14-31 イグドラ大森林 龍と魔力
平原からエルフの森に戻ることになったのだが、レアガイアが馬車に乗れる訳もなく歩いて戻る事に。
レアガイアは文句をブーブー垂れていたが、見た目以上に重いお前が乗ったら馬車は壊れるし、壊れなくとも馬で引ける訳もない。更には土の中の移動の方が楽とは言うが、エルフの森の結界の様な物が壊れるそうだから我慢してくれよ、と。
「つ、つまり素材ですと生命力が落ちるという事ですか?」
「そう言うことだね。それもガクンと落ちると思った方が良い。シロちゃん達が魔物の素材を狩りに行っているそうだけど、魔物の素材で補うなら私の龍形態の大きさ以上の量が必要だと思うよ」
イエロさんがビビりながらも生命力についての質問をレアガイアへと投げかけており、その結果やはり生命力というのは素材には微量しか含まれないらしい。
レアガイアの龍形態以上の量が必要って……それとんでもない数を狩ってこないと無理じゃないか?
というか、精霊樹よりも体積的には大きいんじゃなかろうか。
「でも、龍の素材なら普通の魔物よりは多いんだろう?」
「それは当然そうだけど、よりはって程度だよ。一度体から離れたら生命力はほとんど残らないものだからね。まあ、役に立つとは思うけど」
うーん……素材になると生命力が殆ど失われるとはな。
レアガイアが来ればそれで解決できると思ったんだが、一筋縄ではいかないか。
村への道が開き、レアガイアと共に精霊樹へと向かう。
その際にエルフは道の端に移動し、警戒心というか恐る恐るレアガイアを見つつも視線は合わせないようにといった具合であった。
安全だ。とは言われても、地龍という龍種が自分達の村に入る事は怖いのだろう。
まあ、レアガイアがこの場で龍形態になるだけで村は半壊するだろうからな……。
「おーおーおー。あー確かにこれは不味いねえ」
「見ただけで分かるのか?」
「そりゃあ私だって地を司る龍だもの。舐めて貰っちゃ困るよ」
「やはり精霊の減少が原因なのでしょうか……」
「え? ああ、うん。精霊の減少……もあるだろうけど……」
ん? 何で言い淀んだんだ?
「けど?」
「あ、ううん。何でもない! そうだね! 精霊の減少が大きく関わっているかな!」
……怪しいな。
なんか隠しているような気がする。
あ、ほら俺が訝し気に見ていると目線を逸らしたもん。
絶対に何かあるな……。
「そ、それじゃあ早速魔力を注ぐとしようか!」
「お、おう。頼む」
疑念は残るが今は様子を見るとしよう。
魔力を注いでくれるようだし、精霊樹を治す手助けはしてくれるのだしな。
「ようしお母さん頑張るぞうー! あ、一回注ぎ終わったらさっきの魔力球を一個頂戴ね?」
「ええ……」
一個食べたら満足したとか言わないか?
途中で投げ出されたら困るから成功報酬の方が良いんだが……。
「いやいやいや。全力で魔力を注いだらお腹が空くんだよ……。君だって困るでしょう? 我を忘れて見境なく暴れだしたりしたらさ」
自分で我を忘れてとか言うなと思うが、それは困るな。
よし分かった。一個な。一個だけだぞ。
つまり、全力で三回は魔力を注いでくれるという事だろう。
俺達以外の皆も昨日に引き続き魔力を注いでくれているのだが、俺は今日はレアガイアに付いてもしもの為に魔力を温存する事となっている。
護衛としてシオンが傍にいるが、まだビビっている様子だ。
一応レンゲ達も傍で魔力を注いでくれてはいる。
レアガイアは精霊樹に手を付くと魔力を注いでくれているのだが……目に見えてかなりの量を注いでいるように思えるな。
なんかゴオオオって擬音が聞こえる気がするんだけど、その勢いで注いで精霊樹は大丈夫なのだろうか……?
しかし……あれだな。
「なあ。なんで魔力を注ぐと腹が減るんだ?」
魔力を注ぐレアガイアを見ていて、もしかして魔力が減ったら痩せるのか? と思って見ていたのだが、そんな事は無くふと疑問に思ったので聞いてみた。
冷静に考えて魔力ってカロリーがあるのだろうか……?
「んんー……? そりゃあ龍にとって魔力は全ての根幹だからだね」
「すべての?」
「そうそう。私達龍は魔力さえ食べられれば生きていけるような体だからね。逆を言えば、魔力を消費すると体の大事なものが抜け落ちる感覚で、それがお腹が空いたって表現になる訳さ」
「魔力だけでいいのか? 肉を食べたりもするだろう?」
「うん。カサンドラちゃんに言われて地竜とかも食べるけど、肉はたいして意味が無いんだよ。私達が地竜を食べる際は地竜の魔力を吸収しているにすぎないからね」
「肉ごと魔力を取り込んでいるって事か」
「そうそう。魔力だけが龍の食事な訳よ。肉とか魔法とか魔力以外はお腹は膨れない不純物って事なんだね」
なるほど。肉を食べているように見えて、体内に宿る魔力だけを摂取しているのか。
俺達人族は生きるのに様々な栄養素を必要とするが、龍はその全てを魔力で補えるという事か。
「ねえ、龍はどうして生命力が高いと思う?」
「そりゃあ魔力が多くて強いから……か?」
「惜しいー。実は龍は魔力を別の力に変える事が出来るんだよ。ほら、この前今代の英雄の一撃を受けたけどすぐ治ったでしょ? あれも魔力を消費して生命力……自己治癒力を向上させたって訳なんだよー」
ああ、城の下から突然現れた後に黒焦げになった時の事か。
確かに隼人の『光の聖剣』を受けた後は黒焦げになって力尽きていたようだけど、その日の夜には復活して約束通り魔力球を求めていたものな。
「だから魔力さえあれば治癒も出来るし長寿にもなれるし、病気になる事もほぼないんだ。魔力を貯めこんでおけば、何も食べなくても少ないけど自然の魔力を取り込んで、生命力に変換していくだけで100年くらいは余裕で生きられるんだよ。勿論、定期的に摂取していれば数千年は生きられるって訳。まあ、龍によって蓄えられたり変換できる量の違いはあるけどね」
「魔力さえあればか……それは、龍種以外では出来ないのか?」
「まず無理だろうね。アマツクニの巫狐なんかは特殊だけど、文字通り器が違うって奴だよ。保有できる魔力の器が君達とは桁違いだからこそできる事って事かな」
あー……すんごい強力な魔法を打とうとしてもMPが足りない的な感じかな?
実際今もかなりの魔力を注いでくれているのだろうし、器が違うっていうのは納得が出来るな。
「とまあそんな感じで、龍にとって魔力は最も重要なものなんだよ。だからこそ、君の魔力球は最高だよ! 邪魔な肉や魔法の臭みも無いからね!」
「なるほどな」
つまり、魔力が全ての源であり魔力を様々な力に変えられるからこそ長寿であり、強く、生命力も高いという事か。
だからこそ、不純物の無い純粋な魔力を物質として生み出す俺は友好な関係が取れているという……。
……魔法が使えないのは悲しいが、今レアガイアやカサンドラとの関係を考えると良かったなと思えるな。
というかあれ?
ロウカクで戦った際って、寝起きだったわけだしかなりお腹が空いてた状態って事だよな……?
つまり、魔力が足りておらず生命力や治癒力に変換がほぼ出来ない状態でアレだったわけか……。
すぅぅ…………もう少しだけ、敬う気持ちを持ってもいいかもしれないな!
「さーて、そろそろいいかなー」
ふうう……っと、息を吐いて精霊樹から手を放すレアガイア。
「あー疲れたー……お腹すいたー……魔力球頂戴~」
相当魔力を注いでくれたのかかなり疲れた様子だな。
しかし、魔力が減ると腹は減るようだがやはり痩せはしないんだな……。
どしんっと、その場で腰を降ろして俺の方を見上げ、無言の圧を使って求めるものをくれという。
決して可愛い訳ではないのだが、約束は約束なので一つ超特濃魔力球を取り出してアーンと開けるレアガイアの口へと落としてやった。
「ッ!!!!」
パクっと口の中へと消えて行ったと思ったら、カッと目を見開いて立ち上がるレアガイア。
ど、どうしたのだろうか? まさか不味かったとか……?
あのぷにぷにの食感の方が良かったのだろうか?
だ、大丈夫だ。俺は今は魔力が全快だからぷにぷにで大きいのも作ることが出来るぞ!
「んまああああああああああああい!」
「……そうか」
美味いなら良かったです。
口から光線でも出るんじゃないかって程のオーバーリアクションは心臓に悪いからやめてくれ……。
この後はきっと細かい解説が来るんだろうな。
「しゅごぉ……口に入れた瞬間の強烈なまでのインパクトに思わず立ち上がっちゃったよ! あまりの美味しさと衝撃に漏れそうになっちゃったよ!」
「おま、絶対漏らすなよ!」
「大丈夫おしっこじゃないから! 漏れそうって言ってもさっき言った事前に摂取してた体に不要なものが液体になって外に出るだけだから!」
それをおしっこって言うんだよ。
お前が漏らした物を精霊樹が取り込んでしまって変になったらどうするんだよ!
「あああ……それにしてもこれ凄いよぉ……バチバチってはじけるかのような鋭い力強さ……口の中を圧倒的な魔力濃度で埋め尽くすほどの存在感……。舐めているだけでにじみ出てくる濃厚な魔力のエキスに蕩けて酔ってしまいそうだ……!」
「意外と噛み砕かないんだな……」
「噛み砕くなんてそんな……そんな勿体ない事出来ないよう……。ああ、でもあと二つあるんだもんね。一個くらいなら……いや、でもずっと味わっていたいぃぃ……」
飴玉のようにコロコロと口の中を転がして味わっているようだが、今まで見たことが無い程の喜びようである。
蕩顔……というか、最早表情筋が脱力をしてしまって働いていないようだ。
「君ヤバい……。とんでもないものを作ってくれたね~……。私、これ一つの為に国一つ潰すくらいなら余裕でしちゃうぜ~?」
「そんなお願いする訳ないだろ……」
「それくらいヤバいんだよ。魔力が枯渇しかけていた所にこんなとんでもないものを食べたらおかしくなっちゃうよう~~! ああ……頭くらくらしてきちゃった。これ火龍のヴォルちゃんとか食べたら歓喜のあまりずうううっと炎を吐き続けるだろうね。うへへ~」
「ヴォルちゃん……」
「そぉ~! 火龍の長のぉ~ヴォルメテウスのヴォルちゃん! とんでもなく熱い火を吐く龍だよ~! 多分近づいただけで君は溶けちゃうから近づいちゃ駄目だよ~んふふふ~」
のほほんと蕩けて微笑みつつなんて怖い事を言うんだ!
ヴォルちゃん危険ですね。
炎を吐き続けられたら俺きっと燃やされますね!
骨も残らないんでしょうね!
絶対に近づかない! 絶対に関わるものか!
「なぁに~? 怖がってるのぉ~? 大丈夫だよ~。君にはカサンドラちゃんの加護がついてるから、いきなり無差別に攻撃されたりはしないからね。んんふ~……んまぁ~!」
カサンドラの加護……!
まさかそんな事にも役に立つなんて……!
ありがとう! ありがとうございます!
挨拶周りから帰ってきたらレアガイアに与えたものと同じ超特濃魔力球を捧げさせていただきます!
と、その前に確かめなければいけない事があるんだった。
未だに幸せそうに微笑みながらコロコロと口の中で超特濃魔力球を転がすレアガイアだが、今の気の抜けようならいけるかもしれない。
「そういえばレアガイア。精霊樹の方はどうなんだ?」
「ん~? 良い感じじゃないかなぁ~? あと数回魔力を私が注げば魔力は問題ないと思うよ~」
「しかし、精霊樹には大量の魔力が必要なんだな」
「そだね~。これでもまさしく世界に根付いている精霊樹だからねぇ〜魔力の器も大きいんだよ~。だからこそ、分体を残せるって訳よ~」
「つまり、精霊樹は地の魔力の塊って事か」
「そのとおりだね~」
「そりゃあさぞ美味いんだろうなあ」
「そだね~。根っこをチュウチュウするととっても美味しいんだよぉ~」
「ほーう……。根っこをチュウチュウした事がある訳だ」
「うん~。たま〜にカサンドラちゃんの眼を盗んで根っこをチュウチュウ…………はっ!」
なるほどなあ。
隠していたのはこれか……。
「ほーう……」
「くっ、謀ったな!! ああ! 噛み砕いちゃった! あふ、あふううん……っ! おぉ……ぉぉお……ぅ……っ!」
「……勝手に喋っただけだろう」
慌てた際に超特濃魔力球を噛み砕いてしまったらしく、一気に魔力が溢れて見悶えるレアガイア。
微妙に痙攣しているが、どうやら濃厚な旨味に震えているだけのようだ。
やがて痙攣も収まり、音が聞こえるようにごくりと飲み込むと俺の方へと改めて向き直る。
「っ美味しかった! とても! ありがとう! この味は一生忘れないよ! だけどバレたら仕方ないね! ああそうさ! 私も原因の一端さ! でも精霊が少ないのも原因だもーん! お母さんだけが悪いわけじゃないもーん! 土の中を泳いでたらぶつかってきたからムカついて齧ったら美味しかっただけだもーん! それが精霊樹だなんて知らなかったんだもーん!」
もーんって、いい歳? した三人の子供を持った大人が言う言葉じゃないだろう。
それに、精霊樹がぶつかったのではなくお前が突っ込んだんだろう。
ただ、俺の立場だと責める訳にもいかないんだよなあ。
自然にあったものを食べただけって言われたら俺には何も言えないし。
勿論、エルフの皆さんは精霊樹を守る立場だから怒っても構わないと思うんだが……イエロさんが仕方ないというように首を振っているのでいいのか。
ただ……。
「世界に根付く精霊樹が分体を残せずにこの世界からなくなるってまずい事なんだよな?」
「ぐうっ……」
アトロス様が世界のバランスが――って言っていたし、多分精霊樹が無くなるのは世界の危機なのでは?
どうなるかは分からないし、一発でアウト! ではないかもしれないが、大分よろしくないのは間違いないのではないだろうか?
「……治すの、ちゃんと手伝ってくれるよな?」
「も、勿論だよ! 流石に治すよ絶対に! というか、私が原因で精霊樹が無くなったらカサンドラちゃんに鬼のメニューを組まれちゃうよ!」
……そんな理由なのかよ。
まあでも、レアガイアが積極的に治してくれるというのなら期待させてもらうとしようか。




