13-12 和国アマツクニ 巫狐・九尾ククリ
痛気持ちいいという表現がある。
マッサージなどで、痛みと気持ちよさが同時に訪れる事等を言うのだと思うのだが、それとは違う痛気持ちよさを俺はいま体験していた。
「あわわわ! 八尾!? ちょっと! どうしたんですか!? なんでそんなに興奮して……ひゃあああ!」
俺の顔……そこには軽さから考えてシロくらいの女の子が乗っているのだが、この子は先ほど扉の先から勢いよくヒップアタックにて飛び込んできた正体だろう。
この子の尻によって生まれた鼻への衝撃と、現在進行形でぐりぐりと押し付けられているので痛い。
だが、頭を巻き付くように尻尾全体を使って撫でる感触と何やらもふもふが周囲を渦巻いているような感覚はとても気持ちが良い。
だから、俺は今痛気持ちいい状態というやつだ。
けっして、お尻の感触が気持ちいいのではないという事だけは、明言しておきたい。
これは余談だが……恐らく、スカートはめくり上がったまま頭に乗っていると思われる。
何故なら顔に当たる感触は肌のそれだからだ。
「巫、巫狐様!?」
「あわわわ……! ごめんなさいごめんなさい! すぐにどきますから! 殿方のお顔に臀部を押し付けるなど! 押し付けるなどー! 駄目ですよ八尾! 離れなさいー! タ、タチバナ! 手を貸してください!」
「は、はい! すぐに!」
「うわあ……これがお館様のお力ですか……」
「シオン! ぼけっとしてないで手伝ってください!」
「あーはいはい。了解です。お館様! とりあえず体を起こしますよ!」
シオンの手で背中を押されて体を起こし、どうにかこれで……これでも剥がれないだと?
恐らく、巫狐様は足を真っすぐに地に付けはしたもののお尻を突き出した形になってしまっているのだと思われるのだが……。
「あうあうあう、八尾が離れてくれません! あっ……お鼻が……そこは、まだこの体では……」
「巫狐様ぁ! 駄目です! 八尾様が離れてくださいません!」
「む、私も手を貸すとしよう」
「自分も手伝うっす! 尻尾を引き剥がすっすよ!」
「ふがふがふ、ふがふ(ふたりとも、頼む)」
「あひゃあ! しゃ、しゃべらないでください……温かい息が、当たってぇ、っ!」
「ちょ、これ主様息できないんじゃないの!? 早く引き剥がすわよ!」
「わ、私もお手伝いします!」
「ん。シロも……『弐装・灰虎』」
「「「「「「「せーの!!」」」」」」」
うおおお……ぎりぎりと体が痛む!
皆の全力を受け止めきれない軟弱な俺の体が憎い!
それでも俺に巻き付いた尻尾は負けじと踏ん張っているようだ!
だが、流石にこの人数には敵わなかったのか徐々に引き離されていくのだが……何故だか、尻尾が名残惜しく思い離れがたいような印象を感じたのは本当に何故だろう。
「はあ……はあ……皆様、助かりました……。あうあう……そして、本当に申し訳ございません……」
これ以上はないという程に顔を真っ赤にして息が荒く、涙目の中プルプルと震えながら手をついて頭を下げる小さな女の子……。
乱れの無い黒く長い髪を持ち、可愛らしい容姿と大人しそうな見た目、狐のような耳もさることながら注目すべきはその後ろ……。
白く長い尾を八本備えており、それだけでこの子が普通の狐人族ではないのだと理解出来る。
この部屋にはタチバナさんとこの子しかいないという事は、やはりこの子が……。
「ああ、えっと、俺は別に大丈夫ですが……その……大丈夫ですか?」
「あうあう……顔から火が出そうな程恥ずかしいです……」
うん。まさしく顔から火が出そうな程に真っ赤な顔で、涙目ですね。
なんかもう、触れない方が良さそうですね。
俺は空気が読める大人なので、話題を変えてっと……。
「えっと、巫狐様……であっておられますか?」
「あ、はい……私が、今代の巫狐です」
恐らく、件の尻尾である八尾をぽかぽかと叩いていた子供っぽいこの子が、皆が勝てないと警戒していた巫狐様か……。
見た目からはそうは思えない程に大人しめで、文化的な事が好きそうな女の子って感じなんだけどな……。
「九尾……いや八尾の狐の狐人族なのでしょうか?」
「あう、いえ。九尾であっています……。私は九つ目の尾。名を『ククリ』と申します」
「九つ目の尾……?」
「あ、えっと私達の尾はそれぞれが魂と人格を持っていまして、主人格以外は尻尾の姿となり回復状態なんです。見た目もそれぞれ違うのですが、回復状態の内に力を蓄え、古くなった体をゆっくりと時間をかけて作り直すのです。これらを繰り返し、私の身体はほぼ永続的に生きる事が出来ています。私も……今回で二度目の人生になります」
だから、『今代』のという事か。
シオンの話では数百年以上も生きていると聞いていたので幼い体なのは何かあるのかな? とは思ったのだ。
つまり、1つの身体に9つの命があり、一人だけが表に出てきて他の尻尾は力をため込んでいるという訳か。
更に言えば、それぞれ表に出てきている時は姿まで変わると……。
「ククリ様!? それはアマツクニの重要機密なのですが……」
「あわっ! そ、そうでした。申し訳ございません。忘れてくださると助かります……。何分タチバナ以外の人とお話しするのも久しぶりで……」
「ああ、えっと、忘れられたら忘れますが、誰かに話したりはしませんので……」
「そうしていただけると助かりま――ひゃああ! またぁ!?」
「ん。そうはさせない」
「なんとなくこうなると思ってました!」
ククリ様がまたしてもお尻から……というか、尻尾に引っ張られるように俺の方に向かってきたのだが、超反応で俺との間に立つシロとシオン。
二人ならきっと抑えてくれるだろう――と、思ったんだが……。
「っ……!」
「ぬあっ!?」
だが、シロとシオンの間をかいくぐるようにして尻尾が先行し、それに続いてククリ様がまたしても俺の顔に――。
「……抜かれた」
「はえー……」
「あうあうー! ごめんなさいごめんなさい! 殿方のお顔に臀部を押し付けるなんてはしたない真似を二度もごめんなさいー! こら! 離れなさい! いい加減にしなさい八尾ー! もう泣きますよ? 泣いちゃいますよ?」
「んんー……」
またしてもこれである……。
八尾? と呼ばれた尻尾が俺の頭を慈しむように包み込んですりすりし、俺の顔にはまたしてもククリ様のお尻が押し付けられて倒されている……。
なんというか、自然な感じの甘い香りが……。
しかし、二人を抜く際に速度が相当早かったにもかかわらず、ぶつかった衝撃はぽよんという優しいものであった。
「あうあう……ごめんなさいごめんなさい。大変な御無礼をお許しください……。八尾がどうやら貴方を大変気にいっているようで、離れたがりません……しくしく」
「あー……なるほど……」
今回は口はふさがれなかったので喋れるが、また息も吸えなくなるのは困る……。
と、なれば……。
「ひゃああ! そこは……っ!」
「あ、失礼……よいしょっと……」
何か触れてはいけない部分に触れた気もしたが、起き上がりながらククリ様の腰を持って下へと下ろし、俺の足の上へと降ろす。
すると、すんなりとククリ様を座らせることが出来たうえに、八尾と呼ばれた尻尾も俺の顔から胴体に巻き付くように移動してくれた。
思った通り、引きはがす訳ではなくずらす程度であればどうにかなるようだ。
「……へ?」
「これなら、少しの恥ずかしさで足りるのではないでしょうか?」
「あ、はい……そうですね……。ありがとうございます」
「いえいえ」
耳まで真っ赤にして、相当恥ずかしかったのだろう。
今は膝上でさっと前を向き小さくなってしまっているククリ様。
それにしても……凄いな。
今俺の足の上にはククリ様が座っている訳だが、そのお尻側からは八本の最上級とも呼べる尻尾が生えている訳で……モフパラマックス状態だ。
視界の多くを尻尾が占めており、俺からはククリ様がほとんど見えていない。
というか八尾と呼ばれた尻尾だけではなく八つの尻尾の全部が絡みついて来ていて、厚さ数十センチの長毛の毛布をかけられているような感覚だ。
八尾以外はそっと寄り添うというか、触れてもいいよと言っているような感覚がするのだが、きっと触れたら駄目なんだろうなあ……。
「これは……まずいな」
「へ? 何がですかアイナさん?」
いや、あーでも、目の前にあるのにお預けなんてのは……うーん……。
「このままだとまずいわね……」
「ソルテさん? だから何がですか?」
あ、ほら尻尾の一本が俺の手を持ち上げて優しく手のひらに当てさせてきているし……。
おお、更にもう一本増えて仲良く絡み合ってくる……。
やっぱり良いのかな? 良い気がするな。
「いやあ……やばいっすね」
「レンゲさーん? おーい。具体性って大事だと思いますよー?」
これはもはや触っても良い……というか、触らされているのでは?
俺からではなく尻尾の方から触られているのでは?
「はっ……ご主人様の力を発揮してしまったら……っ!」
「ウェンディさん? 私も仲間にいれてくれませんか?」
これで俺が怒られたらアレだよ。
痴漢えん罪と一緒だと思うんだよ。
だって、尻尾が自ら触れさせに来ているのだし……うん。
あくまでも俺がこの状態で指を動かしただけならいい気がする。
「ん……どうにかして、主の手を塞ぐしかない」
「しくしくしく。分からないけど分かりましたよう……。お館様の手を抑えればいいんですね?」
尻尾も先代などの巫狐様な訳で、その巫狐様にお願いされているのであればこれは仕方ないというやつだよね!
それじゃあ……早速――。
「てやー! お館様! ここに可愛いシオンちゃんがいますよー? ん? なんですか? 巫狐様の尻尾が絡みついて……ちょ、何か不機嫌な感じしません!? 私お邪魔でしたか!? やーん!」
シオンが腕に抱き着いてきたと思ったら、尻尾に巻き取られてぶん投げられたぞ……。
くるくると回って無事に着地はしたようだが、えっと……催促が激しくなったんですが……これはやっぱり?
「あわわ……。尻尾の一つ一つは意志を持っていて……今のは一尾と二尾が邪魔するな、と言っているみたいでして……」
「くっ……尚更不味い状況ね……」
「あの、皆様は何故そんなに慌てていらっしゃるのでしょうか……? 確かに傍目に見れば巫狐様が男性の上に座っているのは不味いのですが、先ほどの状況から考えれば遥かに救われていますし……」
「タチバナさんとやら。そんな悠長に構えている余裕はないぞ。主君は獣人キラー。対獣人に対しては誰も抗えぬ最強の力を有しているのだ。恐らく、龍種に等しき力を持つ巫狐様であってもな」
「なっ……巫狐様が危ない!?」
「まあ、獣人キラーと言っても危険は無いわ。勿論、攻撃ですらないから安全は保障するけどね。でも……巫狐様みたいな箱入り娘中の箱入り娘がアレを受けたら……取返しがつかなくなるわね」
「わあ……タチバナには反応するんですね……。これはもうお館様への貢献度とか関係なく私嫌われてますか? あれ? それとも私の影が薄い? こんなにうるさいのに!?」
「シオン。今は構ってられないの。後で教えたげる」
「シロすぁん……。うう、反応してくれただけ嬉しいです!」
「シオンさん。貴女もご主人様を止めてください」
「了解です! お館様を止めてみせますよ!」
「主のあの目……やる」
っ……!
「っ……それで! ククリ様は一体何の御用だったのでしょうか?」
「「「「「!!?」」」」」
「……主君が……我慢した?」
「驚きです……」
危ない危ない。
忘れていたがこの人はこの国で一番偉い人な上に、獣人にとって尻尾はとても大事な物。
だから我慢しないと…………頑張れ俺。
目の前の据え膳を泣く泣く我慢するんだ……っ。
「あ、えっと……これが、理由です。八尾が貴方達がこの都に入った時から慌ただしくて……理由は興奮しすぎていてわからないのですが、どうやら貴方にお会いしたかったようですね」
な、なるほど……。
確かにこの八尾って子が一番スキンシップが強いもんな。
この子が俺に会いたがっていたと……。
理由は全く分からないんだけど、うん。まあ、ずっとくっついてるもんな……。
すりすりされて気持ちいいです。
そのおかげで何とか我慢が出来ています!
でも限界は近いです!
「まさかっすけど……ご主人の獣人キラーがアマツクニにまで広まってたって事っすかね?」
「えっと、そのお話が事実であれば、八尾様でしたらそれくらいの感知は出来るとは思いますが……」
「なんにしても、この国の偉い方を蕩けさせずに済んで良かったですね……」
「そうだな……それに、八尾はともかく巫狐様の用事は済んだようだし、これ以上何か起こる前に帰るとしよう」
疑問も解決? はしてないかもしれないが、とりあえず済んだようなのでこれにて謁見……謁見? も終わりだろう。
結局俺達側はよくわからないままなのだが、予想よりは早く終わったので親方の所へは顔を出せるかもしれないな。
「本日は大変ご迷惑をおかけいたしました……本当に……ええ、本当に申し訳ございませんでした……」
「ああ、いや、迷惑って程でもないですよ」
触れはしなかったがモフパラマックスは実在したと確認できたしな。触れはしなかったが……。
「そう言っていただけると助かります……。確か、アマツクニには観光にいらしたのでしたね。それでは、心ばかりではありますがタチバナに私の権限で叶う限りのサポートをさせていただきます。タチバナ」
「はっ! 我々白狐隊が皆様のアマツクニでの生活を影ながらサポートいたします。列に並ばねばならない物や、一見さんお断りのお店、貴重なお土産も集めておきますのでご容赦ください……」
「ん。美味しいものもお願い。アマツモームとか」
「かしこまりました。朝のお詫びも含め、ありとあらゆるアマツクニの魅力をたっぷりとお伝え出来る品ぞろえをお約束いたします」
「いやいやいや! アマツクニのサポートなら私がいるじゃないですか! ちょっとタチバナ! 私のせっかくの大活躍のチャンスを奪わないでくださいよ!」
「貴女では敵わないサポートです。例えば……『二十四代』――」
「へへーん! 残念でした! それはもう――」
「を、ケースでお好きなだけご用意いたしましょう」
「すで……に……ぐぬぬぬ!」
「実力では未だ貴女には敵いませんが、今は立場は違いますからね。どうです?」
「わ、わかりました……『二十四代』は実際貴重で手に入りませんので、お館様が喜ぶのならばいいでしょう。ですが! 道案内は私のお仕事ですからね! 貴女達はあくまでも影! 出てきちゃダメ! メインは私ですからね!」
「はいはい。取りませんよ……」
どうやら二人の中で役割が決まったらしい。
それにしても、あの酒を好きなだけ……これは、酒におぼれてしまうかもしれない……。
でも、ミゼラにも飲んで欲しいしな。
あ、オリゴールにも建国の祝いで渡すのも良いかもしれないな。
っとと、妄想をしている場合でもないか……さて、それじゃあそろそろ……。
「それでは、お暇しますかね」
「あ、はい。本当にありがとうございました。そして、申し訳ございませんでした……」
俺が声をかけると腰を上げて立ち上がるククリ様。
もう少し抵抗があるかと警戒していたのだが、予想に反してすっと立ち上がる事が出来ていた。
「よいしょ……。ん、すんなり立ち上がる事ができま……し……ふぇ?」
「ん?」
立ち上がる事は出来たものの、振り返るとまるで意味が分からないといった表情を浮かべ、素っ頓狂な声をこぼしたククリ様。
えっと、何かありましたか? 下の方を見ているようですがどこ見てます……? 俺に粗相はないはずですよ? 俺は倫理観がちゃんとしているので、反応させない事も自分で出来……ん?
ククリ様は立ち上がっている……。
勿論、尻尾もある。
でも……あれれ? おかしいぞ? 巫狐様の尻尾が一、二、三、四……七? 七本……?
あるえ!? 八本目は!!?
「あ、あああ……八尾? え? ええ!? なんでぇ!? なんで、八尾が……っ!?」
「……んん? んんん!!?」
なんで俺の腰に巻き付くようにまだ尻尾があるの!!?
というか……背中側……腰の下部辺りから回ってきているような……。
あと、頭の上に何やら感じた事のない感覚が……っ!
これは……いやいや、まさかまさかそんなそんな……。
「しゅ、主君……? 頭に……耳が……それに、尻尾まで……」
「……まじか」
どうやら、まさかそんなな出来事が実際に起こっているらしい。
この場にいる全員が、呆気にとられた表情を俺へと向けている。
「八尾が……憑りついちゃいました!」
……まじか。




