12-10 愛する人の為に エミリー・フォーサイド・ログウェル
アインズヘイルを馬で出てすぐに空とは……随分と準備が良いですね。
早馬で公爵領まで行くはずが、まさか風竜まで用意しているとは思いませんでした。
そうまでして、一刻も早くウェンディさんを手に入れたいという事でしょう。
こちらとしては、早めにレティが解放されるのであれば好都合なのですが……。
「流石は英雄の隼人卿ですね……迅速行動、追手も早々に片づけられるとは……」
追手……追手か……。
シロさんもソルテさんも以前見た時よりもずっと強くなっていた。
ただ……シロさんの実力はあんなものではない。
ほんのわずかな感情の戸惑いを突く事が出来たのは、僕には気持ちを整理して準備する時間があったからだろう。
だけど……少し落ち着いた僕の胸中には、ぐるぐると不快感が漂い続けている。
覚悟は決めたはずだ……。
もう実行もしてしまった以上、後戻りは出来ない……。
……もう、取り返しはつかないのだ。
この不快感とも、ずっと付き合っていかなければならないのだろう。
正解ではない……僕は、間違えている。
それでも……突き通さなきゃいけない事があったのだと自分に言い聞かせ続け、頭を振るい、気持ちを切り替える。
「……この風竜は君の?」
「ええ。私は『テイマー』です。公爵様には多大な恩義がございましてね。今は名を落とされておりますが、頼まれれば断れませんよ。本来であれば二日はかかりますが、私の風竜であれば公爵領まであっという間ですよ」
テイマー……魔物を従えて戦う戦闘職だ。
とても珍しく、冒険者の中でも滅多にいない貴重で希少な職業だったはず。
「そうか……。風竜を操るテイマーなんて、冒険者では聞かなかったな」
「そうでしょうとも。私は冒険者ではありませんからね……。普段はやんごとなきお方を秘密裏に運ぶ仕事をしております。もし何か、逃げなければいけない時があればお声かけください」
「……」
顔は広いという事か……。
奴隷商人もお抱えがいるという事だし、公爵家が落ちぶれても未だに人脈は揃っているという訳だ。
「それにしても、大人しいですな……。聞けば、大妖精なのでしょう?」
「……今は、エミリーの魔法で力を抑え込んでいますから」
「なるほど……精霊術師ですか。これまた、私以上に希少なご職業で」
精霊術師、精霊の力を借りて術を行使し、精霊が見える特殊な瞳を持つ者だけがなれるエミリーの職業。
本来自我を持たない精霊が、力を蓄えて自我を持つと上位精霊と呼ばれ、同時に妖精となる。
更にその頂点に君臨するのが、大妖精。
水の大妖精であるウェンディ様は、水の精霊達の長なのだ。
ただ、エミリーが言うにはウェンディさんの力はとんでもなく衰えているらしい。
この情報はゲルガーには話してはいないが、本来の力を持っていたら抑え込む事すら不可能だそうだ。
「……隼人さん、エミリー・フォーサイド・ログウェル。貴方達が何を考えているのかはわかりません。ですが、私はご主人様のもの。誰であろうと、従う気はありませんよ」
「……」
エミリーにとっては崇拝する相手でもある。
そんなウェンディさんを攫うために、僕はエミリーに協力してもらっているのだから、最低だろう……。
いや、友であるイツキさんの恋人を攫っているのだから、元々最低か……。
なるべく思い出したくない。
それでも、イツキさんが倒れてウェンディさんを呼ぶ姿が何度でも蘇る。
……無事に、リートさんに助けてもらえただろうか。
……いや、イツキさんは無事だろうか……なんて、僕には心配する事すら許されないのだろう。
『マンティコアの血毒を使う? なるほど……あの男は錬金術師。傷つけば間違いなくポーションを使うでしょう。貴方は英雄として街中で首を刎ねるわけにもいかないでしょうし……そして、混乱の内にウェンディを攫うと……良いではないですか』
ゲルガーは上手く騙されてくれた。
マンティコアの血毒は、初めて見る人には最悪の毒である。
回復ポーションや治療を施せば、手に負えなくなる毒だから、知識が無いと迷わず使ってしまうだろう。
イツキさんも回復ポーションを取り出していたし……後は、シロさんが伝えてくれたのを祈るばかりだ。
……でも、きっとイツキさんの傷が治ったら、ウェンディさんを助けに来るかもしれない。
いや、必ず来る。来ないで欲しいとは思っていても、必ず来てしまうだろう。
だって、イツキさんは素敵な人だから。
純粋なまでに、好きな人を想う気持ちは真っすぐだから。
もし、来たときは……。
「……今日も、曇ったままなんだな」
「隼人卿。もうそろそろ到着しますよ」
「……はい」
風竜に乗っているせいか見上げた曇り空が近かった。
どんよりとしていて、雲の切れ目すら見当たらない。
無性に陽の光が見たいのに、どうあっても見られないのだと心に重くのしかかってくるのであった。
公爵家の所有する城。
城下町はかなりの大きさではあるが、大きな街に見合った発展は出来ていない。
されど、貧困という訳ではない程度の少し寂れた街。
そんな街の最奥部にある、ひときわ目立つ王城とも引けを取らない程の立派な城が、公爵の住まい。
その公爵の城の中庭に風竜が下りると、ゲルガーが傍に置く老執事が迎えてくれる。
「ゲルガー様は現在王都にいますが、すぐお戻りになるでしょう。先に例のお部屋にお連れしろとのご連絡を承っております」
「わかりました。エミリーに頼む事にします」
「はい。レティ様は、ウェンディ様への処置が完了後にすぐにとのこと……。それまでは、どうか自室で大人しくなさってくださいね……。くれぐれも、変な事は考えぬよう……」
「……わかっていますよ」
今更、変な事をするつもりなんかない。
ウェンディさんは連れて来た。約束通り。
僕は契約を破らない。だから、貴方も契約を破るなよ。
※
エミリーと、執事と思わしき男の後ろを付いて歩く。
言葉を交わす事は無い。
彼女からは有益な話など聞けやしないと分かっている。
エミリー……エミリー・フォーサイド・ログウェル。
エルフ族の精霊術師であり、私達大妖精とも深い関係のある家系の者。
長年敬われ、立場を考えれば私の方が圧倒的に上……そんな彼女が私に対して害をなしている。
公爵の手に私を引き渡し、ご主人様と私を引き裂こうとしている以上、到底許せるはずもない。
「……ここです」
エミリーと使用人らしき男が立ち止まり、一室の扉を開ける。
すると、私は部屋の中を見て驚きを隠せないでいた。
「これは……」
おびただしい量の魔術文字。
それが中心を起点として書き連ねられており、魔法陣と化している。
しかも、精霊術式を用いた儀式の様な高度な魔法陣だ。
でも、これは……。
「大規模な精霊弱化術式です。結界内でも問題なく作動します。この中で……しばらく大人しくしていただきます。貴方にも、監視はついておりますのでどうかおかしな行動は慎んでください」
「……わかりました。今は貴方に従いましょう」
「ありがとうございます……。それでは、術式を起動します」
私が部屋の中に入り、魔法陣の中央に入るとエミリーが術式に魔力を注ぎ入れる。
すると、部屋の中の魔術文字が光を放ち、線で描かれた円に薄い光のカーテンが浮かび上がる。
更に、巨大な二対のリングが浮かび上がり、それらが回転しながら私の周囲を回り始めた。
これで……儀式は完成だろう。
「これで、ウェンディ殿の力は封じられたのですか?」
「ええ。ゲルガー公爵と執事長である貴方の前で、貴方が文献で確かめながら私が書いたのだから、間違いなどある訳もないでしょう? 現に術式は発動していますし、貴方にもアレくらいは見えるでしょう?」
「そうですね……。確かに」
「……」
間違い……。
そうですね……間違いなく、術式は発動しております。
ですがこの術式は……どうやら、何か理由がありそうですね。
「……ではウェンディ様。このまま、公爵が来るまでお待ちください。用がある場合は鈴を鳴らしていただければすぐにお伺いいたします」
「一ついいですか?」
「……なんでしょうか」
「貴方のお名前は、なんでしょうか?」
「っ……。私は、エミリー・フォーサイド・ログウェルです」
「そうですか……覚えておきます」
静かに頭を下げて去っていくエミリー。
その姿を、目で追いながら扉が閉じると同時に私はため息をついた。
フォーサイド・ログウェル……。
イグドラ大森林と、精霊達を守る守り人の名。
やはり貴方はまだこの名を名乗るのですね……。
「えええ……何でここにウェンディさんが来るんですかね……?」
「え?」
「いやいやいや。こんなの完全に契約違反では? だってこれ、絶対誘拐ですよね? うわああ騙されたあ……。ただのご婦人の護衛と監視でしたよね? 犯罪の片棒を担ぐとか聞いてないんですけど……ああでも、前金受け取っちゃいましたし……どうりで金払いがいいなと……うーん……」
この声は……確か……。
「案内人さん……?」
「わ。気づかれました! うーん……今は私に監視はついていませんし、登場しちゃいますか! イエイ! 皆の案内人さんでーす! ブイブイ!」
「貴方が……監視役?」
「そうですそうですそうですとも! ウェンディさんの危険を私がお守りします! ……なんですけど、これってぶっちゃけ誘拐ですかね?」
「そ、そうです。誘拐です」
「なるほど……心情的には助けてあげたいのですけど、正直オボロの追手を振り切りながらウェンディさんを抱えて逃げるのはリスキーなんですよね……。あいつら無駄に速度は速いですし戦い方もいやらしいですし、何よりも何故か隼人卿がいますしね……流石に瞬コロされます。それに、契約の破棄は今後の仕事にも差し支えますし……。えっと、ごめんなさい」
「そ……ですか……」
一瞬見えた希望。
そして、その希望が途絶えた瞬間に、脱力感が襲ってくる。
「あ……ごしゅ、人様……ぁぁ……」
ご主人様に会いたい……。
今すぐに、抱きしめて欲しい……。
「わ、わわわ、泣かないでくださいよ! ほら、一発芸やります! お客さんの声真似! 『ウェンディ……泣かないでおくれ』ぎゃああ! ごめんなさい似すぎましたか! えっと、あのお話相手! お話相手にはなれるよう取り計らいますから! あわわわわわわわ!」
似ていません。
全くもって似ていませんが、それでも……寂しさを煽るには十分すぎる声真似でした……。




