9-29 砂の国ロウカク 戦闘職のお仕事
「ふう……満腹……」
「結局6枚も食べたな……」
シロが砂の上に座り、体をリラックスさせて満足げにお腹をぺちぺちっと叩く。
あのボリュームを6枚か……俺は1枚で十分だったのだが、流石はシロ……。
しかしお腹はさほど膨らんでいない。
……被装纏衣のエネルギー消費が凄まじいのが良くわかるな……。
ある意味では、ダイエットに悩む方々には夢のようなスキルなのかもしれない。
キャッチフレーズは『無理なダイエットはもういらない。好きなだけ食べても太らず、リバウンドの心配もない画期的なスキル!』といったところか……。
……個人差がありそうなスキルになってしまった。
「んふー。完全回復。大満足。至福の時間だった……」
皆も満足したようでこちらはだいぶ和やかな雰囲気を放っているのだが、目の前ではレアガイアとカサンドラが激しい戦いを繰り広げているんだよね……。
「ん。それじゃあ、行って来る」
「……ん? 行ってくるって……?」
シロが立ち上がってお尻の砂を落とすと満面の笑みでこちらに振り向き、嬉しそうに語りだす。
「地龍の子供であれだけ美味しかった。きっと大人はもっと美味しい!」
唇についた肉の脂を舌で舐め取って嬉しそうに笑い、ナイフについた肉の脂を専用の布で拭きとってナイフを鞘に収め直すシロ。
……地竜が美味しくなかったのに反して、地龍がとんでもなく美味しかったのが効いているようで、目が爛々と輝いている。
「そうね。もともと私達の獲物だし」
「横取りはマナー違反っすからね」
「主君の材料調達は我々の役割だからな。地龍と戦って収穫無しでは冒険者の名が廃るだろう」
そう言いながらシロの後を行く三人が紅い戦線の看板を背負うように進んでいく。
「では私も……」
「爺は年なんすから、休んでていいっすよ。体中まだギシギシなのわかってるんすから。それに、また地龍のちっちゃいのとかが来ないとも限らないっすから、ご主人やコレンを頼むっすよ」
「むうう……わかりましたぞ」
クドゥロさんも立ち上がり勇んでいたのだが、立ち上がった際に体が痛そうにしていたのを俺でも確認できた。
そして、レンゲに促されるままに座らされてしまう。
「それじゃあ、鱗の一枚や二枚は確保してくるわ」
「血も大事っすよー。ご主人は薬も作るんすからね」
「そうだな……主君、とりあえず魔法の袋がいっぱいになるまでは戻らないから、期待していてくれ」
「ん。お肉も取ってくる」
先ほどまでボロボロだったにも関わらず、意気揚々とレアガイアへと向かっていく4人を呆然と見送る。
本当……戦闘職って凄まじい……。
「まったく……大人しくしていれば安心して結果を待つだけですのに……」
「まあ……カサンドラに美味しい所を取られるのは癪に障ったんだろうさ……」
「と、止めなくて良いのですか!? もうカサンドラ様にお任せすれば良いのでは?」
「……止めて止まるなら、止めるんだけどな」
まあ、止まらないよな……。
普段戦闘に生きているものが、まだ戦えるっていうのに他人に任せて自分は座って見てるだけ……なんて出来ないだろう……。
やる気満々って顔してるし、俺には止められないよ。
「好きにさせるよ。やりたい事をやらせるのは、俺の願いでもあるからさ」
俺は腰を下ろしつつ、何かあった時は回復した魔力で助けられるように皆の動向を窺うのだった。
※
レアガイアが尻尾を大きく振るうと砂が巻き上がり、ごそりと砂漠を削り取りながらカサンドラへと向かう。
だがカサンドラはそんな強烈な一撃も避けるそぶりを見せず、腕を構えて防いで見せた。
「っ……流石に、尻尾は体重が乗っているだけに重いねえ……。でもさ母様。スキルも乗せてないのはどういう事かな? まだ侮ってるの? それとも……スキルの使い方、忘れちゃった?」
『……カサンドラッ!』
「話し方も変になっちゃってさ……。いや、まあ前の話し方が好きというわけでもないんだけどね……っ。やっぱり重いなあ……。デブ母様め……。でも、正面から勝ちたいな……ってあれ?」
「んんん……んあっ!」
カサンドラが抑えていた尻尾に空中で思い切り殴打を与えたシロがカサンドラの隣に降りる。
「……てこずってる? 巻き込まれないようにね?」
「……へえ。言うじゃないか。何しに来たんだい? お肉食べて満足してたんじゃないの?」
「ん。大変美味しかった。だから大人はもっと美味しいと思った。なのであれはシロの獲物」
「弟達美味しいんだ……なんか複雑な気持ちだね。んんー……確かに、君達が先だもんね。とはいえ私も宣戦布告した以上は勝たなきゃいけないし……仕方ない。ここは共闘でどうだい?」
「んん?」
シロが灰色の衣、『灰虎』を纏った瞬間に、頭上からレアガイアの前足が降ってくる。
だが二人は一瞥もせずにその前足を頭上で抑える。
「早く長にはなっておきたいんだけど、今の母様に勝っても嬉しくはないんだよね。私が長になってダイエットさせたらまた再戦する事にするよ。だから君達に母様を殺されても困るんだ……。母様を『倒す』って事で共闘。どう?」
「んー……お肉……」
シロの耳と尻尾がぺたんと垂れ下がり、全身から悲しみをオーラにして表している。
「ああー……お肉ね。そうだね。うーん……後で回復出来る程度なら……」
「ん。わかった」
「うん。じゃあ。よろしく」
二人で同時に前足をかち上げてレアガイアを仰向けに倒し、握手を交わす。
そしてそんな二人の横を、狼姿のソルテが駆け抜けていく。
「悠長にしていていいの? 先に行くわよ?」
「ん? いいなー。シロ乗せて?」
「主様を一番初めに乗せるの! だから駄目よ……って、尻尾掴むんじゃないわよ!」
「乗ってない。それじゃ、お先」
風のように駆けるソルテの尻尾に捕まって、シロが宙に浮き上下へと揺れている。
片手ではカサンドラに向かい手を振っていた。
「狼ちゃんか……疾いねえ……」
続いてレンゲが横を通ろうとしたのだが、カサンドラの前に出るとぴたっと止まり、びしっと指を真っ直ぐに差す。
「アレ倒したら盟約見直してもらうっすよー!」
「ああ、うん。そのつもり。母様にもダイエットしてもらわなきゃだし、地竜狩りで暫くは食事を取ってもらう予定だよ」
「おお! 姫巫女の仕事もなくなるっすし、最高じゃないっすかー! それじゃ、自分も協力するっすよ!」
「うん。よろしく」
レンゲがやる気を上げてより赤く紋様を輝かせると、颯爽とレアガイアへと向かっていった。
カサンドラが長になれば盟約については破棄したいと聞いていたが、地竜の問題もこれで解決できそうだな。
どちらにせよ一先ず……といったところだが、それはどんな解決方法にせよ仕方ないことだろう。
ただ、カサンドラが長の間は安寧を得られるというだけでもありがたいはずだ。
「レアガイアの素材は幾ばくか頂くぞ?」
「うん。殺さないでくれれば好きにしていいよ」
「……ふむ」
「ん? どうしたの?」
「いやなに、おっぱいがな……。なるほど。確かにこれは私ともウェンディとも違うタイプか……」
「おっぱいってこれの事? 嫌だねえ……。私にも脂肪がついているみたいで。これでも鍛えて絞ってたはずなんだけどね……」
カサンドラが服の上から乳房を持ち上げ、ぐにゅんぐにゅんと動かしている。
ああ、そんな乱暴にするとクーパー靭帯にダメージが!
「そうか……。主君はそれが大好きなのだが……」
「そうなの? 盟友これが好きなんだ……。じゃあ、これを好きにさせたらまた魔力をくれるかな? あれ美味しくてさ。食べすぎは禁物だけど、嗜好品としてはまた欲しいんだよね」
「え……ああ。おそらく、間違いなく」
……なん……だとっ?
好きに……魔力を対価に好きに……?
あのおっぱいを好きにしていいと申したか?
「……ご主人様。お鼻が膨らんでますよ?」
「っ……」
「……やはり、私とアイナさんだけでは力不足のようですね……」
「そ、そんなことはない! 二人どころか一人だって大満足だ!」
いつの間にか俺は贅沢になってしまっていたようだ。
戒めなければ!
贅沢に慣れると、それが当たり前になってしまい、尊さを自ら失わせてしまうからな……。
危ない危ない。
「もしかしてお義兄さん……女神のようなお姉様でも足りぬということですか? 私もセットならご満足いただけますか?」
「……君も調子を戻してきたね」
ついさっきまでは女王様モードだったというのに、もう普段の調子になってるじゃないか。
……あれか? BBQのせいか?
気を緩ませすぎたか?
「……このままいけば貴方は命どころか国の恩人ですし。金銀財宝を幾ら連ねても足りません。となると、もう女王である私自身を好きにしていただくくらいしか……」
「いや、俺だけじゃないし、皆のおかげだからね? あとそれさ、自身の願望も混じってない?」
「……」
おい、目を逸らすな。
本当に調子を取り戻したな。
何も起こっていないからカサンドラとアイナの方を驚いた顔で指差して、まるで変化があったかのように見せようとするな。
「うーん。本当に好きみたいだね。じゃあ、長になったらお祝いとして頼んでみるよ」
「うむ……。しかし、好きにさせていいのか……?」
「別に構わないけど……何かおかしいかな?」
「いや、別に変と言うわけではないのだが……ま、まあその際は私にも声をかけてくれ。ウェンディでも構わないからな」
「んん? よくわからないけど、わかったよ?」
「ああ。それでは私も行ってくる」
アイナがウェンディに親指を立てると、ウェンディが親指を立て返してアイコンタクトを図った。
そしてアイナも向かっていくと、取り残されたカサンドラがぐーっと体を伸ばす。
「さて……私も行こうかな。このままじゃ、私が勝ったことにならないかもだし、というか私が参戦する前に倒さないか不安だよ……全く……」
カサンドラがこちらに振り返る。
「あれだけの力を有した子達が君に心を惹かれているんだね……。本当、興味が尽きないよ。盟友……」
「ん? なんだ?」
「てや」
「っ!」
振り向いて何か小さく呟いたかと思えばローブの前を開いておっぱいを見せてくれたカサンドラ。
俺が驚いた上に凝視したのを確認したカサンドラは、悪戯が成功した子供のように笑いレアガイアへと向かっていく。
「……魔力球用意しとくか。ありがとう!」
小さな物しか出せないが、なるべく美味くなるように濃厚なものを用意しておこう。
横で俺を見る幾つかの視線は、見えないようにまっすぐとカサンドラの背中を見つめるのだった。
シロのお尻についた砂……。
これは売れる。




