10-27 アインズヘイルで休息を カラントの親心
つ、疲れた……。普段の授業の何倍もの疲労感が、チャイムと同時に襲ってきた気がする……。
せっかくいらしていただいた親御さん達にも自分達の成果を確かめてもらえと何とかなだめる事に成功し、その後は特に問題もなく授業を終わらせることが出来たと思う。
「それではご主人様。私はお昼の配膳のお手伝いをしてきますね」
「ああ。行ってらっしゃい。俺らも後で行くよ」
「はーい。お待ちしております。ご主人様には愛情たっぷりでご用意させていただきますね」
上目遣いで可愛い笑顔を残して、ご機嫌な様子で去っていくウェンディさん。
途中で振り向いて俺がまだ見ていることに気が付くと、顔を綻ばせて小さく手を振って行くのがまた可愛らしいな。
「ウェンディ、目に見えて機嫌がいいわね」
「主君の成果が認められたのが嬉しいのだろう。私達だってそうじゃないか」
「そりゃそうっすよー。ご主人は本当、凄いんすから! もっと評価されてもいいと思うっすよー!」
「いやだよ……。目立ったら仕事が増えるだろ」
「あはははは。ご主人は変わらないっすね!」
そう簡単に変わってたまるか。
俺は可能な限り仕事はしたくない気持ちのままである。
……とはいえ、大事な人が出来ている以上、そういう訳にもいかないというだけだ。
だが、仕事人間になるつもりはなく、あくまでも自由で楽しいが優先である。
困らない程度に稼ぎ、あとは皆と楽しく人生を謳歌していきたい。
「相変わらずであるな……。まあ、そうだと思ってわらわが来たのじゃがな。それと、完成間近に生徒の親が集まりそうだと調べてくれたアヤメに感謝しておくといい」
「アヤメさんが?」
「うむ。お主が粗相でもして反感を買うだとか、第一印象が悪いと今後も師事する生徒達にも良くないだとか言っておったぞ」
「おお……アヤメさんが俺のために……っ!」
「……勘違いしないでください。貴方はアイリス様の庇護下にあるのです。貴方の汚名は、アイリス様の汚名になりかねないと思ったまでです」
残念ながらデレはなくいつも通りクールだ。
だが……棘々しさは少しだけ、若干ほんの僅か収まってるか?
『何を見ているのですか? 殺しますよ?』って言われてないしな。
「まあ、クールぶっておるがお主が心配だったようじゃ。わざわざ休みの日も情報収集をしていたようじゃからな」
「なっ……アイリス様!? それは、私のお休みの日がたまたま生徒達とご両親がお会いになる日が多かっただけで……何をニヤニヤ見ているのですか。殺しますよ?」
いやだってそりゃあニヤニヤするでしょうよ。
殺しますよが照れ隠しだとしか思えない。
そうかー。アヤメさんが心配してくれていたのかー。
痛い痛い、叩かないで蹴らないで。
「まあ、わらわとしてもお主が他の貴族に目を付けられるのは困るしな。お主も、今言っておったように仕事を頼まれても困るだろう?」
「うん。そいつはありがたい」
「しかしお主、随分と緊張していたな」
「……そりゃあ、あれだけ多くの貴族の方が来られたら緊張もするっての……事前に教えてくれても良かったのに」
あの状況を招いたのはアイリスではなく、むしろアイリスは俺の為を思ってきてくれたというのはありがたい。
だが、事前にそれこそアイリスが学園に来る前にでも教えてくれれば良かったのにとは思ってしまった。
「まあ、今回はちと忙しくてな……あ奴も来ておるし……仕事も前倒しで終わらせたから、わらわも流石に疲れておったのだ」
「あーっそっか……。アイリスも忙しいもんな……ん? あやつって?」
「乳肉じゃよ。お主の授業のお披露目があると聞いて見に行きたいと駄々をこねておったが……流石に王と会う予定では、日程を変えることもできんでな。まあ、終わり次第来るかもしれぬと思ったが間に合わなかったようじゃな」
乳肉ってシシリア様か……。
相変わらずなんて呼び方をしているんだっての。
帝国の皇帝の姉君だろう? 外交問題にならないのか心配になるが、それだけ二人の仲が親密なのだろう。
「さて、この後は昼食であろう? わらわも一緒に取るとするか」
「学生でも教師でもないのにか?」
「食堂の視察である。どういったものを食べているのかを調べるのも仕事なのでな。まあ、保護者達が入るスペースはないから、奴らは帰るであろう。じゃから、気は使わずには済むぞ」
それは助かるけどさ。
でも、授業終了後に皆で少し集まって何やら話をしていたのは気になってるんだよな……。
何か俺に対して言いたいことがある気がして……というか、多分あるんだろうな。
生徒達との距離感が近すぎるんじゃないかとか、娘を持つ親ならば気になるところだと思うし……。
「お話し中のところ申し訳ございませんが、少々先生をお借りしてもよろしいでしょうか」
「おお、久しいな。カラントよ」
「はっ。アイリス様。お久しぶりでございます」
「よいよい。ここは学園だ。かしこまる必要はないぞ。それで、こやつに用だと?」
「はい。先ほどの授業や今後について、それぞれの保護者と話し合いまして……」
あー…………来ちゃった。
胃が一瞬キュっとなった……。
「先ほどはお疲れ様でした。香水の出来も素晴らしく、それを娘達が作ったとは大変驚きました」
「は、はい……」
「そう緊張なさらずに。確かに、当初は困惑いたしましたよ。そろそろ結婚相手を決めねば……と、思っていたら独立して皆で生計を立てていくと言われましたからね。とんでもない臨時講師が来たものだと、薬を盛られたのではないかと激昂した者もいるほどでしたよ」
激昂……。
いきりたっちゃいましたか……。
すみませんすみません。余計な事をしたのだとしたらすみませんと何度でも頭を下げて謝るので、どうか生徒達は自由にやらせてもらえないでしょうか……。
あと、アヤメさんにも言われましたけど、誓って変な薬は使ってません……。
「……ですがね。それから日に日に笑顔で報告を受けるのですよ。今までは学園はどうだと聞いても、反応が悪く、特に何もないというような子が嬉しそうに語るのです。今日は何と何で試作を作ったと。今日は新しい発見をしたと。親として、目標を持ち生き生きとしている姿はとても喜ばしいものでした」
優しく、子を持つ親にしかできないような慈愛を瞳に宿して語るカラントさん。
その後ろでは、代表として話すカラントさんの言葉に同意するように保護者の方々が頷いていた。
「とはいえ、悩んだものです。結婚さえしてしまえば、必ず安定した安心できる暮らしが約束される。これも一つの幸せだろうと思うのは、親として当然なのです」
「……ええ。その通りだと思います」
そりゃあ、俺だって安定した暮らしを求めたい。
そう思うのは当然だと思う。
それが、自分の愛娘ならば尚の事だろう。
だが……。
「……でも、それではこの学園生活の延長なのでしょうね。結婚してしまえば、そこで新たな幸せを探すこともできるでしょうが、どうやらそれはまだ若い娘達が思う幸せとは違ったみたいですね。一度は自分達の力で生きたいのだと今日、我々は強く感じました。そして、娘達の願いを応援し、支える立場になろうと皆で決めることにしました」
カラントさんはキリっとした顔をすると、しっかりと頭を下げる。
一般市民である俺に、貴族であるカラントさんが頭を下げるので慌ててしまったが、アイリスがとんっと肘で俺を突くので慌てずに済んだ。
「一同を代表し、お礼を申し上げます。娘達に道を作っていただき、可能性を作っていただき、本当にありがとうございました」
「……お礼を言われる事ではありません。決めたのも、努力をしたのも彼女達ですよ」
頭を下げるカラントさん。
だけど、それは俺にすることじゃあない。
可能性も、これからの道も切り開いたのは生徒達なのだから俺にお礼を言うよりも、彼女達をどうか労ってやって欲しい。
「せーんせー!」
「せんせ!」
「「どーん!!」」
「ぐぅっ!」
相変わらず唐突に突然で強襲がかった速攻のダブルサイドアタックだ。
お話し中とかも関係ないらしい。
痛くはないが、衝撃がドスンと伝わってくる。
「お話し中ー?」
「……そうだよ。だから、またあとでな」
「わかったよー。それじゃあ、終わったら少し時間が欲しいんだよぉー!」
「はいはい……。すみませ――」
「……随分と、仲が良さそうですな」
「え? あ、そ、そうですかね?」
あ、あれ? なんだか雰囲気が変わったぞ?
さっきまでの良い感じに後味も良く締めくくれそうな雰囲気が、ピリッと胡椒が効きすぎるような引き締まり方になったぞ?
「えっへへー。すっごく仲が良いんだよー。お父様ー」
「この前お話しした通り、せんせとは大大大仲良しなんだよお父様ぁー!」
……OTOUSAMA?
オトウサマ……オトウさん?
そうだ。きっと、オトウ・カラントさんなんだろう。
そんな、こんなにも立派な紳士であるカラントさんが、まさか鬼教官であるラズとクランのお父様だなんて……そんな……ねえ?
「そうか……。だが、くっつきすぎではないか? 先生も困っているだろう」
「そんなことないよー!」
「抱き着いてもいいって言われてるしねぇー!」
「ほーう……年ごろの娘達に抱き着くようにさせていると……」
「違っ! それは――」
「なるほど。これはこれは……。未婚の娘がここまで体を許しているとなると、もう他には嫁に出せませんなあ。これでは、嫁に貰っていただくしか……。とはいえ、アイリス様のお気に入りとあらば即決は出来んでしょう。となると……事業を成功させるしかないと。ああ、なにかあれば……勿論助けていただけるのでしょう?」
た、退路を断たれた!!
鬼教官さんが笑顔の後ろに真っ黒なオーラを背負っていらっしゃる!!
あれだ。ダーウィンの持つ得体の知れない恐怖のオーラにとても似ている。
関わりたくない!
でも、逃げられない!!
「ももも勿論ですはい……」
「そうですか。で、あれば良いでしょう。いやあ、大事に育ててきた愛娘なものでね。心配で心配で……親バカですみませんな。でも、いざという時に貴方のような優秀で頼りがいのある錬金術師がついていてくださるのなら、安心ですな」
ああ、オーラって一瞬で消せるのか……。
絶対激昂してたお貴族様ってこの人だろう……。
授業前にトイレに行っておいてよかった。
地龍を遠くから見るよりも怖かったぞ……。
「では、そろそろ私も。学園長に挨拶を済ませたら帰るとします。二人とも。先生にあまり迷惑はかけないようにな。アイリス様も、ご機嫌よう」
「うむ。わらわも他の者にも挨拶してから食堂に行くとするか……。しかし、カラントよ……わらわの前でわらわのお気に入りに手を出しに来るとは……しかも断りづらい線を攻めるとは、やるのう?」
「はははは。ご勘弁を。娘の為ならば、たまには無茶もせねばなりませんゆえ。しかし、彼ならばそれくらいの気概は持ち合わせているでしょう? なんせ『主従の――』」
アイリスとカラントさんが俺に背を向け悠長に話しながら去っていくので、ようやく脱力することが出来た……。
「お、お疲れ様でございました……」
終わった……。
なんとかなった……?
そう困惑と安堵をしていると、カラントさんが戻ってきてああそうそうと肩をポンと叩かれる。
「娘が君を気に入っていると聞いていたから私はその気持ちを尊重しようと思うのだがね……。もし、手を出したうえで娘が泣いていたら、いつでもどこでも私は駆けつけるからね」
「は、はひ……」
低くドスの利いた声を笑顔で出されると、余計に怖いです……。
最後の最後にとんでもない爆弾を落としていかれたよ……。
手を出す気なんてないんだけどな……今のところは。




