9-5 砂の国ロウカク その客人……
「いやあ申し訳ありませぬ。何分長旅だったもので……」
ご老人がさっぱりした顔でリビングにやってきた。
ご老人がお風呂に入っている間に俺はグルーミングとカットの準備を済ませたので、準備は完璧だ。
ちなみに準備を終わらせるところまでシロを正面に抱っこしたままだったので、正面のソファーに転がすとすやすやとまだ寝息を立てている。
「さあさ、どうぞこちらへ。冷たい飲み物もありますので」
「おお、かたじけない」
机には適度につまめるフルーツと飲み物。
んんー……今日はゆっくり休めたので、なんだか妙にやる気がある。
というか、何かしないとそわそわする感じだ。
長旅と言っていたし、遠方からはるばるやってきたのだろう。
本来は営業とかしているわけではないのだが……こんなご老人が訪ねてきてくれたのだし、無下にするわけにもいかないよな。
「ん、やはり長旅のせいか肩なども凝っていますね」
「いやあこれは普段からでして……ぬあっ。そんな、肩揉みなどお願いするわけにはっ!?」
「いえいえ、ご老体なのですからお気にせず。それにほぐすならば湯上り後ですよ」
しかし……こいつは強敵だ。
このコリ……ずいぶんと長い間積み重ねられたものだろう。
ピンポイントに患部を解すと炎症を起して痛いかもしれないな……ゆっくりと時間をかけて周辺から解していくとしよう。
「おおおお……これはまた……。お上手ですなあ……」
遠慮の意思を見せていたのだが、一揉み二揉みでイチコロだっ!
徐々に体の力を抜いていくのが伝わってきているぞ。
「お疲れみたいですね。眠ってしまっていても構いませんよ」
「……はっ! いや、そんな訳には……ですがっ……ぐぅぅぅぅ……」
寝てはいけないと頭を振って必死に起きていようとしているが無駄である。
疲れがまず顔に出ているし我が手は高DEXと数々の獣人族へのグルーミングによって、より気持ちよくする術を授かり、磨きがかかっているのだ。
「終わり次第起こしますよ。長さを揃えるくらいですがカット等も行ってよろしいですか?」
「むぅぅ……ああ……すみませぬ……。ぉぉ……よろしくおねがいし…………」
既にとても眠そうな声を出しつつ心地よい声を上げてゆっくりとまどろみへと落ちていくご老人。
し、で落ちたのは、おそらく疲れがたまっていたのだろう。
帰りの道中の事もあるし、ここで体を休んでもらったほうがいいだろうと気合を入れて体を解していく。
カットは下手な事は出来ないので、とりあえず長さを揃えて、あとは目元も今のままじゃあ視界が遮られているだろう。
鋏と鋤バサミはお風呂タイム中に作成済みである。
ご老人からは寝息が聞こえてきたし、それじゃあ手を振ってウォームアップを済ませたら、グルーミングを始めますかね。
二時間後……。
「ふぅぅぅ…………」
終わった……。
んんんー疲れたぁー!
おっと、ソファーではシロが寝ているんだった。
シロを端に寄せて俺が座ると、シロがもそもそっと俺の膝上に頭を乗せてくるので、あまんじて枕役を引き受ける。
そして、目の前のご老人の出来栄えを見つつすっかり常温になってしまった自分の飲み物を一口飲む。
我ながら上出来だ。
とても先ほどまでもっさもさだったとは思えない仕上がりである。
光沢のある尻尾の毛並み、適度に揃えられた髪、威厳を兼ね備えた髭と、凛としつつ垂れ下がった耳など文句なしである。
10……いや15歳は若返っているようにさえ思えるな。
いい仕事をした……。
うん。満足だ。
しかし、ご老人の召し物は少し縒れてはいるものの、相当良いものだと思えたのだが。もしかしてアイリス経由だったのかな?
でもアイリスならギルドカードで連絡があってもいいものだが……。
まあ、誰経由であろうとも俺を訪れてきた以上は、あの荒れ具合を放っておくことなど出来なかったけどな。
「失礼します。ご主人様お夕食はどうなされますか?」
「ああ。とりあえずご老人が起きたら一緒にいただくよ」
途中ウェンディとミゼラがやってきて夕飯の準備が出来たと言われたのだが、中途半端なところだったので後回しにしてもらい、先に食べて構わないと伝えたのだ。
お腹はすいているが、まずはご老人を起してからにしよう。
「ただいまー……皆こっちにいるの?」
「あ、おかえりなさいみなさん」
「ああ、ただいま。主君、今日取ってきた素材だ」
「おかえり。ありがとな」
ちょうどアイナ達も今日のクエストから帰ってきたようで、今回入手した素材の入った魔法の袋を受け取る。
「ただいまっすー! お腹すいたっすよー! お風呂入ってご飯……あれ、お客人っすか?」
「ああ。グルーミングに来たみたいだから綺麗にしておいた。ご飯は俺もまだだし、せっかくだからご老人にも一緒にいただいてもらおうかなって」
「おお、まさかご主人の技が冒険者以外にまで伝わって……伝わっ……ん? んんん?」
「どうした?」
レンゲが寝ているご老人の顔を覗き込み、しきりに首を傾げているが……もしかして、レンゲの知り合いだったのだろうか?
「……あれ? 爺……? や、爺はもうよぼよぼっすし、こんなお洒落さんな感じじゃないっすし……気のせいっすね!」
「ん……んんん……ああ、寝てしまったようですじゃ……。申し訳ありま…………姫様ぁ!!?」
寝ていたご老人が薄目のまま俺を探した様子のあと、レンゲの顔を見ながらぴたりと止まり、あっという間に目を見開き立ち上がった。
……姫様?
「おお、やっぱり爺じゃないっすか。どうしたんすか? お洒落に今更目覚めて、ご主人のとこまで来たんすか?」
「何を言っておられるのですか! 緊急事態です! 非常事態です! 火急の用件なのですよ! というか、私はお洒落なんぞとは無縁でございます!」
「危なっ! 唾飛んだっすよ! なーんすかあ! いきなりまくし立てて! ここをどこだと思ってるんすか! 人の家でそんな大きな声だして近所迷惑とか考えないんすかー!」
いや、声の大きさだけなら間違いなくレンゲの方が大きいので、近所迷惑を考えるのならお前だ。
そして、俺の家の近所だと片方は誰もいないアイリスの家だが、交代制で門の警備をしてくれている可愛らしい子達が寝ているので、どっちも静かにしなさい!!
「大体なんで爺がここにいるんすか! コレンの面倒はどうしたんすかー! はっ! もしかしてクビにされたんすか? だからってこっちに来られても自分は雇えないっすよ?」
「クビになどされておりませぬ! コレン様は今も城で政務に勤しんでおります! ……確かに長期のお休みはいただきましたが……」
「ほらー! 休み取らされてるじゃないっすか! そーやって毎回毎回ガミガミガミガミ言うから嫌われるんすよー! 自分も爺のそういうところは嫌いっす!」
「ぐぅ……! き、嫌われて上等です! 世話役というのは疎まれるものですからな! 大体姫様ともあろうものがなんですかその言葉遣いは! 何度も直せと言ったでしょうがっ! もっとロウカクの姫にふさわしい教育を――」
「あーあー! 人の個性にそういうこと言うんすかぁー!? 個性を身につけるのが、どれだけ大変だと思ってるんすか!」
「ぬうううう! ともかくっ! さあすぐにロウカクに帰りましょう!」
レンゲが手首を掴まれようやくはっとなる。
あまりの大声の応酬に思わずぼーっと観戦してしまったが、色々とちょっと待て!
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「おお、主殿。お世話になりました。お礼の件は後ほど書簡にてお話いたしましょう。ロウカクは宝石の国ですから期待してくだされ! それでは失礼いたします!」
「宝石なんていらないから、まずレンゲの手を離してくれ! まったくもって訳がわからないからな? まず説明をしてくれ」
「説明……何をですかな?」
「全部だよ……」
何をも何も一からだよ!
姫様って何とか、二人の関係性とか、コレンって誰とか、ロウカクって何処とか、何でレンゲをつれて帰ろうとしているのかとか全部だよ!
「はて……。主殿は全てわかっておいでで私を招き入れたのではないのですか……?」
「違うよ……グルーミングしてもらいに来た人だと思っただけだよ……」
冷静になって考えてみると、グルーミングをしに俺の家まで来るなんて冒険者ですらしてないんだから気づけよ俺……。
「ぐるーみんぐ……? む? そういえば頭が軽いですな。視界も普段よりも見えますし……おお、肩が回る!」
「爺今かっけえっすよ? 鏡みるっすか?」
その一言でウェンディがはっとしてぱたぱたと自室へと鏡を取りに行き、爺さんの顔が見えるように映して差し上げた。
「誰ですかなこの渋い老人は。……ま、まさか!? こ……これが私ですとっ!?」
「そうっすよー! ご主人のグルーミングは今やアインズヘイル……いや、王国一っすからね! 順番待ちも起こってるんすから、もっと感謝するべきっすよ!」
いや待て、順番待ちなんて話は聞いていない。
たまたま冒険者ギルドに行った際に気が向いたら気になった相手に行っているだけだ。
……まさか、順番待ちとして待機していたとでも言うのだろうかっ!?
「むう。散髪など時間の無駄だと思っておりましたが……気持ちのいいものですな! いやはや。まさか私がこんなにも若々しくなるとは……。まさか……長年つれ合った肩凝りも貴方が!?」
「ふっふっふー……ご主人の手は今やゴッドハンド! 寝ているうちにあら不思議。疲労回復、筋肉痛、肩凝り、打ち身、冷え性に不眠症まで吹っ飛ばす神の御手なんすよ!」
「不眠症まで!? それは是非コレン様にもしていただきたいっ! 最近のコレン様は考え事が多すぎて不眠症なのですよ……っ」
「はいストオオオップ!! このままじゃあ俺の疑問はまた何も解決されないと思うので、ちょっと一回本当に落ち着いてお話しませんかね!?」
今の流れを止めないと、またご老人がはっとなってレンゲを連れ出そうとして振り出しに戻る未来しか見えないんだよ!
空気とか、お約束とか完全に無視させてもらうぞ!!
『!』が異様に多い回。




