ああ見えて滅茶苦茶強いですよ!? いくらシロさんでも無事で済むかどうかってくらい強いんですよ!」
うん。まあ、平時でさえあの圧だしね。
ソンケンさんやソーソーさん、カンウさんなんかを軽くあしらうんだからそりゃあ強いんだろうよ。
「まあ、今回の引き際についてはシロに任せてるからな。そのシロが大丈夫って言うんだから大丈夫だって信じるだけだろう」
べ、別にシロが怒ってて止められないからじゃないからな!
シロが大丈夫って判断したから、無理はしないと分かっているだけなんだからね!
「ん。シオン。手、放す」
「ひゃいい! あわわわ」
「シオン。ソルテ達と一緒に主は頼んだ」
「もももも、勿論です! っていうか勝てるんですか? あれ……多分恐ろしく強いですよ?」
「ん。ぶっ飛ばす」
「わあ……ぶっ飛ばすんだ。もうシロさんのが怖いよう! はいわかりました! お任せください! お館様は我が身命を賭して守ります!」
身命は賭さなくていいが、よろしくお願いします!
「あんたがやらないなら私達でやっても良かったんだけど……シロ。やっちゃいなさい」
「ぼっこぼこっす!」
「主君とウェンディは任せてくれ」
「ん。任せた」
そのまま足音を立てずにサラクリムへと進んでいくシロ。
不機嫌なままに近くにいたソンケンさんへと愚痴をこぼしていたサラクリムは、近づいてくるシロに気づいたようだが特段慌てた様子もない。
「なによ。やる気満々って顔ちて。いいわよ? 遊んであげるわ。下等生ぶ――」
「ん」
言い終わる前にシロが返事をし、慌ててソンケンさんが高い所にある玉座の近くからなりふり構わずダイブするように飛び降りたのと同時にゴギンという音が聞こえた。
更にその音とほぼ同時に天井が破れる音がしたのだった。




