11-24 シュバルドベルツ帝国 おとこのこ
シシリアマッサは、やはり無理がある。
シシリア邸の庭は丁寧に手入れされており風の通り道まで計算されているのか、日向ぼっこをすると草の香りや華の香りがきつすぎない良い塩梅で流れてくる。
さやさやと風が前髪を撫で、心地よい陽の光を浴びているといつの間にか瞳が閉じられ、この心地よさに体を預けるままにいつの間にか眠く――。
「イツキお兄ちゃん!」
「……すぅ」
「あれ? 眠ってるの? それなら悪戯しちゃおうかな!」
「……起きてるよ」
はあ……今日はまったりと贅沢な時間を過ごす予定だったんだがな……。
オリゴール級が来たとなると、きっとそんな訳にもいかないんだろうな。
そしてきっと真もいて、また騒がしいことになるのだろう。
もういいよ分かってるよ。
きっと今日も寝られないんだろう?
はぁぁぁ……出来ればこのまま眠っていたいのだが、ゆっくりと瞳を開く。
「……」
「……にひ」
「何がしたいんだよ……」
「んふふふ。イツキお兄ちゃんのエッチ」
なんで立ったまま俺を跨いでスカートをたくし上げているのだろうか?
白と水色のストライプで、他に華美な部分などないシンプルパンツを見せびらかして何がしたいのだろうか。
下から見上げると太ももは柔らかそうで、小さなおへそも可愛らしいとは思う。
一応女の子化していたのは、僅かながらの良心と配慮だと信じたい。
「やーい。野郎のパンツ見て鼻の下伸ばしてやんの」
「……はっ」
悪いがそんなお子様パンツじゃあな……。
水色の縞パンは萌えではあるのだろうが、鼻の下は伸びないんだなこれが。
せめてもっとエロティックなの履いて、女の子の姿で5年後に来な!
「鼻で笑うなよ。ちっ、次は紐にするか……」
「紐程度じゃあ俺の鼻の下は伸びないぞ」
「じゃあTフロント」
「……お前、ずっと女の子でいられるわけじゃないだろう?」
「ん? まあ、男の時に履いてもノーパンみたいなもんだろ? 余裕余裕」
余裕なのかよ……。
それはつまり日常的にノーパンになる日もあるという……こいつ基本的にスカートだよな……?
本当、リスク考えた方が絶対良いと思うんだが……。
「……ってかせっかく来たんだから起きろよな。まだ見たりねえの?」
「え? ああ、別に見てないから安心し、ふわああ……あふ……」
「欠伸とか……せっかく美少女がパンツ見せてるのにまじかよ。ちっ、あーあ。俺も横になるか……」
どうぞどうぞ。
そしてそのままこの庭の虜になって眠気を増幅させると良い。
そうすれば今日は当初の予定通り平穏な一日を過ごせること間違いなしである。
ん? なに? なんでくっついてくんだよ。スペースは滅茶苦茶空いてるだろ。
「で……なんで腕枕させた?」
「ん? 良いだろ別に? 今の俺は女の子だからな。優しくしてくれよイツキお兄ちゃん」
「言っておくけど、俺はお兄ちゃんと言われて喜ぶ男じゃない」
個人的に妹は欲しいと思ったことはあれど、けっして義妹ではないし、エロイ事を迫ってくるような妹ではない。
もっと普通に小さい頃は後ろを付いてくるけれど、思春期になると喧嘩したり無視されたりして、大人になったらまた普通に仲良くなるような妹だ。
まあ、別に喧嘩したり無視されたりは無くても構わないが、そういった性的ニュアンスの含まない妹を求めた事ならあるにはある。
「そうなのか? あの、なんだっけ。オリゴール? とかっていう子には呼ばせてただろ?」
「勝手に呼んでんだよ……」
「しかし、まあなんというか……ロリコンだったんだな。いやシスコンか? 俺もどっちかって言うと当てはまると思うんだけど、どうよ。イツキお兄ちゃん?」
「ロリコンでもシスコンでもねえよ。お前、ウェンディとかアイナも見てよくその発想が出来るな」
「いやでも、猫耳と犬耳の白銀コンビもいるだろ?」
確かにあの二人はちっぱいではあるが、片方はまだ手を出してはいないしソルテは多少小柄ではあるがロリではない。
あと、最近は仲が良くなってきてはいるがセットにされると怒られるかもしれんぞ。
「はあ……で、お前何しに来たんだよ。俺をロリコン認定しにきたのか?」
「あー……いや、本題はあるんだけどさ……」
「あるならさっさと済ませろよ。俺は今日は寝ると決めてるんだ」
「なんだよ……寝てばっかだな。同郷の超絶可愛い俺様が来てやったのにつれねえなあ……」
睡眠欲を満たすために眠るのではないこの贅沢さは、きっと社会人では無ければ理解されないのだろうな。
あと、超絶可愛い男の子な。
そこ、割と重要な所だぞ。
「その同郷の真はどうしたんだよ。今日はなんで一緒じゃないんだ?」
「あー……本題がそれなんだよ」
「なんだ? 美香ちゃんと美沙ちゃんが帰って来たのか?」
「おま、知ってたのかよ!」
知ってたというのは美香ちゃんと美沙ちゃんの存在の事なのか、その二人が帰ってきた事なのかどっちだろう。
前者であれば知っていたし、後者であればただの予測だ。
まあともかくあの二人が帰って来たのか。
そうなると、仮パーティだった真は抜けてしまうんだろうな。
で、だ。
「……美香ちゃんと美沙ちゃんに怒られたのか? よくも真を誑かしてー! とか」
「いや……むしろ迷惑かけたって謝られた。そんで仮パーティは解散。っても、残り二人はいるから壁役を新たにいれるだけだけどな」
「あー……」
「そんでもって、姉の方にはおそらく男だってばれてる……。何もんだあの姉。一目見て状況を察したようで、俺を見て不敵に笑いやがったぞ……。しかも察したくせにばらさずにねちねちと真を責めてやがった……怖いよあの人」
「まあ、美沙ちゃんならなあ……」
あの子が気づかずに騙されるという想像が出来ないな。
あくまでも騙す側であり、手のひらでコロコロするタイプが想像上でとても似合う。
しかし、想像が出来ないとはいえ教えるまでもなく自ら気づくとはな……。
「あら? 仲睦まじいのですね。イツキさん」
「ひっ」
光ちゃんが突然の声に驚き、俺の体へと腕を回して抱き着いてくる。
ちなみに、胸の感触からは現状男に戻っているかどうかはわからない。
「お久しぶりですね。そして、そちらは光『ちゃん』ですね」
「……今日は千客万来だな。久しぶり」
「ぅぁ……」
「あらあら? どうして怯えるの?」
「お、お久しぶりですイツキお兄さん……。お、お姉ちゃん!? ここシシリア様の邸宅だよ!? 勝手したら駄目だよう!」
そして続いて美香ちゃんまでやってきた。
あれ? 少し大人っぽくなったかな?
花嫁修業でいろいろ学んで成長したのかも。
「あら美香ちゃん。シシリア様はイツキさんの友人ならば好きにしろとおっしゃったのだから大丈夫よ」
「社交辞令って場合もあるでしょう!」
「あらあら。社交辞令よりも優先すべきは言質よ言質。吐いた言葉には責任が伴うのよ」
まあ確かに……社交辞令や厭味なんて、効かない相手にはただのサービス言質でしかないからな。
あれ? そういえば真は?
「イツキさん。まーくんなら宿で正座してますよ」
「ああ、そうなんだ……」
そっか……正座してるのか……。
ちゃんと正座して迎えられたらいいけど、きっと途中で足を崩している際に鉢合わせるんだろうな……。
っていうか、美沙ちゃん俺の考えを読まないでくれ。
「それで……どうしたんだよ」
「お、俺を追ってきたのか……?」
「あら違うわよ。普通にイツキさん達が来ていると聞いたから会いに来ただけよ。美香もアイナさんに会いたかったみたいだしね」
「う、うん……アイナさんには会いたかったし、イツキお兄さんにはお味噌を分けてほしかったんだけど……あれ? 俺?」
「あ……」
お馬鹿さんです。
まだ確定でばれている訳でもないのに自分から俺って言っちゃったよ。
しかもあ……って呟いたらもう決定的になってしまうだろう。
「え……? ええ?」
「あら、美香ちゃん気が付かなかったの? この子男の娘よ」
「えええー!!?」
そして案の定気づいてたんだな美沙ちゃんや。
「お、おおお、男の子!? え、じゃあ真は男の子にデレデレしてたの!!?」
「まあ、これだけ可愛いのだからおかしくはないけどね。でも……他にもなにかありそうって私の勘が告げているのよね」
勘だけで光ちゃんのユニークスキルの存在に気付けるのか。
やはり君のその底知れぬミステリアスなインテリジェンスは計り知れないね。
それこそ、『魔道の極意』以外のチートスキルを持っているんじゃないかと疑うレベルである。
「ほ、本当に男の子なの……?」
「……ちっ。ああ。そうだよ。ちなみに、そっちの姉さんの言う通り、『抗いがたき可愛い俺様』ってスキルを持ってる。効果は男女問わず俺に対して良い感情を増幅させて悪い感情を増やさせない程度のスキルだ」
諦めてもう全部話すか……。
まあ、自爆もしたし、良い判断だとは思うぞ。
ここで下手を打てば敵対になりかねんからな……。
「魅了程ではないのね……。へえ、良いスキルじゃない」
「使い勝手は悪いけどな。誰彼構わず好まれるのは、たまに疲れるよ」
「な、ならイツキお兄さんもそのスキルでメロメロに!!?」
「なってないよ」
「なんで!?」
なんでって言われてもな……。
「このスキルは、俺が男だとばれると効果が消えるんだよ。イツキお兄ちゃんは一目で俺が男と気づいたからな」
「へえ……流石はイツキさん。確かな目をお持ちですね」
「そっか……流石イツキお兄さん……あれ? じゃあなんでメロメロじゃないのにイツキお兄さんは男の子に抱き着かれているんですか!?」
「あら美香ちゃんそれは簡単よ。イツキさんは男の娘もいける人なのよ」
「男の子も!!?」
「勝手な解釈をするな……。声をかけられて驚いて抱き着かれただけだよ」
っていうかさっき美沙ちゃんは見ていただろうに。
「うふふふ。面白い方の可能性に賭けてみました」
「なら負けたんだから、対価を払おうか?」
「あら、私の体ですか? 困りましたね。一応真に捧げる予定なんですけど……」
「訂正するんだよ!」
「はーい。美香ちゃん。さっきのは冗談よ。普通にお友達なのでしょう」
「あ、友達……そ、そうだよね。イツキお兄さんにはアイナさんみたいな素敵な恋人が沢山いるもんね!」
うんうん、とは頷いて納得しているものの、いまだ抱き着いて放さない光ちゃんと俺を見ると、かあっと顔を赤くするので光ちゃんを引きはがす。
その際に胸に指が当たってしまい、『いやん』と小さく声を漏らされたが一切を気にしなかった。
「あ、あれ? でも真は? 真には光ちゃん? が、男の子だって教えてないんですか?」
「あー……」
それを言われるとなあ……。
光ちゃんにも都合があるのだろうし、だからと言って知り合いである真に話さない理由にはならないし……。
美香ちゃんからすると教えずにからかっていた酷い奴に映るかもしれないな。
「……気づかない方が悪いわよ。一応アレでも私と美香ちゃんの両方を娶ろうとしているのだから、いくらこの子が可愛くても気づくのが当然でしょう?」
「そ、そうかな……? でもこれだけ可愛い子なんだし……。私も気が付かなかったし……」
「そもそも、私と美香ちゃんがまーくんの為に花嫁修業をしている時に、他の女に現を抜かす事自体が間違いでしょう?」
「それは……確かに、悔しかったけど……」
「なら、イツキさんを責めるのはお門違いよね」
「う、うん……そうだね。真が悪い!」
これは、美沙ちゃんが俺を庇った……という事だよな。
ああ、そうだね。『お・わ・び』と口パクした後にウィンクを一つしてくれたから、さっきのお詫びなんだろうね。
「光ちゃん。これからも真と仲良くしてあげてね。勿論私達とも」
「え、いいのか……?」
「うん。同じ日本からやってきたんだし、イツキお兄さんとも仲良しみたいだし、よろしくね光君!」
「美香ちゃん。一応「ちゃん」と呼びなさいな。理由は知らないけれど、普段は女の子で通っているのだろうから、合わせてあげないと。あと、真には内緒よ? 自分で気づくまでね」
「あ、そっか。わかったよ。よろしくね光ちゃん! ……でも、本当、どこからどう見ても女の子にしか見えないよう。真……一生気づかないんじゃない……?」
美香ちゃんが光ちゃんの頭からつま先までをじろじろと見まわし、うんうんと頷いているのだがまあそれも仕方ない。
光ちゃんは今スカートを履いて女の子にしか見えないし、薄らと化粧もしているし、肌の質感もスキンケアを怠らない結果であり、産毛すらも剃っているのかつるつるなのだ。
「あら美香ちゃん。男の子である証明をして欲しいの? もうそうなるとアソコを見るしかないのだけど……花嫁修業を経てエッチになったわね」
「ち、ちちち違うよ!? 確かにそういう事も習ったけど、今のはそういう事じゃなくてぇ!」
「あん? 見てえなら見せようか?」
「い、いいよう! 大丈夫! お姉ちゃんとイツキお兄さんが男の子だって言うのなら信じるからぁ!」
「男の子だな」
「ええ、男の娘よ」
なんでかな?
俺達と美沙ちゃんとではニュアンスがなんか違う気がする。
「ほらあ! じゃあ大丈夫だよ! 買い物だって行けるよ! 可愛い服とか一緒に見れるもん!」
「そうね。こんなに可愛い男の娘だもの……もっとディープに染め上げるのも楽しそうね……」
「良い店紹介するよ。と言っても、光ちゃんが知ってる店だけど」
「あの店か……イツキお兄ちゃん……好きだねえ」
「え? 俺も行くの……?」
もうこの流れは三人でお買い物でいいじゃない。
三人でお買い物に行って仲良くなっちゃった感じで十分でしょうよ。
その後、魔法の言葉『せっかくなんだし』が炸裂して俺も行くことになり、更にはアイナ達やウェンディ、ミゼラを含めて全員で買い物に行くことになった。
……女の子8人+男の娘1人との買い物は、そりゃあもう壮絶であったよ。
ウェンディの着せ替え人形になった後にきゃっきゃうふふと楽しそうな皆の買い物を待つためにぼーっと過ごすのなら、今日の俺は庭で眠っていたかったよ……。




