7-9 幸せ・願望 おもてなし
どどどどどど、どうする?
この格好はまずいよな? どこかで着替えてくるか?
というか、そもそもなんで相手が皇族なのを黙ってやがったんだ?
アイリスお前楽しそうににやけてないで、ちゃんと説明してくれませんかね!?
「アイリス? 固まっているようだが……話しておかなかったのか?」
「うむ。見事に固まっておるな! 来るまで秘密にしておって正解じゃった。というかあやつ、悩んでいながらもお主の胸しか見ておらぬのではないか?」
「そうみたいだな。流石にここまで情熱的に、愚直に真っ直ぐに見つめられるのは初めての体験だぞ」
しまった! まだ見てしまっていた!
無意識のまま胸を食い入るように見てしまった!
これは無礼打ちか? よし、最悪逃げるか……。
「……早く挨拶しなさい。そろそろ失礼よ」
「あ、ほ、本日はよろしくお願いします」
「自己紹介も」
あ、えっと、そうか。サンキューアヤメさん。
てんぱってしまい、思考が追いついていなかったので助かったよ。
「普段はアインズヘイルで錬金術師をしている忍宮一樹です。趣味で料理を少々嗜んでおり、アイリス様に気に入っていただいたようでして……。その、本日はよろしくお願いします」
「二度もよろしくされてしまったな。緊張せずとも良い。今回は我とアイリスの私的な茶会だ。よっぽどでなければ無礼打ちする事も無いので、貴方も楽しんでおくれ」
「はいっ!」
思わず畏まってしまった。
アイリスと違って気品に満ちており、アイリスと違って懐の大きさを感じ、アイリスと違って胸が大きく、アイリスと違って大人の女性である彼女に、緊張してしまっていたのかもしれない。
いやあ、凄いね大人の女性って。
「それにしても、貴方は大きな胸が好きなのか?」
「はい! 大好きでぐあぼ!」
「口に気をつけなさい。あなたの首が刎ね飛ばされても知らないわよ」
「う、うっす……」
アヤメさんの肘鉄が……バッチリわき腹にはいった……。
好きかと問われたから素直に答えようとしただけなのに……。
「ふふ。そうかそうか。それならばもう少し近くで見るか? 私にとっては邪魔な物だが、貴方にとっては素晴らしい物なのだろう?」
「い、いいんですかぁー!? うぁっと、危ない!」
流石に二発目は避けるぜ!
これでも最近鍛えて……あ、ごめんなさい睨まないでください。ちゃんと当たります。ごめんなさい!
「調子に乗らないように」
「はいんんーっ!」
……あっぱ……痛……。
シロ、大丈夫だから暴れださないでね?
「ふふふ。面白い男だな。じっくり見ても構わないが……我を満足させる事ができたらだぞ?」
え、満足させる……?
…………むふふ。
あ、やめて! もう叩かないで!
わかってるから! お菓子のことでしょ!
大丈夫だから!
「……さて、談笑も良いが、そろそろ本題に入ろうかの」
「そうだな。続きは後の楽しみに取っておこう。それで、今回はアイリスが見つけた『生涯の伴侶レベルの菓子』であったな」
「うむ。これにはシシリアも度肝抜かれるじゃろうな。わらわの勝ちは既に手の中にあるのじゃ」
「前回は我のチョクォの前に放心しておったと思ったのだが……?」
「ふん。余裕ぶっていられるのも今のうちじゃ! おぬしなどわらわお気に入りのアイスを食べたらトロットロじゃぞ? もう、ふにゃーってなって椅子から転げ落ちるわ!」
「ほーう。それは楽しみだな。確かアイリスはチョクォを食べたときに椅子から滑り落ちていたが」
「アレ以上の衝撃じゃったもん! ええい、問答は無用! 頼むぞ!」
頼むも何も……勝負だったなんて聞いてないぞ?
負けたら……というか、勝敗の基準なんてお互いの個人的嗜好次第だろうし、というかそもそも……。
「先に聞いておきたいのですが俺は平民です。皇族のシシリア様が平民の出す物を食べて大丈夫なのでしょうか?」
「安心せい。帝国は実力至上主義。実力がある者は平民であろうと認められ、実力無き者は皇族であろうと排除されるのが帝国の理だ。アイリスに認められた時点で実力があるのはわかる。だから、問題など何もないぞ」
実力至上主義。
出来る奴は上に登り、出来ないやつは落ちていく弱肉強食の国なのか……。
ノシ上がるのならば最高かもしれないが、俺には肌が合わなさそうだな。
「わかりました。それではまずはシンプルなものからお召し上がりください」
ワゴンから取り出したように見せた真っ白なバニルアイスを、小さめのディッシャーで丸く削り取ってそのままの物をまず出してみる。
「ありがとう。本当に、随分とシンプルなものなのだな」
「まずはアイス自体の味をお楽しみください」
アイリスの方にも……と思ったところで、小さないたずらを思いつき、先ほど黙っていた事に対してやり返す事にした。
「あ、申し訳ございません。アイリス様の分が足りません……」
「なぁっ!? う、嘘じゃろ!?」
「はい。嘘です」
「き、貴様ぁぁあああ! わらわ泣きそうになったぞ!」
いいじゃないかこれくらいの悪戯は……。
ほら、ジャムも各種用意していますよ。
モモモにリンプル、オランゲにマスカト、レモニアもあるぞっと。
「ぬ? 少し小さくないか?」
「今回はアイスがもう一つございますので、おなかを壊さぬように小さくしました」
「おお、先ほど言っておったやつじゃな! うむ! ならばよい! それではシシリアよ、食べようではないか!」
「ああ。真っ白で甘い香りだな……では一口」
「……シシリア様。まずは私が毒見を……」
「む、大丈夫だと思うが……すまない、よろしいか?」
「はい。勿論です。御身を思えば当然の事かと」
シシリアの後ろに控えていた鎧騎士が兜を外すと、その姿に少し驚いてしまう。
長い金髪が兜を外した事により現れ、そして凛とした表情の真面目そうな女騎士だったのだ。
「では、失礼致します……」
銀の匙でアイスを削り、口に運ぶ。
その時、一瞬だが目を見開いたように見えたのだがすぐに戻り、吟味を終えると匙を置いた。
「問題ありません。大変美味しゅうございました」
「そうか。ではいただくとしよう」
「うむ! 腰を抜かすが良い!」
「では、俺は次の準備に入りますので……」
返事を待たずに、俺はワゴンの上に次々と材料を出していく。
魔法空間からなので、なるべく早くばれないようにね。
まずは特殊な装置。
これは今回作るデザートのための特別な装置だ。
そして装置のサイズに合わせた大理石を出して、ストロングベリー、クランブルーベリー、そしてバニルアイスも取り出しておく。
あとは焼き菓子の器と、ジャムはテーブルの上にもあるがこちらはストロングベリーの特別製だ。
どちらかといえばイチゴソースに近いだろうか。
二本の金属製の特殊なヘラも出してこれで準備完了っと。
「あの、見ていても良いですか?」
顔を上げると、俺の手元を覗き込んでいるのは先ほどの女騎士さん。
堅物なのかとも思ったのだが、そうでもないらしい。
「構いませんよ。でしたら味見もお願いできますか? 実はこれを作るのは初めてなので……」
「わかりました。初めて作るものをシシリア様にお出しするなんて、随分と肝が据わっていらっしゃるんですね」
「前の世界の知識が元になっていますから、大きく外れる心配が無いだけですよ」
「なるほど……流れ人なのですか。あ、失礼しました、自己紹介が遅れてしまいましたね。私、シシリア様の護衛を勤めさせていただいておりますセレンと申します。以後お見知りおきを。先ほどのアイスはとても美味しゅうございました!」
「ありがとうございます。一瞬目を見開いたように見えたので、お口に合わなかったかと思ったのですが、喜んでいただけたようで幸いです」
セレンさんは一瞬はっとしたかと思うと頬を少し染めて恥ずかしそうにしてしまう。
「ああ、気づかれてしまいましたか……。鍛錬が足りませんね……。なるべく護衛として凛とした態度でいたいのですが……まだまだです!」
努力家で真面目な女の子なのかな?
アイナに少し似ているかもしれないが、アイナの方がもう少し凛としていて綺麗かな?
セレンさんはまだ発展途上で、可愛い系の子が努力して綺麗に変わろうとしているような感じだ。
でも、実力至上主義の帝国でシシリアの護衛になるって事はこの子も相当な実力者ということだろう。
「ふう……あっという間に食べ終えてしまった……」
「どうじゃったどうじゃった? わらわの生涯の伴侶レベルの味は!」
「美味しかったよ。初めて食べたが、冷たい上に濃厚でジャムとの相性も素晴らしかった。これは流石に勝ちを譲ってやってもいいが……あともう一歩欲しいところだな」
「むっふっふー! 素直じゃないのう。じゃが! こやつの新作がまだ残っておるからな! 期待しているぞ!」
「はいはい。ちょっと時間を貰うけど、美味しいのは保証するよ」
なんせあの格別な美味しさのストロングベリーを使うのだ。
これで美味くないわけが無い。
……とは言っても、俺は約束があるから味見も出来ないんだけどな。
装置に大理石を置き、スイッチオン。
元々冷たく冷やしておいた大理石が、更に冷たくなりそのままの状態で温度を低いまま保てるという装置だ。
さて、それでは始めよう。
キンキンに冷えた大理石に、次々と材料を投下していく。
バニルアイスを落として特別なヘラを用いて裂くように崩して広げていき、そこに次々と凍らせたベリー類を投下。
カカカカッと素早く切り刻み、アイスに乗せて更に刻み混ぜていく。
白いバニルアイスに、赤と紫のベリーが混ざっていき徐々に姿を変えていく。
「っと、そろそろいいかな? はい、あーん」
銀の匙を手に取り、赤と白のコントラストが出来上がったアイスを掬ってセレンさんの前に突き出した。
「え、ええ!?」
「味見。してくれるんですよね?」
「そ、そうですけど……」
「アイス固まっちゃいますので、早めにお願いします」
「あ、はい! で、では……」
セレンさんの口に入るのを確認し、匙を引き抜くとワゴンに置き、すぐに俺はアイスを刻み、伸ばし、混ぜ合わせていく。
「どうですか?」
「わあ……。これは、凄いですね……。取り繕う事も難しいほど、美味しいです!」
その返事に満足し、俺は混ぜていた手を止めてアイスを一つの塊に纏める。
器とする焼き菓子を皿に乗せ、その上に出来上がったアイスを乗せ、冷凍したストロングベリーを切り刻み上から降りかける。
最後にストロングベリーのソースをかければ完成だ。
「これは……美しいな」
「うむ。わらわも食べた事は無いが、既に断言できる。これは、今迄で一番美味いだろうな」
確か名前はチョップド・アイスだったか?
正確には違ったかもしれないが、ただのアイスよりも柔らかく、だが冷たい。
舌触りや、切り刻んだ冷凍果実が磨り潰して混ぜ込んでいるわけでは無いので、歯ごたえなどアクセントとなるのが特徴的なアイスだ。
「それじゃあどうぞ。器も食べられるので一緒に食べるなど、味の変化や食感の違いもお楽しみください」
「うむ! これは……涎が止まらぬな!」
「食べるのが勿体無いと思えてしまうな……。見ろアイリス。こんなにも輝いているストロングベリーは初めて見るぞ」
「それは特別なストロングベリーですから。格別に美味しいと思いますよ」
なんせ契約まで結んで摘み取った……というか、自ら飛び込んできた者達だからな。
王族と皇族に食べられるのならば、本望だろう……ということにしておこう。
「では早速食べるのじゃ! 美味ッ! 美味ぁ! なんじゃこれ!? なんじゃこれは!?」
「これは……凄まじいな。アイスとストロングベリーの二種類の甘さ。そしてストロングベリーの酸っぱさがより甘さを引き立てているな」
「甘酸っぱい! じゃが、上品じゃ! 冷凍され刻まれたストロングベリーもまた美味い! わらわこれ好き!」
「はい、アヤメさんもセレンさんもどうぞ。皆の分は、このあとでね」
余った材料で二人分をとりあえず作ってしまい、皆には家に帰った後に振舞わせてもらおう。
「私は大丈夫です。今は護衛中ですので……アイリス様がおかわりを所望するでしょうから、差し上げてください」
「お代わり用はもうあるから遠慮しなくていいよ。気になってるみたいだし……無理にとは言わないけど」
「……では、いただきます」
「わ、私もいただきます!」
二人がアイスを受け取り、俺は一歩後ろへと下がる。
アイリスとシシリアが美味しそうに食べては感想を述べ合い、アヤメさんとセレンさんが立ったまま頬を緩ませる様子をたっぷりと眺めさせてもらう事にした。
最初はどうなるかと思ったが、シシリア様に言われたとおり、俺もこの光景を楽しませていただきました。
やはり女の子が顔をほころばせている光景は目の保養になりますね。ご馳走様でした!
次の話はこれの続き予定。
そして、更に次でオークションへ……行けるかなー? くらい?
テレサとの絡みも含めたいんだけど……今回じゃなく、別の機会でガッツリ挟もうかなと。
お知らせがあります!
活動報告でご確認をお願いしますね!
2巻の情報も、少しだけありますよー!




