12-8 愛する人の為に マンティコアの血毒
急ぐ、なによりも早く、だが慎重にゆっくりと。
矛盾しているが、私達ならばそれが出来る。
出来るはずだ。
大丈夫だ……。だから、主君も大丈夫のはずだ……。
錬金術師ギルドの扉をレンゲが足で蹴破り、そのまま中に主君を運ぶ。
適当に足を使って繋げた机の上に主君を布で作った簡易担架ごと降ろして周囲を見回すも、錬金術師ギルドは静かであった。
「リートさん!」
「リートさん! いないっすか!?」
焦りが心を侵していく。
もしかして、領主様の宣誓式を見に行っている?
なんせ今日は、アインズヘイルで一番の記念とも言える日なのだから可能性としては低くない。
「くっ……! 私が街を探してくる!」
「間に合わないっすよ!」
主君の出血量は異常なほどに多い。
深くも広くもないはずなのに、どうしてこんなに血が流れるのかわからない。
もしかすると、シロが回復ポーションを使ってはいけないという事に関係が……。
「ぐっ……」
苦しそうに呻き、額に汗を浮かばせるご主人に、思わず回復ポーションを使ってあげたくなる。
でも、シロのあの言葉を信じるならば使ってはいけないと葛藤してしまう。
「ご主人! しっかりするっすよ!」
「主君! 気を強く持て! リートさん! 本当にいないのか!!?」
「はーい? なんですか? ちょっと待ってくださいね……っと、レインリヒ様に留守番させられて、今新薬を試していて危ないので……」
いた! いてくれた!
良かった……!
「申し訳ないっすけど急いでほしいっす! ご主人が危ないんすよ!」
「すまない! リートさんでないと駄目だそうなのだ!」
「後輩君が? わかりました。すぐに行きます」
その言葉と同時にリートさんが扉から出てきた。
だが、両腕が爛れているように赤く肌を焼いている。
「なっ……それ大丈夫なんすか?」
「ええ。すぐに治ります。それよりも、急ぎなのでしょう? 後輩君……。傷口の割に出血が多いですね。すみませんが、この手では触れられないので傷口を見せていただけますか?」
「わかったっす!」
主君が抑えている手をそっとどけさせ、上の衣服を小型のナイフで剥ぐ。
すると、小さな傷から溢れんばかりに血が流れ続けていた。
「これは……なるほど。私が戻るまで布を当てて出血を抑えてください。準備に少し時間を頂きます。この手では治せませんので」
ささっと素早く元居た部屋に戻るリートさん。
そして、レンゲが主君の傷口に布と手を当てて血を止める。
リートさんの言っていることはわかる。
あの手ではどうしようもないのも理解できる。
でも、この待っている時間がどうしようもない程に焦燥感を際立てていく。
「はあ……はあ……旦那……様……?」
「「ミゼラ?」」
レンゲが壊したギルドの扉の奥に、息を切らしたミゼラが両手いっぱいにポーションを持ってこちらへと歩んできた。
「だ、旦那様が刺されたって……冒険者の方が教えてくれて……血が……沢山血が……だから、ポーション持ってきたの……」
「ミゼラ! ポーションは駄目っす!」
「どうして!? 私のポーションが……下位の物しか作れないから? 私が……もっと、成長してれば……」
「それは違いますよ。ミゼラちゃん」
「「リートさん!」」
準備が終わったのか、先ほどまで赤く爛れていた腕が綺麗な肌色になっている。
「回復ポーションとて、万能ではないのです。むしろ、毒となる特殊な場合もあるのです。いい機会ですから、学びなさい」
「リートさん! 主君は助かるのか!?」
「ええ。助けますとも。私の可愛い後輩君ですからね。助けて見せます。絶対に」
「リートさん……」
なんと、頼もしい言葉だろうか。
今私達が一番欲しい言葉をくれた。
その言葉に、思わず涙が浮かび、肩の力がふっと抜けかけたがまだ油断はしない。
「さて、それではミゼラちゃんの為に解説付きで説明しながらいきますね」
「そんな悠長な……」
「大丈夫ですよ。私が治すといった以上は、死んでても治して差し上げますよ。そうなったら種族は変わるかもしれませんが……でも、今回は人族のまま治します」
「アイナ。リートさんに任せるっすよ」
……そうだな。治るのであればなんだって構わない。
主君が生きているのであれば、それだけで良い。
全部リートさんに任せると決めたのだから、任せる事にしよう。
「まず、出血ですが、これは毒ですね。とても珍しい毒、『マンティコアの血毒』です。この毒は、回復効果に反応して毒性を強めます。主な毒性は、血を水のようにさらさらにしてやがて失血死に至るものです」
マンティコアの血毒!?
マンティコアなんてめったに現れないSランク級の魔物だぞ。
そもそも、マンティコアの血が毒性だという事も知らない程に珍しい魔物だ。
「だから、回復ポーションを使っちゃ駄目だったんすか!」
「ええ。ちなみに、毒消しも、魔法での治癒も逆効果です」
「そんなもの……どう治すのだ?」
「知っていれば簡単ですよ。毒を持って毒を制す……このマンティコアの血毒は、毒に弱いのです」
「毒で……治すの?」
「ええ。ですが、強い毒では血を失って弱った体に追い打ちをかけてしまいます。だからごくごく弱い毒を調合し、それを患部に流します……」
リートさんがレンゲに視線で手をどかすように語り、そっとレンゲが手を放す。
そして傷口が露になると血がまた流れていく。
そこに、リートさんは手をかざした。
「……ここで見たことは、後輩君には内緒にしてくださいね」
リートさんがそうつぶやくと、一瞬にして腕が半透明の紫色へと変化した。
「なっ……」
「私は毒人粘族です。体内には数千の毒がありますので、マンティコアの血毒に対して有効であり、後輩君の体も耐えれる毒も内包してあるのです」
毒人粘族!?
確か、国家指定の希少種だったはず!
リートさんが……完全に人族だと思っていたが……。
そして、リートさんが真剣な表情のまま拳を握り指を一本だけ伸ばす、その指先にゆっくりと小さな雫が出来ていく。
恐らくは、相当集中力を要するものなのだろう。
だから自分達は、その様子を固唾を飲んで待つしかない。
そして……一滴の大粒の雫が主君の傷口へと落ちる。
すると、驚くほどすぐにさらさらと流れていた出血が、傷口相応の出血へと治まっていく。
「……ふう。終わりました。後は当て布をして包帯を巻きましょう。回復ポーションはまだ駄目ですよ。せっかく殺している毒を応援してしまいますからね」
「あ……リートさん……」
「ふふ。なんですか? ミゼラちゃん?」
「ありがと……う。ありがとうございます……っ!」
「リートさん! 本当に助かったっす!」
「ああ……良かった。本当に……」
「ふふふ。いいえー。私としても、後輩君に死なれては困りますからね」
先ほどまでは苦悶の表情を浮かべていた主君だが、少しだけ穏やかになっている。
呼吸も安定し……って、そうだ当て布! それに一息ついている場合ではなく包帯を巻かないと……!
「傷が浅くて良かったです。深いと私の毒の進行が遅れてしまいましたからね」
「警戒態勢取ってたのが良かったっす……。まあ、刺される前に倒せたらなお良かったんすけどね……」
「恐らく暗殺系のスキルの者だろう。隠密のレベルが我々の気配察知よりも高かったのだろうな……」
あれほど接近するまで気が付くことが出来なかった。
気が付いたころには、主君の目の前だったからな……。
「まあ、無事だったから良かったじゃないですか。あとは私の毒がマンティコアの血毒を殺し尽くした後に、回復ポーションを飲んで血を増やせば問題ありません。それにしても、よくポーションを飲ませませんでしたね。もし飲んでいたら、危なかったです。対処法を知っていたなんて、流石はAランク冒険者ですね」
「いや、知っていたわけではないのだ。シロがポーションを使うなと言ってくれたおかげでな」
「シロちゃんがですか? シロちゃんは共和国生まれなのですか?」
「いや、シロはエルデュークの森で育ったと言っていたぞ」
「ふむ……。謎ですね。マンティコアは共和国にしか出現報告はないのですが……。突然変異でも現れたのでしょうか?」
「なんだっていいじゃない……。旦那様が、シロの助言のおかげで助かったのでしょう? それで、シロは? それに、ウェンディ様やソルテさんもどこにいるの?」
「あ……」
そういえば、ミゼラは何も知らないのだったな。
「……シロとソルテは今、攫われたウェンディを追っている」
「攫われた!? ウェンディ様が!? まさか、あの公爵が……」
「恐らくはな……」
「まさか、隼人があっちの味方になるとは思ってなかったっすけどね……」
「隼人卿がですか? 確か後輩君と仲良しだとお聞きしていたのですが……。同じ貴族として、手伝わねばならなかったとかでしょうか?」
「いや。そんな繋がりだけで主君の敵になるような男ではない。……ないと思うが……」
「予想をいくら立ててもわからないっすよ。事実は、隼人がウェンディを攫って行ったって事っす」
「そんな……だって、英雄なのでしょう? 旦那様の親友で、とても強い……魔王すら倒す英雄なのよね?」
その通りだ。
相手は英雄隼人。
私達が全員で苦労して討伐も出来なかった龍種を一人で倒し、魔王を倒し、いくつものダンジョンを踏破する英雄。
私達が束になってかかっても、一蹴されてしまった相手だ。
「……ミゼラ。すまないが主君の事を頼む。レンゲ」
「っすね。ミゼラ。リートさんの指示に従って、ご主人の事頼むっすよ。ちょっと援護に――」
「……残念だけど、それは無理ね」
「ソルテ!」
開けっ放しのギルドの扉から、疲労困憊な様子のソルテがシロを担いで現れた。
「シロ! 大丈夫っすか!?」
「ん……」
「大丈夫よ。ただのエネルギー切れ」
「そうか……それで、ウェンディは……?」
「……」
苦虫を潰したような表情を見せるソルテ。
その表情から、結果がわかってしまい私も同じような顔をしたことだろう。
「駄目だった……。軽くあしらわれて、見逃された……」
「そうか……」
「主様はどうなの?」
「ああ。主君は大丈夫だ。安静にしていれば、死ぬことはない」
「そう。良かった……」
「ん……。でも、主に合わせる顔がない……」
「なんであいつが……主様の敵なのよ……っ!」
ぎゅっと口をきつく結ぶ。
力の無さに、悔しさのあまりに、自然と俯いてしまう。
ウェンディを助けられなかった……。
隼人が敵として現れた……。
この事実は一体どれほど主君の心を、揺さぶるのだろうか。
せめて、せめて理由が解れば――。
「あの……お兄さんは、いますですか?」
新たにギルドの入り口に現れたのは、猫の耳を生やし、尻尾を揺らす少女。
見覚えのある少女の姿に呆気にとられると同時、シロとソルテとレンゲが少女に向かって駆け出したのを私は見ている事しか出来なかった。




