6-30 温泉街ユートポーラ 告白
三人を抱きしめていると、シロと目が合ったのだが、シロは振り返ってため息を一つついた。
「ふう……あれの相手はシロがしてあげる」
「ええー……シロさんあれは一応僕の獲物ですよ?」
「隼人は壊すから駄目。シロなら被害少なめ。チョンパ余裕」
あのー気を使ってくれているんだろうけど、雰囲気を壊さないでくれますかね?
シロも大変だったんだろうし無理しなくていいから!
それに、隼人。お前はちょっと大人しくしてなさい!
感動の再会を壊してしまう悪い子達め。
幸いにも三人には二人の会話が聞こえていないようで、ぎゅっとまわされた手が緩む事は無かった。
実はちょっと苦しい。
手を放され、再び三人の顔を見ると何故か照れてしまう。
それは三人から醸し出される雰囲気が、俺にも伝わってきてしまったから。
三人はそれぞれ顔を見合わせて、一度頷くとソルテが一歩を踏み出してきた。
「すぅー……はぁ……」
わかりやすいほどの深呼吸を一度して、俺を見上げるのだが何故か顔を高速で逸らされてしまう。
「ソルテーなにやってるっすかー!」
「うううう、うるさいわね! いざとなるとちょっと怖いのよ!」
「ビビリ! ヘタレ! ご主人のこと言えないっすよ!」
「ソルテ、その気持ちはわかるが、このために帰ってきたのだろう?」
「そうだけど……いざ目の前にすると緊張しちゃうっていうか……」
「じゃあ順番変えるっすか?」
「うううー……それはやだ……。ちゃんと言うもん……」
「ははは」
三人のやり取りを見て、俺は思わず噴出してしまう。
「何よ主様! どうせ滑稽だとでも思ってるんでしょう!?」
「いや。やっぱり俺、お前達が大事だなあって思ってさ」
この感じ。
やっぱり俺の生活には三人が必要だと思う。
「……そういうこと、先に言わないでよ」
「悪い悪い。でも、そう思っちまったからさ」
「もう。……ねえ、クエストに行く前に言っておいたこと覚えてるわよね?」
「ああ。勿論」
忘れるはずなどあるわけもなく。
緊張の解けた様子のソルテは、今度は逸らす事なく俺をしっかりと見つめてくる。
「その……ね。……主様に聞いて欲しい事があるの」
今まで見たことがないようなソルテの緊張し、紅潮した顔。
それだけで、どれほど真剣な想いを伝えてくれようとしているのかが伝わってきた。
だからこそ、俺は黙ってソルテの話に耳を傾ける。
「まずはごめんなさい。出会った当初は、何度も酷い事を言って、酷いことをして、ごめんなさい」
出会った当初のソルテといえば、ことあるごとに俺に噛み付き、俺に悪態をついていた。
でも、俺としては悪友のようで楽しかったし、実害と言えるほどの事があったわけでもない。
「レンゲの時も……私のせいで傷を負わせてしまってごめんなさい」
レンゲの時のことだって故意じゃないことくらいわかっている。
罰せられて二度と会えなくなる事に俺が耐えられないからしたことだ。
「……クエスト中ね。何度も主様を思い浮かべたわ。辛い時も、くじけそうなときも主様が浮かんだの。……その、変なところもあったけど、それでも今ここにいられるのは主様のおかげよ」
変な……?
いや、うん。今は口を挟むべきではないよな。
「私はこんなだから……多分なかなか変われないかもしれない。ウェンディみたいに愛想もよくないし、レンゲみたいにいつだって明るくもないし、アイナみたいに綺麗でもないし、シロみたいに可愛げもないかもしれないけど……」
珍しく卑屈だ。
でも、下手なチャチャを入れる気は無かった。
今はソルテが思っている事すべてを聞き、それを受け止める時だ。
「私じゃ、主様は嫌かもしれないけど。それでも……」
ソルテの瞳から水滴が流れ落ちる。
だが、ソルテは止まらずに自分の想いを乗せて言葉を紡ぐ。
「……主様を、好きでいて……いいですか?」
笑顔の告白……ではなく、涙を流しながらの告白。
ぽろぽろと流れる涙は、止まることを知らないように落ちていく。
この言葉を言うだけの為に、厳しいクエストを乗り越えてきたんだもんな。
自分の想いを伝えるというのはとても難しいことだ。
本気を、相手に知ってもらうというのは特に。
だからこそ俺のほうを向いて一切視線を逸らさないソルテから、俺も逸らす事などせずしっかりと、ソルテの真剣な眼差しに応えた。
そして――当然答えも決まっている。
「良いに決まってるだろ」
心の中で、100%の気持ちでそう答えた。
ソルテとは真逆の、少し照れのはいった最高の笑顔で。
「俺はソルテが大好きだぞ」
「う゛ん! 私も、主様が、大好きです!」
ぎゅぅぅぅぅっと抱きしめてあげると、ソルテは声を出して泣いた。
ここまで追い詰めさせてしまっていたのかと、胸がきゅうっと締まる思いだが、これからはこんな想いをさせるつもりは無いとその分強く抱きしめる。
「主様……好き」
「ああ、わかってる」
俺だって口が悪くて、短気で、小ささにコンプレックスを持っていて、仲間想いで、負けん気が強くて、泣き虫で、誰よりも乙女なソルテが大好きだ。
そっと手を放すと、目が余計真っ赤になってしまったソルテ。
でも、流れていた涙は止まり惚れ直してしまうほどに、今までで最高の笑顔に変わっていた。
「えへへ、言っちゃった」
「聞いちゃったな」
「覚悟しててよね! 狼は、狙った獲物は逃がさないから!」
たたたっと置き台詞を残して、二人の下に戻ると二人にも抱きついた。
「ううー……言えたよう……」
アイナとレンゲはそんなソルテを抱きしめて労いの言葉をかける。
「ああ、しっかり聞いていたぞ」
「がんばったっすね!」
「うん。うん!」
「さて、次はアイナっすよ」
「私か……で、では、行かしぇていただきょう」
アイナが大きく一歩を踏み出してきた。
どうにも緊張しているようだ。まるでロボットみたいに動きが固い。
「アイナ、頑張って!」
ソルテが両の手で拳を握り、アイナを応援するとアイナは振り返り、固いままにコクンと頷く。
「しゅ、しゅしゅしゅ、主君!」
「アイナ、後ろ向け」
「へあ?」
さて……。
緊張を解してやらねば。
あくまでも緊張を解くための行動であり、深い意味は無いと公言しておこう。
……せいや!
「ひああああああ! しゅ、主君!? 何処に手を!? というかどこから手を入れているのだ! 鎧の内側なんて……あっ……」
はっはっはー。高DEXを舐めるなよ?
今ならば着衣であろうと鎧であろうと好きなところを触れる自信があるぜ。
くたあっと、力なくしゃがみこんでしまうアイナが、ぷるぷるとしながら恨みがましくこちらを見上げている姿は……うん。いいね!
「主君……私だって真剣なのだぞ?」
「わかってるよ。でも緊張はほぐれたろ?」
「それは……そうだが……もう。ずれてしまったぞ……」
役得でした! ありがとうございます!
アイナはずれてしまった鎧を外してから立ち上がり、そのまま仕切りなおしのように「ん、んん」と咳払いをして居住まいを正すと普段の真面目な雰囲気を纏わせる。
「改めて主君。ただいま」
「ああ、おかえり。皆無事でよかったよ」
「それで、私もなんだが主君に伝えたい事があるんだ」
アイナが胸に手を当てて、目を瞑って一度大きく深呼吸をする。
「まずは……そうだな。ソルテにならって出会った頃の話をしようか」
「ああ、俺も一度話をしたかったんだ。アイナは、どうして会ったばかりの俺の奴隷になる事に積極的だったんだ?」
「そうだな……。それにはまず、私が騎士に憧れていた話をしようか」
「騎士に?」
「ああ。私は小さい頃から騎士になりたかったんだ。王を守り、王を諌め、民を守る忠義に厚い騎士になりたかった。だが、私の種族ではなれるわけもなくてな……」
アイナが騎士か……似合うっていうかぴったりなイメージだった。
種族……流石に王に仕える騎士ならば、種族を調べられる恐れもあるという事か……。
「だから私は冒険者になった。騎士ではなく、冒険者として誰かを守れるようになりたいと願った。だが、冒険者となった今でも、騎士のように誇り高く生きようと心に決めていたのだ」
「だから、あの出来事の責任を自分にあるとして責任を取ったと……」
アイナの真面目なところは、そういう憧れから来ていたのか。
冒険者になったのも、誰かを守りたいという気持ちからというのが、アイナらしい優しさに溢れたものだと思えた。
「ああ。私は自分のしたことに責任を取るつもりだった。それだけ……のはずだったのだがな。まさか断わられるとは思わなかったぞ」
「まあさすがにな……この世界に来てまだ数日しか経ってなかったのに、いきなり奴隷に……って言われてもな」
「それはそうかもしれないが……結構ショックだったのだぞ……。まあでも、だからこそ興味が湧いたと言えるのかもしれないが」
アイナの顔は先ほどの緊張顔とは違い、それは楽しそうに当時のことを話していた。
「もっと主君と話したい。もっと主君と過ごしたいと思うようになっていた。そして、いつの間にか私は主君の騎士になりたいと願っていた。……そして、私は主君に、恋をしていると確信したのもその頃だ」
アイナの顔が紅く染まる。
「初めてなんだ。こんなにも胸が熱くなる事も、もどかしくて切なくなる事も、主君ともっと話したいのに、話せなくてチクリとする痛みも。触れたくて、もっと主君と一緒に居たいのに苦しくて……。だが、もう我慢しなくてもいいのだよな?」
「……ああ。アイナの気持ちを、教えてくれるか?」
アイナは跪き、胸に手を当ててとても真面目な顔で宣言を叫んだ。
「私、アイナ・ヴェルムトは主君の騎士として、一生の忠誠を誓いたい!」
そして、とアイナは続ける。
「私は、主君を心から慕っている。どうかこの気持ちを、受け止めてはもらえないだろうか?」
一変して笑顔で告白をしたアイナに、思わず見惚れてしまう。
紅い髪が揺れ、桜色に染まったアイナの笑顔と差し伸べられた手。それは俺の時間が止まってしまったかのように美しかった。
「……主君?」
「ああ、すまん。思わず見惚れてた……」
濁す事無く、今想った事をそのまま伝えた。
思わずぼーっとしてしまうほどに、熱く美しいアイナの告白に脳が行動を忘れてしまったのだろうか。
「そ、そうか。その……ありがとう。それで、返事を――」
「当然。いいに決まってるだろ。アイナにはこれからも俺の騎士として、そして愛する女として俺の側にいて欲しい」
「そうか……。良かった……」
ほっと胸を撫で下ろし、心底安心したように大きく息を吐いたアイナ。
「しかし、いいのか俺で?」
「主君がいいんだ。主君じゃなきゃ、やだ」
きゅーっとなってしまったので、思わずアイナの手を引いて抱きしめてしまう。
もうこのー! 可愛いやつめ! 愛いやつめ!
「しゅ、主君……ちょっと苦しいぞ……」
「悪い、感極まっちまった」
慌てて放すがアイナはもう一度抱きついてくる。
「手まで放さなくても、いいのだぞ? 私はもう、完全に主君のものだからな」
「ああ。じゃあもう一度……」
アイナを抱きしめる。
今度は優しく。しっかりとアイナのぬくもりを確かめるように。
「……主君。ドキドキしているな」
「そりゃあな。こんな美人を抱きしめてるんだ」
「そ、そうか……その、嬉しいのか?」
「当然だろ。アイナはどうだ?」
「う、うん。その……凄く嬉しい。好きな相手に、抱きしめられるというのはこんなにも幸せなのだな」
「ああ。俺も今、同じ気持ちだよ」
ふと、真達三人の様子が目に入る。
「あわ、うわわわわわ……」
「美香見ておきなさい! 生告白二連続よ!」
「すごい……なんかこっちまで、じんときちゃった」
「それはそうよ! リアルよ! 本気よ! ライブよライブ!」
お姉さん大興奮で、美香ちゃんは顔を手で隠してるけど隙間だらけ。
真に至っては信じられないものを見ているようで、口を開けたままわわわと停止してしまっている。
「ふふ、名残惜しいが次が控えているのでな」
「そうだな……。それに、これからはいつでも出来るしな」
「いつでも……うん。楽しみに待っていよう」
アイナが俺の手から離れ、二人の下に向かう。
「……アイナ、ごめんね。私のせいで」
「何を言っているんだ。私達は仲間だ。辛さも喜びも分かち合うからこそだろう?」
「……うん。ありがとう。やっぱりアイナは、最高のリーダーね」
ソルテはまた流れ落ちかけていた涙を拭い、アイナはそれに優しく微笑みかける。
ソルテが落ち着きを取り戻すと、二人はレンゲの方に向き直った。
「さて、次はレンゲだな」
「頑張りなさいね!」
「ふっふっふー。二人も良かったっすけど、自分はあえてその上を行くっすよー!」
最後はレンゲか。
自信満々なようだが、一体どうするつもりなんだ?
「ご主人!」
「お、おう」
なんだろう。
妙に気合が入っている。
「まずはあの時、助けてくれてありがとうございましたっす!」
なんと美しい。高速で土下座姿勢に入っただと!?
というか、土下座はアマツクニ文化じゃないのか?
レンゲは知っていたのか!?
「まあ、それはいいって」
「そう言うと思ってたっすけどね。でも自分も言わないわけにはいかないっすから!」
俺があの出来事を今更掘り下げる気はないとわかっているようだ。
俺としては、今みたいに明るいレンゲでいてくれる方がずっと助かるとわかっていても、レンゲは空気を読みつつしっかりと区切りとして言ったのだろう。
そして、ジェスチャーでその話は置いておいて……とわかりやすく伝えてくれている。
「ずうずうしいかもしれないっすけど、自分今回頑張ったっす!」
「そうだな。レンゲにはアインズヘイルでもお世話になったし……」
「だからご褒美が欲しいっす!」
「ご褒美……? そりゃあまあ、俺に出来ることならなんでも……」
「なんでも? 今なんでもって言ったっすよね?」
「いや待て。何か怖くなってきたから出来る限りだ!」
あぶねえ。
『ん? 今なんでもするって言ったよね?』状態になるところだった……。
迂闊になんでもするなんて言っちゃだめだな。
「まあいいっすよ! ご主人に出来る事、というかご主人にしか出来ないことっすから!」
俺にしか……?
はて、なにかあったかな?
錬金……ということでもないよな。
となると俺の故郷の料理をたらふく食べたいとか……しか思いつかんが、でも……。
物思いにふけっていると、レンゲは深呼吸をする。
そして俺の方を見据えて口を開く。
「自分はご主人が好きっす! 助けてくれたのはきっかけっすけど、男の中だとご主人以外考えられないくらい圧倒的にご主人が好きっす!」
「あ、ありがとう。俺も――」
「だから! お願いがあるっす!」
お、おう。
やばい勢いが凄い。
おされ気味です私。
すぅー……ともう一度大きく深呼吸をするレンゲ。
あれ? 心なしか若干顔が紅いか?
レンゲも緊張とかするんだな。
とかのんきに考えていたら大きな爆弾が投下された。
「自分は! ご主人との赤ちゃんが欲しいっす!」
……。
数秒、場が静まり返る。
「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」
そして、ワンテンポ遅れて揃った声でレンゲがなんと言ったのかを皆が確認するように聞き返していた。
だが、俺にははっきりと聞こえていた。
だから――
「あははは。いいよ」
「「「「「「「「「「「ええーっ!?」」」」」」」」」」」
今度は皆声をそろえて驚きの声を上げている。
いやだって、俺に可能なことだし。
というか、俺以外に出来ない事だろうしな。
「い、いいんすか?」
「いいよ。むしろ、断わる理由がないだろ」
「自分おっぱいじゃないっすよ!? ぱいっすけどいいんすか!?」
「いいって。それはそれで好きだぜ? 手にちょうど収まるいいサイズだぞ」
「太ももくらいしか……ご主人好みじゃないと思うっす!」
「太ももは格別だが、それ以外だって別に好みじゃないなんて言ってないだろうが……」
それだけ言うとレンゲはうずくまるようにしゃがみこんでしまう。
あれ? どうした?
と思ったらいきなりかなり高く飛び跳ねた。
「いいいい、やったー! 確約もらったっすー!」
「ちょっと待てレンゲ!」
「待たないっすー! やったー!」
「レンゲさん!? 私が、私が先ですからね!?」
「ちょ、ウェンディ!? そういう問題なの!?」
「当たり前です! 奴隷長は私なんです!」
「それ別に関係ないじゃない!」
「ん。レンゲ、調子に乗りすぎ」
「関係ないっすもーん! ご主人が約束してくれたんすもーん!」
あーそのー……うちの子達がすいません。
ええ、後でしっかり叱りつけておきますので、出来ればその目はやめろ!
どいつもこいつもなんだその、「このスケこまし!」みたいな顔は! いいじゃないか皆好きなんだもん。愛してるもん! 子供だって作りたいさ! ごくごく自然な流れだろう!
あーもう! ほら、真の方を見ようぜ? なんか、もう形容しづらい感じだしさ!




