9-26 砂の国ロウカク 全身全霊全力全開
さて、どうしたもんかねこれは……。
「ご主人様。絶対に出て行ってはいけませんよ?」
「わかってるよ……。こんなの秒でミンチだろ……」
目の前で起きている激しい戦いを前に、飛び出して行くほど愚かじゃないさ。
とはいえ、何もできない現状を歯がゆく思っているのも事実。
……攻勢ではある。
とはいえ、油断するとレアガイアの尻尾による巨大鉄球クレーンが如く一撃粉砕の一発が見舞われるのだ。
尻尾や顎が相当大きいので風圧だけでも吹き飛ばされてしまうために、避ける範囲は大幅に動かねばならず、常に緊張状態のように気を張っていなければ対処できない。
更には魔法なのか砂塵が意思を持つように舞っており、近づく者を拒むかのようにレンゲ達に襲い掛かっている。
その上、レンゲ達の攻撃はほとんど効いている様子がない、と……。
下手に不可視の牢獄で攻撃を防ぐなり、移動の手助けをしようにも逆にレンゲ達のリズムを崩してしまい危なくなってしまいそうだ。
……というか、あの尻尾は不可視の牢獄じゃあ何枚重ねようと防げないだろう。
「やっぱりあの猫ちゃんでも難しいみたいだね。……このままいくと、体力が無くなっていずれ当たっちゃうよ?」
「わかってるよ……」
カサンドラの言うとおり、レアガイアは攻撃が効いていないのがわかっているからか、相も変わらず余裕なまま。
一方レンゲ達は肩で息をし始めており体力の消耗が激しい状態だ……。
「ァアア!! 水晶の急襲!!」
レンゲがあの夜見せてくれた何倍もの大きさの魔法を放つも、レアガイアに当たった先から砕けていってしまう。
そこで悔しそうな顔を浮かべるレンゲへと真横から尻尾の一撃が見舞われた。
「どけぃレンゲ! 焼き切る!!」
尻尾が迫っていたレンゲを突き飛ばし、紅い炎を纏った剣を尻尾に合わせるアイナ。
だが、あまりに質量の差がありすぎてしまい、軽々と吹き飛ばされてしまう。
「かっ、ぁ……」
「アイナ! 大丈夫か!?」
吹き飛ばされたアイナに駆け寄ると、剣を杖のようにして立ち上がる。
瞳には、まだ熱い炎が宿るように目がギラギラと光をともしていた。
「なに、まだ大丈夫だ……」
「そうか……すまん」
「何を謝ることがあるのだ? 主君は十二分の働きをしてくれただろう? ……しかし、やはりこのままでは厳しいな……火力を上げるしかないか……」
そういうとアイナの髪が陽炎のように一瞬揺らめく。
そして、紅黄色い炎のようにチリチリとアイナの周囲が熱くなっていくように感じた。
「……思えば、主君の前で披露するのは初めてだったな……」
「それが、アイナの本気ってやつか……?」
「……ああ。私の半身に宿る力だ。王国では忌み嫌われている力だが……」
「そうか……それが、炎人族の……」
燃えるように輝き、熱のように揺らぐ髪をなびかせるアイナ。
だが額から流れる汗……そして、少し心配そうな表情を浮かべている。
……使いたくはない力なのだろう。
ヤーシスの店で炎人族の話が出たときに物憂げだったのを思い出す。
だから……。
「やっぱりアイナには炎だな。すげえ似合ってる」
あの日と同じ言葉をアイナに送る。
本当にアイナは、赤が似合うからな。
「そ、そうか……似合ってるか……」
「ああ。格好いいよ」
「むう……主君には格好いいと思われるより、可愛く思われたいのだが……」
「あははは。そういうところは可愛いけどな」
アイナをぎゅっと抱きしめる。
少し熱い気はするのだが、今は全く気にはならなかった。
「……頼む。もう少し頑張ってくれ。それと、決して死ぬなよ」
「ああ。勿論だ。……主君。ありがとう」
「きゃぁ! ったた……あーもう埒が明かないわね……って、何いちゃついてんのよ!」
ソルテが近くに吹き飛ばされてお尻を打ったのか擦っていると、抱き合っている俺たちに気がついてこちらへと近づいてきた。
だが、アイナの髪色を見ると顔色を変えて驚いたように歩みを止める。
「アイナ……いいの?」
「ああ。主君を守りたい。この状況を乗り越えねばならん。そのためならば、何だってしよう」
「そっか……そうよね。ここであいつを倒さなきゃ、全部終わりだもんね」
そういうと突然服を脱ぎだすソル……ソルテさんなにしてるの!?
「っておい!? なんでいきなり脱ぎだしたの!?」
馬鹿おま! お外でそんな、誰が見てるかわからないんだよ!?
え、本気を出すと脱ぐタイプなの!?
ああ下着にまで手をかけるなっての!
とりあえずクドゥロさんの目は潰して、あ、コレン様が先に潰してる。
「私の力、こうしないと服が破けちゃうんだもん。……ねえ、主様。……ちゃんと見ててね?」
「へ? 裸……を?」
いい終わる前に、ソルテの体が眩い光を放ちだす。
そして、光の中から這い出たのは毛がもふもふの前足、さらには後ろ足ももふもふで、胴なんかもう紛れもないもふもふ天国で、鋭い牙が見える大きな口とキリっとした瞳。
さらには凛とたつ耳にもふもふ度120%の大きな尻尾……。
全容がはっきりとわかるとその姿は、銀色の狼だった。
「……主様ど――」
「もふもふだー!!!」
す、凄い! 変身した!
あれか? ライカンスロープ? ワーウルフだっけ?
どっちでもいいけどこいつは凄い!
大きくて綺麗な毛並みでもふもふだ!
体の大きさは地龍兄弟よりも一回り小さいくらいだが、二人くらいなら乗れそうな感じかな?
まさかソルテまで奥の手を持っているとは……。
「ずるいぞソルテ! なんでこんな素敵な力を教えてくれなかったんだ!!」
知っていたら全身を預けてお昼寝という素晴らしいもふもふ天国を味わえたというのに!
っていうか、ブラッシングのし甲斐がありそうだ!
丸一日をかけて隅々まで綺麗にしたくなってしまうな!
「……怖くないの?」
「え? なんで? ソルテだろう?」
そりゃあ野生の魔物でいたら怖いだろうけど、ソルテだしな。
いやあでも、これからは犬という認識は改めねばならないかもしれないな。
うん。これは立派なもふもふの狼だ。
「そっか……そうよね。主様はそういう人よね。あーあ。悩んでたのが馬鹿みたい……」
「ああ。主君はこういう人だよ。私達の忌むべき力さえ、愛してくれる人だ」
「ふふ。それだけでこんなにも心が満たされる気持ちになるんだもん。本当、ずるい人よね。私達の愛しい人は」
「違いないな……」
「ん? んん?」
なんか二人で話が進み、勝手に完結に向かっているような気がする。
あれ? 俺の話……だよな?
「なんでもないわよ……こら、今はやめなさいよ」
顔を寄せ、頬をすり合わせてきたのでもふってもいいのかと思ったのだが駄目だった……。
まあ、冷静になれば状況を考えろって話だろう。
だからそっと、ソルテの頭を抱きしめるに留めておいたのだが……。
「こらー! なんで今いちゃいちゃしてるっすかー!! 全部終わってからにするっすよー!!」
「……だって。それじゃ、アイナ。行きましょうか」
「ああ。だが、これでも厳しい相手だぞ。抜かるなよ」
「……わかってる。生きることが最善よ。生きて生きて、最後まで生き抜きましょう」
ああ。倒すことも目的だが、何よりも皆が生きて帰らなきゃ意味がないからな。
だからこそ、攻勢ではありつつも攻めあぐねている現状なわけだが……。
「んんん……やっ!」
上手いこと砂塵を掻い潜り眼前へと到達したシロが素早くレアガイアの眼を狙う。
そしてまばたきよりも早く、眼前にナイフを突き立てた。
流石に地龍とは言えど、これは……と、思ったのだが、すぐにシロが宙返りをしながら引き、シロのいた場所に砂塵が襲い狂うと自身の眼に直撃する。
だが……まばたき一つ取らぬまま、何事もなかったような様子のレアガイア。
「なっ……嘘だろ。瞳まで硬いのかよ」
「母様に弱所はないよ。それと、わかっているだろうけど口の中から体内に……何てのは考えないほうがいいよ。何かする前に、磨り潰されるからね」
だろうね……。
ってことは本当にあの鱗をどうにかしないことには話にならないわけか……。
そして、アイナとソルテが力を解放したというのに苦戦を強いられているという現状……。
アイナは火力を上げ、一点に集中し、どうにか穴を開けようと必死なのだが砂塵が集中して邪魔をする。
ソルテはサポートを担い、風の魔法を使って全員の補助をしつつ、時折風の刃を放ち、隙を見ては攻撃をしかけているのだが……世の中うまくいかねえなあ……。
「……改めて、厳しいな」
「初めからわかっていた事だろう? どうする? 今から逃げるかな?」
「……」
一瞬、全員を連れて逃げてしまおうかと頭によぎる。
だが、すぐに振り去った。
「……言ったろう? 譲れないものがあるんだって」
「……誰も死なずにこの状況を乗り越えるって? 綺麗事だね。理想を掲げるのは勝手だけれど、君の決断で助かる命が失われる事だってあるんだよ?」
「……」
ああ。
カサンドラの言うことは正しいよ。
正論過ぎてぐうの音も出ない。
だが、今しているのはそれぞれのわがままだ。
コレンは国を、民を助けたい。レンゲはコレンを助けたい。俺はレンゲを助けたい。皆は俺を助けたい。
ただ、それだけの事なのだ。
生きてりゃなんとかなる……俺だってそう思いはするが、人生には何を差し置いてでも、なんとかしなきゃいけない時もあるんだよ。
綺麗事でも理想でも、それぞれ後悔しないように、幸せが手元から離れてしまわないように、必死なんだよ。
俺達のわがままを、どれかひとつでも諦めてしまえば、誰かのこれからの幸せはなくなってしまうのだから。
……とはいえ、現実問題絶望的な状況だ。
どうする……どうすれば……。
「……それでも、諦めないんだね。本当、人種っていうのは理解しがたいものだね……」
「……ええ。地龍であられる貴方には、我々木端の事など理解できないでしょうな」
ばっと声の聞こえるほうを振り向くと、クドゥロさんがよたよたと近づいてきた。
「とはいえ、正しいのは貴方でしょう。圧倒的な格上を相手に何の犠牲もなく……というのは、若者の理想が過ぎる夢物語でしょう。……ですがね、若者が理想を語らねば、明るい未来という花は咲きませぬ」
「……クドゥロさん?」
「爺?」
「……若き芽の為に、良き土壌を作るのは年寄りの仕事。老い先短きこの命。死に花を咲かせるのに、これ以上はないでしょう」
……ちょっと待て。
何する気だこの爺さん。
嫌な予感がする。
全身の毛穴が開いていくような、とても嫌な予感が……。
「何する気だ爺さん……」
「コレン様。暇をいただきます。どうか……貴方のお心に素直に生きられますよう、お幸せに」
「ちょっと待てっての! おい!」
クドゥロさんは俺に優しく微笑むと、俺の制止も聞かずに砂煙を上げて、あっという間にレアガイアへと肉薄し、その体を駆け上がっていくのだった。
※
……勘の良い方だ。
お気づきになられたか……とはいえ、ここまで来てしまえば止められぬでしょう。
さあ、血沸き肉踊りますな!
一世一代の大勝負ですぞ!!
「地龍レアガイアよ……そなたは鉄壁であるな」
全神経を集中。
チャンスは一度きり。
これを逃せば、警戒されもう二度と訪れぬ。
「だが、破砕肉球拳に砕けぬものなし! 我が絶招。299の奥義に属さぬ終之一を、ヒト族の意地を受けよ……。禁断の……」
『爺狗那!!!』
破砕肉球拳は掌である事が大前提。
足技は一つもなく、邪道である。
……だが、最後に足にも肉球をつけるのが、免許皆伝の決まり……故に、使えば破門の終の一撃。
威力は299ナックル299発を一撃に込めた、更にその三倍。
この一撃に私の全てをお賭けしますぞ!
「我が魂の一撃! 砕けぬものなどっ! 何もないッ!!」
足の肉球にレアガイアの硬い鱗が触れる。
触れただけでわかるこの生物の強大さ、そして絶対的な強者の威風を。
これは硬い。この硬い鱗がびっしりと備わっていれば、その強者の余裕も頷ける。
だが、鱗一枚剥いでしまえばそこが弱所となる!!
「ぬううううううおおおおおおおおおおお!!!!」
更に足により強く力と信念を込める。
肉球が裂けるが構わぬ、我が積年の研鑽もくれてやる。
砕く。砕く。砕かねばならぬ!
弱点がないのであれば作ればいい!
さすれば、未来ある若者への一筋の光となる……。
故に! 砕く!!!
「あああああああああああ!!!」
――ゴギンッ!
っと、乾いた音が鳴り響く。
私の足が壊れた音か、それとも……いや……成ったか。
僅かに感じる柔らかい地龍の肉の感触を最後に全身の感覚が薄れていく。
『グルォォォオオオオオ!!!』
悲痛なレアガイアの叫びが響く。
ほっほっほ。久方ぶりの痛みであろう。
だが…………私はこれで終わりだ。
最早指一本分の力も入らない。
全身全霊、全力全開の一撃であったのだから当然だろう。
私を睨み付けるレアガイアが、尻尾を振り私を叩き潰そうとしているのがわかる。
ほっほ。私を恨んでも時既に遅しですな。
未来への蕾が出来た。
後は、頼みましたぞ……。
「姫様……コレン様……どうか……」
目を瞑り、お二方のこれからの幸せを願い、私は最期を迎えよう。
良き、人生であった……。
「糞ジジイイイイイ!!!!」
「なっ……」
あ、主殿が、なぜ眼前に!!?
最後まで技名を『肉球スタンプ』と悩んでいた。
このシーンで外していいのか? いやでもと悩み続けた結果、結局299×3で897の当て字に……。
とはいえ、何か捨て案にしたくなかったのでここで暴露と。




