2-14 商業都市アインズヘイル ヤーシスの帰還
ソルテが俺を苛め抜いた日から数日のこと、俺は一人錬金室で錬金を行っていた。
今回は手作業でのアクセサリー作りだ。
錬金レベルが8になったのでそろそろ回復ポーション(大)も作れるとは思うのだが今は需要がないしな。
でもこれで金属類はかなり貴重な物まで扱えるようになっていたし、せっかくなので手をつけてみようと思ったのだ。
幸いにもアイナとソルテが持ってきてくれた鉱石や宝石はおあつらえ向きに中級~上級ばかりだったのである。
それとせっかく布と革も買ったので、鉱石以外でもアクセサリーを作ってみようと思ったのだ。
「主、ご飯買ってきた」
「そうか。こっちも完成したところだから休憩にするか」
「ん、食べよー」
机を綺麗にするとシロは俺の膝の上に乗ってくる。
最近は仕事をしていない時はいつもこのポジションだ。
耳や尻尾を触っても嫌がらないので俺としては構わないのだが猫ってこんな人懐こいもんだっけか。
まあ猫の中にも色々いるよな。
「主主」
「ん?」
「あーん」
自分の分を食べ終わったシロが俺におねだりをしてくる。
もうなれたものであーんと言えば俺が食べ物をくれると思っているのだろう。
まあその通りなのだけれど。
「ほれ」
「あむ。あうじあいあと」
「食べながら話すなよー」
「もくもくもく。ゴクン。主ありがとう」
「よしよし」
やはり娘みたいだ。
ここにウェンディが加わるとますます家族っぽい気がする。
こんな風景をウェンディは笑顔で微笑みながら過ごしていそうだ。
「主、にやけてる」
「あーすまん。妄想してた」
「最近多い。締りがない」
「そんなにか? いやでも楽しみなんだよ」
そういえば今日はヤーシスが帰ってくる日だ。
王都まで朝から出たとはいえ用事を済ませてよく二日で帰ってこれるな。
そんなに遠くないのか?
っていうかそもそも普通は王様との面会に時間を取られるものじゃないのか?
……考えるのはやめよう。ヤーシス恐ろしい男だ。
じゃあ決着は今日か休みをとって明日か。
当日から一週間なのか翌日から一週間なのかわからないのでどちらかだろう。
あのダーダリルとかいう奴が簡単に諦めるとは思えないがこちらにはシロがいる。
それにアイナとソルテもいるし、滅多なことは起きないだろう。
そう考えていた時が俺にもありました。
「出てこいゴルアアアアア!!」
表から強面さんが叫んでる声がする。
他にもヤジや挑発だと思われる声が複数聞こえてきた。
はぁ、俺が楽観視するといつも悪いことが起こる気がする。
これはあれか? 常に緊張感を持てという神からのお告げか?
「うるっさいよ! ここがどこだかわかってやってるんだろうね!」
Oh。俺の神降臨。
いいぞレインリヒ。
と思ったら俺の錬金室のドアが開けられる。
「ほら、あんたがいってどうにかしな!」
「無理無理。今俺ら食事中」
「後にしな! 全くうるさくてかなわないよ」
ちょっと待てレインリヒ!
引っ張らないで!
あ、やだ! 強面に、強面にめちゃくちゃされちゃう!
「お、出て来やが……てめえなめてんのか?」
「仕方ないだろう。朝食時に来るのが悪い」
手に持っているのは牛串サンド。
最近はシロが買出しを行っているので毎朝これだ。
重いかと思いがちだがこれがそうでもない。
ガツンとしながらも朝から英気を養ってくれる逸品である。
それをもぐもぐと食べながら表に出されたのだ。
膝の上にシロが乗ったまま。
「主、あーん」
「あーん」
「もくもくもく。主のサンドうまー。世界一」
いや変わらないだろう。
でも俺地味に料理スキル持ってるんだよな。
まさかとは思うが牛串の脂やタレでパンがベシャベシャにならない効果くらいはあるんだろうか。
「ぜってーなめてるだろ! この野郎!」
男は我慢の限界を越えたのか拳を振り下ろしてきた。
「食事中。うるさい」
「かはっ……」
その男の拳を受け止め、いつの間にか立ち上がって鳩尾に一撃拳を叩きこむととことこ戻ってきて俺の膝に座る。
やっぱこの子強いよ? 普通に考えて1000万ノールでよかったのだろうか。
男は腹を押さえたまま悶絶して膝を地面について必死に息を吸おうとしていた。
あーわかるわ。俺も小さい頃胸から転んで息が出来なくなった覚えがあるもん。
辛いんだよなー。涙が本当に出てくるんだ。
あれ、でも鳩尾だと違うのかな?
先頭の男がやられて飛び掛ってくるのかと思えば他の奴らは戸惑ったように静観しているだけであった。
「んで、何のよう?」
もぐもぐもぐ。
「ダ、ダーダリルの旦那がお呼びだ。西地区の屋敷まで来てほしいと」
「断る」
「なん、なんで……ですか?」
「誰が勝負相手の本拠地に行くんだ? 用事があるならお前が来いって伝えろよ。常識だろ?」
あいつ馬鹿だろ。
わざわざ俺が足を運ぶとでも思ってるのか?
「だ、だけどなんか重要な話があるって……」
「俺にはない」
「主、あーん」
「お、くれるのか? 珍しいな」
「交換こ。あーんして」
「ほい。あーん」
「あーん」
シロが俺に食べさせてくれるなんて珍しいなって思ったらもうシロの持ってる牛串サンドはただの白パンだった。
にゃろう。肉が食いたかっただけだなこいつめ。
「もくもくもく。ごくん。主のは美味しい」
「そうかー。次からは俺のにもお肉を残しとくんだぞ」
「気をつける。ないとは思わなかった」
「うそつけ」
「うん嘘」
はぁ、可愛いって得だなって思うわ。
俺子供が出来たら親ばかになりそうな気がする。
「ん? まだいたのか? 俺は錬金術師ギルドから動く気はないぞ」
シッシッと手であっち行けとやると強面さん達はゾロゾロと帰っていく。
全く何しに来たんだあいつら。
大方強面さん達で脅すか適当な金でも握らせて、俺をこの勝負から降ろさせようとしたのだろう。
俺がなんでびびってないのかって? シロが慌てた様子もなかったしな。
流石にあれだけ余裕を見せているのなら大丈夫なのだろうと安心もするさ。
それに、だ。
ここを何処と心得る!
アインズヘイルの魔王城!
ニヤリと笑みを浮かべれば、泣く子も黙るレインリヒ様が居城ぞ!
錬金術師ギルドの要塞力は世界一いいいい!
俺が知る限り最強無敵の守護神様だゾ!
……さっき俺を強面さん達の前に突き出したけど。
さてとりあえず錬金室に戻るか。
シロの分のご飯がまだあるし、シロを膝に乗せたまま錬金術師ギルドの入り口で座ってるわけにもいかないしな。
「主ー。来たー」
「ん? あいつらもう来たのか? 随分早いな」
「んーん。違う。ヤーシス」
シロが向いた方向から確かに馬車が来ているが、あれにヤーシスが乗っているのだろうか。
その馬車は俺たちの目の前で止まると、中から確かにヤーシスが出てきた。
服装はなんか高そうだ。貴族衣とでも言うのだろうか?
「これはこれは、お出迎えとはなんとも申し訳ありません」
「いや、なんか面倒に巻き込まれて表に出てただけだよ」
「ほう。面倒事でございますか?」
「多分ここに居ればヤーシスも巻き込まれると思うぞ」
「それは確かに面倒でございますね。では私は大事なことだけお伝えして早々にウェンディの準備をすることにしましょう」
「おい……」
どうせなら巻き込まれてくれ。
そっちの方が早く解決すると思うのだが。
「では本題を。国王様より認可を得られました。とても気に入られたご様子で是非発注をとおっしゃっていただけましたので、つきましては30個程急ぎお願いします」
「なら20個作ってあるからそれを渡しておくよ。残りは道具屋に材料が届くまで作れないな」
「おお流石でございます。それではこちらにお願いしますね」
そういって取り出したのは魔法の袋(大)だった。
流石ヤーシスともあれば魔法の袋くらいは持っているのだな。
魔法の袋に入れた20個のバイブレータを取り出してヤーシスに手渡していく。
「サイズとか色々変えてあるのもあるから見て試してくれ。値段は全部一緒でいいから」
「それはそれは助かります。それでは20個で102万ノールでございますお確かめください」
そういうと小さめの普通の布袋に金貨と銀貨を入れて渡してきた。
「さて、私は一度戻ってウェンディの支度の手伝いをしてまいります。シロ様もお荷物を取られに戻りませんか?」
「んー。シロはここに居たほうがいいと思う。荷物も少ないから持ってきて」
いいのかシロ。仮にもヤーシスは一応お前の主だぞ。
まだ俺に引渡しされていないだけなんだからな。
「かしこまりました。それではウェンディに頼み荷物を纏めていただきましょう。それでは少し遅くなるかもしれませんが、どうぞお待ちくださいませ」
「俺が行かなくていいのか?」
買うのは俺なのだから俺から迎えに行くのが当然だと思うのだが。
「ええ勿論。ダーダリル様もこちらにおいでになられるのでしょう? ならばここが決着の場ということでよろしいのではないでしょうか。ちょうどおあつらえ向きでございますし」
「おあつらえ向き?」
「こちらのお話ですよ。ええ。悪いようにはなりませんのでご安心を」
ヤーシスも悪そうな顔で笑っている。
なんとなく、あくまでもなんとなくだが、レインリヒと繋がっていると思うの!
一体何を考えてるの? 俺の知らないところで何をしてるの!?
怖くて何も聞けないよ!
「それでは失礼致します。後ほど」
ああ! いい笑顔でいなくならないで!
「シロ……お前の前のご主人様は怖いな」
「ん。ヤーシスは怖い。主は優しいからそのままでいて」
「俺もこのままでいたいよ。毒されないといいな」
「ん」
俺は膝の上にシロを乗せて外に居ることを忘れてぎゅっと抱きしめた。




