12-16 愛する人の為に アインズヘイル防衛線
はあ……。
暇ですねえ……。
後輩君に何か飲み物はないかとねだり手に入れたこの上質な紅茶がとても美味しいです。
ぽかぽか陽気なお日様の下で優雅なティータイム……お一人様ですけど。
でも、それ以外特にする事が無いんですよね。
お仕事道具を持ってくるべきでしたね……失敗しました。
こんなにも暇になると分かっていれば、実験の続きをしていましたのに……。
さてさてところで、目の前にいる方々は新兵さん達なのでしょうか?
「くっ……貴様ぁ!」
「えー? なんですかー?」
対岸にいる彫りの深い指揮官らしき兵士さんが何か叫んでいるようですが、あまりよく聞こえませんでした。
まあ、あまりに暇で空を飛ぶ鳥を眺めていたせいですけど。
だって、地上の方はあまり面白くありませんからね。
「ほぉぅ……」
後輩君ったらいい茶葉で飲んでますねえ。
普段からこんなにいい物ばかりなのでしょうか?
羽振りがいいと言うか、食への遠慮がありません。
やっぱり稼いでるんですねえ……いいなあ。
「矢を放てっ!」
「何ぃ!? 沼に止められるだとっ!?」
うーん……若いですし、性豪ですし、お金持ち……。
顔は普通くらいですけど、悪くはないです。
むしろ、先ほどの寝顔は少し可愛くて下腹部がきゅんとしました。
なんというか、守ってあげたいというか、手を貸してあげたくなると言うか可愛い弟のようでありながら、たまに頼りになる男の顔をすると……やはり有望ですよねえ。
弟のような子が性豪っていうギャップもまた……年下の男の子に好き勝手されちゃうっていうのも……。
よし。命を救ってあげたお礼として、もし私が結婚出来なかったら責任を取ってもらいましょう。
なんかこう……治すのに乙女の大事な何かを失った的な事を言って、責任を求めればきっと受けてくれるはずです。
これで私が行き遅れになる事はなくなりましたね!
やったー!
「沼を凍らせろ! 魔法部隊!」
「だ、駄目です! 新兵では練度も足らず、流動していて凍りません!」
まあもしのお話ですけどね。即断するのはまだ早いですからね。
もしかしたらイケメンで私を縛らないで浮気もしないお金持ちで筋肉もあってHが上手な王子様がお迎えに来てくれるかもしれませんからね。
希望を捨ててはいけません。
後輩君は……あれ? 多少当てはまっている気がしますけど、後輩君は……浮気? 浮気なんですかねあれは。
「では空から攻めろ! 複数人の風魔法で空を飛べ!」
「沼が手のように変化して掴まれます!」
しかし、ハーレムですよね……。
ああいうのって、一般人が出来るものなんですね。
流れ人効果でしょうか?
そういえば、髪形を変えた時の後輩君はイケてましたね。
あの髪型で壁にドーン! 顎をクイって迫られたら私……なんて、なんて、キャー!
「では火だ! 術者を直接――」
「沼が邪魔を――」
「あーもう……うるさいですねえ」
はあ……お茶美味。
対岸の兵士さん達が無謀にも沼の中に入りさえしなければ、平和です……。
あーあー……また入ってきてしまいました。ぺいっと。
「くそ……! なんだこの沼は!」
「さっきも言いましたが、毒々しき泥沼ですよー。毒人粘族の固有のスキルです。あ、効果は痺れだけにしていますからご安心を。ただし、複数種の毒を織り交ぜておりますので、特殊で専用の解毒薬がないと、自然に三日待つしかありません」
殺してしまうのは色々と問題があるみたいですしね。
王国とも完全な離別ではなく、交渉をしたいみたいですし。
あ、そうだ。無機物破壊の酸も混ぜて鎧や剣、布類だけ溶かすとかどうでしょう?
そうすれば若い兵士の鍛えられた肉体を見て目の保養になんて……えへ。
「くそ……! 毒沼だというのにあの無数にある手の形はなんだ! どうして意思があるように動くんだ!」
それは私の足と毒々しき泥沼が繋がっているからですね。
つまり、この毒々しき泥沼は私でもあるという事です。
なので、沼に侵入したり飛び越えようとした輩は掴んでぺいっと出来てしまう訳です。
「あ、痺れた方はおむつをした方がいいですよ! 後々大変な事になりますからねー!」
「ぐぅ……舐めているな! 他の門の様子はどうだ!」
「だ、駄目です! 他の門は冒険者や守備兵らしき者たちの数が多くとてもじゃありませんが抜けそうもありません!」
私が守れるのは、4つある門の内の2つまで。
流石にアインズヘイルを囲むまでの質量はありませんから、城壁の角にいて2門程守らせていただいております。
まあ、その分兵力を他に割けるので冒険者や守備兵の皆さんで事足りるでしょう。
なんだかんだ、ここの冒険者はアイナさん達に引っ張られるように強いですからねえ。
ところで、私は後何日ここを守れば良いのでしょうか?
トイレなどは不要ですが、美容は毎日続けるからこそ意味があるんですよ?
出来れば早めに諦めて、お帰り頂けたら幸いなのですが……。
っと、おや?
あの砂煙は増援ですか。
うーん……困りましたねえ。
これでは強行策を取られてしまうかもしれません。
そうなると……私も手加減は出来ませんねえ。
※※※
新兵訓練を先遣隊として、王都の軍を迅速に移動させたはいいがまだ街の中にも入れていないか……。
新兵だけで終わらせられたら、今期の新人は有望だったのだがな。
「状況を説明せよ!」
「はっ! カラント将軍! 現在アインズヘイルの4門の内二つを毒粘人族が守護しており、残り二つの門を冒険者や守備兵が守りを固めていて、抵抗しております!」
「そうか……降伏勧告は行ったのだな」
「はい! ですが……」
「分かった。私がもう一度行おう」
アインズヘイル……。
あの先生が住まう街。
そして……今現在、娘達がいる街……っ。
「アインズヘイルの領民に告ぐ! 今すぐ抵抗を辞めて降伏せよ! この土地は王家の物! 貴様らにくれてやるわけにはいかん! 首謀者以外の命は保証すると約束しよう」
……答えぬか。
そうだろうな。
独立宣言など、生半可な覚悟で行うものではない。
それに、この街はそれぞれ領民たちの力で作り上げた都市だ。
今更王家の物と言われ、はいそうですかと納得はすまい。
だが……引けぬのはこちらも同じこと。
いくら気持ちはわかれども、引く理由がない以上は仕事である。
「では……実力行使を開始する。今までのような新兵の攻勢だとは思うなよ。精兵たる王国兵の力……その身で受けて知ると良い!」
攻勢を開始するが、ほう。
どうやらあの沼、相当に厄介なようだな。
他の門を抜く方が速そうではあるが、被害を考えるとこちらを突破した方が良いだろう。
「遠距離攻撃は全て無意味か……」
「はっ……沼を超えようとも、沼が手の形のようになり引きずり込まれます……。ですが、毒沼の効果は麻痺のみでして、未だ被害はありませぬ」
「手加減……いや、交渉の余地を残しているのか」
敵ながら見事だ。
まさか、新兵とはいえこの数をたった一人に止められるとは……。
アインズヘイルの守護者……というところだろうか?
これはまた……攻略しがいのある相手だ。
「っ、カラント! こ、こいつを見ろ!」
兵士らしき男達が城壁に立つ。
そして……その横には二人の影が……あれは……。
「お父様……」
「お父様ぁ……」
「ラズ……クラン……」
人質のつもりか……外道め。
ああ、先ほどまでは愉快でもあったのだが、瞳孔が開き、産毛が逆立ち、青筋が立ち上る。
貴様らは……触れてはいけない者に触れてしまったようだ。
戦争時、人質を取る事がどれほど不名誉で、騎士道に反するものなのか、兵士ですらない貴様らは知らぬのだろう。
だが、これで容赦する必要はなくなったな。
私は王家の騎士。交渉に応じる事は無い。
二人もそれを分かっているだろう。
すまぬ……と、心で呟く。
だが、徹底的に叩き潰し、奴らを無事にはさせぬと誓おう。
「この二人を無事に……じに……ににに……」
む? なんだ? 突然震えだして……。
ぐ……なんだこの、背筋も凍るような冷たい殺気は……。
「……何を、しているのです?」
あの女か……?
きらりと一瞬糸の様な物が光って見えたが、それであの者達を封じたのか。
「あば……ばばば……」
「非戦闘員を人質……? 私がここを守っているのですから、仁義を欠いた真似はしないでください」
あれが……毒粘人族か。
液状化した腕が二人へと伸び、腰をくるりと一周させると持ち上げて自分の傍へと連れてくる。
「怖かったですね。もう大丈夫です。後輩君の生徒さんに、危害は加えさせませんからね」
「あ……うう……」
「怖かったよぉ……」
「すみませんね……あの兵士達も、きっと怖かったんです。少しでも、皆が助かる道を必死に探したのでしょう……。とはいえ、このようなか弱い美少女を人質など、悪がやる事です。我々は悪ではありません。なので……」
さっと、沼が割れ、小さな道が出来る。
部下の一人が気が付き、そこから攻め入ろうとするが、私はそれを止めた。
「お行きなさい。貴方達のお父様の元へ。これからここは戦場になりますので、安全な所にいてくださいね」
ラズとクランの二人は顔を見合わせ、頷くと小さく毒粘人族にお礼を言って、小さな小道を通ってこちらへと来る。
「ラズ! クラン!」
「「お父様!」ぁ!」
ぎゅっと抱き着いてくるのを両腕で受け止め、二人の無事を確認するとすぐさま降ろし、部下の一人に安全な場所へと送らせる。
「……敵ゆえ礼は言わぬ。だから、謝罪も不要だ」
「そうですか」
「……手加減は出来ぬぞ」
「構いませんよ」
ぶくぶくと毒沼が活性化し、毒性を強めたようだ。
「こちらも……少々本気でいかせていただきますので」
ぶわっと女性の背後から圧力が増してくる。
新兵が五千、精兵な王国兵が一万はいるはずだが、一切物怖じなどせずに立つ歴戦の強者のような女性。
よもやアインズヘイルにこれほどの女性がいたとはな……。
「名は?」
「リート・エフシンク。ただの錬金術師です」
「錬金術師か……。この街の錬金術師は皆、一廉のものばかりなのだな。息子が既婚でなければ嫁に貰いたい女よ」
「あら。それは残念ですね」
「ふふ……魔法部隊! 全力で沼を凍らせろ! その上を全軍突撃!」
「凍らせませんよ……とはいえ……」
「……凍らせる」
守護者のロコ。
彼女の放つ『凍りつく世界』は近隣諸国を見回ってもいないであろう程に練度が高い。
氷のスペシャリストがこちらにはいるのだ。
「……厄介ですねえ。新兵とは練度が違うようで……特にそこの可愛い女の子はまるで桁違い……。女の子を痺れさせるのは忍びないのですが、仕方ありません」
「オアアアアアアっ!! 僕を見るんだな!」
そして、同じく守護者のゴンザが『重騎士の咆哮』を放って、自分へと集中させる。
その隙に……それぞれ魔法部隊も水魔法と凍結を使って沼を凍らせていく……が、
「……本当に、厄介ですね。これが守護者ですか。毒粘分体」
対して女は自分の分身体を作り出し、ゴンザの重騎士の咆哮を回避して他の者達へと沼を広げていく。
更に、分身体からも先ほどの糸のような毒液が延ばされ、それに触れた兵士たちが昏倒していった。
「歩兵は魔法部隊を守れ! 沼を凍り尽くすまでの辛抱だ!」
徐々にではあるが、沼は凍り始めている。
このままいけば、数の力で圧倒できるだろう。
そうなれば、アインズヘイル4門の内2門がこちらの手に渡り、攻め方は変幻自在となる。
「……飲み込みなさい」
「なんと……凍らせた沼を下から砕いたか……。だが、沼の温度は下がっている。先ほどよりも早く凍るぞ。ジリ貧だな」
「ですね……。流石は精兵な王国兵……。このままでは、今日一日で手一杯ですかね」
この状況で一日持たせる気か……。
敵ながら見事だな。
「十分過ぎるだろう。出来ればそれよりも早く諦めてもらいたいものだがな」
「そうもいきませんので……っと。おや? もしかしたら、一日もいらないかもしれませんね」
「何?」
「報告!! 南から砂塵! 敵の増援のようです!」
「なんだと!?」
増援!? どこからだ。
アインズヘイルより南に、兵を隠して置ける領地などあったか?
まさか……。
「ロウカクの兵のようです! その数およそ三千! 奴ら、国境を越えてこちらに向かってきております!」
「なっ……越境してきただと!? 宣戦布告にも等しき侵犯だぞ!」
兵を三千も国境を越えさせるなど、宣戦布告と取られてもおかしくはない。
小国であるロウカクが、我らが王国に攻め入るなど考えられん。
「あは、残念ですけど、ロウカクとの国境もアインズヘイルに含まれます。なので、王国に対しての侵略ではないんですよ」
「屁理屈を……。仕方ない。部隊のいくつかをそちらに回せ。ロウカクの兵は平地では弱い。無理に攻めずとも構わぬから足止めを――」
「ですが! 奴ら……地龍を従えております……」
「なっ……」
「女王コレンが先頭の地龍の頭に乗り、兵を率いております! し、しかも……地龍は三体だそうで……」
地龍が三体だと……何とも頭の痛くなる……。
守護者を投入してもどうにかなるものではない。
いかに精強な王国兵と言えど、地龍を相手にどこまでやれるか……。
「ほ、報告!」
「またか……。今度はなんだ」
「に、西より砂塵……帝国兵です……その数およそ……五千、後続に一万です」
「なっ……なんだと……」
「さ、更に東より共和国が――」
「ぐ……」
こちらは新兵が五千に正規兵が一万の一万五千。
ロウカクと帝国を足すと数で劣る上に共和国、リートという女までいる……。
更には地龍だと……。
これは、流石に私の手で終えて良い案件ではないな……。
※※※
「さあ! 我らが英雄の住まう街を助けるのです! 我らはロウカクの民! 合言葉は!」
「「「「女王様の旦那様をお助けします!」」」」
「ち、違います! 旦那様だなんてそんな、そんなお仕置きされてしまいます……はぅ。……っ、違うでしょう! ロウカクの民は家族、仲間、恩人を裏切らない! ですよ!」
「ほっほっほ。皆コレン様の恋路を応援しておられるのですよ。というか、最近政や視察の際も惚けていて見ていられないのです。さっさとお迎えに行かれては?」
「爺! 貴方まで……!」
「老い先短いですからな。コレン様とレンゲ様のお子を抱かせていただければ、何の憂いもなく逝けるのですが……期待薄ですかな? おっと、ここで成果を上げてご褒美を貰うのはどうですかな」
「ご、ご褒美……それは、いいかもしれません」
「ご褒美!? ご褒美貰えるの!?」
「母ちゃんご褒美ってアレかな? シロの姉御の旦那の魔力球かな!?」
「勿論だよ! 特大の魔力球さ! ご褒美ならきっとカサンドラちゃんも怒らないよね! ……ところで、カサンドラちゃんは?」
「「どっか行ったー!」」
「へえ……それなら今がチャンス。さあ! ご飯の子に沢山魔力球を貰おうー!」
……何やら愉快に話しているが、何アレ怖い。
「はーっはっは! オリゴールよ! わが友よ! 不安だったか? 寂しかったか? 安心せよ! 余が来た! ……と、恩着せがましくしたかったのだが……姉上」
「うむ」
「あれは、ロウカクなのですよね?」
「うむ」
「地龍が三体いるのですが……。しかも、どうやら仲良しのようです」
「うむ。それに、あの中には我が出会った地龍はいないようだ」
「四体…………過去に奪った砂漠地帯、いくつか返還いたしますかな」
「それも良いかもしれぬ。だが、安定した食料の販路を作った方が喜ばれる気はするがな。我らの麦を供給しよう」
「そうですね。そちらも同時進行で考えましょう。ロウカクとは今後とも良い関係を築かねば……」
一体何があった……。
地龍は……置いておけるものではないが置いておくとしても、特にあの兵士達だ。
何だあの血走った瞳は。
鍛え抜かれ、体に走る傷の数々は……。
ロウカクの兵は弱い。
これは大陸に広まる常識だったはず……。
だが今は怖い。
帝国兵の方が多いのに、戦ったら負けそうな気がする。
『破砕肉球……破砕肉球……破砕……』
『我らが英雄を……我らが英雄を……』
なにやらぶつぶつと呟いている……。
物凄く怖い。
よ、余が恐怖を感じる程の狂気……っ!
一体奴らにどんな変化が……。
「冒険者の皆ぁ~。光の、光のお兄ちゃんが……うう。光、お兄ちゃんが心配で……」
「「「「うおおおおおおおおおお! 光ちゃんのお兄たまあああ!」」」」
「さーて……借り一つ作れりゃあ儲けもんだなあ……。頼むぜお兄ちゃん? ……きゃるーん☆ミ」
……途中で拾ったが、あやつはぶれんなあ。
男だというのに、確かな魅力を持ち合わせているようだが趣味ではない。
やはり、おっぱいが無くてはな。
というか、従えているのは王国の冒険者だろう?
もう信者を作ったのか……。
む? ほう。
どうやら敵の指揮官は阿呆ではないらしい。
白い旗を持ち、一人の兵が騎乗したまま近寄ってくる。
これはまずは停戦とし、話し合いという事だろう。
ロウカクの方にも行ったようだが……地龍と兵士達の眼光にビビっておるな。
うむ。分かるぞその気持ちは。
余なら絶対使者役などやりたくない。
もしあの使者が帝国兵であれば、その勇気を称えて褒美を与えているところだ。
さて……恐らく、戦闘にはならんだろうな。
王国の王へと話を持っていかねばならぬ案件であろう。
そして、話し合いこそがアインズヘイルの目的である。
そのうえで戦闘をするというのなら、そこまで阿呆というのであれば……蹂躙してやるぞ王国よ。
どちらに転んでも、余は王国に一泡吹かせることが出来るというのは、なかなか痛快であるな。
……さて、ロウカクの女王に余自ら挨拶に行くとしようか。




