8-3 アインズヘイル記念祭 マザーからの相談事
「それで結局、ミゼラとなにをしていたんだ?」
冒険者ギルドを出て少し買い物を行いながら、街を歩く俺達五人。
「いや普通にしてたよ。なあミゼラ」
「そうだったかしら……。何か悪巧みしているようだったけど」
別に悪巧みってほどじゃあない。
ちょっと、ミゼラのアクセサリーが出来たらどう売ろうかとか、そういえばミゼラは最近食事の手伝いも頻繁に行っているので、手料理のお弁当なんかを冒険者ギルドに卸したりしたらどうなるのだろうとか考えていただけだ。
「さて、食材も買い足したっすし、そろそろいくっすかね」
「そういえば他の奴らは忙しそうだったけど、アイナ達はクエストに出なくて良かったのか?」
「ああ。急ぐようなクエストはなかったので今日はやめておいた。皆が活躍できる場を奪うわけには行かないからな」
なるほど。アイナ達でないといけないようなクエストは無かったのか。
「そうね。主様も別に素材が足りないとかはないでしょう?」
「そうだな。ある程度そろっているから急な依頼でも問題ないな」
「クエストに魔法の袋を貸してくれるっすから、一回で取ってこれる量も増えてるっすしね。行きは食事とかも入れていけるっすし、やっぱり便利っすねえ」
普段の買い物は魔法の袋に見せかけた魔法空間で補えるし、魔法の袋いっぱいに詰め込まれた鉱石や薬草類のおかげでここしばらくは俺からお願いしなくても問題ないくらいなのだ。
とはいえやはり魔法の袋(小)では少し心もとないというのが本音だ。
次のオークションかなにかで、もう少し大きな魔法の袋を買っても良いかもしれないな。
「それで、今日は孤児院で食事の準備をするんだったかしら?」
「そうだな。シスターがいないので我々がやるのだが、よろしく頼みたい」
「俺は……出来るかなあ?」
「え? どういうこと? 旦那様がお料理の中心よね?」
いや普段ならそうなるんだろうけど、俺があそこに行くと自分の仕事をする事がなかなか出来ないんだよなあ……。
「ご主人、大人気っすからねえ……」
「男の子にも人気があるけど、特に女の子に大人気よね」
「っすね。まあおいしい料理やお菓子が作れて、可愛いアクセサリーも作れるんじゃそれもわかるっすけどね」
初めて俺が孤児院に行った時、打ち解けるためにお菓子を作ったのだが、それが女の子達に大好評だったのだ。
男の子からも遊ぼうといわれるが、いかんせん冒険者志望の子が多い孤児院なので、体力面などで追いつけない情けない大人として見られる事が多いのだった。
「旦那様は小さい女の子に好かれるのね」
「おい、その表現は危険だからやめろ」
「それって……私も含まれてるのかしら」
「ソルテ……悲しくなるからやめるっす……」
いや、ソルテは成人してますし許容範囲内っすよ?
ほら、成人って大事だから。
そこ重要だからね。倫理観って大切だからね。
さて、孤児院についたわけなんだが、別に孤児院といっても全員が家の中にいるわけもなく当然外で元気よく遊んでいる子供もいるわけで……。
「「「「おにいちゃあああああん!!!」」」」
「ぐっ、どぅ、ぼっ、ぶあ……!!」
容赦の無い突撃の4連続。
腹や股間へのダメージが高いが、最近の俺は鍛えてるから無様に倒れたりなんてもうしない。
「お兄ちゃんこんにちは! 今日はどうしたの?」
「お兄ちゃんこんにちは! 今日はお菓子あるの?」
「お兄ちゃんこんにちは! 今日は遊んでくれる?」
「おにたん。こんちゃ。ちゅうすゆ?」
「おう、こんにちは。今日はご飯を作りにきたの。お菓子はご飯の後。遊ぶなら料理作った後で、ちゅうはしない!」
ミニオリゴールが、いやオリゴールはもともとミニだがさらに小さい子達の突撃により、俺は体力をごっそりと持っていかれてしまう。
「はいはい皆。お兄さん達が来てくれて嬉しいのはわかるけど、ちょっと今回はマザーも用があるのよ。遊ぶのは終わってからにしてね」
「「「「はーい」」」」
右に左に引っ張られ、頭がふらふらとしているときにご年配のシスター、別名マザーが助けてくれる。
普段ならばこのまま腕を引かれて遊んで遊んでと俺の体力が尽きるまで遊ぶ事になるのだが、今日は助かったようだ。
「いらっしゃい皆さん。今日はよろしくお願いしますね。あら、そちらの可愛いお嬢さんは初めましてね」
「あ、はい。ミゼラといいます。よ、よろしくお願いします」
「ふふ。緊張しないでね。私はただのババなんだから。こちらこそ、よろしくお願いします」
マザーの微笑みは慈愛に満ちた聖母のそれ。
ミゼラが柔らかな優しさに包まれていくような光景が見え、ゆっくりと緊張をほぐし、強張った頬を緩めていった。
「あらためて、皆さんいらっしゃい。今日は料理を作ってもらいたかったんだけど……別でもう一件ちょっと相談したいことがあるのよ……」
「私は構わないが、用事のほうは大丈夫なのか?」
「ええ。他のシスターには遅れる旨を伝えてあるし、むしろその用事にかかわる事なのだけれど……ちょっと困っていてね」
「俺達に出来る事なら構わないけど……」
「大丈夫。むしろ貴方に聞きたいのよね……」
頬を押さえて困った様子のシスターに話をきくため、俺達は孤児院の一室へと向かう事にした。
その途中、ハーメルンの笛吹きかって感じで後ろを付いてくる子供達が増えていったのだが、そのまま皆で広い部屋へと入る事になった。
「はいはい。皆騒がないの。騒ぐ子はお夕飯はなしですよ。今日はお兄さん達が作ってくださるので、とっても美味しいご飯ですからね」
マザーが言うとがやがやと騒いでいた子供達がピタっと、まるで全校集会の時に校長先生が壇上に立った時のようだ。
だが、どことなくそわそわとしている気配が残ってしまうのはやはり彼らがまだ子供だからだろうか。
ちなみに二人ほど俺のひざの上に座り、さらにもう一人肩車中なのだが、それについてはノータッチらしい。
「それで、早速本題なんだけど……お祭りで私達もお店を出すのだけれど、何を出せばいいのか困ってしまっていてね。何かいい案はないかしら……?」
「お祭りで? それならば例年どおりの野菜のスープで良いのではないか?」
「そっすねえ。ここで取れた野菜で作るスープでいいじゃないっすか?」
「勿論何も決まらなければそれでもいいのだけどね……。子供達が今年はもう少し変わったことがしたいって言っていてね。どうかしら……?」
なるほど……。
という事は他のシスターがいないのは、今は設営準備に駆り出されているからということだろうか。
普段ならばマザー以外にもシスターはいるので、誰もいないのはおかしいと思っていたのだ。
「具体的に、どういうことがしたいとかはあるのかな?」
「そうねえ……皆が手伝いたいって言ってくれているから、子供でも出来るものがいいわね……。勿論、売り物になるレベルでね。スープなら注ぐだけなのだけれど……ちょっと物足りないみたいなのよね……」
なるほどなあ。
子供達の方に顔を向けると、皆目を輝かせお手伝いしたい! という気持ちが伝わってくる。
普段お世話になっているマザーやシスター、それに寄付をしてくれている人たちへの恩返しも兼ねてということだろうか。
「あまり資金はないから、出来れば安価で売れるものがいいのよ……。それと、作るのにあまり時間がかからないほうがいいかしら……難しい注文なのだけれど、なにかいいアイディアはないかしら……?」
「んー……お祭りらしいものがいいよな?」
「そうね。でもあまり大仰じゃない方がいいわね」
「なるほど……。悪い、ちょっと考える」
頭の中で思考を巡らせる。
お祭りらしく、原価が安くて売れるもの……。
工程は少なすぎず、子供達で分配できるほうがいいだろうな。
でも、作業自体は単純であまり時間がかからず、子供でも作れるような簡単な物か……。
「あの……大丈夫?」
「マザー。大丈夫だ。主君は思考を始めると少し集中しすぎてしまう事があるのだ」
「そうなの? 私達のために、こんなに真剣に考えてくれて……嬉しいわね」
確かカキ氷屋は普通にあるんだよな……。
氷は魔法で作れる人がいるから比較的安価で手に入るし、果実から作ったシロップで食べた事が俺もあるしな。
「あいなねえちゃ。きょうのごはん、なにつくうの?」
「そうだな……材料は買ってきたが、孤児院で取った野菜サラダと、あとはゴロゴロ野菜とお肉のシチューかな?」
「おやしゃい……」
「なんだ? 嫌いなのか?」
「ううん。でも、にがいのは、やー……!」
「そうか。嫌いじゃないなら偉いぞ。大丈夫。シチューに入っているお野菜は苦くなくて美味しいからな」
「ん。がんばう」
野菜か……。
そういえば俺も子供の頃は野菜があんまり好きじゃなかったけど……あれなら大好きで、たくさん食べられたなあ。
お祭りにもあうし、うん。いいかも。
「……確かここって、キャレスは育ててたよな?」
「え、ええ。そうね。子供達で面倒を見てたくさん作っているわよ」
「ならそれを使えるな。よしそれじゃあお好み焼きでいいんじゃないかな」
「おこのみやき……?」
「俺の元の世界の料理の一つで、簡単に言うと細かく刻んだ食材と、出汁と小麦粉を混ぜて焼く料理だ」
材料はあるし出来るだろう。
ただ、鉄板はないのでフライパンで作る事になるのだが……。
出汁も俺が普段使っている出汁だと原価が上がりすぎるので、もう少し別の乾物から取るなりしないとだな。
「まあ、言うよりも目の前で作ったほうが早いか。マザーすぐに作るから、見ていってくれ」
こうして俺達は今度は調理場へと移動した。
残念ながら子供達は危ないので全員入る事はできないため、外で待機。
年長者とマザーだけを中に入れ、他の子達は扉や出窓からこちらを覗いている。
「ミゼラ、キャレスを刻んでおいてくれ。千切り……いや、みじん切りでいいよ」
子供達が作るならば、千切りよりもみじん切りの方が作りやすいだろう。
食感や旨みのバランスを考えれば千切りの方がいいのだが、みじん切りだとふっくらとして、野菜の甘みや旨みを引き出しやすくなるからな。
強力粉と薄力粉、美香ちゃんにもらったものとは別の出汁を取り出す。
こちらは小魚を干物にした物と、椎茸っぽいきのこの乾物で取った出汁だ。
内陸であるアインズヘイルに届くのは塩漬けにされたものか、干物となっている魚が多い。
それゆえ少々値段は張るが、手に入りはするということをこの間知ったのだ。
流石は商業都市、さまざまな物が手に入るもんだ。
大量に頼むならば、メイラに頼めばやってくれるだろう。
「旦那様。切り終わりました」
「ありがとう。それじゃあそこのボールに入れて、この粉と出汁を混ぜて卵も入れてっと、……あとは焼いて終わり」
先に豚バラを敷いて、その上に混ぜたお好み焼きの元を乗せて丸く整形して放置。
「それだけなの?」
「ああ。材料も決まった物はキャレスくらいで、蒸かしたモイを入れてもいいし、チーズを入れてもいい。お好みに、焼くってことで」
「だからお好み焼きというのかしら?」
「あー……多分? 詳しい事はわかんないけど、よっぽど変な物じゃなければ合わないってことはないよ」
焼き具合を確かめつつ、ヘラを使ってひっくり返す。
すると、子供達からおおっと声が上がった。
そして焼き加減をミゼラに見てもらいつつ、俺はお手製のウスターソースを取り出し、煮詰めてから少し甘辛く味を調整する。
あとは卵、油、レモン汁と塩胡椒等でマヨネーズを作る。
本来ならばお酢なのだが、俺個人としてはこちらの柑橘系のスッキリとした清涼感のあるレモン汁のほうが、こってりめのウスターソースの後味に合うのではないかなと思ったのだ。
焼きあがったお好み焼きを皿に移し、ソース、マヨネーズをかけて完成。
残念ながらかつおぶしと青海苔は用意できなかったが、見た目はどう見てもお好み焼きである。
「ああー……この匂い反則っすよ……」
「この匂いで食べなくとも美味いのが伝わってくるな……」
わかる。
この匂いがいいよなあ。
お祭りのお好み焼きとは別のものだが、匂いにつられてお客さんがくることもあるのではないかと、思ったのだ。
「それじゃあ、いただきましょうか……」
ヘラで小さく切り分け、調理場にいる人たちで一口ずつ分ける。
俺も勿論味を見ないといけないので食べるのだが……アイナの言うとおり食べる前から美味いよこれは。
「あ、熱……は、はふ……んん。ぷ、はあ。美味しい!」
「これは……ふわっとした生地にこってりとした黒いソースと、さっぱりとした白いソースが合うわねえ」
「お野菜も美味しいわね。これなら野菜嫌いの子も食べられそうね」
小さな一切れではあるが、やはりこの世界の野菜は旨みが強いのでソースにも負けない味が出ているようだ。
みじん切りにしたことにより、ふっくらとしていて野菜の味も濃く、出汁は少なめでも良さそうだ。
「本番はもっと大きな鉄板を俺が用意するから、大量に作れるしな。作業も分担すれば、多くの子供が手伝えるだろ?」
「鉄板も? そこまでしてもらっていいのかしら……なんだか悪いわ」
「いいのいいの。鉄板があれば、祭りが終わったあとにも屋台を出せるだろうし孤児院の生活も楽になるだろう?」
「……そこまで考えてくれていたのね。ありがとう……。皆いいわね? 私達は今回お好み焼きにしようと思います」
「「「「賛成!」」」」
俺はどういたしまして、と言いつつ次を焼く。
なぜかって? 他の子供達が涎をたらして扉や窓から身を乗り出してきそうだからだよ。
このあと、マザーは祭りの集まりに参加して何を出すか申請しにいき、俺はというと延々とお好み焼きを焼くことに……。
まず年長者やミゼラに教えつつ、腹を鳴らして待つ子供達へお好み焼きを作り続けた。
アイナ達には野菜類のみじん切りと、肉も切ってもらって、さらに掻き混ぜるのを手伝ってもらったのだが、それでも忙しかった……。
皆嬉しそうにぱくぱくと食べ、野菜嫌いの子も「おいしい」とたくさん食べてくれたので良しとしよう。
結局お好み焼きが夕飯となってしまったのだが、粉や出汁、ソースの作り方のメモを残して、帰る頃には服に匂いが染み付き、家でシロが羨ましいと涎をたらすのであった。




