7-2 幸せ・願望 俺の家……
事の始まりは俺がアイリスにそろそろ到着すると連絡を入れた時の事だ。
『そうかそうか。おぬし家を見たらきっと驚くぞ』
と、何とも不安になるような事を言っていたので、急いで真っ直ぐ俺の家へと向かう事にしたのだ。
そして、目の前にあったのは悪い意味ではなく、変わり果てた俺の家……。
さて……俺は目の前の光景のどこから突っ込めばいいのだろうか。
1、ローライズと布を貼り付けただけで恥部を隠し、俺の家の門の前で倒れている領主様。
2、俺の家が少し大きくなっていて、隣家が無くなった代わりに新たに二軒建物が建ち、更にはその二軒の庭と俺の庭の間には壁が無く、1つの敷地となっている事。
3、俺の家の門の前に、アイリスの忍らしき小さな獣耳少女がいること。
あの獣耳と尻尾は狸……かな? 狸人族なのかな?
尻尾がボリューミーで素晴らしい。
よし。3だな。
「おーい。アイリスのとこの――」
「ちょっと待って欲しいんだけど! なんでボクを無視するのかな!?」
オリゴールの横を通り抜けようとしたら、ガバっと起き上がり脚をつかまれる。
おい、放せ。俺が変態の仲間に見られるだろうが。
「まずほら! こんな美少女がこんな格好をしている事に突っ込んでよ!」
「年を考えろよ……」
「求めてた突っ込みと違う! それは別に問題はないんじゃないかな!?」
いや問題しかない。
そもそも室内ならともかく屋外で、その格好の領主ってどうなんだよ。
支持率下がらないのか? リコールが起きて解任なんて事も十分ありえるだろうに。
「はいはい。それで、どうしたんだよ」
「おざなり! ここは自分のシャツを脱いでボクにそっと優しくするとかあるんじゃないの!? せっかくお兄ちゃんの為に頑張ってたのに!」
「俺の為に……?」
もしかして、俺の帰りを迎えるための渾身のギャグだったのだろうか?
それならば悪いことをした。
しっかりと評価せねば。
「……4点」
「10点満点なのかなぁ!?」
「いや、残念ながら100点満点だ」
「酷い! 酷いよあんまりだぁぁぁああ! ボクはあまりの悲しみに感情を爆発させてすっきりさせてもらうよ!」
「どうぞ。それで、どうしてこうなったんだよ……」
「あ、聞きたいかい? しょうがな」
「おまちしておりましたー! 中でアイリス様がお待ちです! どうぞ!」
「……お、おう」
後ろから門番ちゃんに遮られてしまったオリゴールがしょぼんとしていたのだが、門番ちゃんが中へと通してくれる事となった。
「へへ……うへへへ」
「おい、変な笑い方をするなよ」
「だって見てくれよ。今ボクはお姫様だっこしてもらってるんだぜ? そりゃあ笑顔だって溢れるもんさ」
しょぼんとしたオリゴールが余りに惨めだったのでしょうがなく家の中に入れることにしただけだ。
別に露出過多のオリゴールに触りたかったわけじゃない。
子供みたいに柔らかい肌や感触に興奮などしていない。
していないから、後ろからジト目はやめてください。
「おや、おかえりなさい」
「アヤメ……さん?」
扉を開けた先にいたのはアヤメさん。
アヤメさんなのだが、普段着にエプロン姿という珍しい格好だったので、じっくりと脳内に保存するために疑問系になってしまった。
「変態同士は惹かれあうのですね。そちらの変態はそこらへんに放っておいて構いませんよ」
心外だ。こんなSクラスの変態と一緒にしないでくれ。
「お前一体何したんだよ……」
「何もしてないよ! ちなみに今のアヤメちゃんは穿いて――」
「ぶち殺しますよ?」
容赦なく肘を落としておいて、更には背筋も凍るようなトーンで脅しをかけるアヤメさん。
オリゴールは声無き声を上げたあと、力なく動かなくなってしまった。
いや本当に、何をしたら一体ここまで嫌われる事が出来るんだ?
仕方なく、オリゴールをアイナとレンゲに渡して俺の部屋に寝かせてきてもらう事にした。
アイナとレンゲには回復ポーションを預けており、気がついたら飲ませてやってくれと頼んである。
「さて、アイリス様の元に向かいましょう。そこで全てご説明いたしますので」
アヤメさんの後についていくと、そこは何故か俺の仕事部屋である錬金室だった。
扉を開けて中に入ると、涼しい空気を肌に感じる。
「ふわぁぁぁ……この部屋快適すぎじゃろ……。あとはアイスがあれば完璧なのじゃが……」
ええっと……。
「む。帰ってきおったか。早速じゃがこの部屋でアイスを食べたいんじゃが」
「いや、まず突っ込ませろ」
「この姿に発情して、わらわにまずツッコムじゃと……この変態が!」
「そっちじゃねえ!」
なんでアイリスもオリゴールと同じような格好をしてるんだよ!
アイリスはかろうじて上着は着ているみたいだが、大差ない。むしろより変態に見える。
そんな姿のアイリスが、俺の仕事椅子に座り大股をあけて寛いでいたのだ。
「アイリス様! もう家主が帰ってこられたのですから服を着てください!」
「ん、休みの日くらい楽な格好でも良いと思うのじゃが……仕方ないか。すまぬが少し部屋の外で待っていてくれぬか」
「その格好じゃこっちも集中できないしな。わかった……」
一度部屋の外に出され待っていると、アイリスがドレスを着た状態で外に出てきたので、ウェンディにお茶を頼みリビングに行くこととなった。
「ふっふっふー! どうじゃ? 驚いたか?」
「驚いたに決まってるだろ……それで、説明はあるんだろうな?」
「それは家のことか? それともわらわの格好の事か?」
「どっちも気になるけど、まずは家だ……帰ってきたら変わりすぎだろ……」
「そうじゃな……サプライズという奴じゃ!」
「サプライズ? いや、確かに驚いたけど……ちゃんと説明を頼む……」
旅行から帰ってきたら敷地面積が増えて、建物が増えて、門番がいるようになりました!
……訳がわからないっての。
「うむ。まずテラスを出て右側の建物じゃが、あれはわらわの私邸じゃ。アインズヘイルで活動する時はあそこを使わせて貰うぞ」
「……いや、それは好きにすりゃ良いと思うけど、何で庭が繋がってるんだよ……」
「なんでと言われても……あの館以外は全てお主の敷地にしたからのう」
「……はい?」
「正確にはわらわの敷地に見せかけたお主の敷地じゃな」
「もう少し詳細を細かく頼む……」
出来れば理由も添えてくれると助かるんだが……。
「わらわとお主の仲を疑う奴等もおってな。そやつらへの牽制と、お詫びを兼ねたという訳じゃ。敷地と増築はこちらからの詫びとして受け取ってくれ」
「お詫びってなんのだよ」
「わらわの身内が迷惑をかけたからな。これからの生活を守るのは当然として、別でお詫びを用意したというわけじゃ」
「それは、ありがたいけど……せめて相談くらいしろよな……」
「にしし。すまぬな。お主の驚く顔が見たかったのじゃ」
「お前なあ……」
その顔、まったく悪いと思っていないだろう。
一応さ……俺にも都合があるかもしれないじゃん?
いや、うん……別に無かったけどさ。
「はぁ……じゃあもう一つの建物はなんなんだ?」
「あそこは使用人や門番の住まいじゃ。ちなみに門番はわらわの忍を数人常駐させるので、お主に負担はかけぬぞ」
「ん、警戒ならシロがやるよ?」
「今回のように留守にしておれば、シロが居ない時もあろう? 本人の護衛も大切じゃが、住まいも守っておくに越した事はあるまい」
「たしかに助かるけど……アイリスの警護の忍だろう? いいのか?」
アイリスの忍を此処に常駐させると、アイリスの警護がおろそかになるんじゃないのか?
「あの子達にもお休みは必要ですから。それに、貴方に何かがあった時に迅速に動けるようにするためですよ」
「そこまで気を使ってもらわなくてもいいんだけどな……」
「アイリス様ったら此処に来てからまだかーまだかーと、日に何度も寂しそうにしていましたから」
「アヤメさんも?」
「さあ、どうでしょうね」
そこは嘘でもはいって答えてくださいよ。
アヤメさんもいけずですねえ。
「ちなみに、門番はモフられてもよいという奴を選んでおるぞ」
「まじか! ありがとう!」
狸ちゃんの尻尾をモフモフできるなら早く言ってくださいよー!
えへへ、アイリス様ったらいけずですね!
「……一番喜んでおるな。釈然としないのじゃが」
「元々こういう方でしょう? お礼なら、あの子達にお出迎えさせるだけで十分だったのでは?」
「そうかも知れぬな……」
もっふもふ! もっふもふだー!
……ふう。ちょっと取り乱してしまったようだ。
俺が落ちつきを取り戻してからリビングでアイスを振舞っていると、ノックが聞こえてきた。
「おや、おかえりになっていたのですね。なんだかお久しぶりな気がします」
「ダーマ?」
「はい。今回の建築に関わらせていただきました。アイリス様、全工程最終確認を含めて滞りなく終了いたしました」
「そうか! ご苦労であった。代金は後ほど使いに持たせよう」
「かしこまりました。それにしても、まさかアイリス様とこんなにも親しい関係になっているとは思いませんでしたよ……流石ですねぇ……」
ダーマの視線に熱が篭っている気がするが、きっと気のせいだ。
気のせいだ!
俺はノーマルだから、そんな視線を向けるんじゃない!
「まあの。わらわのお気に入りじゃからな。ダーウィンにもよく言っておけよ。わらわの物に手を出すと承知せんぞ……とな」
「残念です。ボクも狙っていたのですけどね……」
狙わないで……。
ダーマに狙われなくなるのなら、ずっとアイリスの庇護下がいい……。
「それでは、失礼致します。今度お食事にでも行きましょうね」
「お断りいたす!」
「つれませんねえ……」
「わらわのお気に入りじゃからな」
「調教済みでしたか……。僕がしたかったのですけど、本当に残念です……」
怖い事を言い残してダーマが去って行った。
あいつと会うと、お尻に視線を感じるから変にぞくっとするんだよな……。
「お主、男にも好かれるのじゃな……」
「お前まで怖い事言わないでくれ……」
「変態でも、同性は駄目なのですね」
「ご主人様は女の子が大好きですから」
「……そんな主で貴方達は良いんですか?」
アヤメさんの言葉に、食べていたアイスを食べるのをやめて、ソルテとシロとウェンディが顔を見合わせる。
そしてアヤメさんの方に向き直ると、打ち合わせでもしたかのように声を合わせていった。
「ん。主だもん」
「主様だしね」
「ご主人様ですから」
せめて具体的に擁護してもらえませんかね……。
「お兄ちゃあああん!」
「こ、こら領主様、大人しくしてくれと……」
「まず服を着ろっすー!」
ダーマと入れ違いに突撃してきたオリゴール。
しかし、こいつは元気だなあ……。
「ん、なんじゃ。変態が来たのう」
「お兄ちゃんどいて! そいつをここから追い出すから! 任せてよ! お兄ちゃんを国家権力の犬になんてさせないから!」
「じゃから、何度も違うと言うておるだろうが……」
「信じられるわけが無いだろう! お兄ちゃんがなんでアイリス様と知り合いになるのさ! 大方お兄ちゃんの凄さに気づいて狙いに来たんだろうけど残念だったね! お兄ちゃんはボクの魅力にメロメロさ!」
何時、何処で、何で、俺が、お前にメロメロになったんだ?
「さっきだってボクの小さなこのおっぱいをずっと触っていたんだぜ? 小さな女の子はボクで間に合っているんだ! さあ、早く出て行けー!」
「ちょっと待て! 捏造はやめろ!」
ああ、やめて、アヤメさん違うんです。
俺は大人の女性が好きです。
小さい子に発情するような変態じゃありませんから、アイリスを守ろうとしないでください!
あとお前の胸はおっぱいじゃねえ。発言には気をつけろ。
「はぁぁ……面倒くさいのう……。ではまた勝負でもするか? 今のおぬしが負ければ大変な事になるが……」
「ああ構わないとも! っていうか何で服着てるんだよ! ルール違反だぞ! アヤメちゃんはパンツを脱いだままだろうね!」
「もう穿いています」
え? と言う事はさっきまで穿いていなかったのか!?
あのエプロン姿の時は穿いていなかったのか!?
もう少し顔にだしてくれないとわからないよ……。
「ぐぬぬぬぬ……! いいだろう、勝負だ! 何だって受けてやる!」
「いや、とりあえず落ち着け。俺とアイリスはお前が思ってるような関係じゃないから……」
「お兄ちゃん!? もう、名前で呼び合う関係になってるのかい!?」
「はいおちつけー……。これ以上騒ぐなら、ソーマさんとウォーカスさんを呼ぶぞ?」
「はーい。大人しくしまーす」
保護者の名前を出すと、一瞬で大人しくなるオリゴール。
この後事情を説明し、何度も頓挫しかけたが根気よく話す事によりなんとか納得してもらうことが出来たが……。
帰って早々どうしてこんなにも疲れにゃならんのだ……。
「お兄ちゃん! このお菓子美味しいね!」
……見た目が幼女だから、年齢と中身を忘れればこういうところは可愛いんだよな……。
多分わかっててやっている辺り、詐欺に近いのではないかと思うのだった。




