8-6 アインズヘイル記念祭 空間魔法Lv6
街は祭りの空気だからと、日頃の鍛錬の手を休めるわけにも行かないので、今日はがっつりと鍛えようということになった。
「っ……」
「そうだ。不可視の牢獄は見えないのが利点でもある。防ぐ物は防ぎ、避けられる物は避ければ相手はバランスを崩しやすくなるぞ」
相対するアイナが、俺には苛烈に見える猛攻で追い立ててくるので、どうにか剣と不可視の牢獄で防いでみせる。
隙があれば攻撃を……と言うが、隙なんざ見つけられねえっての。
不可視の牢獄は壊れる前に新しい物を張っているのだが、MPがかつかつだ。
距離を離して魔力回復ポーションを飲みたいところだが、以前情けない大振りを見せてしまいそのあと昏倒させられたことを思い出した。
とはいえこのままじゃ万全な状態で不可視の牢獄を出す事もできないので、俺はマナイーターとは逆の手に、魔法空間から取り出した新たな刀を握る。
片手で持てるほどに軽い刀。
『陰陽刀 -陰-』と名づけられたその刀は、特性はマナイーターに近く、人体に触れれば肉体ではなく幽体を切ると言われ、切られた場合しばらくその部位を動かせなくなるというものだ。
肉体へのダメージがSTRとVITだとすると、こちらはINTとMIDが関係しているという俺のステータスに適した武器である。
マナイーターは魔力を奪い、陰陽刀が自由を奪う。
殺すというよりは、どちらも相手の妨害に特化した物だな。
ただし、陰陽刀のいいところは能力を発動しなければ普通に切れる刀というところだ。
まだ慣れないスタイルだが、マナイーターでけん制と防御、魔力回復をしつつ陰陽刀で一撃を狙う。
一度、警戒してアイナが攻めの手を緩めたので距離を取ったのだが、魔力回復ポーションを飲めるほどの余裕はない。
「っ!」
「はぁっ!」
そんな一瞬の隙に詰め寄られ、下段から横薙ぎに切り上げられる。
なんとか反応した物の、二本の剣を合わせるのが精一杯。
そして、当然の如くパワー負けして俺は吹き飛ばされ地面を転がるのであった。
「っ! ぺっぺっ……あー……痛て……」
「主君、大丈夫か?」
「おーう。少しは頑丈になってきたかも」
これだけ何度も吹き飛ばされていれば嫌でもステータスは向上するだろう。
それにしても、まったく歯がたたん……。
「防御面は良くなってきているが、攻撃は……だな。二刀は面白い試みだったが、まだ練度が圧倒的に足りないな」
「だな……不可視の牢獄で距離を取れない時にって考えたんだけど、やっぱ利き腕じゃない方がぎこちないよな」
元々は予備として考えていたんだが、不可視の牢獄で防ぎきれない場合にと練習しはじめたのだ。
だが、やはり左手がぎこちない。
右打ちのバッターが左打ちをするかのように、動きが固くなってしまう。
「発想自体は悪くないと思うがな。防御面で主君には不可視の牢獄があるから、攻め手を増やすという意味では二刀も悪くはない。ただ、主君の場合器用さはともかく、一本で相手の攻めを防ぐ力が足りないな」
「筋トレもっと増やすか……」
「あとは、一度距離を置いたとき、どう攻めるか悩んだだろう?」
「あー……踏み込んでも俺のステップじゃ遅いからな……」
「なるほど……ならば、それも鍛えねばならないな」
アイナに手を引かれ立ち上がると、俺は魔力回復ポーションを飲んでからまた剣を構える。
アイナも剣を構えたら始まりで、開始の合図はない。
それじゃ、今回は俺から行きますかね!
ぐっと足に力を込め不可視の牢獄を張り、さあ行くぞアイナと前のめりになった瞬間だった。
『空間魔法のレベルが 6 になりました』
『加速する方向性スキルを獲得しました』
「ちょっ!」
突然訪れたレベルアップに、前傾姿勢がかなり不安定となり倒れる直前で強く地面を踏み抜いた。
そして、焦ったために発動してしまった加速する方向性がたまたまその踏みぬいた場所にあり……俺は、ぐっと溜めたあと急加速した。
「なっ……!」
慌てて反対の足を前に出し、バランスを取ろうとするが周りの情景が流れるように過ぎ去って行き、アイナの驚いた顔があっという間に迫る。
っていうか、アイナは剣を構えてるからこのままじゃ刺さる!
と、思っているとアイナは剣を放り投げ、俺を受け止めるように衝突してしまった……。
「痛たたた……アイナ。大丈夫……か?」
砂煙を上げ、衝突してしまったアイナに声をかける。
すると、俺の真下から声が聞こえてきた。
「ああ……大丈夫だ……だが、その……手が……」
手って……はっ!
これはあれだな。お決まりの奴だ。
俺知ってるぞ。おっぱいに手を置いてしまっているというやつだろう。
だがちょっと待て欲しい、俺の手の感触は固い。
指を動かしてみるが固いのだ!
「鎧の上からでも……かまわないのだろうか……?」
そうか! アイナは鎧を着ていたのだ。
ぐぬぬ鎧め……。
「俺は柔らかい方が好きです……」
「そ、そうか……。言ってくれれば……いつでも……」
頬を紅く染め、軽く握りこんだ拳を口元に当て視線を逸らすアイナ。
そんなアイナの姿にはドキっとくるものがあり、今すぐにでも温泉へ座標転移で一っ飛びといきたいところだ、が……。
「……その前に、ちょっと調べ物をしようか」
「あ、後でするのだな……。わかった。あれだな。主君の足元に見えた矢印の描かれたプレートだろう? あれはなんだったんだ?」
「ああ、空間魔法のレベルが上がって『加速する方向性』ってスキルを覚えたんだが……」
俺がアイナの上からどき、手を引いて二人で立ち上がりながら先ほどの説明をする。
アイナが立ち上がり、お尻についた砂を払うのを見つつ、早速鑑定で調べてみることにした。
『加速する方向性
矢印の描かれたプレートを出現させる。
その上に加重をかけると、強制的にその方向へ加速する。
加速数値は加重値と込めた魔力量と、抗魔力量によって変化する。
魔法の場合は込められた魔力量と抗魔力量によって加速値が変化する』
ええっと、ゲームでいうと強制移動の床……だろうか?
説明のとおり矢印の方向に強制的に移動するって事だよな?
魔法もどうやら加速させる事ができるようだが、残念ながら俺には魔法は使えないし、向かってくる魔法を逸らすことができると考えればいいのだろうか。
……ただ、逸らすくらいなら不可視の牢獄で防いだ方が良さそうなもんだが……。
不可視の牢獄は魔力を込められると弱いので、効率がこちらの方がいい可能性もあるか。
アイナに鑑定の結果を説明し、試しに何枚か自分の周りに出してみる。
前後左右、上と下はプレートを縦に出せばいいとして空間的に360度どの方向にも出す事が可能ではあるらしい。
それと、設置位置の指定にはやはり空間座標指定が不可欠みたいだ。
「これが先ほどのプレートか……」
宙に浮く一つにアイナが手を伸ばそうとする。
「触らない方がいいぞ。加重で発動するから、多分アイナが触れてもその方向に飛ばされると思う」
「なるほど……。だから主君が急加速して突撃してきたのだな」
アイナは手を引っ込めつつも観察を続けていて、試しにと落ちていた小石を拾い乗せてみた。
すると、あまり勢いはないが小石が1mほど飛んで落ちた。
「重さが軽いとあまり飛ばないのかな?」
乗せるだけで飛んで行くのなら、矢や剣を飛ばす事もできるのでは? と思ったのだが、そううまくはいかないらしい。
「便利と言えば便利なのかな……? ってところだな……」
「そうだな。使いどころは多そうだし、主君の手札が増えるのは良い事だろう。先ほどの加速は目を見張る物があったが……速度に慣れていないのが問題だな……」
「ああ。使い慣れていかないと多分無理だ……」
踏み込み速度が遅いという先ほどの悩みを解決するにはタイムリーなスキルだが、いかんせん慣れるまで鍛錬を繰り返さねばならない。
「ふふ。さっきの主君は随分と慌てた顔をしていたものな」
そりゃあ目の前に構えているだけとはいえ剣先が迫っていたのだ。
しかも俺からまっすぐに剣に向かって強制的に突っ込んで行くとか、恐怖しかないっての……。
「なあ主君。あの加速私でも出来るだろうか?」
「出来るとは思うぞ。俺限定って言葉もないし……」
「ふむ。ならば少し試したいのだが良いだろうか?」
「ああ……構わないけど……。鎧を着たままだと加重が増えて加速度もあがるぞ?」
「そうか。ならば脱いで少しでも軽くしておこう」
アイナがその場で鎧を脱ぎ始めると、中から汗ばんだインナーが現れる。
少し透けているインナーからブラの形がくっきりと見え、次はグリーブなどの細かい装備を取り除いて行った。
「よし。それではあちらから行くから、足元に出してくれ!」
「ああ。気をつけてな?」
「大丈夫だ。頼む」
アイナに言われたとおり、アイナの座標から算出した位置へと加速する方向性を設置する。
魔力量は弱めにしてまずは程度を測ってみようと思う。
「では行くぞ。ほっ」
アイナが『加速する方向性』の上に足を置くと、俺と同じように一溜めしたのち、もう一方の足を前に出して前へと進んだ。
弱めとはいえ、一歩で3〜4mほど進んでおり、その反動でアイナが止まるために数歩要していた。
「なるほど……。もう一度、今度は強めで頼めるだろうか?」
「あ、ああ……」
一発で移動に慣れてみせたアイナ。
少量の魔力であの移動距離にも目を見張るものがあったが、鎧をはずしたアイナが激しく動くのは夜の時くらいしか見慣れておらず、晴れ空の下たわわが揺れる光景に目を奪われてしまった。
「それではいくぞー」
「ああ」
今度は少しだけ強めに魔力を込めて加速する方向性を出現させた。
「むんっ……む、主君まずいかもしれん!」
「え?」
ドーンと加速して俺へと近づいてくるアイナ。
ちょっと待った、魔力は先ほどよりも多いとはいえ、そこまで加えたつもりはないぞと思うよりも先にアイナと俺が激突する。
その際にアイナは俺を抱きしめ、地面にぶつからぬよう体を捻ってくれたのでどうにか背中がずるむけになるなんてことは起こらなかった……。
「痛って……」
「主君すまない。思い切り踏み抜いてみたのだが……思いのほか溜めが長く、まずいと思った……の……だが……」
語尾が弱くなっていくアイナに、どうしたのだろうと顔を上げると顔が真っ赤になっている。
「おお!」
なんと今度はばっちり柔らかいおっぱいへと手がのび、上着もブラもめくれあがっていて、直接その大きく柔らかな感触を手のひらに感じる事ができていた。
「ひぁ! 主、主君なぜ指を動かすのだ!」
「そこにおっぱいがあるなら……指を動かさないのは失礼だろう」
さっきいつでも……って言っていたしな。
それに誰も見てな、あっ……門番の狸人族の獣人ちゃんが俺と目が合い慌てて見てませんよとアピールして視線を逸らしてきた。
多分接触した時の音で何事かと気になったのだろう。
顔を真っ赤にしていたんだけど、なんかごめんね。
「とりあえず、お互い砂だらけだしお風呂行こうか」
「う、うむ……。だが、その……お手柔らかに頼む……」
「また無茶な相談だな……」
「無茶ではないだろう……っ!」
俺は座標転移でゲートを開き、温泉へとやってきた。
すぐさま服を脱ぎ捨て、アイナの服を脱がして手を引いて温泉へ……。
汚れを落としたあとは休憩所で休憩にならない休憩を取り、再度温泉に浸かってゆっくりと疲れを取るのであった。




