6-34 温泉街ユートポーラ 入浴(男女別!)
改めて俯瞰してみてみると、いい感じだよなあ。
脱衣所から出て、砂利敷きの石畳を進むと、岩で囲われた温泉に立ち上る湯気。
竹垣根に囲われた温泉へと、静かに流れる湯の音。
これぞ! 日本の温泉だっ!
はぁ。頑張ってよかった……。
さあ、記念すべき初入浴だ!
存分に楽しむぞう!
男と!
……おかしい。どうしてこうなった。
俺は混浴をする為に頑張ったのではなかったか?
いや……まあ、俺らは混浴してくるからその間待ってて……なんて言えないんだけどさ。
仕方ない。後日たっぷりと楽しむこととしよう。
「はぁー……いいお湯ですねえ……」
「そうだなぁ……」
確かにいいお湯だ。
肩が少し出るくらいの深さで、座り具合もよく背中をつけても痛くないので、思わず脱力してしまいそうなほどに気持ちが良い。
「兄貴兄貴! 覗かないんですか!?」
「聞こえてるぞそれ……」
「まーくん?」
「ひっ……」
仕切りはこの板一枚なのだから、わかるだろうに……。
覗きは……ロマンだってのはわかるのだが、今日はよそ様もいるわけで、頭を切り替えて大人のロマンにしようと思ってるんだ。
「っとと……。おい真あんまり動くな。波を立てるな」
「はいっ!」
返事だけはいいんだよなぁこいつ。
案の定バシャっと勢いよく浸かるもんだから波が立つし。
まあいいか。それでは早速……女将さんと交渉して得た物を取り出すとしましょうか。
まずは木製の桶。そして、徳利とお猪口を二つ。
ともなれば中身は決まっている!
そう。熱燗である。
女将衆が持っていた米のお酒……濁り酒を魔法空間に収納し、錬金を用いて分解、再構築で濾過してこの透明な清酒を造ったのだ!
濁り酒も嫌いではないのだが、癖が強い上に熱燗にはあまりしないからな。
温泉で熱燗といえば大人のロマン。
イメージで数多く見た事はあれど、実際にやったことがある人は少ないと思われる。
「あ、温泉特集で見たことがありますね!」
「一度やってみたかったんだよなぁ。温泉で熱燗! フリード、一人酒ってのもあれだから、付き合ってくれるか?」
「私ですか? 構いませんが……」
隼人と真は未成年だからな。
この世界の法律が何歳から飲んで良いのかは知らないが、倫理上フリードに頼む事にする。
それがわかっているのか、二人からは不満の声は上がらなかった。
「では、お注ぎいたします」
「悪いな。っとと……それじゃあお返し」
「おお、これはこれは……随分と綺麗なお酒ですな」
「ある意味で俺達流れ人に一番関わりの強い酒なんだぜ?」
なにせ酒の名前に国名が入っているしな。
「それじゃあ、乾杯」
「はい。乾杯でございます」
カチンとぶつけず、お互い掲げるだけの乾杯だ。
小さなお猪口はフリードが持つと余計に小さく感じるな。
お椀にしたほうが丁度良かっただろうか……。
お猪口にゆっくりと口を近づけ、熱いくらいの熱燗を喉に少しだけ運ぶ。
日本酒特有の甘さと香りが鼻を抜け、後からぐわっとアルコールらしいくらりとした感覚が通り抜けていく。
「これは……なかなか強いお酒ですな……」
「そうだな。だから、少しだけな」
温泉で熱燗など、すぐに酔いが回ってしまうだろうしな。
いやあ、それにしても美味い。
体がよりいっそうポカポカしてきたな、と思ったら声をかけられてしまう。
「お客さーん! こっちにもくださいよう!」
うーんと仕切りの上から体を乗り出して、ちょうだいアピールをしている案内人さん。
「……逆じゃね?」
なんでお前が覗いてるんだよ。
逆だろ!
男の裸見て何が楽しいんだ……。
あの体勢、上手くお腹でバランスをとっていそうだが、出来る事なら反対側から見てみたいものだな。
「まあいいか……。真、悪いけど渡してやってくれ」
「……今は、無理っス」
「ん? ……あー……おけ」
案内人さんはタオルを巻いているとはいえ、肩や鎖骨、そして胸の谷間はばっちりと見えているわけで……。
……思春期か!
「はい。飲みすぎるなよ。結構強いから倒れるぞ」
一生懸命に手を伸ばす案内人さんに近づき、別の桶に入れた徳利とお猪口を渡してあげると、横倒しにしないように水平のまま受け取った。
「知ってますよう。地元のお酒ですからね! ほら、お返しにぷるんぷるんが間近で見れましたね!」
はいはい。ご馳走様でした。
それよりも案内人さんってアマツクニ出身だったのか。
そういえば……アヤメさんに似てなくもないんだよな。
性格は真逆と言っていいと思うけど。
「んーしょっと!」
反動をつけるように体を起こそうとしたのだが……。
「……あの、脚を持たれますと起き上がれないんですけど……」
案内人さんの声と共に、バシャバシャっと女湯側から音が聞こえてくる。
「ん」
「いや、ん! じゃなくて! あ、駄目ですって! タオルは! タオルには触らないでください!」
「危ないからこちらは預かるぞ」
「あ、これはどうも……じゃなくて!」
腕だけにゅっと出てきて、案内人さんが持っていた桶が奪われると、あわあわしている案内人さんだけが残された。
「ほーれほーれ」
「ぎゃああああああ! やめてください! タオルに手をかけないでください!」
「主様に色仕掛けしないって約束したわよね?」
「しましたけど! 自然に出てしまったものはしかたな、ぎゃああああ!」
徐々に緩んでいくタオルを腕で押さえてしまい、どうにもならない状態になってしまった案内人さん。
その様子を食い入るように見る真と、なるべく見ないように目を背けている隼人。
「そろそろ戻してやれ。仕切りが壊れても困るから。あと、真の目がやばい」
「ん」
「いきなり放さないでください! バランスぐゎぁぁあああ!」
ググググっと背筋に力を込めつつプルプルとしている案内人さんの肩をすくい、ゆっくりとあちらに押し返してやる。
「あ、ありがとうございました! いつか……いつかやり返して、あ、嘘です嘘です!」
「暴れるのも程ほどにな」
「「「はーい!」」」
女三人寄れば姦しいとは言うが、今回は案内人さんが加わった事でより一層だな。
なんというか……疑わしきは罰するというか……まあふざけている程度だと信じよう。
「おっと……冷めちまったかな」
「湯を桶に入れて冷まさぬようにしておきましたよ」
そう言ってフリードは徳利を持ち、清酒を注いでくれる。
女湯はまだバシャバシャとした音と、女の子のきゃっきゃした声が聞こえてくるが、最早慣れたものでBGMの様になってしまっている。
真はというと、仕切りに耳を当てて会話を聞き取ろうとしているみたいだが……そんな事をするくらいならば覗いてみればいいのに。
まあ、引き摺り下ろすけど。
さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうかな。
「で、どうしたんだ……?」
「どうしたとは?」
「いや、フリードがわざわざ今回来ているって事はなんかしら用事があるんじゃないのかな? と思ってさ」
隼人を呼びにいった際、来るとしてもいつものメンバーだと思っていたのだが、フリードも一緒にこちらに来ているのだ。
戦力として……という事も考えられるが、普段執事の長をしている男が、こういう時だけ出張ってくるというのも変だろう。
今回軽く暴走気味になりそうであった隼人を止めるため……ということも考えられたが、止める様子も見受けられなかったしな。
となれば、俺に用事があるのだと思ったのだ。
「……イツキさん。その、お願いが――」
「いえ、隼人様。私から申し上げたいと思います。それが筋かと……」
隼人が俺に対して真剣な面持ちで話そうとしたところを、フリードが遮るようにこちらに向き直る。
すわりを正し、正座となったフリードの顔からは真剣な面持ちが伝わってくる。
「不躾ではありますが、お願いがありまして参りました」
「ん、フリードには借りもあるし、ある程度の事なら受けるけど、なんだ?」
「……奴隷を一人、ご購入いただけないでしょうか?」
「奴隷を……それは買い与えて欲しいって事か?」
「いえ、お客様にとある奴隷をご購入していただき、お客様の元でとお願いしたいのです」
……ん?
「とある奴隷……。知り合いって事か? それなら隼人の方がいいんじゃないのか?」
「いえ、知り合い……というわけではないのです。隼人様から以前のオークションでの事を聞きまして……」
以前のオークション……と言う事は……。
「……ハーフエルフか?」
「はい……」
「んー……理由を聞いてもいいか? 知り合いじゃないんだろう?」
「ええそうなのですが……」
「……ハーフだからか?」
「はい……。私は隼人様に救われました。ですが、彼女はまだ若く、強くこの世を恨んでいるかと思います……。ですが、誰かに手を差し伸べられればきっと世界が大きく変わると思うのです」
この世界ではハーフ……つまりは人間と別種族の間に生まれた子への差別がもの凄く強い。
特に、ハーフエルフは差別を強く受けているんだったか。
同じような境遇で、しかもまだ若いハーフエルフである少女を放っておきたくなかったという事だろうか。
「次回、売れ残ってしまうと彼女は闇の奴隷市に売られることとなってしまうのです……。そうなると……」
「なるほどな……。それなら隼人でも……っと思ったけど、隼人がハーフエルフの奴隷を手に入れる事自体もまずそうだな……」
「僕は気にしないのですけどね……」
そうは言っても現国王の娘であるシュパリエと婚約している以上、必要以上に国民の感情を逆撫でするような真似はまずいだろう。
それに、隼人は家を空けることが多い。
留守の間に問題が起きれば、貴族である隼人はそれだけで立場が危ぶまれる事もありえる……と。
「うし。わかった」
「良いのですか?」
「おう。ただし条件がある」
「条件ですか?」
悪いが借りがあるからと、すぐにはわかったとは言えない内容だ。
当然条件は先んじて付けさせてもらう。
「ああまず一つ。ウェンディ達に危害を加えるようならば、俺はその次のオークションで彼女を出品する。さらに、そこで買い手がつかなければ闇の奴隷市にも出すぞ」
借りがあるとはいえ、流石にそれは容認できない。
もしあのハーフエルフが害をなすのならば、俺は即座に手を引かせてもらう。
「次に……あの子は脱走の常習犯らしいが脱走した場合も俺は追わない。チャンスは与えるが、それを掴むかは彼女次第だ。当然、手は尽くすし、彼女が俺の手を取るというのなら、責任を持って彼女を護ろう」
人生チャンスなんてそうあるものじゃない。
こちら側が手を差し伸べても、その手をとらないのであれば俺はそれ以上関わるつもりは無い。
「最後になるが……皆の同意を得てからな」
「かしこまりました。その条件で構いません。お客様のご迷惑になるようでしたら、遠慮なく切り離してください」
「なら良し。ってことだ。聞いてたよな?」
女湯は驚くほど静まり返っており、俺達の会話もきっと届いている事だろう。
こういった問題の判断は俺一人で決めるわけには行かない。
一緒に住む事になる以上、同じく一緒に住む皆の意見も聞かねばならない。
「……私は良いと思います。前回のオークションの時も、ご主人様は気にしておられる様子でしたし」
「シロも。主が良いって言うならいい」
「私も構わない。私自身も……。いや、主君の判断に従うよ」
「ねえ、その子って美少女だったの?」
「そうですね。ご主人様は綺麗な姉ちゃんと呼んでいましたし……」
「うー……これ以上美人が増えるのは……って思わなくも無いけど、人助けだし仕方ないわよね……」
「っすね。まあいいんじゃないっすか? 条件もついているっすし」
どうやら全員から同意は得られたらしい。
……うちの子達は本当に優しい奴ばかりだな。
「なら、決まりだな」
「では……!」
「ああ。次のオークションに参加して、そのハーフエルフを買うことにしよう」
「ありがとうございます……っ!」
「なに、全てはその子次第だ。どうなるのかは保証できないからな」
「はい。それでも……ありがとうございます……」
フリードが何度も水面ギリギリまで頭を下げ、お礼を告げる。
「イツキさん。ありがとうございます……」
「いいって。……あーそうだ。それとは別件で俺も隼人にお願いがあったんだった」
別に照れくさくなって、話を逸らしたかった訳じゃない。
本当に、隼人にはお願いがあったというだけだ。
しかもこのお願い、結構なお願いなんだよなあ……。
「なんですか? イツキさんからのお願いでしたら、大概は引き受けられますよ!」
「そっか……。あのさ、実は――」
俺が頼んだ内容は。
……もう二度と待っているだけなんて想いをしないために、隼人へ協力を願うものだ。
俺の言葉を聞くとフリードは目を光らせて頷き、隼人や真、女湯の皆は驚きの声を上げた。
そして……隼人は俺のためならばと快く引き受けてくれたのだった。
次で6章は終わりですね。
また長くなってしまいましたね……。
次は、もう少し短めに話を作りたいところ……。




