7-22 幸せ・願望 ミゼラのギルドカード
今日は朝からきちんと起きてミゼラと街を歩いていた。
昨日も夜の特訓を行ったあとなので正直まだ眠いのだが、今日の用事は多分朝じゃないと駄目だろうし眠いのを我慢してでも行かねばならない。
「……んで、それつけてくのか?」
『それ』とは横を歩くミゼラの帽子のことだ。
あのー……なんだっけな。
耳つきのロシア帽子? パイロットキャップ?
正式名称が出てこないんだけど、なんとなくほら、アレだよ。
そのアレは線が細く色白で、綺麗な金髪のミゼラにはとても良く似合っているのだが、ちなみにこれ俺の手作りである。
裁縫スキルもどんどん使ってレベルを上げていこうと思い、こうした小物から作り始めることにしたのだ。
「だ、だって耳は隠した方がハーフエルフだってわかりづらくなるでしょ? そうしたら余計な諍いを生まなくて済むもの」
両側のたれている部分を下に引っ張り、より深く被るミゼラは可愛いが、あれだけ街中を走り回っておいて今更感しかないんだけど……まあいいか。
「そういえば、そのブローチ帽子につけたんだな」
帽子についているのは同じく俺があげたスノードロップのブローチだ。
無骨なデザインの帽子についたワンポイントが可愛らしい印象を付与しており、おかげで随分とお洒落度の高い帽子へと変貌しているように見える。
「ええ……駄目だったかしら?」
「いや、良く似合ってるからいいんじゃないか?」
「……うん。実はどっちも気に入っているの」
「おう……」
気に入っていると素直に言われてしまうと、これ以上は何も言えなくなってしまう。
「それで、今日は何処に連れて行かれるのかしら?」
「ミゼラのお願いを叶えるのに、避けては通れない場所だよ」
まあどうしたって、あの人のところには行かないといけないからなあ。
できれば行きたくないし、可能ならば後回しにしたいと本気で思うところだが、それがばれた場合のリスクが高すぎてリターンに見合わないので重い腰を上げて朝から向かう事にしたのだ。
というか、夢に出てきたのではっとして思い出したんだけどさ。
夢のおかげである意味助かったのかもしれないけど、目覚めは最悪でした。
「さて、到着っと……」
「ここって……錬金術師ギルド?」
「そうだよ。錬金を教えるならここには来ておかないとな」
「そう……よね。貴方に錬金を教わるのなら、そうなるわよね」
なにやら緊張した面持ちのミゼラ。
先日ミゼラから宣言されたのは、『貴方に、錬金スキルを教えて貰いたい』だった。
理由は一番初めは俺に教えて貰いたいんだってさ。へへ。
俺の錬金レベルは現状最高レベルの9だし、多分唯一俺が教えられるスキルだろうなとも思うし、そりゃあ聞いたときは呆気にとられたけど、嬉しかったなあ。
で、夜の戦闘特訓中もその事を考えていてフリードにぶっ飛ばされた。
いや、何から始めようかなとか考えたり、手持ちの道具や材料を思い出してたら集中できてなくてさ。
頼んでおいて集中してないなんて失礼すぎるので、その後はしっかりやりましたけどもね。
切り替えは重要だね。
ああ、でもフリードにミゼラのことを話したら嬉しそうにしていたな。
これで安心ですね。だってさ。
まだ早いっての。
「さて、それじゃあ行こうか」
「ええ……大丈夫かしら……」
ミゼラの心配はわからなくもないが、多分俺とは別の心配をしているんだろうなあ……。
ハーフエルフを認めてもらえるだろうかとかは、別にいいんだよ。認めてもらえなくても教えるし。
レインリヒが何か言うとすれば、まず間違いなくターゲットは俺になるんだろうなあ……。
扉を潜り中に入ると普段と変わらず、リートさんが受付に立っていた。
相変わらず暇そうなギルドである。人っ子一人いやしない。
「あ、新人さん。いらっしゃいー」
「どうも。おはようございます」
「はい。おはようございます。あ、そういえばこの前お渡ししたお薬の新作出来てますよ」
「え、本当ですか?」
「はい。今度はボロボロになった繊維を根元から強くすることができますよ」
「おおー。それじゃあ、いつものと、それを20本ずつお願いします」
「はい。毎度ありですね。新人さんが美容液を買ってくださるので、最近はおかずが豪勢になりました」
いやだって、リートさんが作る美容液って効果が高いし希望通りの質感や効果で作ってくれるから重宝しているのだ。
自分でも作ろうかなとも思ったのだが、正直美容関係はどうすればいいのか全くわからないし、それならば専門家に頼んだ方がいいと判断したのだった。
「それで、その子は……新しい女の子ですか? これまた随分とお綺麗ですねえ」
「あ、えっと、初めまして、ミゼラと申します」
「うふふ。ご丁寧にありがとうございます。私は錬金術師ギルドの受付嬢で、リートと申します。今日は彼女のご紹介ですか?」
「いえ、レインリヒに用事がありまして、今いますかね?」
「はい、いますよ。いつも通りです。では、お呼びしますね」
リートさんが奥のレインリヒの部屋へと向かう間に周囲を見回してみる。
相変わらず静かで、冒険者ギルドとは雰囲気が違いすぎる。
まだ先輩錬金術師達は寝てるのかな?
というか、朝になったから寝てると言う方が正しそうな生活スタイルを送る先輩方だけど……。
「すぅー……はぁー……」
「緊張してるのか?」
「ギルドマスターに会うのでしょう? 緊張くらいするわよ……」
「まあ、そんな肩肘張らなくても大丈夫だよ。レインリヒは俺の師匠だからな。どうせ俺が何か言われるだけだろうさ」
「わかってるじゃないか」
出たよアインズヘイルの魔王様。
あああー……逃げ帰りたい。
あの目……どう考えても俺をいじめるのを楽しもうとしている目だ。
「あ、あの初めまして。私はミゼラと――」
「ほう、ハーフエルフかい」
「え……」
帽子を外したわけではないのに即行でばれた。
鑑定を使ったのか? いや、多分この婆さんだから素で見抜いたほうが濃厚な気がする。
「それで、何の用だい? あんたの新しい女の紹介ならいらないよ。ったく、一体何人増やせば気が済むんだい?」
「そういうのじゃねえです……。これから俺が錬金をこの子に教えるから、それを報告に来ただけですう……」
「ほぉぉぉぉう。まだまだひよっこの分際で弟子とは随分と偉くなったもんだ」
ぐぬぬ……わかってはいたけど、楽しそうに笑うなあ……。
そりゃあまだここに来て一年も経ってないから、言い分はわかるけどもさ……。
「……それで、教えるにあたってギルドカードの発行とかもしたほうがいいのかなと思って相談に来たんですが……」
「なるほどねえ。ほーう……。ふむ。どれどれ……」
レインリヒがミゼラの身体を上から下までじっくりと見始める。
「才能は……無くはないね。スキル自体は覚えられるだろう。ただ、どれくらい成長できるかは私にもわからないよ」
「ほ、本当ですか!? 私は錬金スキルを覚えられるのですか?」
「ああ。すぐにかどうかはわからないが、使えることは間違いない」
「レインリヒのお墨付きか……なら、安心だな」
どうしてるのかはわからないが、レインリヒは俺や隼人に才能があるかどうかも見抜いていたみたいだし嘘はないだろう。
どれくらい上がるかは別として、スキルを取得し教える事は叶いそうだ。
「あの、私ハーフエルフですけど、いいんですか?」
「ん? それが何か問題あるのかい?」
「でも、あの……」
「やる気はあるんだろう?」
「は、はい! あります」
「なら問題ないさ。それに、うちの弟子に教わるんなら大丈夫だよ」
お、意外と高く評価されてるみたいだ。
師匠であるレインリヒにそういわれると、やっぱり嬉しいもんだな。
よし。俺もミゼラは褒めて伸ばそう。
「うんうん。見た目も可愛くてやる気十分ですし、ハーフエルフですから寿命も長く見た目も若いまま……となれば、次の受付嬢候補なんてどうですか?」
「あー……そうなったら、この閑散としたギルドにも人が訪れるかもしれませんね」
「……新人さーん? それは私では力不足ということでしょうかー?」
「っ! 違、そうじゃなくてー!」
「うふふふ、あ、そういえばですねえ……最近美容液の素材が高騰気味なんですよねえー……」
「……2割増しで買わせていただきます!!」
「はーい。では、今あった事は忘れましょう」
「ありがとうございますっ!」
「馬鹿なやり取りしてないで、ほら、早速この子のギルドカードを作るよ。5000ノール用意しておきな」
レインリヒに登録料を払いつつ、今回購入した美容液に色をつけてリートさんへお支払いをする。
口は災いの元だね……。というか、リートさんだって相当美人なのに人が集まらないのには別の理由が……っと、これ以上は虎穴だな。
「ついでだし、あんたもステータスの更新をしたらどうだい?」
「そうだな……そうするか」
最近鍛えてるし、ステータスも上がっているはずだしな。
ちょっとドキドキ……。才能は無いのはわかっているが、鍛えておいて上がってなかったらショックだなあ。
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忍宮一樹 : 錬金術師 Lv24
HP 750/750 → 1250/1250
MP 5200/5200 → 5800/5800
STR : G→F VIT : G→F
INT : B MID: B
AGI : F DEX : A
アクティブスキル
空間魔法 Lv5
・吸入
・排出
・不可視の牢獄
・空間座標指定
・座標転移
錬金 Lv9
・手形成
・贋作
・既知の魔法陣
鑑定 Lv3
パッシブスキル
農業 Lv1
料理 Lv1
裁縫 Lv1
アクティブオートスキル
狂化 Lv1
???スキル Lv4
称号
『創造術師』
ギルドカード登録者
・隼人
・メイラ
・アイリス
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おおー。やっぱり少しずつだけど成長しているのが目にわかるのは嬉しいもんだな。
流石に錬金をしていた時のDEXなど程ではないが、STRとVITも上がったし、頭打ちになるまではこのまま継続して続けていこう。
「……ほう」
「おー」
レインリヒとリートさんが全く遠慮なく俺のギルドカードを覗き込む。いや、いいんだけどさ……。
「あれ? 称号がありますね」
「ああ、女神様からいただいたんですけど……称号ってなんなんですか?」
貰うだけ貰ったけど、説明とかはなかったんだよな。
「何って言われてもね。神から与えられる評価みたいなもんさ」
「……何か効果とかないの?」
「無くはないが……調べようが無いよ。ちなみに隼人の『英雄』も称号だが、『お掃除上手』なんて称号もあるからぴんきりだよ」
「そうですねえ。私は……ありませんが、確かレインリヒ様はありましたよね?」
「ああ、あるよ。私は『超常』だね」
そういえば大分前にヤーシスがレインリヒの事を『超常のレインリヒ』とか呼んでいた気がするが、もしかして称号の事だったのだろうか。
それにしても『超常』……。
常識を超えるか、レインリヒのためにあるような言葉だな。
「へえ……ちなみにどんな効果なんだ?」
「さあね。鑑定で調べもできないし、実感できるような効果はわからないね」
「えー、そうですか? 私が材料を聞いて作っても出来なかったのに、レインリヒ様は作れたりするじゃないですか」
「それは腕の問題だろう? 毒物に関してはまだ私のほうが腕が上なだけさ」
「むう……毒は得意なんですけどねえ……。でも、美容関係に特化したいからいいですけど」
うーん……そこまで大きな変化があるわけじゃあ無さそうだな。
まあでも、あって困る物でもなさそうだし箔がついたと考えてありがたく感謝しておこう。
……ただ、話す相手は選んだ方が良さそうだな。
「さて、準備できたよ。それじゃあお嬢ちゃん。手を出しておくれ」
「は、はい」
なんと話しながらも作業はしていてくれたみたいだ。
レインリヒがミゼラの手の甲に紙を置き、手首をしっかりと掴む。
あれ、思った以上に強くつかまれるんだよな。
多分ずれないようにだと思うんだけどさ。
「っ……」
「動くんじゃないよ。すぐ終わるからね」
まあ紙が手の甲で燃えてるんだから驚くよな。
熱くはないんだけど、つい反射的にね。
「そら完了だ。ギルドカードオープンでカードが出てくるからね。細かい説明はそいつに聞きな」
「はい。ありがとうございました……」
ミゼラはじっと自分の手の甲に出来た三本の赤い線を見つめ、その手をもう片方の手できゅっと握り締める。
「さて、それじゃあここでやってくかい? それとも家でするかい?」
「そうだな。皆も待ってるし今日は帰るよ」
「そうかい。それじゃあ、頑張りなよ」
「頑張ってくださいね!」
「はい。頑張ります!」
リートさんが年甲斐もなく拳を握り両腕を使ってファイトポーズをとると、ミゼラも釣られて同じポーズを取ってしまっていた。
さあ、このあとは早速ミゼラに錬金を教える作業だ。
まずはスキルを取得できるまで、ゆっくりしっかりと教えていこうと思う。




