9-18 砂の国ロウカク 赤い紋様
「さあ、コレン? 覚悟はいいっすか?」
「あ、あの、お姉様? 爺は……?」
「爺なら……扉の前でおねんねしてるっすよ?」
レンゲが顎でくいっと示した先を見てみるとクドゥロさんが床に横たわっている。
あの倒れ方どこかで……あっ! ヤ○チャな倒れ方だ!
……流石に生きてはいるよな?
「まさかお姉様が『お力』を使ってまで急がれるとは……」
「まぁ……城の中っすし。爺相手だと、流石に時間かかるっすしね……。それに、全部思い出したっすから、さっさと爺をぶっ倒してコレンにお仕置きしないとって発動したんすよ。さあ、お仕置きっすよ……」
「お姉様からのお仕置き……。し、仕方ありませんね……悪いのは私ですし、甘んじてお受けいたしましょう! ……はぁ、はぁ」
「じゃあ、どれがいいっすか? 男兵士100人と訓練。男兵士とサウナ。男兵士とアマツクニ式スモウ、ああ、全部でも良さそうっすね」
「……へ?」
一瞬コレン様がお仕置きと聞いて恍惚な顔を浮かべていたのだが、本気のお仕置きだと知って目を見開き顔を青くする。
「……イイイヤアアアアアアアアアア!!! イヤアアアアアア!!!!」
そして、心からの拒絶である。
『イイイ』での溜めが本気度を物語り、頭を押さえてぶるぶると震えてしゃがみこむコレン様。
想像しただけのはずだが、相当にきつそうだ。
まあ、男嫌いなのだから当然だろう。
「決行は明日っすからね?」
……まあ、自業自得とはいえレンゲはとても淡々と処断を下していた。
無慈悲であるが、仕方ない……。
「……ア、ああ! わ、私用事を思い出しました! 爺。ほら起きて! 行きま、生きますよ!」
「はらほろ……」
「逃げても、絶対明日するっすからね。まったく……」
いったいこの時間からどんな用事があるのだろうというのはさておき、目覚めなかったクドゥロさんの襟首を持ってコレン様が颯爽と駆け、暗い廊下へと消えていった。
残されたのは、俺とレンゲの二人きり……。
「ご主人、護衛として置かれてたのに申し訳ないっす」
「それはまあいいんだけど……えっと……」
それよりも、今はその紋様が気になってしまっていて、俺の視線は赤く光る紋様に注がれていた。
「あー……ちゃんと説明するっす。でも、その前に……扉、直しておくっす」
「あ、ああ。手伝うよ……」
レンゲは吹き飛ばした扉を取りにいき、俺は金具の修理用に金属を取り出しておく。
レンゲが抑え、俺が組んでいくのだがその間に会話は無かった。
※
「やー本当、護衛が離れちゃ世話ないっすよね……ごめんなさいっす」
「まあ、トイレなら仕方ないだろ……」
最近俺もあまりに我慢出来ずに……って事があったし、生理現象ならば仕方ないと思うの。
でも、これからこういうことがある時は複数人の部屋を所望させてもらおう。
「そう言ってくれると助かるっすけどね……はぁぁぁ……」
「安心しろって。無事だったんだし、黙っておくよ……」
それにまさかレンゲがトイレに行くかどうかもわからないというのに、こんな夜更けまで女王様が起きていて、待ち構えているとは思わないだろう。
レンゲはほっとした顔をしてぺこりと頭を下げ、俺が座るベッドへと腰を下ろす。
レンゲの肌にはまだ赤い紋様が残っており、俺が見ていることに気が付いたレンゲが、恥ずかしそうに腕を撫でた。
「あはは……やっぱり気になるっすよね……」
「まあ、な」
「んんーどこから説明するべきっすかねえ……」
レンゲの調子はいつも通り……って訳でもないな。
やはり紋様を気にしているようだ。
「んーと、ご主人には自分は儀式をして姫巫女になったって話はしたっすよね」
「そうだな」
確か死ぬかもしれない儀式で、それを小さい時に受けたとか……。
「これはその儀式の成果というか副産物なんすけどね。幼少期に加工した特殊な魔石を埋め込む事で、成長と共に体内に魔力刻印として沈着させるんす。そうすると、濃厚な魔力を体内で練れるようになって、その力を使う時は、こうして魔力刻印が赤く光るんすよ」
「濃厚な魔力をって……それは大丈夫なのか?」
「はいっす。まあ、儀式に失敗したら死ぬって言うのは、その魔力刻印が自分と相性が悪いと沈着せずに魔力暴走を起こして命を落とすって事っす。大体それがわかるのが8歳くらいっすから、自分はもう問題は無いっすよ」
8歳で命を落とすって……確かにそんな非人道的な儀式、大陸で禁止されると言うのもわかる。
というか……。
「……なあ、濃厚な魔力が練られると普通と何が変わるんだ?」
確かに魔力は濃い薄いもあるけれど、どちらかと言えば多い少ないの方が一般的なはずだ。
それに小さな子の命を、しかも王族の命を賭けるに足る理由ってなんなんだ。
そこまでして、一体何を求めていたのだろうか。
「……んんー。簡単に言うと……強くなるっす」
「強く?」
「そうっす。力を解放すると魔法の威力と規模が馬鹿みたいに上がるっす。昔は魔法だけだったっすけど、今の自分は前衛っすから、身体能力向上にも使うっすね」
レンゲは見ていてくれと言わんばかりに窓の方へと掌を向ける。
「『水晶の急襲』」
レンゲが唱えたのは、コレン様が俺に放とうとしていた魔法だろう。
だが、コレン様の魔法は途中とはいえせいぜいペットボトルくらいのサイズだった。
しかし、これは……お城の支柱よりも大きく、部屋いっぱいにまで広がりそうな勢いだ。
ふっとレンゲが開いていた指を閉じ、魔法を解除すると水晶は砕け散って儚く輝きながら霧散して消えていった。
「まあ、こんな感じっすね」
「凄いな……でも、それだけなのか?」
確かに凄いとは思う。
だが、それでも幼い自分の子供の命をかけさせてまでするほどの事とは思えなかった。
「まあ、ご主人の疑念もわかるっすけどね。ロウカクはもともと国ではなく各部族が村を治める群の総称だったんすよ。でも、王国も帝国も侵攻を進めて隣国になると、いつかはロウカクもどちらかに侵略されるだろうと初代様が各部族をまとめて国にしようとしたんすよ」
レンゲは俺の疑問に答えるように説明を続ける。
「でも、もともと我の強い長が多い種族っすし、地竜の問題もあったっすからなかなかうまくいかなかったんすけどね。初代様の愛娘様が、長年廃れていた姫巫女の儀を受けて、全ての村を護る役目を担っていくと宣言して、ようやく国としての形が出来上がったんすよ」
「……それが、今代まで続いているって事か?」
「そうっすよ。砂狼族は仲間を、家族を何よりも大切にする種族っす。それから代々王は政治を、姫は守護を司るようになっていったっす。それに王の一族ともなれば、全ての民が仲間であり家族っすから、今までの姫巫女も名誉な事だと儀式に反対はなかったんす。自分も、反対しなかったっすよ」
名誉ね……国や種族が違えば文化も違う。
それこそ、世界が違えば考え方も違うか……。
魔物のいる世界、スキルやレベルのある世界、戦争も当然のようにある世界だからこそ、俺の常識とは大きく違ってきてしまうのを感じざるを得ないな。
俺には理解できないが、死よりも重い誇りなどを大切にする種族もいるのが、この世界なのだろう……。
「ん? でもさ、レンゲは攫われたんだよな? その、仲間や家族として護ってきた奴等に」
「んんー……まあ、国になるとよその国からも人が入るわけで、それで姫巫女の儀式を調べる奴等に攫われたってわけっす」
「……移住者って事か」
「っすね。まあそれはもう終わった事っすし、基本的にはロウカクに住まう以上、移住者でも仲間や家族と思えるようないい人が多いっすけどね」
レンゲは自嘲気味に笑いつつ、ぽーんとベッドへと体を倒す。
「で……師匠が助けてくれて、臣下達と両親が沢山話し合って、大陸で儀式も禁止されたっすし、無くしてもこれまでどおり臣下の礼を続けてくれる事にはなったんすよ。区切りと言う意味で、両親は早い方がいいだろうと妹に王位を譲って、自分は自分の時間を取り戻すって事で、師匠についていって鍛えてもらったっす」
「そっか……。レンゲだけじゃなくて、この国にとってもお師匠さんと出会えたのは良かったんだな」
「っすかね? 師匠が地竜を討伐しまくって、しばらくは出てこないだろうって事で、軍を鍛える事にしたんすけど、今回みたいな異常事態は予想外っす……。まあ、これからの課題も、皆で協力して何とかしていくと思うっすけどね」
レンゲは起き上がり、ニカッと笑ってみせる。
晩餐会の様子を見ても、この国は皆で協力をして困難を乗り越えていくだろうと、今日知り合った俺ですらそう思えた。
過去はともかく、より良い国になりつつあるのだろう。
「まあ、良くわかったよ。でも、守秘義務があるとかじゃないなら儀式の事とか何でもっと早く話してくれなかったんだよ。レンゲの事、もっと知りたかったのに……」
「あー……いやー……そのー……」
なんだ?
まさか何か重大な副作用なものがあるのだろうか?
死の危険を冒した儀式とはいえ、体内に魔石を埋め込んでいるんだ。
何かあってもおかしくは無いだろう。
「……気持ち悪くないっすかね? こんな、肌に赤い紋様が浮かんでるとか……」
「…………は?」
「やああ……なんかほら、普通じゃないっていうか……」
髪をもしゃもしゃとしてなんとも言いづらそうな雰囲気を放つレンゲ。
まったくこいつは……。
「……あのな。俺のいた世界では魔法も無いし、スキルもない。そもそも魔物もいないし、耳や尻尾の生えた獣人すらいないんだぞ? 普通ってなんだ? って話だよ」
「やぁ……だってなんか後出しみたいでずるくないっすか……? 先に好きになってもらってから、実はこんな秘密がっ! って……」
「阿呆。気にしすぎだ。その紋様を見た時、普通に格好いいと思ったよ」
失礼かもしれないけどこう……厨二心は刺激されるよね!
なにあの感じ。格好良すぎるじゃん。
封印されし秘めた力感が……って、まんま秘めた力なんだよな。
……っていうか今思ったんだが、ファンタジーな世界なんだから厨二病も何も無いのか?
魔法もあるし、スキルもあるんだもんな……。
不可視の牢獄だって、十分に厨二臭いよな。
……まあでもこれからも平気で普通に使うけどね!
「格好……いいっすかね? えっへへ……良かったっす……」
「まさかそれが心配で黙っていたのか?」
「いやいやいや、流石にそれだけじゃあないっすよ? 武術大会の時は流石にロウカクで正当性は証明出来るとはいえ、禁止された儀式の力を使うのはまずいって思ったっすし、王国で研究をしている者の耳に入ったら、ご主人に迷惑がかかると思ったっすから王国内じゃあ使うのはまずいだろうって思ってたっす」
……ああ、それは確かに。
マッドな研究者って目的のために一直線なイメージがあるもんな……。
特に、一度ロウカクで攫われていればなおさらか。
「……わかった。とにかく、レンゲの体に悪影響がないならいいよ」
「それは大丈夫っすよー。まあご主人に危機があれば当然使って護るっすし、もしかしたらこの力を使えばシロにも勝てるかもしれないっすよー? 模擬戦でも使ってなかったっすしね」
「ああ。試してみなよ。シロも強敵と戦いたいだろうしな」
そうっすよねえー! と笑うレンゲの調子は、どうやら戻ったらしい。
緊張していたのか、少しだけ汗ばんでいたようだが熱気は出ていないようだ。
「あっ! そうだ……ご主人?」
「ん? どうした?」
「……コレンなんすけど、儀式は無くなっても王族として血を絶やしてほしくないって、爺や重鎮達からの圧力を感じていると思うんすよ……。自分も本来なら王族だからその責を担わなければいけなかったんすけど、今は一人で背負い込んでるみたいなんす。だから……」
「ああ。結果的に無事だったんだから気にしてないよ」
「コレンに代わり、ごめんなさい。そして、ありがとうっす……」
「どういたしまして。なんだかんだ、甘いお姉ちゃんだな」
「……でもお仕置きはお仕置きっすからね。二度とこんな事が起こらないように、明日絶対やるっす。……さて、もう今日は絶対にご主人から離れないっす。だから、安心して寝ていいっすよ」
「ああ……そうだな……」
今度こそ放さないというようにぎゅーっと俺の腰部を抱きしめるレンゲ。
そのまま後ろに倒れて寝てしまってもいいんだが……すぅー……はぁー……さて。
押し倒すか。
「よし。……限界だ」
「へ? ちょ、わ!? 寝るんじゃ……ほえっ!?」
「……悪い、コレン様に盛られてたんだ……。我慢してたんだけど、もう無理だ」
レンゲが紋様を見せるために足を広げたり、ベッドに倒れた際のふとももや、重力に逆らう胸とかをね。
これでもずっっっっと我慢してたの。
いつ襲ってしまうか自分でもわからなかったけど、真剣な話だったからとっても我慢したの!
もう、俺の太ももには鬱血するくらい抓った痕が出来ているはずだ。
だから……もういいよね?
「ちょ、ご主人!? 目が怖っ! ガ、ガチの顔っす! や、別にいつでもいいんすけど! でもほら、もうちょっと、せめて紋様が消えるまでっ! あ、やぁ……んくぅぅ……っ!」
……こうして、今日は寝れずに朝を迎えるのだった。
そして――。
「ううう……お姉様ぁ……お許しを……」
列から抜けてふらふらとした足取りでレンゲの元に駆け寄るコレン様。
「絶対駄目っす。ほら、あと67人っすよ」
そんなコレン様に対し、レンゲは両手を腰に当てて厳しく言い放つ。
「剣など普段持たないのです……。私はどちらかといえば魔法使いなのですよぅ……」
「なら、魔法部隊との合同訓練もするっすよ。兵士はこれでモチベーションが上がるんすから、ちゃんとするっす」
「ううう……軍の役に立つお仕事も罰に含めるだなんて、流石はお姉様……。でも、あの距離だと汁が、男汁が迸って……」
「……まあ、ある意味コレンのおかげで昨日はたっぷり愛されたっすから、手加減はしてあげるっすよ」
「へ!? お姉様あのあと致したんですか!? ちょ、その時のシーツが欲しいです!」
「…………はぁ? 何言ってるんすか? っていうか、もうとっくに洗濯に出したっすよ」
「洗濯していてもかまいません! どの侍女が持っていったのですかっ!?」
コレン様はぶれないなあ……。
俺だってそこまでの変態じゃあないというのに、ある意味尊敬してしまう。
……洗濯したシーツを一体どうするつもりなのだろうか。
「っていうか何で勝手に抜け出そうとしてるんすか? お仕置き中っすよ?」
「だってシーツが!!」
「だってもくそも無いっすよ。……アマツクニ式スモウと、サウナのどっちかは許してやろうと思ったんすけど、2セット追加っすね」
「2セット!? イヤァァァァアアアアアア! お姉様!! お姉様ぁ……お許しをぉ……」
「なら、ちゃんとやるっすよ?」
レンゲはにっこり笑顔を見せるとコレン様は諦めてしっかりと罰を受け、泣きそうになりながらも兵士達と訓練をした。
今まで一度たりともコレン様が兵士の訓練をこんなに近場で見に来た上に、訓練などすることはなかったそうで、兵士達はコレン様に良いところを見せようと汗、もとい男汁を迸らせ、とても士気が上がったのだった。
俺? 俺はそんな姿を眺めつつ、寝不足なのでお昼寝である。
暑い気候ではあるが木陰は存外気持ちいいので、水の魔力球をクッションに惰眠を貪らせてもらおう。
ところで皆さん! 活動報告は見ていただけたでしょうか!?
ついについにコミカライズです!
詳しくは活動報告で!




