8-2 アインズヘイル記念祭 ポーションの売れ行き
冒険者ギルドにて、カウンター付近のテーブル席に座りお手製の蜂蜜水を注いだコップを傾けていた。
本来ならば蜂蜜酒なのだが、このあと孤児院に向かうので酔っ払うわけにはいかず、かなりアルコール度数を薄めてから味を整えたものだ。
それにしても、今日はここも随分と忙しそうだ。
普段ならば知り合いの冒険者が話しかけてきたり、獣っ子が恥ずかしそうに尻尾を握りながら寄ってくるもんだが、今日は一人でゆっくりと蜂蜜水を飲めていた。
理由はたぶんあれだ。クエストが張られている掲示板のほうに顔を向けると、そこは冒険者達でごった返しているのである。
「おう。兄ちゃん来てたのか」
「おー。あんたか」
以前俺のポーションをぶっ壊した男だ。
今では随分と仲がよくなり、サシで飲めるくらいには良好である。
下手すると、この冒険者ギルドの男の中では一番仲が良いかもしれないほどになっていた。
あーえっと、名前は……聞いてなかった気がするが、仲良しだ。
「兄ちゃんが一人なんて珍しいな」
「ミゼラはギルドマスターと打ち合わせ、アイナたちはクエストを受注しにいってる。ウェンディとシロはお留守番と買い物だ」
「ほーう。だからおとなしく蜂蜜酒でも飲んでなさいってか?」
「ばか、これ蜂蜜水だよ。昼間っからそんな飲まねえって」
「ほー兄ちゃんにしては、殊勝なこって」
男が腰を下ろして隣に座るので、コップを出して蜂蜜水を出してやると、ありがとよっと小さく笑ってそのままコップを傾けた。
「あー。美味いが、やっぱ酒がはいってねえと物足りねえな……」
「のん兵衛め。この後仕事じゃないのか?」
「ああ……仕事だよ。大忙しだ」
この男も冒険者であり、確か……Cランクだったかな?
新人教育もしてたみたいだが、どうやらもう終わったらしい。
男2人女2人のパーティのリーダーで、2つの夫妻で冒険者をしているそうだ。
ちなみに、結婚したのはあの騒動の後。
もちろんその頃にはとっくに仲良くなっていたのだが、その節はと奥さんにまで頭を下げられてしまい、問題ないよという意味も込めて、二人にはお祝いとしてペアの指輪を送ることにした。
この世界、結婚指輪という概念は勿論あるのだが、基本的には貴族や上流階級の風習だそうで、冒険者ではあまりないらしい。
だが、俺の元の世界の風習を伝え、男には自分で用意できる最高の鉱石を取ってこさせてその材料で作らせてもらったのだ。
「……ん? どうした? 指輪を見つめてって、こらあ金払って買ったんだから返さねえぞ!」
結婚指輪を大事そうに隠す、いかつい冒険者のちょっと情けない姿に笑いつつ、そんなわけないだろうとあきれてしまう。
お金だって祝いだからと断ったのに、お前達が払うときかなかったんだろうに……。
「で、調子はどうだそれ」
「いいよ。すげえいいよ。結婚がまさか冒険の役に立つとは思わなかったよ……」
二人に贈ったのはまぎれもない結婚指輪。
だが、相手は冒険者であり、俺が作る以上は能力が向上するものになるのは当然である。
そして、せっかくのお祝いだしとちょっと本気で作ってみた。
『黄金比翼の指輪 敏捷中上昇 防御力中上昇 攻撃力中上昇 比翼』
比翼の効果は、2つで1つの指輪を持った相手が近くにいる場合他の効果が上昇するというもの。
つまりは能力3つが大上昇。
もちろん誰にだって作るわけじゃないぞ?
仲良くなった友の祝いのために作っただけである。
ちなみに、奥さんも前衛らしく二人で前に出て暴れまくっているそうだ。
もう一組の夫妻が羨ましそうに見ているときがあるのだが、流石に値段をつけるとお高い指輪なので、材料を取ってきてくれたら作るとだけ伝えておいた。
「へへ。毎日よお。妻と指輪を見ながら今日も生き残ったなって言うんだよ。ありがたいねって、いい友人を持ったねって言われるんだ。本当ありがとな!」
「聞き飽きたよ……。蜂蜜水で酔っ……ああ、奥さんに酔ってんのか……」
もう何度目だっての。
いい加減むず痒いを通り越して、惚気話に蜂蜜水よりも甘さを感じて胸焼けしそうだ。
幸せ街道を突っ走っているのがよくわかるよ。
「で、その奥さんは何してるんだ?」
「ああ。今はほれ、あの掲示板のところでいいクエストを取り合ってるよ。お、なんかいいクエストを見つけたみたいだな」
奥さんが少々擦り傷等を負いながらもクエストの書かれた紙を上に掲げて人ごみの中から出てきたようだ。
その姿はまるでセールのワゴンから目当ての物を獲得し早々に帰還する歴戦の主婦のようであった。
そしてその後は受付カウンターに並ぶのだが、行列が出来ており、一人でてんてこまいになり泣きそうな受付嬢さんがあたふたしていた。
「しかし、忙しそうだな」
「まあ仕方ねえさ。近々祭りが始まるからな。そのために商人達は普段以上に仕入れをしなくちゃならねえからよ。それで俺達にも依頼が殺到してるんだよ」
「祭り?」
「おう。アインズヘイルで一番でかい祭りだぜ」
「へえ。楽しそうだな」
なるほど……。
どうりで街が騒がしいと思ったら祭りだったのか。
子供の頃は特別にもらった少ないお小遣いで何を買うか凄い悩んだけど、いざ大人になると祭りに行く機会が少なく、お金はあるのにそんなに買わないんだよな……。
行く事自体少なくなるし、花火なんてのは電車の窓から小さいのを見るくらいだ。
「兄ちゃんは祭りでなにかやらないのか?」
「いや、今知ったところだっての。やってみるのも面白いと思うけど……そんなにでかい祭りなら出店だって、もう場所とか決まってるんだろう?」
「まあ他国や他領からも参加するくらいの祭りだから、流石に決まってるだろうな。そうか……兄ちゃんの料理はうまいって評判だし、楽しみだったんだがな」
「誰に聞いたんだよ……」
と、自分で言ってからすぐにアイナ達かと気づくが遅かった……。
「この冒険者ギルドの奴らなら皆知ってるぜ? ソルテさんやアイナさん、レンゲさんがしょっちゅう自慢しているからな」
「あー……すまん……」
たぶんきっと、何度も同じ話をしているのではないだろうか。
聞くほうは辟易してしまっているのではなかろうか……。
「別に構わないぞ。皆三人が幸せそうだって温かい目で見ているからな。だが悪いと思うのなら、たまには俺の惚気もおとなしく聞いてくれな」
「おう……」
そこにつなげるのか。
でもな? 酒に酔うと同じ話を一日三度するからなお前。
酷い時は酒が来るたびに同じ話をし始めてたからな?
俺が聞いたよって言うと、いいから聞けよって同じ話をするのだが、それでも大人しく聞けと……?
「何の話をしているの?」
「ああ、お帰りミゼラ。話し合いは終わったのか?」
「ええ。無事に終わったわ」
ミゼラは受け取った紙束を抱えたまま俺の横の席へと腰を下ろす。
だいぶ慣れてきたほうだが、基本的にいかつい男が多い冒険者ギルドでは俺の横を離れないミゼラである。
「おうミゼラちゃん。お宅のだんな様を借りてるぜ」
「こんにちは。ちゃんと返してね?」
この二人は何度か冒険者ギルドを訪れた際に知り合いになっている。
最初は男だからと少し怖がっていたが、その都度俺が手を握り、一緒にいるうちに徐々に徐々に慣れ、ようやく普通に会話できるまでになったのだ。
若干俺の時よりも早い時間で仲良くなった気がするのだが……きっと気のせいであると思う事にする。
まあ、俺がここに来るたびにこの男は話しかけてくるし、ミゼラのポーションを真っ先に使用したのもこの男だからな。
「ところでマスターと何の話をしてたんだ? 受付嬢が一人だから涙目になってあたふたしてたぞ」
「あら、それは悪いことしたわね……。でも、ちょっと納品の事でね……」
「ん? なんか問題があったのか? 今日も使ったけど、効果は問題なかったぞ?」
「そうじゃないの、その……」
「ミゼラのポーションが売れて売れてもう無いから、次から納品数を増やしてくれないかって話だよ」
今日の納品分じゃ少ないんだってさ。
だからこれからどれくらいまでなら増やせるかをマスターと話し合っていたのだ。
「へえ。そいつは良かったな」
「おう。うちのミゼラは優秀だからな」
「やめてよ……。理由だってわかってるもの。旦那様がなにかしたんでしょ?」
「いやいや心外だぞ。本当に俺は何もしてないって」
「でもそうじゃなきゃおかしいわ……。旦那様よりも売れてるなんて、ありえないもの」
そう。
今回の俺のほうの納品は無しなのだ。
勿論まったく売れていないというわけではないのだが、販売推移を考えると次回でも構わないらしい。
その分、ミゼラが納品する数は増えるんだけどね。
「まあ、普通に考えりゃ男ばっかの冒険者ギルドで、効果は変わらず男か美人が作ったかの二択なら、後者を取るわな」
「だな。俺だって冒険者なら美人が作ったポーションを選ぶよ。それに、俺のは贋作での大量生産。ミゼラのは一つ一つ大切に手作りだからな。付加価値をつけてもいいくらいだ」
「ちょっと……そんな理由なの?」
ミゼラはあきれた顔をして聞いていた。
だがきっとわからないだろうが、美人の手作りの品……ってだけで、欲する奴は多いんだぞ。
「見た目って……でも、わかってたけど錬金術師の腕をかわれたわけじゃないわよね……」
「なに、効果は変わらないんだから気にするなよ。ミゼラは不服かもしれないけど見た目も才能の一つだ。気にせず売れるだけ売っちまえばいいさ」
見た目だって一つの商才だ。
大きな会社の受付嬢だって、見た目がいい人を置くんだぞ。
相手に不快感を与えない、相手により良い印象を与えるのも才能だっての。
「ま、納得いかないならこれから頑張って実力も認めさせればいいさ。おあつらえ向きにポーションの受注量が増えたんだ。たくさん練習できるしな」
「ええ。勿論これからだって頑張るわよ。今日はアクセサリーも失敗しちゃったしね……。もっと頑張らないと」
「お、アクセサリーも作るのか。楽しみだねえ。でも、うちに持ってきたら取り合いになるんじゃないか?」
「かもしれないな。よし、売るときは俺に一任しろ。ふっかけてやるから」
「もう。茶化さないでよ。普通に適正価格で売るわよ」
茶化してるわけじゃないんだけどな。
取り合いになるほどならば、価格が少しばかり上がったって問題ないだろう。
オークション形式がいいだろうか……。
勿論取り分はミゼラのお金だが、どうせなら高く売りたいところだな……ふーむ。
「旦那様。変な事考えないでね」
「……はーい」
「返事が遅いと不安なのだけれど……」
「あははは。あ、蜂蜜水飲む?」
「笑って誤魔化して露骨に話題を変えないでよ……。飲むけど……」
俺はミゼラにコップと蜂蜜水を出して注いで上げると、ニコニコと笑って誤魔化しておく。
「ミゼラちゃんも大変だな」
「……少しだけ、慣れてきたわ」
ミゼラが頭を抑えて複雑そうな顔を浮かべているが、俺は変わらずニコニコと笑っていた。
そのうち、奥さんが来て旦那を連れて行き、俺はアイナ達が戻ってくるまで笑顔をキープし、戻ってきたソルテとレンゲに不自然だと言われた後に孤児院へと向かうのだった。




