15-14 ギゴショク共和国 光るスープ
コンソメスープ。
フランス料理のスープの一つであり、確か『コンソメ』には完成された。という意味があったはず。
そんな完成されたスープの本格的な物を飲んだ際、俺は衝撃を受けた事を思い出して今回究極の料理として作る事にしたわけだ。
美しいまでの澄んだ琥珀色のスープであり、濁りなどは一切あってはならない。
肉を使うのに油すらも浮かないほどに澄んだ美しいスープを作らねばならなかったんだが……。
「……お館様。光、消えませんでしたね」
「そうだな……」
「ん。綺麗なスープ」
そうだな……綺麗は綺麗だよな。
中を見ると琥珀色と黄金色のちょうど中間のような美しい色合いであり、狙い通り僅かな濁りすらない程澄んでいるようで油の一つも浮いてはいない。
香りだってどう考えても美味いとしか思えないような香りを放っているのに、光っているから俺達は二の足を踏んでしまっているのだ。
うーん……このまま光るスープとにらめっこをし続ける訳にもいかないし、覚悟を決めるか……。
……流石に変な物は入れていないから筋肉ムキムキになったりはしないだろうし。
「いいか? せーので飲むぞ?」
「本当に大丈夫なんですね? 変な物は入れていないんですね?」
「俺とシロも飲むのに入れる訳ないだろう……」
「なんでそこに私が含まれていないんですか!? あ、まさか成人女性にだけ作用する媚薬を入れたら光っちゃったとかですか!? そんなもの混ぜなくともお館様が望むなら飲みますから料理には混ぜないでくださいよ!」
それは信用してるってことでいいのか?
そんな媚薬は作れはするかもしれないが、持ってもいないし使う予定も全くないけどな。
「ん。飲まないならシロは飲む」
え……シロさん?
ちょ、なんでそんななんのためらいもなく飲めるの!?
器に注いだら光は弱まったとはいえまだ光ってるんだぞ!?
「ああ……シロさん……尊い犠牲でした。もしお腹を壊したらあまり苦くないお薬を探してきてあげます。もしお口がずっと光っていたらどうすれば――」
――カツン。
「っ!?」
「はえ? 今の音って……歯が当たった音ですか? シロさんから? え? 具なしのスープですよね?」
「んぅあっ……………すぅぅ………んぅふああ……………………」
シオンが隣で騒いでいるのも構わずたっぷりと時間をとって味わい、飲み込んだ後に余韻まで堪能している様子のシロ。
そして感想を待つ俺らへ視線すらむけずにもう一度レンゲでスープを掬うのだが、普段のシロからは考えられない程丁寧だ。
普段のシロならばレンゲいっぱいに掬ってガンガン飲むか、器に口をつけてぐいっと飲んでいてもおかしくないのだが、一滴たりとも零さないようにとゆっくり慎重に動いており、レンゲで掬った量も零れないように僅かに少なくしている程だ。
「ん……んっ…………んふー……はあああ……」
一口シロがスープを美味そうに飲み、蕩けた様な感嘆の声を漏らすと同時に、そんなシロをじいっと見つめていた俺とシオンの喉が鳴る。
「お、お館様……」
「ああ。俺らも飲むぞ!」
最早光っているとかどうでもいい。
シロの様子を見ればどれだけ美味いのか以外気になるはずがない。
俺達もシロにならって慎重に器へと注ぎ、レンゲを使って同時に口へと運ぶ。
――カツン。
「「っ!?」」
うおおおお!?
シロが思わず噛んでしまった理由が一瞬で理解出来た。
なんせ口に含んだ量は僅かなスープなのに口いっぱいに肉を頬張ったかのような圧倒的な存在感を感じるのだ。
暴力的なまでの肉の存在感は勿論なのだが、その奥に香味野菜の旨味やコクを感じる事が出来、口の中を隙間なく埋め尽くしているかのようだ。
飲みこんでしまうのが惜しいと思ってしまうのだが、その理由に口の中にスープがある以上鼻で息をする訳で、その呼吸すらも美味いと感じてしまうからだろう。
香りを内側からも感じつつ、新鮮な空気を取り入れる事でより繊細にスープの旨味を感じる事が出来るのだろうか?
最終的に飲み込む訳だが……これもまた良い。
喉を過ぎどこを通って胃に落ちたのか分かる上に、胃に落ちてなおその存在感を感じられる。
思わず感嘆の声を漏らしてしまうのは当然というものだろう。
飲み込んだのち息を吐きそして口で息を吸った際に余韻から肺でですら味わう事が出来ているかのような錯覚に陥る程、一口の満足感が凄まじい。
これが固形物ではなくスープの満足感だっていうのが驚愕でしかない。
「……美味しいです」
「ああ……美味いな」
この一言だけを交わし合い、再びレンゲに取って慎重に口へと運ぶ。
僅か一滴すらも無駄には出来ない。
一滴ですら衝撃を受けると思えるほどのスープだからな。
そして小さな器に入ったスープを飲み切ったあと、三人で暫し放心するかのように静寂が訪れる。
美味かった……ただただ美味かった。
「これは……やばいなあ」
「ん。やばい」
「やばいですねえ……」
これだけ言うと俺達は同じ事を思ったのか同時に喉を鳴らす。
もう一杯だけ味見がしたい……もう一口だけでも……。
って、駄目だ駄目だ! このままじゃあ全部飲み尽くしてしまいかねない!
「ああ! お館様!? なんで仕舞うんですか!?」
「ん。もう一杯飲みたい」
「いやそのまま絶対飲み尽くすからな? 俺達の目的を忘れちゃ駄目だろう」
このスープは大会で優勝するために作ったのだから、俺達が飲み干しちゃまずい。
もう一回作るにはもう時間が足りないし、これ以上の料理は流石にぱっと出てこないからな。
「んーー! あと一杯だけー!」
「一口だけでも良いですよ! またあの口の中を乱暴にお肉様に蹂躙されたいです!」
「ダメダメ。歯止めが利かなくなるからな。ほら頭切り替えて! 俺も誘惑に負けそうだから切り替えて! 大会終わって余ってたらあげるから……」
ほらほら何時までもぶーたれてないの。
これは俺が大事に魔法空間にしまっておくから。
後で一人だけ勝手に味見なんて……しないよ。
「ご主人ー! お? そっちはもう出来たんすか?」
「ん、ああレンゲ。まあな。ばっちりよ」
「おおー! こっちはウェンディが精魂込めて作ってるところっすよー。かなーり気合入ってるっすから、覚悟するっす!」
おおーウェンディは何を作るんだろう。
せっかくだから覗きに行きたい気持ちもあるが、どうせなら大会当日まで待った方がいいか。
「……っふ」
「はあ……あの味を知らないから仕方ありませんが、随分な自信ですねえ……」
「な、なんすかこの二人? めっちゃ見下すようにドヤ顔してくるんすけど……」
二人共腕を組んで見下ろすかのような仕草をしているのだが、シロは身長のせいで完全に見上げてるんだよなあ。
「そんなに自信があるんすか? それなら味見したいっすねえ」
「ああ。いいぞー」
「「え!?」」
一瞬でドヤ顔が崩れて驚愕した顔を俺へと向けて来る二人。
なんでそんなあり得ない物を見たかのような顔をするんだよ。
「主ずるい! シロも! シロも味見!」
「そうですよ! なんで私達は駄目でレンゲさんにはいいんですか!? 無くなっちゃうじゃないですか!」
「いや一杯くらいならまだ余裕はあるからな? それにレンゲはこっちも気にかけてくれてたし、お礼として一杯くらいならいいだろう?」
一応大量に作ってはいるのだから、味見の一杯くらいで無くなりはしないぞ。
ただ、二杯目は駄目だ。
二杯目を飲んだら三杯、四杯と止まらなくなるのが分かるからな。
ああ……取り出して一杯を注ぐのですら誘惑が……ぐっ。
「おおー……なんか光ってるんすけど!?」
「あー……それはあまり気にしなくていいぞ」
「ん。気にした方が良い。毒見が必要ならシロがやる」
「あ! ずるいですよシロさん! 毒見なら私が! 一口だけでいいですから!」
「いや、ご主人が作ったものなんすから毒見は必要ないんすけど……。というか、一口ずつくらいなら分けるっすよ?」
レンゲがスープを掬ってシロとシオンの前に差し出すと二人は停止してしまった。
膝を着き、レンゲを崇めているように思えるんだが……恐らく二人にはレンゲに後光が刺しているようにでも見えているんだろう。
「レンゲ……シロはレンゲを信じてた。いつかこの借りは返す。大きな借りとして返す」
「私もですレンゲさん……私レンゲさんみたいな優しくて器の大きな人を目指します……!」
「え? なんすかこれご主人……」
「ん! 零しちゃうから動いちゃ駄目!」
「そうですよ! 一滴すら勿体ない!」
「えええ!? さっきまで尊敬されてたのにめっちゃキレられたんすけど!? なんか怖いんすけど!」
んんー……中毒性とかはないはずだよな?
俺も飲みたいとは思うが、アレ程ではないし……多分大丈夫のはず。
この後、レンゲからシロとシオンは一口ずつ貰って先ほど同様のリアクションを披露し、それを見たレンゲが自分もと飲んだ後歯を鳴らして驚きつつ、一口あげたのを惜しんでいた。
まあ貸した物がでかいと理解はしたようで、何で返してもらおうかと悔しがりながらも考えながらウェンディ達の方へと戻っていくのであった。




