9-6 砂の国ロウカク ロウカクのお姫様?
なんとか落ち着いて話をしてもらえる事になり、俺達は向かい合って座る事に。
俺の横にはレンゲが座り、その正面にはご老人が座っている。
俺の後ろにはソルテが前のめりにソファーの背もたれによっかかり、その横にはアイナが。
シロはまだ俺の膝を頭にして睡眠中である。
「しかし、シロはあんだけ騒がしくてよく寝てられるわね……」
「こら。良く寝ているんだから、いたずらすると噛まれるぞ?」
「そんなへましない――」
「犬臭い」
「痛いっ!」
シロの頬をソルテがぷにぷにと押していたら噛まれるとか……自業自得すぎるだろう。
まあ、涙目で指をふーふーしてるソルテは放っておくとして本題だ。
「いやはや申し訳ありませぬ。書簡を飛ばしていたので用件は伝わっていると思っていたのですが、私の方が早く着いてしまったようですね」
「どうぞ。紅茶です」
「おお、かたじけない」
「はい、旦那様も」
「ありがとうミゼラ」
ミゼラとウェンディが温かい紅茶を淹れてきてくれたので、ようやく話し合い開始である。
「ふむ。ではまず何からお話ししましょうか」
「とりあえず、自己紹介からお願いします」
「おお、そういえばまだでしたな。大変失礼を致しました。私、砂の国ロウカクで女王コレン様の相談役を拝しておりますクドゥロと申します」
砂の国ロウカク……砂上の楼閣?
なんっていうか、すぐにでも滅んでしまいそうなお名前なんですが、異世界だしきっと何の意図もないんだろうな。
……ないよね?
「相談役って……随分と重鎮じゃないか」
「ちなみに、コレンは自分の妹っす!」
「……妹? 女王様なんだろ? ……え、なに? お前王族なの?」
「そうっすよ?」
いや、そうっすよって軽っ!
そう言われると何処と無く高貴な……高貴な……?
いや、ないなー……。
「なんすかその目は?」
「いや別に……。そ、それで、レンゲとの関係は?」
「幼き頃より世話役を仰せつかっております。姫様はこのように昔から奔放なお子様でございました」
「世話役……ん? ちょっと待ってくれ。レンゲは小さい頃はアイナ達と過ごしていたんだろう?」
アイナから3人とも小さい頃に師匠に鍛えられて育ったって
聞いているんだが。
アイナに確認を取ると、こくりと頷いたので、聞き間違いって事はないはずだ。
「あー……ちょっとそこは複雑なんすけど……んんー……自分ロウカクの姫巫女なんすよ」
「姫巫女?」
姫だけでも困惑しているというのに、巫女までついてくるのか……。
「そうっすそうっす。幼少期に素養の高い王族が特殊な儀式を行って姫巫女になるんすけど、まあ姫巫女って言っても国の要請で仕事をするってだけなんすけどね。ほら、ご主人に会う前もロウカクで仕事をしてたんすよ」
そういえば俺がこの街に来た時はレンゲはいなかったんだよな。
ソルテが用事でしばらくいないってたしか言ってた気がする。
「それで姫巫女の特殊な儀式っていうのが、自分を最後に王国どころか今は大陸で禁止されているんすよ。非人道的だーって。まあ失敗したら死ぬっすからね」
「なっ……」
死ぬってお前……そんな簡単に言うことなのか?
「で……成功した自分を研究しようとする機関があったんすけど、そこに誘拐されそうになって自分が逃げ出して、砂漠で倒れてた所を師匠に拾ってもらったんすよ」
「それについては本当に我が国の不徳と致すところでございます。あの糞機関は私の肉球ナックルで壊滅させましたが、かの御仁にはとてもお世話になりました……」
肉球ナックル……いや待て突っ込むな。
今は真面目な話をしている途中だ。
「その後師匠と国が盟約を結んでくれたおかげで姫巫女としての責務がなくなって師匠の下で修行した後、三人で旅をしてた時に、たまたまロウカクを通りかかったら親が引退してて妹が王位についてて大変そうだったんで、手が空いている時は姫巫女としての仕事をすることにしたんすよ」
「前王様は姫様に責務を押し付けてしまったことを悔いており、かの御仁との約束で儀式を撤廃し、コレン様が即位出来るお年になり次第退位をなさいました」
情報が一気に来すぎてちょっと追いつかない。
まとめると、レンゲはロウカクの姫巫女だけど、姫巫女としての責務からは解放されて師匠のところで修行をしていた。
だけど、旅の途中で祖国に寄ったら妹が王位を継承して大変そうだから、姫巫女としての仕事を手伝っていたと……。
「なるほどな……。ってことは、緊急事態って姫巫女としての仕事って事か?」
「左様でございます」
「ちなみに仕事ってのは何をするんだ?」
「地竜退治っすよ。街の付近に現れた地竜をぼっこぼこにするんすよ」
地竜!?
竜を退治するの!?
「まあ滅多に出てこないっすけど、結構強いんすよ。で、ロウカクは軍が弱いっすからね……。姫巫女は対地竜用の兵器扱いというか……あれ? そういえば軍を強化したからもう大丈夫って言ってなかったっすか?」
「そうなのですが……申し訳ない事に、最近地竜が増加の傾向を辿っておりましてな。軍で当たるにしても数が足らず、冒険者に依頼を出してもいるのですが原因も不明ですし、どうか姫様のお力も借りられぬかと思ったのですが……」
「んー……って言っても、自分ももう出来ないって言ったっすよね?」
「もちろん存じております。そのため、レンゲ様を解放していただくために国庫から可能な限りの宝石や金銀、貨幣を用意しておりましたが……」
ちらりと俺の方をクドゥロさんが見て、そしてすぐにレンゲへと視線を戻した。
「……その、この方はこのお屋敷の主殿だとは思うのですが、レンゲ様とはどのようなご関係なのでしょうか?」
そういえば俺の自己紹介をし忘れていたな。
「あー遅れて申し訳ない。俺は忍宮一樹。アインズヘイルで錬金術師をしている者だ。レンゲとの関係は……」
……レンゲが奴隷で俺が主と言ってしまっていいのか?
一応、そうは見えないが王族で姫巫女っていうロウカクにとっては偉い身分なんだよな……?
「あれ? 自分、爺とコレンにはちゃんと伝えたっすよね? 自分がご主人の奴隷で、ご主人が主っす!」
あーあー言っちゃったよ……。
俺の憂慮とか何も考えてくれないのね……。
「まさかっ!? 本当にっ? てっきりこのお屋敷の主殿であって、女性のご主人が別にいるものかと思っておりましたが……。確かに手紙で『ご主人のものになったっす!』とは聞いておりましたが……。姫様? 男嫌いだったのでは……?」
あったねそんな『設定』。
俺あんまりレンゲが男嫌いなところって見た事無いんだよね。
冒険者ギルドでも、レンゲには男冒険者達が近づかないようにしてるみたいだし……。
というか、レンゲが歩くと道を1mは空けるしな。
……きっと過去になにかあったのだろう。
多分、恐らく、誰かボッコボコにされたんだろうな。
「んんーそうなんすけどね……。なんでかわかんないっすけど、ご主人は大丈夫なんすよ。もう既にいっぱい愛されてるっすし、っていうか、いくら子供が欲しいと言ったからって愛されすぎて腰が持たないっす!」
「ばっ、おまっ! 世話役だった人にそういうこと言うなよ!」
「なんすかー? だって事実じゃないっすか! 毎回毎回人が腰を抜かして動けなくなるまでするくせに! 動けなくなって、『死ぬっすー! もう駄目っすー!』って言っても止めてくれないくせに!」
ぎゃー! やめて!
肉球ナックルが飛んでくるからやめて!
お前、親みたいな相手を前によくそういうこと平気で言えるね!
クドゥロさん驚いて目を丸くしちゃってるからね!
「ほう……そうでございましたか……。……姫様。今は幸せでございますか?」
「ん? 当たり前じゃないっすか! 超幸せっすよ!」
ぎゅーっと俺の腕に抱きつき、満面の笑みを浮かべるレンゲ。
んんー……クドゥロさんの前だと言うのに、ひじに当たるレンゲのぱいの感触がっ!
……あ、ミゼラとウェンディが冷ややかな瞳でこちらを見ている。
恐らく後ろで控えるソルテも同じ顔をし、アイナは仕方がないなといった表情をしているに違いない。
「……左様でございますか。わかりましたっ! この問題くらい私が解決いたしましょう!」
「え、自分行かなくて大丈夫なんすか?」
「我が国も日々進歩しておりますし、軍も着々と強くなってはおります。ちょっと死に物狂いでもっと頑張ってもらうだけですよ。なあに残りは我が拳、肉球ナックルがあれば問題ありませぬ」
クドゥロさんが拳を握って見せ、膝に両手をつき頭を下げた。
「……主殿。レンゲ様は騒がしく、やかましく、感情的で落ち着きがない方ですが、とてもお優しいお方です。どうか、幸せにしてくだされ」
「あ、はい。……よく知ってます。もちろん、絶対に幸せにするつもり……いえ、幸せにしますよ」
「……よろしくお願いいたします」
ああ、きっとクドゥロさんは心配だったんだな。
レンゲが奴隷になったって聞いて、それで今回の件をきっかけとしてレンゲを取り戻しにきたのだろう。
本当にレンゲを心配していた想いが伝わってきたから、だから俺もクドゥロさんの想いに真剣に応えることにした。
「……では、私はお暇させていただきます!」
クドゥロさんはシュパっと立ち上がり、礼をして上着を手に持ち去っていった。
その足は速く、とても老人のものとは思えなかった。
※
姫様……よき主を見つけられたのですね。
私は、姫様の曇りない笑顔を見ることが出来て安心できました。
コレン様もそうですが、『ご主人のものになったっす!』だけでは何も伝わりませんよ。
酷い目にあっているのではないか、ちゃんと食べているのかと心配で、コレン様はなかなか寝付けなくなってしまっているのですからね。
ですが……これで安心する事が出来ましょう。
地竜の事ならご心配なく。
我が国の事は我が国が解決すべきだと、私が命をかけて姫巫女に責務を押し付けようとする者を黙らせましょう。
私の軽くなった肩があれば、まだまだ『破砕肉球拳』を振るう事が出来ますからな。
それに、いざとなれば王国や帝国から冒険者を派遣してもらうこともできましょう。
……いささかあの二国から恩を受けることは高くつきそうですが、かの御仁との盟約を守るためにも、姫様を心配するコレン様の為にも、姫様にはこの地で幸せになっていただきましょうぞ。
「……おや、年を取るといけませんな。涙もろくなっておりますね……」
孫のように接していた子が、大人になり幸せを手に入れた。
素晴らしき事です。
……少々女好きと見受けられますが、それでも姫様の笑顔は本物でございました。
どうか、お幸せに……。
説明多いなあ。




