7-12 幸せ・願望 オークション
前回同様、怪しげなマスクを渡されてそれぞれの席へと案内される。
アイナとレンゲが俺を挟んで座り、間にある防音カーテンは下げてあるので俺達三人は会話が可能となっている。
「うひひ。アイナ似合いすぎっすよー!」
「そ、そうか? 喜んでいいのかそれは……?」
「確かに……でも、マスクをつけていても美人だってわかるのは凄いな」
「ありがとう……。主君は……その……」
無理して褒めようとしなくていいぞ。
日本人顔なのだから似合わないのはしょうがないっての。
このまま少し雑談をしつつ、時間を潰しているとステージにはマスクをつけた副隊長が現れる。
よく見ると首には俺が作ってアイリスに渡した拡声効果のあるアクセサリーが下げられているようだ。
『レディイイイイッスエエエエエエンジェントルメエエエエエエエエエン! 大変長らくお待たせいたしました! これより、オークションを開催シマアアアアアアアッス!』
前回と一字一句違わぬスタートの合図。
相変わらず、体張ってるなあ……。
でも、アクセサリーを使っているようだから負担は減っているのかな?
というか、先ほどテレサに思い切りボディに入れられて悶絶していたがもう復活してるのか……。
さてさて、前回同様ルール説明を終えて早速一品目の紹介が始まった。
奴隷、宝石、武器、など様々な商品が紹介され今回も多額の金が一夜にして動いており、その一割が入る教会はうはうはだろう。
「ご主人、今の羊人族の子可愛くなかったっすか?」
「そうだな。愛想よく振舞っていたけど……2800万ノールなんて思ったよりも安かったな」
先ほどの羊のようにふわふわした白い髪と巻き角の女の子はこちらに向かって愛想良く手を振り、水着並に小さな生地の服でアピールを重ねていたが、結果は振るわず2800万ノールで落札されてしまっていた。
「前回は比較的悲壮感を漂わせていた奴隷が多かったけど、ああいう子もいるんだな……」
「多分っすけど、今回終わって買い手がいなかったら、闇の奴隷市行きって言われてるんだと思うっすよ」
「それでも、より裕福な家に買われたかったのだろう。見初められれば成り上がりも期待できると考え、よりお金持ちの家を求めたのだろうな」
あー確かに。お金好きそうな顔をしていたな。
値段が上がるたびに笑顔が一瞬ヒクリと釣りあがっていたのを、俺は見逃さなかった。
「それに、お金持ちの家は比較的待遇も悪くないっすからね。ご飯のグレードも、房事の回数も楽になるっすから」
「ご飯はわからないでもないけど……房事もか?」
「お金持ちは多くの美女を侍らせるもんっすよ。そりゃあ最初は多いかもしれないっすけど、飽きっぽいって言った方が、的確っすかね」
あーなるほど。
金はあっても身分からお店に行くわけには行かず、だけど好色ならば奴隷を買って……という事か。
「ご主人的に、あの子は買いたくならなかったんすか?」
「まあ……今回の目的はあくまでもハーフエルフだからな。余計な買い物はしないよ」
キリッ!
決まったな。って、見てないし……。
冗談は置いておきハーフエルフのあの子を確実に買えるようにしておかないとだからな。
出来れば競り落としてから別の物を吟味したいところなんだが……それまでは余計な買い物は……よっぽどでない限りは我慢しようと思っている。
『それでは続いての商品です! こちらはお隣帝国の特産品! まだ王都にすら流通していない高級菓子です! 黒い! ほろ苦い! だが甘くて美味い! こちらの寸胴いっぱいに入った『チョクォ』を舐めれば貴方も虜になりますよ! それでは! 300万ノールから! 単位は10万ノールです!』
「なっ……!」
ガタっと椅子を鳴らして思わず立ち上がりそうになる。
オークション中に立ち上がるのは原則禁止なのだが、それほどにあの寸胴の中身をしっかりと見定めたかった。
「主君?」
「どうしたんすか?」
「いや……その、だな……」
「あれが欲しいのか?」
そうなのだが、つい今しがた余計な買い物はしないとキメ顔で言った手前正直には答えづらい男心なのだ。
それにチョコに300万ノール……。
余裕で買えはするが、元の世界では考えにくい値段だ。
だが、あれは喉から手が出るほどに欲しい……。
だって、あれは、紛れも無くチョコだぜ?
ああ、懐かしき元の世界のチョコレートの味……。
『さあ、23番さん400万、82番さん450万ノールが出ました!』
チョコといえばバレンタインだが……思い出したのは会社での出来事。
確かあの日も残業だったな。
空ろな目をした俺達に、お局さんがくれた小さなチョコレート……。
その甘さに癒された! ……のではなく、苦さで気合を入れて目を覚ませとビターすぎたチョコの味……。
ダメだダメだ! 最後のチョコの思い出がこんなのだなんて許されない! 払拭せねば……。
「主君。そこまで欲しいのなら遠慮しなくてもいいのだぞ?」
「そうっすよー。温泉の時と同じ顔してるっす」
それってどんな顔なんだよ……。
でも、確かに温泉並みに欲しいかもしれない。
『さあ、他にいませんか? 450万ノールで決まりでよろしいですか?』
「ほら、そろそろいかないとまずいっすよー」
「ウェンディには、後で私達からもフォローしておくぞ」
「……悪い。お言葉に甘えるぞ」
俺は副隊長に向けて、5本の指を広げてみせる。
『さあ、77番さんが500万ノールです! よろしいですか? 他にいませんか!?』
少しの沈黙の後、副隊長が息を吸う。
そして……。
『77番さん500万ノールで落札です!』
聞こえはしないがきっと会場からは拍手が響いていることだろう。
俺は椅子に深く座りなおし、ふうと一息をついた。
「おめでとう」
「おめでとうっすー! 嬉しそうな顔してるっすよー」
「ああ、ありがとう」
何ともいえない満足感だな……。
チョコ……チョコが食べられるのか……。
「アレで何か作るんすかね?」
「そうだな。とびきり美味い物を作るよ」
アイス、パフェ、ケーキ、クレープにクッキー、なんにだって使えるのがチョコの魅力だ。
今から何を作ろうか迷ってしまう。
「ならば、ウェンディも間違いなく納得するだろうな。私も……楽しみにしていていいだろうか?」
「勿論。皆に振舞うよ」
「わーい。やったっすー!」
レンゲも手を上げて喜んでいるようだが、もう次の商品説明がされているので勘違いでカウントされないようにしてくれよ?
今の商品、遺跡から発掘された考古品とか全く興味が無いからな……?
『さあ、次の商品に参りましょう! ……っと、次はハーフエルフの美少女です!』
「ついに来たっすね……」
「ああ……」
「む? 少し……様子がおかしくないか?」
連れられて来たハーフエルフは、自分の足で歩かずにフードを被った屈強な男に支えられながらゆっくりと脚を引きずりつつ現れた。
「前回と、まるで違うじゃねえか……」
この前見たときは、俺達を睨みつけ憎むような視線を向けていた。
見た目も美しく綺麗なプラチナブロンドの長い髪が特徴的な美人さんだったのに……今は覇気どころか元気すら垣間見えない。
『彼女はまだ一生の誓いを定めてはいません……。ですが、見ての通り衰弱しております』
「一生の誓い?」
「ハーフエルフが生涯ただ一人、体を許すとされる相手の事っすね……。スキル耐性を超えた拒絶の力を唯一効かなくするスキルっすよ」
「それを前の主人に使わなかったのだろう……。だからあんなにも……目に力がないのだろう……。おそらく、最低限の食事だけを与え軟禁されていたのかもしれないな……」
「だからか……」
良く見ればいたるところが細い。というか、細すぎる。
贅肉どころか、必要な筋力すら足りていないように思えてくるほどにガリガリになってしまっていた。
栄養失調を起こしているのかもしれない状況である。
『……価格は200万ノールから、単位は10万ノールです。それでは、競売を開始いたします』
副隊長のあからさまに怒気を含んでいる開始の宣言。
そして俺はすぐに指を5本広げて見せる。
『77番さん250万! 2番さんすぐに300万です!』
「俺以外にも買おうとしているやつがいるんだな……」
「……下衆な話っすけど、あそこまで心が蝕まれていれば落せると考える輩が出てきてもおかしくないっすよ」
「ただ、貴族はあまりハーフエルフを家に入れたがらないのだがな……」
「と言う事は相手は貴族以外ってところか……」
俺はすぐさま指を広げ、更に値段を上げる。
というか指を変えるつもりも下げるつもりもない。
このまま、落としきるまで上げ続けさせてもらおう。
『77番さん350! 2番さん380万ノール! おおっと、77番さん430万ノールです!』
「ご主人……?」
「ああ。いくら掛かっても競り落とすぞ」
「わかった。私達も止めはしないよ」
止められたって、止まる気はないけどな。
っていうか、止めるんじゃねえぞ。
『さあ、2番さん450万! おおっと、77番さんすぐさま500万ノールだあああああ!』
副隊長と目が合うと、副隊長は俺へと少し笑顔を向けてくれる。
わかってる。大丈夫だ。と言わんばかりに俺はうなずく。
『500万ノールです! これ以上はいませんか!? よろしいですか!? おっと、2番さん550万! 息を吹き返したぞおおおお! だが、77番さん600万ノール!』
2番が誰だか知らないが、俺に譲る気がないのはもうわかっているだろう。
いくらでも相手になってやる。
『ここで35番さんが650万ノール! だが、77番さんが追随を許さない! 700万ノールだああああ! よろしいですか? もういらっしゃいませんか!? それでは、77番さんが落札です!』
俺は、先ほどとは違って落札できたけれど落ち着く事はできなかった。
目的は果たした……だが、あそこまで追い詰められた彼女に対し、俺はフリードとの約束を果たせるのだろうか……。
おそらく、とても強く人族を恨んでいるだろう。
まずは彼女の体力回復が最優先ではあるが、その後……どうなるか……。
「ご主人は、ご主人のまま接すればいいっすよ」
「ああ。いつも通りの主君でいれば、きっと大丈夫だ」
俺の気持ちを察してか、レンゲとアイナに優しく横から抱きしめられる。
ありがたいとは思いつつ俺は、その後の競売には参加する気が起きなかった。
そしてそのまま競売が終わるまで考え事にふけるのであった。




