14-5 イグドラ大森林 レティとお買い物2
隼人達の宿の先払い分が終わったので、せっかくだからと俺の家に泊まってもらう事になった翌朝。
何故か早く目が覚めたので俺の腹の上で眠るシロをそっと降ろし、朝風呂に一人で入ってさっぱりしたらもう一度眠る気がしなかったので朝市にでも行ってこようかなと思ったら、思わぬ人が起きてきた。
「意外……。随分と早起きなのね」
「たまたまだよ。レティこそまだだいぶ早いぞ?」
まだ陽も昇り始めて明るくなりだした頃だぞ?
寝不足はお肌に悪いですよと。
「……私もたまたまよ」
「そっか。で、よそ行きの服着てるみたいだけど、寝直さないのか?」
「ええ。ちょっとそこらへんでも歩いてこようかなって思って。あんたも出かけるの?」
「ああ。俺も目が覚めちゃってな。朝市にでも行こうかなって。アインズヘイルが国になったから、朝市も種類が増えて面白いってウェンディが言ってたからさ。レティも行くか?」
「朝市……いいわよ。ついていってあげる」
という事で、レティと朝市へ行くことに。
そういえばレティと朝市に行くのは二回目だな。
という事で。
『朝早く起きたから朝市見てくる イツキ』
『それに護衛としてついてくわ レティ』
と、書き置きを残しておこう。
うん。勘違いを生まないようにね。こういうの大事だと思う。
そして、護衛ありがとうございます! 弱弱ですみません!
レティは隼人のパーティの魔法使いだもんなー。
頼りにさせていただきます!
まあ、今は明確に敵なんかはいないから大丈夫だとは思うけどね!
でも変な輩に絡まれるかもしれないからね!
「ん……んんー……あれだけ騒がしい街もこの時間だと静かなものね」
「だな。今起きてるのは働き者だけだから静かなもんだよな」
遠くの方でガラガラと馬車や荷車を押す音が聞こえてくるが、住宅地は皆まだ寝ているだろう時間なので静かなもんだ。
そして今起きている俺達も働き者という事になるな。えっへん。
「まずはどこに行くの?」
「とりあえず、贔屓にしてる野菜売りからかな」
「そういえば、あんたと朝市も二回目よね。前回と一緒のおばさんの所?」
「そうそう。いつものおばさんの所に行って、肉屋に行ってから面白そうなものが無いか見て回ろうかなって思ってる」
「分かったわ。それじゃあ付いていくからエスコートしてね」
エスコート……って、何をすればいいんだろうか。
レティはこう見えて、というのも失礼だが貴族だもんな。
貴族へのエスコート……?
「……お手を?」
「それはいいわよ! ……っていうか、あんたに貴族のエスコートなんて期待してないわよ!」
「ほっ……。期待されてたら困ったぞ。あーでもあれだ。一応元王族のアイリスの相手なら出来るぞ」
「……普通その方が難しいわよ」
そんな事ないぞ。
アイリスならとりあえずアイスを出しておけばなんとでもなるからな。
アイスが無かったら甘味で十分相手が出来るはずだ。
「んー……はあ。朝の空気、好きなのよね。なんかいつもよりも綺麗な気がして」
「わからなくもないな。まあ元の世界の空気と比べるといつだって綺麗に感じるけどな」
「あんた達の居た世界ってそんなに空気が悪いの?」
「あー……場所による? 田舎はそうでもないと思うけど、都心部なんかは酷いかな」
車の排気ガスや工場から出る煙なんかの説明はちょっと難しいから出来ないが、比べればやはりこっちの方が空気は綺麗だろうな。
まず自然が圧倒的に多いしな。
とか考えているとあっという間に北地区の野菜売りのおばちゃんの所へ到着。
「おや錬金術師のお兄さん久しぶりだねえ! また別の別嬪さんを連れてきたのね。あら、以前見たお人ねえ。この色男!」
「別嬪なのは同意するけど、前にも言ったけど俺の友人の恋人だからな。変な噂立てるなよ」
「っな! ……隼人の恋人。ま、まあそうだけど……」
「あら、前回と反応が違うのね。という事は……進展したのねお嬢さん」
前回は王都に行く前だったもんな。
あれから結構経っているし、そりゃあ進展もするだろう。
していなかったら帰ってレティと隼人は正座ですよ。
お節介なお説教タイムですよ。
「それで、今日は何を買ってってくれるんだい?」
「んーとりあえず一通り適当に? あと何か面白そうなものあるかな?」
「はいよ。今日はトメトが良い出来だよ。面白そうなものは……キノコ類があるね。これとか食べたら笑いが止まらなくなるよ」
「毒キノコじゃねえか! そんなもん置いとくなよ……」
「味は良いんだよ。それに毒キノコなんかじゃないさ。ちゃんと火を通せばすぐに止まるからね。元気がない時は元気が出るよ」
キノコを食べると元気が出るー……ってのはまずいんじゃないか?
しかし美味いのかこの毒々しい見た目のキノコ……。
色が青紫にオレンジの斑なんだが……。
「まあ……毒キノコじゃないなら貰っとこうか」
「はいよ。レインリヒ様が良く買っていくから、錬金にも使えるんじゃないかい?」
……レインリヒがよく買う?
やっぱりそれ毒キノコじゃなかろうか?
「よし……それじゃあこれくらいでいいかい?」
「小さめの木箱で二つ分か。うん、それくらいで」
「あいよ! いつも沢山ありがとうね。それじゃあ計算してくるよ」
今回は葉野菜は少なめで、トメトが多いな。
いやあ、いい出来と言うだけあってぷりっぷりで丸みに張りがあって新鮮なトメトは美味そうだなあ。
「……相変わらず豪快な買い物ね」
「まあ、保存はいくらでも出来るからな」
「本当羨ましいスキルよね。あの後調べたけど、結局ほとんどわからなかったわ」
そういえば空間魔法を覚えられないかって話もしてたな。
そして本当に調べたんだな……。
「はいよ! それじゃあまたご贔屓に!」
「おーう。また来るよー」
野菜を受け取り魔法の袋に擬態させた魔法空間へと入れ、次は肉屋へと足を運ぶ。
「……今回はリップサービスはないのね。安い愛はどうしたのよ」
「もう俺の愛は伝わり切ったんだ。サービスはしてもらってるしな。ほれ、朝取りトメト」
「え? 齧りながら歩くの?」
「そうそう。これが俺のエスコート」
元の世界じゃ食べ歩きは特定の場所を除いてみっともないと言われる事もあったが、こっちの世界じゃよく見る光景だから気にしないで行える。
まあ、貴族のレティに勧めるものではないだろうけど、せっかくの朝取りだし、より新鮮なうちに食べたいじゃないか。
「どこ向けのエスコートなのよそれ」
「んー……俺の知ってる貴族のお嬢さんなら喜ぶかなと」
ちなみに、誰の事を言っているのかと言えばラズとクランである。
あいつらなら、『行儀が悪いよぉー!』『でも、何だか悪っぽくて良いよー!』とか言って喜んでトメトを齧ると思うの。
「普通喜ばないわよ! まあ……今回はいいけど。ん……甘いわね」
「フルーツみたいだよなーそれ。シロもあそこのトメトなら食べるんだよなー」
シロがよくいらないって言うのは葉っぱだからな。
緑色の葉野菜が特に嫌いなんだろうな。
うん。身に厚みがあって美味い。汁を零さぬようにすすってそのまま食べ進めていく。
ヘタと足の根元の部分は後で捨てるために魔法空間にぽいだ。
さて、お肉屋到着っと。
「おっちゃーん」
「んー? おう兄ちゃん! 久しぶりだな! お? これまた別嬪さんを連れてきて……って、その方は隼人伯爵様の良い人じゃねえか!」
「……っ」
「その通りだ。おっちゃんよく覚えてたな。という訳で、気を使えよー?」
「お、おう……。いや待てよ? アインズヘイルが独立したって事は、王国は他国……隼人伯爵様は王国の貴族。つまり、気を使う必要はねえんじゃねえか?」
「おっちゃんは馬鹿だなあ。他国でも貴族は敬うに決まっているだろ。それに、隼人は英雄だぞ? お前さんは世界の為に戦う英雄を軽視するわけか……」
「おっと、勘違いしちゃいけねえ。俺は英雄様には敬意を表している善良な一般市民だからな。お、そうだそうだ。今日は英雄様にぴったりの品を仕入れてあるんだった。本当なら俺が食っちまいたいくらいなんだが……分けてやらん事もないぞ」
「んー? なんだよなんだよ。気になるな」
「ふっふっふ。聞いて驚け見て驚け! 焼いて驚け食って驚け! 最高クラスの鹿……ディィィアーだ」
……ディアー? 鹿?
えっと、ブラックとかキングとか付かないならただの鹿では……?
ディアーをちょっとプロレスラーが言うような感じで言っただけなんだが、まさかそれが正式名称なのか?
ディィィアーが正式名称なのか?
「ま、まあ鹿肉って事か。……美味いのか?」
「ふっふっふ。たまげるほど美味いぞー。特にローストディィィアーは格別だ! それに合うソースも売ってるが……どうする?」
「んんー……じゃあせっかくだしいただこうか。あとはいつも通り、ブラックモームと……キングピグルも貰ってくか。あ、勿論良いところを適当に。今日は人数がいるから多めで頼むよ」
「あいよ! まーた兄ちゃんに良いもん全部持ってかれちまうな。国になって客は増えても商売あがったりだぜ」
「こんな良心的な太客捕まえて良く言うよ。そんなに言うなら、次は遠慮してやろうかね」
この肉屋は虫は取り扱わないし、おっちゃんもノリがいいから気に入ってるんだがな……。
こうまで言われちゃ仕方ない。
うんうん、仕方ないな。
「おっとそいつはいけねえ! 兄ちゃんとこがうちの売り上げの30%を担ってるんだ。感謝してるともさ。それじゃあ……全部で63……ああ、60万ノールでいいぜ」
「俺としても虫を扱わないこの店は重宝してるぞ。値引きありがとな。また買いに来るよ」
「おーう! 隼人様にも贔屓にしてくれるよう頼んでくれよー」
店外にまで出て手を振って見送ってくれる店主。
頼んでもいいけど、隼人は王都に住んでるから贔屓にはならないと思うぞ?
「……ねえ、ひと月分の食料の買い出しじゃないのよね?」
「そうだな。多分数日分くらいかな?」
「食費、毎月とんでもないんじゃないの?」
「まとめ買いしてるから割引してもらえているし、そうでもない……訳でもないか。でも、美味いものが多いこの世界が悪い。この世界、高いけど美味いものが多いからな!」
「食費にこれだけお金かけて……金銭感覚おかしくならない?」
金銭感覚は狂いつつあるかもしれないが、美味しいものを食べたいの。
美味しければいいのだよ。美味しければな!
あと流石に無駄遣いが過ぎるとウェンディが注意してくれるからな。
本当に欲しい場合は粘れば許してくれるし、ありがたい事である。
「景気のいいお兄さん! 取れたてのキャタピラスも――」
「虫はいらん!!!」
「ひぃ!」
むう。新しく街に来た商人か。
なるほど。人が増えるとこういう弊害もある訳だな。
この街で俺を知る朝市の商人は俺が虫だけは絶対に買わない事を知っているが、知らなかったのだろうしいきなり大声を出してごめんなさい! でも虫は絶対にずえええったいに買わないの!
「徹底してるわね。やっぱりあれ? 出会った時のアレがトラウマなの?」
「いや、トラウマでもあるんだけど、元々虫が嫌いなんだよ。子供の頃は大丈夫だったんだけど、大人になってからどうにも駄目でな……。しかもでかいとか……でかいとかさあ……」
「ふーん。まあ、確かにキャタピラスの見た目は気持ち悪いけどね」
「だろう? なんであんなでかいんだよ……。謎過ぎる……」
元の世界で一番でかい虫が何なのかは知らないが、人と同じ大きさって事はないはずだ。
もし人の大きさと変わらない虫がいるのなら、全人類は武装すべきだと思うの。
「……あんたは相変わらず変わらないわね」
「ええー……虫は駄目なままだけど、多少なり成長してるだろう?」
「そういう意味じゃないわよ。雰囲気? あんたの空気感っていうのかしら。それが変わらないって言ってるのよ」
「んんー? 良く分からないけど、それってそんなに大きく変わるものでもなくないか?」
「そうかしら? あんた達流れ人は強力な力を持っているんだし、変わりやすいと思うけど?」
「強力な力ねえ……」
そう言われてとりあえず『おこづかい』を発動。
今日は味噌が降ってくる日なので、しっかりと小さな壺をキャッチ。
味噌なので……キウカンバがいいかな。
へたの方を少し落としてと……。
ああ、忘れちゃいけない足の生えていた固い部分も落としておこう。
「はい。強力な力の味噌キウカンバになります」
「……あんたはそっちより、空間魔法の方がユニークスキルなんじゃないかしらね。まあ、頂くけど。ん……いい歯ごたえ。しょっぱいのと新鮮なキウカンバがすっきりしていて野性的な食べ方だけど美味しいわね」
今回は素直に受け取りキウカンバを豪快にかりっと食べてくれたレティ。
貴族らしくない食べ方だろうけど美味かろう!
残念だが、二度付けは禁止だぞ。
まあ味噌がしょっぱいから一本そのまま行けるだろう。
「……そうやってすぐ茶化すんだから。やっぱり変わってないじゃない。まあ、隼人やクリス達は変わらないあんたのそれが心地良いのかもしれないけどね」
「なんだなんだどうしたよ」
いきなり褒めだしてどうしたというのだろうか?
何か買って欲しいものでもあったのだろうか?
もしかして、強力な力の味噌キウカンバにはまったか?
「感謝してるのよ。私も、あんたを見てると小さな悩みが馬鹿らしくなって、今を楽しむべきって気がしてくるの」
「これは……褒められてないな?」
「あら、褒めてるわよ?」
嘘だ! 俺を見て悩み事が馬鹿らしくなる事のどこに褒める要素があるというのだろうか!
はっ! レティは王道ちっぱい系ツンデレさん。
つまり今回もツンデレという事か!
「あんた、なんか失礼な事考えてるでしょ」
「……カンガエテナイヨ」
そうですよね。
ツンデレのデレを見せるのは隼人にだけですよね。
ひゅうーアッツアツー! って本当に魔法で火を出そうとするなよ! ここ街中だよー!!
「あんた顔に出過ぎなのよ。あんまり私をからかう気なら、燃やすわよ?」
「すんませんっした!」
「うふふふ。……はぁぁあ。ねえ、こんな感じでいいのかしら?」
「……ああ、そんな感じで良いと思うぞ」
「ふふっ……意外に察しは良いのよね」
そりゃあ俺は鈍感系ではないですからね。
レティが今まで通りに振る舞おうとしていたのは気づいていたとも。
もう一人の当事者であるレティだからこそ、俺の願いに応えようと努力してくれたんだろう。
まあ、レティは比較的器用で内面が意外と大人でしっかり者だからな。
そして、朝市についていく事で最終調整が出来たという訳だ。
俺としては、そっちの方がありがたいというか気が楽なので助かるよ。
「それじゃあ、そろそろ朝市本番と行きますか。共和国から面白いものが色々と来ているらしいし……昼食までには戻れたらいいな!」
「昼食までってどれだけ回るつもりなのよ! ……まあいいわ。それじゃあ付いていくからエスコートしてね」
はいはい。
お手を……は、いらないんだったな。
それじゃあちゃんとついて来てくれよ。
人混みに流されても、商品に集中してたら気づけないからな?
と、その前に……トメトを一つ魔法空間から取り出してゆっくりと下から頭上へと放り投げる。
「……ん」
すると、そのトメトを空中でパシッとキャッチし、くるりと一回転して地面へと着地を決める白い影が。
トメトを齧りつつ振り返ったのは少し眠そうなシロ。
まあ着いて来てたのは知っていたんだが、なんで隠れてたんだろう?
「シロ!? 着いて来てたの!?」
「ん……? ん」
「この子がいたなら私、護衛の必要ないじゃない。まったく……」
「んー……? 街中で魔法をぶっ放すの?」
「それくらいの調整なら出来るわよ! 隼人のパーティにいるんだから舐めないでよね!」
「ん。ウェンディとクリス達も後で朝市に来る」
「そうか。じゃあ、色々見てるうちに合流できそうだな」
それじゃあ行きますかー! と色々見ていると、ウェンディとクリス、そして隼人とミィも合流し朝市を皆で回る事に。
そこで俺と隼人は共和国産の大きな海老を手に入れる事が出来、これで海老天婦羅蕎麦が作れると小躍りして喜びを表すのであった。
これにて、12章で残してしまった物も終わりかなと。
さて! アインズヘイルのお話を少ししたらイグドラ大森林へと向かいましょうか!




