15-5 ギゴショク共和国 牛串のタレ
エルフの森から帰ってきて、仕事をしたのは一度きり。
バイブレータもポーションもアインズヘイルが国になってから売れ行きが上がったおかげで、こうしてゆっくりした時間を多く持てて俺の理想の生活が近づいているように思えてきた。
「主ー。お腹空いたー」
「シロちゃん。さっきご飯は食べたでしょ」
「食べてない」
「食べたよ……。おかわり6回してたでしょ」
ソファーに座って知的に読書としゃれこんでいたのにシロが後ろからしな垂れかかってきたので本を閉じてシロに構う。
「んーお腹空いたー!」
「え、本当にお腹空いたのか?」
「ん」
まじか……。
ククリ様の所で戦闘訓練をしてもらいに行き始めてから、かなり強くなったようだが食欲まで増したのか。
元々シロはかなり食べるというか、俺の数倍は余裕でぺろりだったのに……これが若さか。
「成長期ってやつかねえ?」
「ん。シロは成長中。もっともっと成長する。すぐおっぱいになる」
そこはあまり成長していないようだが……言わない優しさって大事だよな。
まあでもまったくって訳じゃあないし千里の道も一歩からって言うしなあ。
「んじゃ、何か食べに行くか?」
「ん!」
という訳で、シロの腹を満たすために散歩に出る事となったのだが……シロさん?
「……なんで肩車なんだ?」
「ん?」
「そんな純粋な瞳で疑問符を浮かべられると俺が間違っている錯覚に陥るんだけど……」
あと、顔を前に出してこられると危ないから止めなさい。
「最近シロはククリの所にばかり行ってた」
「そうだな」
連れて行ってたの俺だからよく知ってるぞ。
二十四代の追加を頼んでくれたのは大変助かりましたありがとうございます!
「ん。だから主との時間が足りないの」
「……普通に手を繋ぐんじゃ駄目なのか?」
「駄目なの」
駄目なのかー……じゃあ仕方ない。
アインズヘイル在住の人達からはいつものかと言われるだけで、それ以外の人には視線を向けられはするが、仲睦まじい親子の様に見られるくらいだろうしな。
「分かった。でも、お店に着いたら降りろよ?」
「ん!」
良いお返事。
ただシロ? 太ももで顔をぎゅーってするのは無しだぞ。
興奮する? とか聞いてこられても変顔になるだけだからな?
その後は頭を抱きしめるかのように密着しつつ頭の上に手を載せ、ぎゅっとくっついたまま乗っているんだが、上から鼻唄が聞こえてきたので見えはしないが上機嫌らしい。
「主どこ行くの? 牛串?」
「牛串好きだなあ……」
「ん。大好き。一番好き」
「ははは。まあ牛串も良いけど、この前レンゲと食べた共和国の揚げ棒が美味かったからさ。それも買いに行こうかなって」
「ん。揚げ棒? お肉入ってる?」
「ああ。中に色々入ってて肉も入ってるぞ。パリパリで食感も良いしな。小籠包も売ってるんだが、それ用のレンゲも作ったからそれも買おうか」
「んんー? レンゲを作る……分かんないけど分かった。美味しいならいい」
という訳で、あの共和国の屋台を探しているんだが……あれ? ここら辺だった気がしたんだけど……ないな。
「主? どしたの?」
「悪い。道を間違えたかな……?」
いやでも街の外に出るにはこの通りを真っすぐに行くだけだったし、間違えようもないはずなんだが……。
「どうしたんだい兄ちゃん。もしかしてここにあった共和国の料理を出す屋台の事かい?」
「え? ああ、そうですそうです。確かこの前までここにありましたよね? もしかして移転したとかですか?」
突然知らないおじさんに話しかけられたのでびっくりしたのだが、このおじさん何か知っているようだ。
あれだけ噂にもなっていたのだし、もっと良い場所に移転したとかなのだろうか?
「最近話題になってたから兄ちゃんみたいに困ってるやつが多いんだよなあ。で、だが突然いなくなっちまってよう」
「突然いなくなった? ですか?」
「そうなんだよ。多分国に帰ったんだろうけど、かなり売れ行きも良かったみたいだから理由も分からなくてな。酒のあてにぴったりだったのによう……」
「そう……ですか。分かりました。ありがとうございます」
「おう。まあ、美味い店はまだまだあるからしょげるなよ」
じゃあな、と去っていくおじさんのおかげで道を間違えた訳でなく店がなくなったと分かったんだが、そうか……なくなったのか。美味かっただけに残念だなあ。
「主?」
「んんー……牛串屋行くか」
「ん!」
まあ、おじさんの言う通りアインズヘイルには美味い店はまだまだあるからな。
牛串屋に行っていつもどおり牛串とシロパンでも買わせてもらうとしようかね。
牛串屋とも付き合いが長くなったよなあ。
まあシロがあの店の牛串が好きだからよく行くってのもあるけど。
初めて食べた時は塩コショウだけの味付けだったが、そのあとにおっちゃん特製のタレが美味いと気付いてからはタレばかりになったな。
そっちの方がシロパンにも合うし、あの値段であの味はなかなかないものだしな。
とか牛串の事を考えていると俺も食べたくなってきた。
うーん……一本くらいなら入るか!
「お。良い匂いがしてきたな」
「ん! ……んんー?」
「どうしたシロ?」
「んー……? 多分気のせいだと思う……」
「んん?」
なんだろう?
何か気になる事でもあったのかと思ったのだが、ちゃんと店に着く際には降りるという約束を守って降りてくれたので手を繋いで牛串の屋台へと向かう。
「おーうおっちゃん。牛串買いに来たぞー」
「お、おう兄ちゃんか。いつも悪いね。あー……そうだ。常連だし、今日は一本ずつサービスするよ」
「え? 別に普通に買うぞ?」
「いいからいいから。ほら受け取ってくれ」
お、おう?
なんだなんだ?
くれると言うならありがたくいただくが……普段と様子が違う様な?
っと、持ったままだとタレが垂れて来てしまうので慌てて一口食べてみる。
「あつ……はくっ……うんー……ん?」
「あーむ。ん……んー?」
んん?
あーれ? なんか……。
「ど、どうだ?」
「どうだも何も美味いけど……何か変な感じがするな……」
「ん。美味しいけどいつもと違う」
「そうか……やっぱり分かるか……」
「ど、どうしたおっちゃん?」
大きなため息をつくと共に普段は立って接客しているのに椅子に座るおっちゃん。
その横にはここで働いているハーフエルフの男の子がおり、前見た時はエプロンなどまだ綺麗であったが、随分と慣れて来たのか良い感じにシミが出来ており慣れてきたのが良く分かって安心したのだが……あたふたしてるなあ。
「店長……でも、美味しいって言ってくれてますよ」
「ああ。美味しかったぞ」
「そうか……だけど、前のが美味かったろう?」
「それは……」
「ん。前のが美味しかった」
「だよなあ……俺もそう思う。シロちゃんは随分とうちの牛串を気に入ってくれてたもんなあ。やっぱり分かるよなあ。正直に言ってくれてありがとな」
いやまあほとんど変わらないというか、似た系統の味ではあるし間違いなく美味いぞ?
……まあその正直なところ恐らく僅かな差ではあるのだろうけど、前の方が美味いんだけどさ。
「参ったなあ……はあ……」
「店長……僕には十分美味しいと思うんですけど……」
「そらあ不味いもんを客には出せねえから、美味いもんは作ったとは思うがなあ……」
「それなら――」
「こだわりってもんがあるんだよ俺にもな。兄ちゃん。悪いな味見してもらってよ。悪いけど、しばらく休業だ」
「ん……お休みするの?」
え!?
ちょ、ちょっと待ってくれ。
「どうしたってんだよ。なんで前の味から変えたんだ? 変えた味が納得いかないなら戻せばいいだろう?」
「戻せりゃあ戻すんだが……戻せねえんだ……」
「戻せない? シロまたあの牛串が食べたい……」
「悪いなシロちゃん。俺も食わしてやりてえんだが……材料が手に入らなくなっちまってなあ……」
「材料? なんで?」
シロが屋台に手を置いて体を乗り出すようにしておっちゃんに問う。
俺も気になったのだが、シロはもっと気になっているようだ。
……この店の牛串が食べられないってのが相当効いているようだな。
「ん? なんだ知らないのか? 最近共和国が同盟を破棄したそうでな」
「共和国って……ギゴショク共和国がアインズヘイルとの同盟を破棄したのか!?」
あれだろ?
王国や帝国、ロウカクなんかとも結んでいる同盟の話だよな?
「ああ。その影響でな。レシピは教えられねえが、俺のタレには共和国産の特殊な香辛料を使っててよ。市場には出回らねえくらいの生産量の物なんだが、昔の知り合いが特別に卸してくれてたんだがよ……突然、送れなくなったって連絡が来てな……はあ……」
共和国産の……同盟破棄の影響でって事か?
でも、元々同盟を結ぶ前からあのタレはあったよな?
どうやら個人的な知り合いのようだし、同盟がなくなっても問題ないんじゃないのだろうか?
「……同盟破棄とはいえ、商人は行き来できるんじゃないの?」
シロも同じことを思ったらしく、依然として前のめりのまま店主に聞いてくれたようだ。
「いやあ……どうやらそうもいかないみたいでな。突然現れた王様が美味いもんを献上しろって言ってきたみたいで、あの香辛料が目を付けられたそうだ。この国に来ていた商人や料理人もそっちをどうにかしねえといけないと皆戻っちまったらしいぜ」
「共和国に王様……?」
共和国って、確か王政じゃないんじゃなかったか?
詳しく知る訳ではないんだが、トップが一人という事はなかったはず。
そんな国に王様が現れたってどういうことだ?
「俺も良く分からねえが、とんでもねえ王様なんだとよ。我儘で美味い物を献上しろって命令を出したり、綺麗な装飾品を求めたり、他国との縁を切らせたりとやりたい放題な上に、強い者を好んで強くなければ会いもしねえんだと」
「なんだそれ……」
なんたる横暴。
ギゴショク的に言うと董卓のような振る舞いに似ている気がするが、他国との縁まで切るのはどうなんだ?
「まあそれが理由で大事な材料が揃わなくてよ……。残念だが、この件が解決してくれるまで店は閉めるしかねえな……。ああ、安心しろよ。その間は別の材料を使ってあのタレをなんとか作れねえか研究に充てるさ。おう。給料は払うから、手伝い頼むぜ?」
「は、はい! それは勿論!」
「兄ちゃん達も悪いな。せっかく食べに来てくれたのによ。まあ共和国が元に戻ったら前のタレを用意するから、また……食べに来てくれよな」
おっちゃん……。
なんだか悲しそうというか、寂しそうというか……。
今のタレでも十分美味いとは思うのだが、常連が首を傾げる姿を見るのが嫌なのかもしれないな。
おっちゃんも言ってはいたが、こだわりなんだろう。
俺とて錬金で中途半端な物は世に出したくはないという気持ちは分かる。
ギゴショク共和国が元に戻ったら……か。
突然現れたという王に、強い者を求めるって事は武力で王になったって事か?
またはその従者がとんでもなく強いか……
そうじゃなければどう考えても平和を乱している王に、ギゴショクの三国が黙っているだけとは思えないしな。
とりあえず、近くにあった露店でケバニャを買って帰ることにはしたんだが……。
「……シロ。大丈夫か?」
「んー……」
耳がぺたんと折れて尻尾もなんだか元気がないんだが……。
ケバニャを買う際もまさか3つだけでいいだなんて、目に見えて落ち込んでしまっているのがわかる。
「……牛串。また食べたい……」
「だな……早く共和国が元に戻ってくれると良いんだが……」
「ん……」
シロがこんなに落ち込むだなんて、中々無いよな。
どうにかしたいけど、他国の事だしなあ……。




