7-15 幸せ・願望 回復祝い
初対面のあの日から数日――。
ウェンディ達の献身的な看病の甲斐あってかミゼラの体調は無事に回復した。
寝たきりだったので、筋肉の衰えを心配したのだが、そこは体を動かす事に関してはプロであるアイナ達が、寝ているミゼラの体を揉み解したり動かすようにしたりと頑張ったらしい。
まだ完全とは言えないまでも、ルームランナーなどもあるのでこれから徐々に戻していけばいいだろう。
「えーそれでは。これよりミゼラの回復祝いを始めるぞ!」
「「「イエーイ!」」」「はい!」「ああ!」
目の前に並んだのはご馳走の数々だ。
今日は奮発して、キングピグルや、ブラックヘビィモームの肉等、普段よりも1グレード高い食材を使っている。
「主、もう食べて良い?」
「まだ駄ー目。ミゼラ、こっちに座ってくれ」
ミゼラは目の前の光景に固まって、立ったまま呆然としていたので席へと促す。
当然、今回の主役はミゼラなのでお誕生日席だ。
その両脇には俺とウェンディが座る。
「……なにこれ。見た事無い食べ物ばかりね……」
「今回は私とご主人様が腕を振るって作ったので、是非楽しんでくださいね」
「ウェンディ様と、旦那様が……? というか、旦那様って料理するの……?」
「ええ。貴方がお気に入りのあのご飯も、ご主人様の手作りですよ?」
「あの繊細な味を旦那様が……?」
ドヤァ!
腕を組み、体を反らしてドヤ顔をしてみるとなんとも微妙な顔で見返されてしまった。
あれー? おかしいぞー?
気を取り直して……。
「さあ、まずは主役のミゼラからだ」
「私からって……こんな料理食べた事無いもの……。どうすればいいのかわからないわよ……?」
「なに、礼儀や作法なんか気にしないで良いよ。目に付いた食べたい物を好きなように食べればいいさ」
肉に魚に野菜にスープ。
たしかにどれから手をつければ良いのか迷ってしまう気持ちも分かるが、ミゼラが食べないと今日の食事は始まらない。
「ほらほら、遠慮せず好きなのを食べてくれよ」
「じゃ、じゃあ……このお肉から」
お、ブラックヘビィモームだな。
そいつは良い肉だぜー? ブラックモームも美味いが、文字通り重量感が違う。
がつんとくるのだが重すぎず、脂も赤身も味見だけでも美味すぎて叫びそうになったくらいだ。
今回はローストして、特製のソースにつけて食べるだけだがやはり良い食材はシンプルな調理の方が味が際立つと思う。
皆がミゼラに注目し、食べる姿を見つめているので食べにくそうだが食べないと始まらないのだろうと察してか、口に運び咀嚼をしてから一言。
「……美味しい」
その瞬間俺とウェンディはミゼラの頭の上でハイタッチを交わす。
これ、実は俺とウェンディの合作だったりするのだ。
普段は一料理ごとに担当を分けてつくるのだが、今回は焼きが俺、ソースがウェンディと二人で作っている。
「それじゃ、皆も食べてくれ!」
「ううー! お肉は渡さない!」
「シロ! それは私のお肉よ!!!」
「じゃ、二人が争ってる間にこっちの方をいただくっすね」
「レンゲ……そんなに取っては主君達の分が無くなるだろう!」
始まった瞬間から良い肉の取り合いなあたり、今日は乙女力よりも食欲が勝っているのが良く分かる。
俺が少し呆れながら4人を見ていると、ウェンディがこちら用にと先に取っておいた皿から俺とミゼラに取り分けてくれた。
「……凄いわね。今日は特別なのでしょう?」
「確かに特別ではあるけど、あまり普段と変わらないよな?」
「そうですね……。食材は普段よりも少し値は張りますが、量的にも少し多いくらいでしょうか?」
「これが普段なの……? 奴隷も同じ食事を取っているの?」
「だな。皆で食べた方が美味しいし。一人で食事とか寂しいだろ?」
「でも……普通はありえないわ……」
「ご主人様に対して、普通はあまり通じませんから……」
なんだそれ。俺は普通だぞ。……普通なはずだ。
誰だって、美味しい物は美味しく食べたいと思うはずなのだ。
たとえ、食費が毎月馬鹿にならなくともこの楽しい食事が行えるのならば構わないだろう。
「……こんなに豪勢に、盛大に祝ってもらって申し訳ないんだけど、まだ私ここに居続けると決めたわけじゃないわよ?」
「ん? 別に構わないぞ? ちゃんと回復祝いだって言っただろ?」
「それでいいの?」
「ああ。ただし、逃げるんじゃなくて出て行きたいってちゃんと言ってくれ。無理矢理止めたりはしないからさ」
「……わかったわ」
「じゃ、今日は好きなだけ食べて飲んで楽しんでくれ! 早く食べないと、シロ達に食べつくされちまうぞ!」
ちょ、シロ取りすぎだって! あと野菜も食べなさい! ウェンディが盛った野菜をソルテの皿に高速で移すのはやめなさい!
さて、宴もたけなわとなりまして。
テーブルの上にあった料理は驚くほどに綺麗さっぱりとなくなってしまいました。
「もう食べられない……」
「そりゃあそうだろう……どう見ても食べすぎだ」
「美味しすぎた……」
まん丸お腹のシロが椅子にぐでーっと寄りかかると、ずりずりと下に下がっていく。
「だらしないわねえ。食べすぎで動けなくなるなんて」
「ん。ソルテが今ベルト巻けないのは気づいている」
「っちょ、主様の前でそんなこと言わないでよ!」
いや、流石に俺も緩めたところは見逃してないから気づいてるから。
アイナは普段どおり落ち着いて食べていたが、レンゲは始めこそ勢い良くではあったが、最後の方は静かだったのが意外だったな。
「はぁ……お腹いっぱい食べたのなんて……いつぶりかしら……」
「ん。ここにいれば、いつでもお腹いっぱいに食べられる」
「そう……それは魅力的ね……」
「ん。幸せがいっぱい」
「ふっふっふー。お腹いっぱいのところ悪いが――」
「デザートっすか!? デザートっすよね!?」
「……うん。まだデザートがあるのだー!」
レンゲに先を越されてしまった……。
まさか、デザートがあることを見越して食事を抑えていたのか!
「ご主人がこのタイミングで出すデザート、それは間違いなくこの前買ったチョクォを使うはずっす! ご主人があれで何を作るのか楽しみだったんすよー!」
「ええいレンゲ! 何から何までネタバラシをするな! 俺の楽しみを奪わないでくれ!!」
「ああー! ごめんなさいっすー! この匂い、待ちきれないんすもんー!」
わかる。わかるぞー?
調理場から漂ってくるチョコを溶かしたようなあの甘い香りには抗えないのだろう?
「ふっふっふ! 皆はお腹いっぱいっすよね? 自分はまだまだいけるっすから、このデザートは自分が沢山いただくっすよー!」
「くっ……一緒にオークションに行ったから知っていたのね……!」
「はっはっはー! 甘いっすねえソルテ!」
悔しそうなソルテと、先ほどの俺同様ドヤ顔を見せるレンゲ。
そんな二人に呆気に取られていたミゼラに、アイナがぽんと肩を叩いた。
「身内の恥だ。出来れば、見なかったフリをしてくれ……」
「え、ええ……。それはいいのだけど……皆まだ入るの?」
「ミゼラも女性だろう? 甘い物は別腹というじゃないか」
「そうだけど……入るかしら……」
「まあ、残してもいいからさ。一口くらいは食べてみてくれよ」
「そうっすよー! 残したら自分が食べるから安心するっすよ」
それじゃ、俺は早速デザートを取ってくるとするか。
今回はチョコレートアイスと、チョコレートケーキだ。
チョコと相性のいいベリー系のストロングベリーや、クランブルベリーなども使ったアイスと、シンプルなチョクォ本来の味を楽しめるケーキを用意した。
当然だが、ケーキには固めた板状のチョコも忘れていない。
「さあさあ、ご主人! 自分がたいらげるっすから、どんどん持ってきていいっすよー!」
いや、チョコを沢山食べると鼻血がでるからほどほどにしなさいっての。
「レンゲ……甘い。この匂いよりもずっと甘い」
「なん……すか!? この気配は!」
「シロには、被装纏衣がある。コレを使えばエネルギーは消耗されるから、いくらだって入る」
「まさか! デザートの為に奥義を使う気っすか!?」
「こんな事で使うなら、私達との模擬戦で使いなさいよ!」
そりゃごもっともだ。
というか……。
「シロ、そういう無駄な事はやめなさい」
「あい」
「よしよし。沢山食べれば偉いってわけじゃないし、また作るからな」
「ん。じゃあ、そのときを楽しみにする。今日は2つくらいでいい」
「それでも2つは食べるのね……」
ミゼラの感想はごもっともだと思う。
まだ入るんだなあ……。これぞ、女性の神秘だ。
さて、それじゃあ早速と調理場に向かったのだが……。
「へうっ!」
「……ウェンディ? ツマミ食いか?」
「ち、違うのです。このチョクォの甘い匂いを嗅いでいたらいつの間にか手が勝手に!」
指には湯煎で溶かしたボウルについていたチョクォを掬ったと思われる跡が付いており、口元にはチョクォがしっかりと付いているので言い逃れはできまい。
「ほっぺ、まだついてるぞ」
ウェンディの頬についたチョクォを指で掬い、そのまま口に運ぶ。
そういえば、以前はシュークリームで近いシチュエーションがあったなと思い出す。
あの時は、ウェンディが俺の指を咥えていたが、今日はこのまま俺が舐め取ってしまおう。
「ごしゅ、ご主人様……ちょっと恥ずかしいですね……」
「ウェンディもこの前人前でしてただろう?」
「あれは――」
「ああー! いちゃいちゃしてる! デザートそっちのけで!」
「あー悪い悪い。それじゃあ、皆で持って行って食べようぜ」
それぞれが食べたいデザートを運び、また食卓について銀のスプーンを手に取る。
「それじゃあ、早速食べよう!」
俺も待ちきれず、皆に声をかけると一目散にアイスにスプーンを掬いあげて口に入れる。
ああ……。
冷たいアイスになったチョコに、食感のため一度固めて小さく砕いたチョコがアイスよりも少し遅く舌の上で溶け出していく。
ベリーの甘酸っぱさが、より一層チョコの甘さを際立たせつつも後味をすっきりとさせ、もう一口と誘うようにお互いの良さを強調させている。
「……食べちゃった」
見ると、ミゼラはアイスを一つ食べてしまったらしい。
入らないと思っていたようだが、あっという間だったみたいだ。
「……その、おかわりもいいのよね?」
「ああ。まだまだあるから、入るなら好きなだけどうぞ」
「……ううん。あと一つでいいわ」
どうやらチョコアイスが大層気に入ったらしい。
でもたしかに、ケーキのほうはスポンジや、チョコクリームもあるので少し重めだからな。
「美味ーっす!」
「くうう……もっと食べたいけど、これ以上は駄目ね……」
「私はもう一ついただこうかな」
「ん。シロももう一個食べる」
「美味しいですねえ……」
皆もどうやら大満足みたいだ。
これで俺の思い出も、大きく塗り替える事が出来ただろう。
活動報告の方に、2巻の情報を掲載しました。
是非見てくださいな!




