7-3 幸せ・願望 果実狩り
誤解も無事に解け、オリゴールは引き取りに来たソーマとウォーカスによってあの格好のまま引きずられていった。
多分だが、馬車で来ているのだろう。
流石にあの格好のまま街中を歩かせる真似はしないよな。そうに違いない。
アイリスも、この後用事があり王都に戻るとの事。
最後にアイスを食べないと戻れないというわがままで残っていたらしい。
流石アイリス、自由だなぁ……。
そして、見送りをしたときの事だ。
『お主に頼みがあるのじゃが……このタイミングだと断わりづらいかも知れぬが、無理なら断わってくれて構わん。今度王都に来た時にわらわの友人に菓子を作ってはくれぬか?』
と、らしくもなく普通にお願いをされたのだ。
アイリスなら、今度菓子を作れ! 家を広くしてやったのじゃからそれくらい聞いてくれるじゃろ? ん? くらいは言いそうなもんだけどな。
でもまあ、どうやら困っている様子だし、王都に出向く用事もあるのでそのお願いは受ける事にした。
そして今俺はどこにいるのかと言うと……。
「ご主人様! このモモモ凄く甘いですよ!」
「おーう。今行く」
皆で果樹園にやってきました。
アイリス用に何か美味しい果実はないかと探しに朝市に行ったのだが、めぼしいものが見当たらなかったのだ。
すると、いつも野菜や果物を売ってくれるおばちゃんが
『それならうちの農園に来ないかい? 採りたてならもっと美味しいのがあるはずだよ』
と言ってくれたので、果実狩りに来たというわけである。
……まあ、ただの果実狩り……って訳にいかないのが異世界な訳だが。
「こら! 待ちなさいよ! 美味しく食べてあげるから!」
「レンゲ! そっちに行ったぞ!」
「はいっす! 観念するっすよー!」
目の前では果実と追いかけっこをする紅い戦線のお三方。
そりゃあ野菜に足が生えてるんだから、果実だって逃げるよね。
転がったり、飛び跳ねたり、速球のように真っ直ぐに飛んで行ったりと多種多様に逃げ回っているのだ。
俺はというと、動かずにいる果実の四方を『不可視の牢獄』で囲み、動けないうちにすっと取らせてもらっている。
「主、ずるい」
「俺が追いつけるわけないだろ……。知恵だ知恵」
さっき足で追いかけたけど全く追いつかなかったんだよ。
俺が足を止めたらあのリンプルも足を止めて、俺がダッシュするとまた加速するんだよ。
あざ笑われている気しかしなかった。
だが、進行方向に『不可視の牢獄』を置くと、悲しい事にぶつかって潰されてしまったのだ……。
「んんー! バナナナ甘い。はい、主にもあげる」
「バナナナって言うのか。バナナかと思ったけど……ナが1つ多いのか。これはシェイクにも使えそうだな」
シロがもひもひと食べているのは見た目完全にバナナなのだが、バナナナらしい。
糖度が高いが、食感もそのままバナナだったので扱いやすそうだ。
「ふはははは! グレーブドなんて朝飯前っすよ!」
レンゲが散弾銃のように乱発されているぶどうのような果実を一発残らずキャッチしていたり、
「ふっ……!」
アイナが飛び込んでくるパパインを両手でがっしりと掴んでいたり、
「よい、しょっと!」
ソルテはマママンゴーを片手で軽々と捕まえてしまっている。
「ウェンディ、一緒に食べよっか」
「はい。ありがとうございます」
ウェンディも一生懸命に追いかけていたのだが、俺と一緒に挫折した組だ。
なのでソルテにマママンゴーを分けてもらい美味しそうに仲良く食べていた。
「魔法を使えば……」
と言っていたのだが、一応止めておいた。
「そういえば、ストロングベリーはないのか?」
「あるよ。見に行くかい?」
小粒のストロングベリーもやはり歩いたり飛んだりするのだろうか?
おばさんの旦那さんに連れられて、天井の開いたハウスに行ってみると見た目は普通のイチゴと同じように株から普通に生えていた。
あれ? ストロングベリーは動かないのか?
それか夜行性とかなのかな?
と、腕を伸ばしてみたのだが……。
「ああ! 危ない!」
「え?」
おじさんの声に反応するよりも早く、俺の掌に衝撃が走り弾き飛ばされてしまう。
「い、痛えええええええ!!」
少し遅れて痛みが走る。
なんだ!? 何があったんだ!?
「駄目だよ! 無闇に手を伸ばしちゃ! 無理に取ろうとすると、種を飛ばしてくるんだ!」
「た、種……?」
なるほど、俺が手を伸ばしたから種を飛ばしてきたのか。
いや、それにしてもあの衝撃、小さな種のものじゃなかったぞ。
力を抜いていたとはいえ腕を弾き飛ばしたわけだからな。
……なるほど。だから『ストロング』ベリーなのか。
「じゃあ、どうやって取……る……?」
おじさんの方を見ると、何故か株に向かって土下座をしている。
「お願いします! どうか! どうか私めの為に御身を捧げてはいただけないでしょうか!」
あ、お願いするんだ!
結構シンプルなのね!
何度も頭を上げては下げてを繰り返していくと、徐々におじさんの前の袋に自ら入っていくストロングベリーがちらほら現れはじめる。
でも、その動きはなんだか鈍く、『やれやれ仕方ねえな』といった本音が見えてしまっていた。
「……って感じだ。後は頑張んな」
立ち上がったおじさんはキリッとした態度で手に入れた袋を見せ付けてくるのだが……今は格好つけても格好良くは見えない。
だが、要領はわかったので俺流でいかせてもらおう。
一人ハウスに残された俺は、まずこいつらと意思の疎通が出来るのかを確かめるため、手をゆっくりと差し出してみる。
ストロングベリーから、警戒している様子が伝わってくるので途中で止める。
「俺の言葉がわかるなら、種を飛ばしてみてくれ」
すると、ストロングベリーは少し時間を置いてから俺の手へ向けて種を飛ばす。
だが、俺の手には当たらないと言う事は俺の言葉がわかると言う事だろう。
よし、ならば見せてやる。俺の交渉術を。
土下座は最後の手段だ。
美味しいお前たちをより美味しくいただくために俺の本気……見せてあげよう。
水桶と、確保用の袋を前に並べて株達から距離を取る。
目線を下げる為に俺も地面へと座り、さあ始めよう。
ここからは、俺とお前達との真剣勝負だ!
取り出したのはカットしてある真っ白なショートケーキ。
スポンジとホイップクリームだけのシンプルなもので、後で果実とあわせて食べようと用意しておいたものだ。
「さて、これはケーキという。甘さで言えば、お前達よりもずっと甘い代物だ。見ての通り真っ白で美しいが……見た目にも味にも彩りが足りないんだ」
勿論返事は無い。だが、どこか『ほう』という声が聞こえてきた気がした。
「お前達にもプライドはあるだろう。食べられるのが運命だなんて、抗うのも当然だと思う。だけどな、薄々は気づいているんだろう? お前らの糖度や、その赤みは何の為にあるのかを」
『……』
無言の肯定として取らせてもらう。
傍目から見れば何を株に向かってご高説を説いているのだろうと言う状況だろうが、気にしちゃいけない。
「どうせなら、自分の美味さに自信があるのなら、一花咲かせないか? このケーキの上に鎮座するお前達の圧倒的存在感と美しさを、可愛い女の子達に食べてもらいたいと思わないか?」
少し待つ。
自分が食べられるという運命を受け止めるには、時間が必要だという事もわかる。
だが、俺なら……食べられるか、腐り落ちるかの二択ならば、食べられて可愛い女の子を笑顔にする方を選ぶ。
だから、俺はお前達を信じて待つ。
すると暫くの沈黙を経て一粒のストロングベリーが落ち、飛び跳ねて水桶の中に入る。
「……お前の勇気ある行動、感謝する。安心してくれ、約束は必ず守ろう。お前を最高に美しく、最高に美味しく美少女に食べてもらおう」
掌を広げると、水浴びを終えたストロングベリーが飛び乗ってくる。
『任せた』
そんな声が聞こえた気がした。
「主、何してるの?」
「シロか。最高のケーキがあるんだが、食べるか?」
「最高のケーキ? ん、食べる」
「じゃあ、少し待っていてくれ」
『この子が、俺の運命か』
「ああ、うちの大事な勇気も度胸も一流の美少女だよ。勇敢なお前には、相応しい相手だと思う」
「主?」
シロ、悪いけどスルーさせてくれ。素面になるときつい。
勇気あるお前にすることはただヘタをとることだけだ。
それ以上の加工は要らない。
それだけでも十分美しいストロングベリーは、ケーキの上に鎮座すると宝石のような輝きを放っていた。
「おおー! 主、ストロングベリーが輝いてる!」
「だな……美しいな」
先ほどおじさんが入手したストロングベリーとはまるで輝きが違う。
生きているのなら、状態によっても味が変わる事は予想できる。
それならば、自らの意思で前向きに食べられる時が一番美味いと思うのだった。
「あーん」
「まずはケーキからな」
「ん。美味しい」
「それじゃあ、今度は一緒にな……」
ストロングベリーを含めたケーキをシロの口へと運ぶ。
シロの口の中に消える最後の一瞬まで輝きを失わないストロングベリーは、『またな』と、仲間達に告げたあとに消えていった。
「んんー! 凄く美味しい! 酸っぱいのが一瞬来て、そのあとすぐにとっても甘いの! 今まで食べた中で一番美味しい!」
ぱぁぁぁっとストロングベリーの輝きが移ったかのように瞳を輝かせるシロ。
「美味かったか?」
「うん! 美味しかった」
シロはきっちりご馳走様を済ませて、俺の横に座ってしまう。
続きをしなければならないのだが、うーん……いや、恥ずかしがっているべきではないな。
これはチャンスだ。
「だ、そうだ。今の光景を見て……どう思ったかなんてのは聞かない。ただ、チャンスは今だけだ。俺達が次に何時来るかはわからないからな」
すると、次々に水桶へと入り始める。
だが、やはりそう多くはないのが現状か。
「よし、お前達はこっちの袋に入ってくれ。シロだけじゃなく、まだまだ可愛い女の子はたくさんいるからな」
こいつらはアイリスと友人にお菓子を振る舞う際に使わせてもらおう。
さて、残ったこいつらは……先ほどの奴らに比べて色が少しだけ劣る物が多いな。
つまり、自信が無い者達だろうか。
ならば……。
魔法空間から俺はジャムの瓶を取り出す。
「これは、ジャムという砂糖とお前達を煮て作るものだ。俺はお前達に嘘をつきたくないから正直に言おう。これは、お前達を切り刻み、磨り潰し、煮て作る。残酷な調理法だろう……。だが……自信の無いお前達でも、より多くの人を笑顔に出来る代物だ」
「ん、とても美味しい。アイスにも、パンにも合う。シロも大好き」
シロも俺の意図を理解したのか、援護射撃をしてくれる。
その結果、自信はなさげだが数多くのストロングベリーが水桶に入っていく。
だが、このままで味は向上しない。
「安心してくれ、お前達も必ず輝ける。想像しろ。かわいい女の子たちがお前達を嬉しそうに頬張る姿を! 小さなお口に、ぷるぷるの唇に吸い込まれる自分の姿を!」
すると、徐々に輝き出すストロングベリー達。
そうだ! お前達は出来る奴らだ!
これで上質なストロングベリーが手に入った。
王族の友達……なんて、きっと貴族だろう。
貴族の口に入る物を適当に……と出来ない以上、上質な素材は喜ばしい限りだ。
……もし友人に男がいた場合、どうしようもないのだが……まあ、その時はその時だ。すまんと、心の中で謝っておこう。
残ったストロングベリーはきっと性別的に女性なのだろう。
ならば、イケメンで英雄な男に、と条件を出すともの凄い勢いで水桶に入ってきた。
おじさんが帰ってくる頃には、それぞれの好みに合った相手を提示した事により、取りすぎだ! と言われるほどになってしまった。
……調子に乗りすぎたか……。




