10-6 アインズヘイルで休息を 特殊ヘアカット3
酒も入り体も熱くなってきたので上着を脱いで椅子にかける。
思考は若干ふわふわする程度で、まだまだ日常的な行動は出来るだろうなという自覚があるくらいの一番気持ちの良い酔い具合。
一緒に飲んでいる妖艶なお姉さんは少しだけ顔を赤くして色気と艶やかさを上げ、虎柄の猫人族の娘は勢いがなくなり、今にも眠りそうな目でチビチビと酒を舐めるように飲んでいる。
フレッダはというと……。
「だーくぁあるあー! ソルテさんもアイナさんもレンゲさんもお兄さんの話しかしないんです! 今日は一緒に買い物に行っただとかぁー何回可愛いって言われただとかですよ? しかも、前の日より少なかったら『どう思う?』とか相談してくるんですよ!? どう考えても相談じゃなくてただの自慢なんですよぉー!」
ダンっと飲みきった木製のジョッキを机の上に叩きつけることで、どれだけ不満がたまっていたのかが良くわかる。
「っていうかですね! 問題はこっちですよ! 昨日の夜はレンゲさんがお兄さんとーーだとか、何回だったーーとか普通話します!? その前のウェンディさんと比べて少なかったからどうだとか知りませんよ!!」
「あー……それはまた……」
あいつらいくら同じ女性相手だからってそこまで話すのか……。
これは、俺としても恥ずかしい話なんだが……。
「こちとら彼氏なんかずうううううっといませんけど!? 夜の情事をどうすればいいかな? なんて知るわけないじゃないですかっ! もう愛想笑いですよ! 愛想笑いするしかないじゃないですかっ!」
手酌で自ら新たな酒を注ぎ、半分以上飲み干してぷはぁー! っと息を吐いた後に恨みがましく俺を睨むフレッダだが、おおよそ俺は悪くない……はずだ。
大体回数なんて、その日の時間、体調、気分や満足感次第なところもあるので、どうすればなんてことはないはずだ。
俺は普段から大満足なんだが……。
「ふふふ。羨ましいのよねえフレッダは」
「えーえーそうですよ! 特に今日は何か格好いいですしね! もうマジか! ですよ! なんですか!? 髪を切ったらそんな風になるだなんて隠してたんですかっ!?」
「んんー……髪を切っただけ、って訳でもないみたいだけどね……。普段にはない魔力を感じるのだけれど、何か特殊なアイテムでも使ったの?」
「いや、特には無いと思うんだが……もしかしたらリートさんが何かしてくれたのかもしれないけど……」
そういえば髪を整える際になにか振りかけていたのだが、こっちの世界にもワックスなんかがあるのかなと思っただけだったんだよな。
……でも、確かに髪を少し切ったくらいなのにフレッダの様子がおかしいし、何か使われていてもおかしくないかもしれない。
「別にそれでもいいんです! 今日のお兄さんはいつもより格好いい! それだけです! それだけで、アイナさん達はいいなあーって想いが強くなるんですよ!」
「まあ、そうね。元々が悪いわけではないしね」
「そうです! 気さくで優しくて清潔感があってお金持ちでちょっと子供っぽいギャップがあるだけで十分なのです!」
酔っているせいかめためたに褒められるな……。
顔が真っ赤なのは酔っているせい……だけじゃないか。
もしかしたら、俺も顔が赤くなっているかもしれないな。
「んんんー……るさい……」
「あら、おねむかしら?」
「うん……寝る……」
「一人で宿に帰れる?」
「んんー? 大丈夫……」
そういって椅子を持ち、俺の隣へと移る虎猫娘。
なんだろう? と、酔った頭で思っていると椅子をくっつけるくらい近くに置き、俺の腕を取って肩に頭を当てて目を瞑った。
「あらあら」
「あー……おやすみ?」
「うん……おやすみぃ……」
すぐさますぅすぅと寝息を立てる虎猫娘ちゃん。
猫系の獣人は普段はそっけなかったり、警戒心の強い感じだが甘えるときは物凄く甘えるのか、抱きついた腕にすりすりと顔をこすりつけていた。
とりあえず、脱いだ上着を逆向きにかけてやり、無防備となった体を隠しつつ暖を取らせてやる。
「そういうところです!」
「ん?」
「そういう、さり気ない優しさに弱いんです。そういうことを何の打算もなくやれるところとか、あーもういいなあー!」
椅子をがこがこと前後に揺らし、天と地を交互に仰ぐフレッダ。
そんなことをすると、酔いがもっと回るぞ。
そして、打算がないと褒められているところ申し訳ないが、俺の取られた腕が太ももに挟まれてしまっているのにはどうか、気づかないでほしい。
不可抗力だ……。
「ふふ。なら、フレッダもアイナさん達に混ざっちゃえば?」
「それは駄目です! お兄さんには致命的に駄目なところがありますからね!」
「致命的なのか……」
「そうですよー。確かにお兄さんはとても良いです。髪を綺麗にしてもらった時など、とても気持ちよかったです。あ、でも嫌いな人に髪を触られたら不快なので、気をつけてください」
「お、おう」
そりゃあ、そうだろう。
髪、もとい頭など気軽に触れていいものじゃあない。
「でもですね! お兄さんは駄目です! もう駄目駄目な点が一つあります! それは……気が多い!」
「あー……」
「私は100愛してほしいんです! 確かに一夫多妻制ですけど、多くの人は一対一ですからね! そりゃあ、経済的な問題もありますけど、一対一が普通なんです!」
まあ、動物界で見れば一対一の方が圧倒的に少ないという説を聞いたこともあるけれど、俺の常識的にも一対一が普通だろうとは思う。
「お兄さんは何人ですか!? 何人の女性に愛を振りまいているんですか! アイナさん、ソルテさん、レンゲさんにウェンディさん、シロさんにミゼラさん! あああー6人! 6人ですよ! 100が割り切れないっ!」
興奮状態に入るフレッダ。
そんな姦しいフレッダの声を聞き、虎猫ちゃんが不快そうに眉を潜め、ひしっと抱きつく腕を強くする。
「あー……その、なんだ」
「なんですか!? 申し開きがあるのなら聞きましょう!」
「俺は、一人一人に100の愛情を向けているつもりなんだが……」
「はっ! 口で言うだけなら簡単ですよ!」
まあ、そうなるよな……。
こんなこと、証明しようもないものだし。
でも、俺は一人一人しっかりと全力で愛してるんだけどな。
「あら、ならフレッダが体験してみたらどう?」
「あーはん? 体験ですか?」
「そう。擬似恋人体験。普段アイナさん達がされていることを体験してみれば、どれくらい愛されているかがわかるんじゃない?」
「へ、でもそんなこと……」
「あら、所詮は疑似体験よ疑似体験。本当に恋人になるわけじゃあないごっこなんだからいいじゃない」
「うーん……」
考え込むフレッダと、その様子を楽しそうに微笑むお姉さん。
その中に俺の意思は混じっていないのだが、まどろむような酔い加減のせいで特に突っ込む気も起きない。
「……ちなみに、何をすればいいんですか?」
「そりゃあもちろん、フレッダがしてもらいたいことよ」
「私がしてもらいたいこと……なるほど!」
なるほどじゃあないんだよな……。
まず、俺がアイナ達をどれだけ愛しているかを知ってどうするのだろうか。
もともとはフレッダが俺には惚れない、致命的に駄目な所っていう話だったんだぞ?
「じゃあ、その……まずは頭を撫でてください」
……ああ、もう始まっちゃったよ。
椅子を近づけて隣に座り、頭を差し出すフレッダ。
ここで拒否しては、フレッダが傷つくよな……。
「はいよ……」
「ん……ま、まあこれはわかっていますけど、悪くない。むしろ良いでしょう」
酔っている状況でわかるものなのかな。
そんな事を思っていると、こちらへと顔を見上げぴっと小麦を焼いただけのクラッカーを指差し……。
「食べさせてください」
「……はいはい」
俺は片手でクラッカーを半分に折り、フレッダの口元へと運ぶ。
「あーん」
「……あーん」
一度口元をもにょもにょさせてから小さく口を開けるフレッダが、俺の持つクラッカーを受け入れる。
その際に、唇に指先が触れてしまいフレッダが勢いよく顔を遠ざけた。
「んっん……こ、こここ、これは、皆さんがやってもらったと聞いていたので試してみたのですが……。ま、まあ悪くはないです」
「そうか……」
「うふふふ。楽しいわね」
当事者ではないお姉さんが楽しそうに笑い、グラスに注いだ赤いワインをどんどん飲み進めていく。
この場で一番楽しんでいるのはこの人だろう。
「次は……膝に乗ります」
「膝にって……フレッダ?」
「な、なんですか? これは普段からシロさんがしていることでしょう?」
「いや、まあそうなんだけど……」
シロが乗るのと、フレッダが乗るのはまた違うような感じが……。
しかも、向かいあう形で片膝にって絶対これはシロとは違うだろうに……。
「あっ……」
座った際に倒れぬよう手を回すと、小さく声を漏らすフレッダ。
そして、両手を俺の胸に当て、体を預けるようにそわせてくる。
「っはぁ……これはなかなか……」
耳元にフレッダの少し荒い息使いが届いてくる。
触れた部分が熱く、フレッダの体温を強く感じていた。
「男の人の……冒険者とはまた違う匂い」
「匂いは嗅ぐなよ……」
「なんですか? 恥ずかしいんですか? でもまだ終わりませんよ! 次は……耳元で愛を囁いてください!」
「愛?」
「そうです。出来ないんですか? 恋人のお願いを聞いてくれないなんて、やはり100ではないのですね!」
むう。
そこまで言われると少しむっとくるな。
恥ずかしい気持ちはあれど、酔いも後押しをしてくれるだろう。
「……好きだよ」
「おおおぅ……」
身震いさせているが、気持ち悪いからじゃないよな……?
ああ、表情を見るに大丈夫そうだ……。
ならば、全力で続けよう。
「フレッダの癖毛は可愛いな。ふわっとしていて、いい香りがする」
優しく髪に指を入れ、軽くくしゃっとして触れると、ふんわりと香る。
「やぁ、流石に匂いは……」
「お返しお返し」
俺の頭から離れるように上体を逸らすのだが、力が入っておらずあまり離れられていない。
「細い腰も、控えめでもしっかりとした胸も、小さな顔も皆可愛いよ」
「ほ、褒めすぎぃ……んんーっ……ぁ、近……」
視線が交じり合うと、あまりの近さにフレッダの顔が赤くなっていく。
やがて、酔いではない影響で目がとろんと蕩けるように潤み始め、瞳は一直線に俺を見て小さく唇が開いたまま近づいてきて――。
「……楽しそうなことしてるわね」
「っ」
……とても聞き覚えのある声が真後ろから聞こえた。
一瞬で酔いが醒めるような、むかーしこの世界に来たばかりの頃に良く聞いたトーンだよ。
さて、この状況どっちに責任があると思われるのだろうか。
「……楽しそうなこと、してるわね?」
「あ、あのーソルテ? これはその……ひっ!」
真っ赤! 全身真っ赤っ赤なんだけど!
「ちょ、ソルテそれ血じゃ――」
「血じゃないわよ。赤い樹液なだけ」
「あ、なんだそうだったのか。良かった……」
「何も良くはないのだけど?」
怖い! 全身真っ赤な事もあいまって余計に怖い!
お姉さんは、って潰れた振りして寝たふりしてやがる!
フレッダはというと、あわわわわっと慌ててはいるのだが腰が抜けたのか俺の膝からは降りられないようだ。
ちなみに、虎猫ちゃんはこの状況にも気づかずにばっちり腕に抱きついたままなので、俺は万事休すだろう。
「なるほど。予感はこういうことか」
「おおー。ご主人めっちゃ格好いいっすよ!」
ソルテの後方からやってきたのは、同じく真っ赤に染まったアイナとレンゲ。
レンゲは髪を切った俺を見て褒めてくれているがそれどころではない!
「汚れを落としてからでなくて良かったな」
「そうね……ギリギリだったわ」
ギロリと睨み付けるソルテさん。
だ、だけどちょっと待って欲しい。
俺は別に何も悪いことはしていない気がする。
あの眼光で睨み付けられているせいで、なんとなく俺が悪い感じがしているが、これはごっこ。疑似体験である。
「……フレッダ?」
「っ……ひゃ、ひゃい!」
「まあ……フレッダはまあ、そうだもんね。しょうがないわよね。うん」
「へ?」
「前回土下座してたし、知ってたというか、なんとなくそうかもと思っていたからまあ……百歩譲って仕方ないかなって思わなくもないからね……」
はっ! 私助かる? って、顔するんじゃないよ。
見捨てる気満々の顔をするんじゃないよフレッダ!
「……主様も、別に主様が誰を好きになろうと、誰と関係を持とうと勝手だし、私たちに止める権利はない訳だし……」
た、確かに。
この世界は一夫多妻。
普段は皆がいるだけで大満足だと思う俺も、今回だけ都合よくこの世界のルールにのっとるのならば、悪いわけではないはずだ。
つまり……俺も、許される?
「でもね……」
「「ひゃい!」」
続きがあった!
あ、フレッダも一瞬で緊張した面持ちに変わったようだが、でもまだ膝の上なんだよね……。
「場所を考えなさいよ! 場所を! 冒険者ギルドで何する気なのよ!」
あ……っと周囲を見渡すとなんとも気まずそうな表情を浮かべる冒険者達。
睨み付けてくる冒険者や、『またか……またあいつなのか……』と、つぶやきながら寂しそうに酒を飲む冒険者など、いつの間にやら騒がしい雰囲気からは遠くかけ離れたものになっていたようだ。
ちなみに、ミゼラちゃんを見守り隊のやつ等は優雅にティータイムを楽しむように飲んでいるあたり、流石だと言わざるをえない。
「……まあ、多少はかまやしないんだがよう」
「ギルドマスター……」
「そういうことは、宿か家でやるべきだな」
ごもっともですね……。
や、反論がないわけではないんだが、空気の読める俺はここで言い返すようなことはしない。
「って、わけで、今日は兄ちゃんの奢りでいいな?」
「……おう。任せとけ……」
それくらいはさせてもらうよ。
後ろで一番高い酒を樽でー! と、調子に乗って飲みきれない量を頼む馬鹿もいるが、甘んじて受け入れよう……。
※
翌日――。
昨日の出来事を事細かに説明をした結果、全員で錬金術師ギルドに向かうことになった。
「えっと……皆様どうなされました?」
「髪……戻せるんでしょ? 戻して!」
「あれー? 不評でしたか? 格好いいのに……」
「ん。格好いいと思う。でも……これ以上ライバルが増えても困る」
皆は髪を切った姿は概ね絶賛だったのだが、説明をされたとたん真面目な顔つきになり、ひそひそと相談を始め、相談の結果前の髪型に戻してほしいとお願いされたのだ。
「はぁ……まあ、構いませんけど。もったいないなあ……本当にいいんですか?」
リートさんの言葉に皆がうぐっとなるも、何かに耐えるように皆がコクンと頷いた。
「わかりました。……それじゃあ、元の髪を少し切ったくらいにしておきますね」
はあ……残念。私の夢が……と、リートさんが小さく呟く声を聞いたのは、おそらく髪を切られている俺だけだろう。
……結局、俺は俺がどんな髪型だったのか確認できなかったな……。




