13-22 和国アマツクニ シロとウェンディ
今日のご主人様はアマツクニの豪商ゴウキさんの元へと行くことになっており、普段であれば私は勿論ご主人様についていく予定だったのですが……。
「……ウェンディ、付いてこなくてもいいのに」
「心配なんですよ。ご主人様も私も……。いつもヘロヘロになって帰ってきてるじゃないですか」
「ん。主の差し金?」
「差し金って……違いますよ。許可を貰っただけです。少しだけ長い付き合いなのですから、私が心配したっていいでしょう?」
シロとはヤーシス様の商館で出会ったので誰よりも長い付き合いです。
最初はとんだお転婆でしたが、頭の良い子でしたからすぐに落ち着きを……いえ、まあ、抜け出すなどはしょっちゅうでしたけど、それでも大人しくなった方でしたね。
お世話をしていたのは私。
あの商館内では一番懐かれていた自信もありますし、ご主人様のものとなってからもずっと一緒なんですから、心配したっていいじゃないですか。
「ん。まあいいや。でも、来てもつまんないよ?」
「構いませんよ。お昼ご飯は沢山作ってきましたからね?」
「ん! それは嬉しい。とても嬉しい」
本当に、ご飯の時だけは可愛らしい顔をしてくれますね。
それだけ気に入ってくれているというのは嬉しいものですが、普段からもう少しだけ言う事を聞いてくれれば文句はないのですがね……。
あとは眠っている時も幸せそうです。
ご主人様のお腹の上で丸まってというのは羨ましくもありますが、お二人共慈しみの湧いてくるような穏やかな表情をして寝ているので、そこに毛布を掛ける事に小さな幸せを感じています。
「おはようございますシロ様。本日はウェンディ様もいらしたのですね」
「ん。見学だって」
「すみません。お邪魔致します。ご迷惑をおかけしています」
「構いませんよ。巫狐様もお喜びになられるかと。最近はシロ様がいらっしゃるので普段よりも楽しそうにしておられますからね」
傍仕えのタチバナさんでしたね。
腋がガバアって開いていて大胆な方です。
ご主人様が隙間が開くたびに鋭い眼光をしていたのですが、露出はやはり多い方が良いのでしょうか?
それとも、やはりあのスリットが魅力的なのでしょうか……?
話を戻しまして、遊びに来ても良いと言われたのはシロだけですが、どうやら私も通る事は問題がないようです。
多分きっとこれもご主人様の人徳の賜物という事でしょう。
「あ、そういえばいつもお昼を頂いているそうで、本日は作ってまいりましたので……」
「かしこまりました。それでは、本日はこちらでご用意せずともよろしいのでしょうか?」
「ん。あるなら食べる」
「シロ……いけませんよ。少しは遠慮しなさい」
「構いませんよ。かしこまりました。では、量を調整してご用意致します」
そう言うとタチバナさんはククリ様のいらっしゃる部屋へと案内するために前を歩き始めたのでついて行きます。
「もうシロ? 駄目ですよあまりご迷惑をおかけしては」
「ん。お腹は無限に空くからしょうがない。合間に食べる」
おやつ扱いですか……。
でも、それだけ食べても太らないのは羨ましいですね……。
私だって運動はしているんですよ? でもでも、お肉がなかなか取れないんです……。
アイナさんは私と同じおっぱいなのに腰やお尻が引き締まっていてずるいです……。
食材が良い物ばかりでお肉が多いですし美味しいのがいけないんです……。
ご主人様に失望されないためにも、またトレーニングルームで走らないと……。
「それでは、私はこちらに控えておりますのでなにかありましたらお声かけください」
「はい。ありがとうございます」
タチバナさんは部屋に入らないのですね。
という事は、普段は二人きりで遊んでいらっしゃるのでしょうか。
言葉通りであれば小さな子供が二人で遊んでいるだけなのでしょうけど……。
「あ、いらっしゃいシロさん。それに……」
「失礼いたしますククリ様。改めまして、ウェンディ・ティアクラウンと申します」
「いらっしゃいませウェンディさん。本日はウェンディさんもご参加ということでしょうか?」
「いえ。私は見学です。戦闘はちょっと……」
「そうですか……。ウェンディさん……あのあの、失礼ですが大妖精様ですよね……?」
大妖精……と言われて少し驚きましたが、相手は神の力を宿すと言われるアマツクニの守護神。
とあらば、やはり視るだけで分かってしまいますか。
「……はい。おっしゃる通り、私は水の大妖精です」
「そうですよね。七尾のナナカの記憶ですが、どうやらお見掛けした事があるそうです。確か……帝国の北東の都市にあるラクアマーレに神殿があるのですよね」
ラクアマーレ……。
少々懐かしい名前ですね……。
今はどうなっているのでしょうか。
「ん? 神殿?」
「ええ。大妖精にはそれぞれが治める神殿があるんですよ」
「おお……重要そう。大妖精がそこにいなくてもいいの?」
「いなければいけない……という事もありません。それに、力の大半を宝珠に込めて置いて来ていますからね」
「ん……だから大妖精なのに、低位の魔法だけとか、大魔法は出力がおかしかったりしてたの?」
「……その通りです」
低位の魔法ならば問題なく使えますが、レアガイアさんとの戦いの時の様な大きな力は魔力操作が利かず、使えなかったり、望んだ効力を出せなかったりと不安定なのです。
隼人さんに攫われた時も、本来の力であれば問題なく対処できたのですがね……。
「なるほど。ウェンディは変だったから納得」
「変とは酷いです……」
「んー豪華で大きいお皿にこぢんまりと料理が乗ってる感じ」
「なんですかその例え……シロは本当にご飯が好きですね」
「ん。大好き」
確かに……大魔法を使うだけの術式や器はあれど、それに見合う魔力はありませんから、間違っている訳ではないですけれど……例えもご飯なんですね。
「さて、それではそろそろ始めましょうか。ウェンディ様は入り口付近の端にいてくださいね」
「ん。危ないから下がる」
「わかりました」
「止めちゃ駄目だよ?」
「止めるようなことをしないでほしいのですけど……」
そうは言っても止めないのでしょうね。
わかっています。貴女が何をしていて、誰の為なのか……。
「それでは……今日はレベル5です」
「ん」
二人がお互い構えを取ると一瞬の静寂が起こる。
息の詰まるような空気に、小さく吐いた息の音だけが聞こえてきたと同時――二人の姿が消えました。
「っ!」
「遅いですよ」
「っまだ!」
姿が見えるとシロの眼前に拳を突き出していたククリ様。
シロのナイフは寸でのところで間に合っておらず、寸止めとはいえ驚きを隠せないでいるとすぐさままた二人が消えて、とんでもない速さで攻防を繰り返していた。
「良いです……とても良いですね。身体が温まりましたか?」
「ん。目も慣れた。おさらいは十分」
「では、レベルを上げましょう。ですが、常に万全の状態を出せるように意識しましょうね? 相手が一撃必殺ですと、先手を取られた時点で終わりですよ」
「……ん」
レベルを上げるとククリ様が言うと、先ほどよりも疾くククリ様が動いて視界から消え……たと思ったら、シロの背後を取りシロの後頭部へと向けて拳を放ちましたが、シロは見ずともしゃがんで回避しています。
「今のは良いですね。見えていましたよね?」
「当然」
勘ではない……のですね。
つまり、意識して動いている。
野生ではなく理性を鍛え、動体視力や思考加速などを強化しているという事でしょうか。
より高みに至るために、より効率的に相手をコントロールするような動きを会得する。
武芸者の極み、というものでしょうか。
「次は足を止めて打ち合いますよ?」
「ん」
二人の声が聞こえると同時に、動き回ってほとんど見えなかった二人の姿が露になりました。
拳とナイフが届く距離で、見えないまでも何をしているのかはわかるような攻防。
お互いの手を弾き、逸らし、躱しながら攻撃を放っています。
シロはナイフを持っている分攻撃の範囲が広いにもかかわらず、ククリ様には当たっていません。
ククリ様は冷ややかなまでに澄ました顔のままですけれど、対照的にシロの表情は焦りを見せています。
心の中で頑張れ……と、応援するもどうやら勝負が決まってしまったようです……。
シロの眼前に拳をぴたりと止めるククリ様。
両のナイフは下がったままで、反応しきれなかったのでしょう。
「……最後の方、焦りからイチかバチかで少し攻撃が荒くなりましたね。駄目ですよ? 常に冷静に。相手の呼吸を乱してからじゃないと致命的な欠点になります」
「はあ……ん」
「でも、良い動きです。数日前よりも遥かに強くなっていますよ。実は先ほど少しだけ危ないところもありましたし」
「ん。良かった」
「この分であれば……被装纏衣を使えば大分戦えるようになっているでしょうね」
「ん」
そう言えばシロは被装纏衣を使っていない……。
でも、以前見た黒鼬を使っていたかのようなスピードであったような……。
「まだまだ地力を上げますよ。スキルを強くするには、地力を強くすることが一番ですからね」
「ん。分かってる」
「では、さらにレベルを上げましょう。次は……当てていきますよ。当たる寸前に腕を引くようにはしますので打撃はそれほど痛くはないでしょうが、衝撃はありますから油断すれば危ないですよ」
「ん」
またレベルが……つまり、今は7になったという事でしょうか?
先ほどのレベル6も対処しきれていないというのに……随分とスパルタな……。
「では……7を体験した後に6に戻します。今日は6を攻略してください。でも貴女ならば今日中に7まで修める可能性もあると思っています」
「ん。頑張る」
「では……行きますね」
ふっとククリ様の姿が煙のように消える。
そして、私同様に驚いた様子のシロの鼻先へと見えない拳を放っており、シロに当たった瞬間その場にいる事を拒絶されたかのように後方へと弾き飛ばされていた。
「っ!」
「まずは一撃……。痛みと衝撃で体を強張らせてはいけません。意思を持って動じぬのも覚えましょう。一瞬の硬直は、相手に10の好機を与えると思ってください。まあ、当たらないのが一番ですけれど」
「シロ……」
「ぅ……ずずっ。ん……」
「次は……畳みかけますよ」
鼻から血が出ているようですが、ダメージ自体は大きくないようですね……。
ただ、ククリ様の畳みかけるという言葉通り右に左に上に下にと次々とシロが吹き飛ばされていて見るに堪えない光景が目の前で繰り広げられています……。
それでも……。
「……ん。ふー……ふー……っ」
諦めず、立ち上がり、瞳に闘志を燃やすシロを、誰が止められましょうか……。
どうしてそこまで……とは言いません。
何の為に頑張っているのかは、当然分かっているのですから。
そして、シロだってただやられている訳ではありません。
段々と、表情に落ち着きを取り戻し、ほんの僅かではありますが回避出来るようになってきています。
「良いです。とても良いですよ。あっという間にこの速度に慣れてきましたね。素晴らしいです。であれば、レベル6で確認といきましょう」
「ん!」
シロは……ご主人様の為に強くなろうとしているのでしょうね。
これまで以上に、どんな事態にも対応できるように……。
それはきっと、私が攫われてご主人様が辛い思いをなさったからでしょう……。
私が弱いばかりに、シロに無理をさせてしまっているのでしょうね……。
貴女はきっと、自分の為だと言うでしょう。
ご主人様を、心も体もお守りするのは自分の為だと……。
ご主人様の全てが、シロの全てなのでしょう。
それは勿論、私も同じ気持ちです……。
……で、あれば私も今のままで良い訳がありませんよね。
近いうちに、ご主人様にお願いを申し上げる必要が出来てしまいました。
「っ……動きが落ちていますね。休憩にしましょうか」
「ん。はあぁぁぁ……お腹空いた……」
「お疲れ様ですシロ。本当に疲れたでしょう……」
シロは普段は見せない程の汗を流しており、壁を背にしてもたれかかって休んでいるのだから本当に疲れたのでしょう。
汗で体を冷やさぬように体を拭きつつ、怪我をしている部分にポーションをかけて治していきます。
「……随分と無茶をしていますね」
「ん。でも、確実に強くなってる」
「それは……見ていたら分かりますけど……」
実戦とほぼ同じような緊張感のある戦いをしていれば当然普段よりもずっと疲れてヘロヘロになるでしょう……。
その分、ずっと強くなるのかもしれませんが……ご主人様は無理はするなときっとおっしゃると思いますよ。
「……大丈夫。ウェンディも主も、皆の幸せもシロが守る」
「シロ……」
私の表情から気遣ってくれたのでしょう……。
優しくて、そして強い子ですからね……。
「……頼りにしています」
「ん!」
「でも……シロだけに負担をかけるつもりはありません」
「ん?」
「私にも……貴女とご主人様を、皆さんを守らせてください」
「ご飯の力で?」
「なんでですか……もう」
私も……自分に向き合わねばなりません。
ラクアマーレに行って……私の力を取り戻す。
ラクアマーレへの加護は、もうだいぶ前に終わりを迎えているはずですので問題はないでしょう。
ただ……一つ怖いのは、力を取り戻した結果、記憶が無い部分も蘇ってしまうかもしれない事。
確証はありません。ただこれが呪いや封印の類なのであれば、力を取り戻せば私に抗えないものはないはずです。
ヤーシス様の商館に何故私がいたのか……。
何故私は、奴隷契約を結んでもいないのに商館に居続けたのか、どのような経緯があったのかを……知ってしまうのが少しだけ怖いですが勇気を持ちます。
私も……貴女と一緒に、この幸せを守っていきたいのですから。
すみません。また来週お休みするかもしれません……。
先週より書ける可能性は高いですが、やることが多い……っ!
そういえば、いいね機能追加されましたね。
評価とは違うようですが、せっかくなのでオンにしておきますのでどちらもよろしくお願いしますー!




