6-33 温泉街ユートポーラ 懐かしの味
調理場は思ったよりも広く、4人で作業をしていてもぶつかるような事はなさそうなほどであった。
アマツクニ式らしい釜も用意されつつ、王国のスタンダードな設備も整ってはいたが、やはり少し古いのは旅館経営時の名残なのだろう。
「それにしても、お料理されるんですね」
「まあほどほどにな。一人暮らしの名残だよ」
「ご主人様のお料理はとっても美味しいんですよ!」
「そうですね。お兄さんは面白くて美味しいものを沢山作れます」
「おお。今まで何を作られたのですか?」
「そうだな……アイスクリームとか、プリンとか?」
「あ、プリンは私も作りました! こっちの世界の卵って凄く美味しいですよね! 種類を変えるだけでも味わいが変化して面白くて! でも、アイスクリームって……シャーベットじゃないですよね? バニルっていうバニラに似た匂いの葉はありましたけど……」
美香ちゃんは興味津々なようなので、今まで作った料理……ではなく、デザートの名前を言って作り方も説明していく。
その際に錬金を使うことを教えると、
「そっか……錬金かあ! うーんいいなあ。図書館で私も錬金スキル取ろうかなあ。覚えられるといいんだけど……」
「え、スキルって、取ろうと思って取れるものなのか?」
「取れ……ますよ? 才能は必要みたいですけど。私達は鑑定スキルをこちらに来てから取りましたし……」
そうなのか……。
図書館……そういえば結局行けてなかったな。
「ちなみに魔法とかも取れるのかな?」
「取れますよ。一番初期の魔法ですけどね。私もお姉ちゃんが魔法職ですけど、自衛用に水と土の魔法を取得できました。火と風は適性が無かったみたいで覚えられませんでしたけど……」
「なるほど……悪い、料理を作りながらで悪いんだが詳しく聞いてもいいかな?」
「あ、はい!」
美香ちゃんにスキルの取得方法を詳しく聞いていき、要点を纏めると……
・図書館(有料)に入り、属性適性検査書を読む。
これは、魔法を覚える際にどの属性ならば可能性があるかを確かめるためらしい。可能性の無い魔法は、覚えるのを諦めた方が良いとの事。
・次に、自分に使えるかどうかを試すなら外で!
図書館内では当然魔法の使用は禁止。なので、別料金にはなるが本を借りて被害が出ないところで試した方がいいとのこと。ちなみに、属性適性があったとしても魔法は使えるかは分からないとのこと。
・日常生活で使うパッシブ形のスキルも同様
属性は関係ないが可能か不可能かはあるので、ある程度して覚えられなければ諦めた方が無難……とのこと。
「面白そうなスキルは沢山あるのに、取れないって辛いんですよ……。このスキル覚えたいのにー! ってなります」
「わかるわあ……あれ、もしかして美香ちゃんってファンタジー詳しいの?」
「んんーそうでもないんですけどね。でも、この世界に来てから技能がスキルとして目に見えると、何でも欲しくなっちゃうんですよ。勉強と同じです。いつ必要になるかはわからないけど、覚えておいた方がいいんだろうなーみたいな」
おおう、優等生な方でしたか。
俺はどちらかと言えば必要な時に必要なスキルが欲しくなってしまうんだよなあ……。
まあでも、備えあれば憂いなしという意見には同意する。
あって困る物でもないしな。
「……ところでさ、今何を作ってるの?」
「汁物ですよ。以前立ち寄った港町で作った鰹節と、コンブで出汁を取ったものです。あとはお塩で味を整えて……ど、どうしました!?」
「はっ!!」
気付かぬ内に両手を広げて美香ちゃんを抱きしめようとしていた!
「ご主人様? 女性をいきなり抱きしめようとしたらいけませんよ?」
「す、すまん。思わず抱きしめたくなっただけなんだ!」
だが、この感情を抑えられないのでウェンディを思い切り抱きしめる事にした。
「わぷっ……どうしたんですか?」
どうしたもこうしたもない!
まさかこんな簡単に問題が解決するとは!
「美香ちゃん! その汁物……そこから俺に任せてはくれないか!」
「か、構いませんけど……あ、でも汁物は……」
「俺に任せてくれ! 絶対に後悔はさせないから!」
「……お兄さん。聞きようによっては誤解されそうです……」
「そういう意味はないから……」
「お兄さんの言動は勘違いを助長する事が多いので……」
それはあれか?
隼人の一件の事を言っているのかな?
「えっと、どうする気なんですか?」
「ふっふっふっふ。まあ見ててくれ。コレを使うんだ……」
俺が懐から取り出したのは小さめの壷。
ラーメン屋などに置かれている辛ニラなんかを入れるような小さめの壷である。
相変わらず女神様の入れ物のチョイスが好きだわ。
「えっと……あれ? まさか!」
「その……まさかだ!」
俺はその中から取り出した粘度の強い茶色の……を取り出すと、美香ちゃんが下準備をしてくれていた出汁へと投入したのだった。
「よっ待ってましたー!」
「いや、取りに来いよ……」
まったくこの野郎は……。
畳でごろごろと遊びやがって……。
「すみません……真が変なことをしないように見張っててお手伝いが出来ませんでした……」
「ああ、いいよ。フリードが大活躍だったしな」
フリードは大丈夫か? というようなほどの料理を幾つも同時に持って行ってしまったのだ。
実際『大丈夫なのか?』と聞いたところ、『執事なので』と有無を言わさぬ返事により任せる事にしたのだが、流石執事であった。
「お、おま、おまたぜ……じまじた……」
「美香!? どうしたんだ!」
「あーおい。今は近づくな。ひっくり返したら俺はお前を屠らねばならん」
「で、でも……」
「理由はすぐにわかる。まあ変なことをしたわけじゃないから安心しろよ」
ちなみに美香ちゃんが泣いている理由は、先ほど味見をした際に感極まってしまったからだ。
一口飲んだ後、すぅーっと涙が零れたのだが一度泣き出すと中々止められないのだと言っていた。
「あれ……これって……」
「嘘だろ!? なんでこれが!」
「慌ててひっくり返させるなよ? 俺だって楽しみなんだから」
「イツキさん! でもこれ……お味噌汁じゃないですか!」
「おう。正真正銘、味噌汁だ」
女神様から今回貰ったのは、小さな壷に入った味噌だった。
せっかくなので今回は惜しみなくその味噌を使い、味噌汁を作ったのである。
前回、シロ達には焼きおにぎりをご馳走できなかったので、今回は一人当たりの量は少ないが全員分作ることにした。
まあ、他の料理もあるし、満足度は美香ちゃんを見ればわかるだろう。
「うっし、それじゃあ皆大人しく席に着けよ。宴会を始めるぞー!」
「は、早く始めましょう!」
「まーくん? 先に飲んじゃ駄目よ?」
「美沙姉だって気になってるじゃん!」
その気持ちは分かるが、まだ待ってくれよ?
俺だって早く飲みたいんだから……。
「えー……長い話は無しだな。色々あったが別荘も温泉も無事完成した。それに、アイナ達も無事に帰ってきた……。今日は祝いだ。好きに食べて飲んでくれ。デザートもあるからな。それじゃ、乾杯!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
コップを掲げ、皆の声が揃う。
すると、一目散に椀に入った味噌汁に手をつけるのは、隼人、真、美香ちゃん、美沙ちゃんの4人。
その様子を驚いたように見ているのが、他の女性陣といったところか。
4人が同時に椀を傾ける。
真以外はゆっくりと、一口一口を大切に味わうように……。
「言っとくけど、おかわりは無いからな」
「ええ!? 俺全部飲んじまった……」
流石にそれは知らねえよ……。
「はぁぁぁ……美味しいです……凄く……」
「うん。そうね……この味よね……」
「う゛ん……。美味しいなあ……懐かしいなあ……」
三人は満足げに、一口目を飲み終わり、感激に浸りながらももう一度、味噌汁の温かさに触れようと椀に口をつけている。
それに釣られたのか、他の者も飲み始め、凄く美味い……わけではないが、温かみの強いこの味噌汁に舌鼓を打っていた。
「……な、なあ隼人。一口……」
「駄目です」
「いいじゃんか……」
「もう自分の分は飲んだのでしょう? まったく……こんな貴重な物をなんであんなにさらっと食べてしまうんですか」
「いやだって……おかわりもあるのかな? って思ったら早めに食べないとってさ……」
「俺の分けてやるよ。次は大事に飲めよ?」
「まじすか兄貴!?」
「おう。ちょっとだけだぞ」
せっかくの機会に喧嘩は無しだ。
真の椀に俺の分を少し流してあげると、隼人が羨ましいのかこちらを見ているのに気がつく。
仕方ねえな……と、隼人の椀にも同じくらい注いでやると、俺の分が少なくなってしまった。
「ま、いいか。それじゃあ俺も……」
椀に口をつけ、一口をゆっくりと流し込んでいく。
鰹節、昆布から取られた出汁の味を覆い包むような味噌の風味が鼻を抜け、胃袋を刺激する。
どうして味噌汁というのは、こうも落ち着けるのだろうか。
お茶や鍋も良い物だが、やはり味噌汁は久々に飲むと極上の一杯のように感じてしまう。
家ではなかなか作らなかったが、やはり飲みたくはなるんだよな。
「はぁ……。美味いな……」
「うん……やっぱり味わって飲むとより一層美味いッス」
「だよな。あー……次も味噌がいいなあ……」
前回は醤油が二連続だったし、もしかしたら味噌が二連続になるかもしれない。
サイズアップもある可能性を考えて、次は貝や豚汁なんかも挑戦してみたいところだが……。
「それにしても兄貴。どうやって味噌を手に入れたんですか?」
「んーユニークスキルだよ。俺のユニークスキル『お小遣い』のレベルが上がったら女神様からスタンプカードが来てな。何回かに一度マークがついてて、醤油とか味噌が貰えてるんだよ」
「……お小遣いと関係なくないですか?」
「そうなんだけど……まあ得があるだけだし気にしてなかったな」
「……多分ですけど、ユニークスキルの変化ではないですか? 僕の『光の聖剣』も初めは光属性の特殊な剣……でしたが、レベルが上がってあの威力を出せるようになりましたし……」
「んーどっちかというと、俺のスキルに似てないかな? 俺のスキルも最初はダメージカットだけだったけど、途中からパーティ内に状態異常がかからなくなったんだけど……」
ふーむ。
ユニークスキルの変化……もとい進化か?
お小遣いに進化のさせようがなかったから、女神様が気をつかった……とか、なんか一番しっくりくるな。
「まあなんでもいいさ。こうして久々に味噌汁が味わえたんだ」
「そう……ですね。ご馳走様でした!」
「兄貴! ご馳走様です!」
「イツキお兄さん。ありがとうございます」
「ふふ、イツキさんのおかげで美味しいものがいただけました」
「喜んでもらえたならよかったよ」
少しだけ冷めてしまった味噌汁を飲みきり、俺らは他の料理にも手を付け始めるのだった。
次か、次の次でこの章も終わりかな?




